015 理解
フロレンティーナはその場を去ってから、数分立ったままだった私は、なんとなく真っ直ぐ自室には帰りたくなくて、近くにあった建物の屋上へと上がることにした。
屋上は城の皆に開放されていて、景色を楽しみながらお昼を食べる人も多いと聞いていたからだ。
「わ……すごい」
まるで絵画のように美しい夕焼けが広がる空を見て、思わずそう言ってしまった。
ヴィルフリートが所属する聖竜騎士団も、この時間に騎乗訓練をしているらしく、遠くには光を弾ききらめく銀色の光が見えた。
目に入るすべてが……綺麗だった。それなのに、今の私はその光景を見て、素直に感動することが出来ない。
ついさっきに会った人を思えば、楽観的に考えることなんて、無理そうだった。
自分の今の状況を、思い出してしまった。
フロレンティーナから逃れることが出来たと思って居たのも束の間、彼女は役目を終えたはずの悪役令嬢である私のことを、どうにかしてやろうと思って居る。
今思うと、記憶を取り戻した当初から、聖女フロレンティーナに転生した『彼女』には、負けていた気がする。
自分の世話係であるフレデリックもすぐに愛されて手玉に取っていたし、そんな彼女を前に私はすべてが後手にまわり、気が付いた時には針のむしろに座っていた。
今でも、たまに思ったりする。
私は何をどうすれば、良かったんだろう……フロレンティーナを差し置いて、フレデリックに好かれることは、きっと難しかったと思う。
それに、数々の嫌がらせをされてきたけれど、私は彼女に嫌がらせを仕返したいとは、どうしても思えなかった。
……そうよ。そこで私が強くあれたなら……今が変わっていたのかもしれない。
そんな情けない私を下に見たフロレンティーナは、狩るべき獲物として認識していたはずだから。
……私自身にだって、こうなった原因はあると思う。
お父様とお母様が、娘がこうなった時に必死に助けてくれようとしているなら、私だってもっと彼らを説得しようとすればそれは出来たことなのかもしれない。
それに、フロレンティーナがここに現れたということは、自分を好きになるはずのヴィルフリートにこれ以上関わるのなら容赦しないと、そう言いたいということだろう。
ヴィルフリートは正義感が強いから、私をどうにかして守ろうとしてくれるはずだ。
いえ……駄目だわ。ヴィルフリートは優しいけれど、このままでは、私はあの人から逃げられない。
だから、ウィルタリア王国を、一刻も早く出た方が良いと思った。
そうすれば、フロレンティーナは彼女の進めたい物語から無関係の人物として私を扱い、ただ助けてくれようとしただけのヴィルフリートには何もしないだろう。
そうよ。私さえ居なければフレデリックと同じように、ヴィルフリートに愛されるように振る舞うはずだ。
一度、部屋に戻って、これまでに稼ぐことの出来た給金を数えてみよう。
王城で働こう! と思った時に、庭師見習いを選んで良かったのが、その辺に生えた薬草でも採取したり増やしたりして、お金に換えられそうな有益な知識を得られたことだった。
隣国まで行って落ち着けそうな場所で、ゆっくりとお金を増やそう。
今は婚約破棄されたばかりの貴族令嬢でもない……ここ三ヶ月ほどで、一人で生きていけそうな知識も得ることが出来た。
私は夕焼けを見ながら決意し、スカートをはたきながら、立ち上がろうと思った。
……ら、背中を誰かに強く押されて、気が付いたら浮遊していた。
え!
「っ……!!!」
「……っ、ブライス!!」
落下していく速度がゆっくりと思えた中、私の名前を呼ぶ声が聞こえて、腰には太い腕ががっちりと巻き付いていた。
「ヴィルフリート……」
もう死んだと咄嗟に思った私は、助けてくれた彼の名前を呆然として呼んだ。ヴィルフリートの乗っている銀竜は地上スレスレにまで降下して、彼は私の身体をどうにか受け止めてくれたらしい。
「まじか……あの女、本当に最低だな」
高度を上げて体勢を安定させると、ヴィルフリートは私がついさっきまで居たはずの屋上を睨み付けていた。
「……ヴィルフリート。私の背中を押した人……見たの?」
「ああ。見た。金髪の聖女だろう。今日もブライスに禁じられた接近したと聞いて、陛下に報告しに行くつもりだった。あの女。かなり良い気になっている。どうにかしてやりたい」
私が恐る恐る尋ねると、ヴィルフリートは怒りの表情で頷いた。
「嘘……ヴィルフリートは、私ではなくて、フロレンティーナの方が悪いって思う?」
「は? ……何言ってんだ。あの高さから落とされたら、普通死ぬんだぞ! どっちが悪いかなんて、一目瞭然だろ。立派な殺人未遂だ。あいつだって、国外追放の罪だな」
ヴィルフリートは低い声で唸るように言い、私はなんだか嬉しくて涙がこみ上げて来た。
「私の言葉を……信じてくれるの……?」
「……自分の目に見えたものを信じないのは、なかなかに難しいな」
「っ……っ……私っ……っ……私」
「まっ……待て待て。大丈夫だ。ブライス。もう助かった。命は助かったんだ。悪かった。怖かったのに、怖がらせるような事を言ってすまなかった」
ヴィルフリートは泣いてしまった私の背中を撫でて戸惑っていたけれど、私が何故泣いているかは……彼には理解して貰えないと思う。




