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獰猛な竜騎士と草食系悪役令嬢  作者: 待鳥園子


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012 期待

「黙って聞いていたら、好き放題言いやがって。別に俺は、ブライスから色仕掛けされた訳でもない。こんな若い女の子に国外追放の罰を下すならば、手順ややり方があるだろうって進言したんだ。陛下も殿下も同意されたのだから、お前程度にどうこう言われる筋合いはない」


「……ブライスが重罪を犯したことは、陛下も知っての通りだ。だというのに、ここまでの恩情を掛ける必要が?」


 フレデリックは嫌そうな表情を隠すことなく、そう言った。


「若い女の子が騙され売られて娼館に落ちて、そっちはご満足かもしれないが、俺は夢見が悪いんでね。それに、ブライスは水やりしながら薬草に話し掛ける変わったところはあるが、悪いことをするような子にはどうしても思えない」


「薬草に話し掛ける……だと?」


 待って……フレデリック、そこに引っかからないで!


 私は顔にみるみる熱を帯びるのを感じた。どうしてだろう。とんでもない謎行為が明かされて恥ずかしいのもあるけれど、ああ……そっか。私は今ここで初めて、誰かに庇って貰っているのだわ。


 嬉しくてなんだか恥ずかしい……そんな不思議な気持ちだった。


「いや、そこは良い。なにせ俺が言いたいのは、ブライスは誰かに嫌がらせをするような、そんな女の子ではないということだ。オーキッド。お前はどう思う? 世話係を務める聖女とやらは、彼女を犠牲にしてまで手に入れたい存在なのか?」


「何を! ……レイド。お前は騙されている。フロレンティーナが、どれだけブライスに虐められていたか。それをすべて話せばお前も納得するだろう」


 ヴィルフリートの冷静な言葉を聞いて、フレデリックは大きく動揺したかのように瞳を揺らした。


「性格の悪い女なら、姉で懲りているんでね。俺はそういう性悪女に騙されない。だから、わかるんだよ……ブライスがそういう女の子ではないことはな」


 あ。ヴィルフリートって、お姉さんが居るんだ。小説の中には、そこまでの詳しい親子関係は出て来なかった。


 なにせ、『れんかん』にはメインヒーローのフレデリック以外にもヴィルフリート含め、何人もヒーローが居るのだ。後半に出て来るヴィルフリートのことは、そこまで掘り下げては描かれなかった。


「……後悔するなよ」


「どっちが」


 不快さを隠さないフレデリックはヴィルフリートの次に私を睨み付けて、くるりと背を向けて去って行った。


「……おい」


「なっ……なんですかっ」


 私はヴィルフリートに、また何か意地悪なことを言われると思ってしまって身構えた。


「よく泣かなかったな」


 そう言ってヴィルフリートは、私の頭をポンポンと叩いた。え。優しい……嘘でしょう。


 改めて彼の姿を見れば、先ほど鍛錬していたそのままの姿で、着替えもせずに私を助けに来てくれたんだと気が付いた。


「……こんなの、慣れていますから」


 私の声は震えてしまった。


 フレデリックはフロリアンのことで糾弾されるのがお決まりになっていて萎縮してしまうけれど、私が何より恐れているのは……フロレンティーナのことだ。


 フレデリックはまだ紳士的に振る舞おうとする気持ちがあるけれど、フロレンティーナは私をどこまでも痛めつけたいという思いが透けて見えた。


 今にも食さんとしている怯える獲物を前にした肉食獣のように。


「そんなこと、絶対に慣れるな」


 ヴィルフリートは真剣な眼差しでそう言い、私は不意に胸がドキッと高鳴った。


 ……え?


「……あ。悪い。呼ばれた。一人で帰れるな?」


 確かに遠くからヴィルフリートの名前を呼ぶ声が聞こえ、彼は頭を掻いていた。そうだった。どう考えても勤務中の鍛錬中だった!


「……はい! ごめんなさい!」


「謝るなよ。ここでは、ありがとうございますだろ?」


 ヴィルフリートはそう言うと、慌ただしく走って行った。


 さっきの名前を呼ぶ声がどう考えても怒鳴り声だったので、ここから団長などに怒られるのかもしれない。なんだか申し訳ないけど、ヴィルフリートが来てくれて……助かった。


 私は歩き出して、さっきのことを思い返した……わ。びっくりした。


 いつも割と厳しいことばかり言って来るのに、今日はやけに優しかった。


 そして、間が良いことに庭師見習い仲間がジョニーのところに今から日誌を持って行くというので、彼に日誌を預けることにした。


 仕事を首尾良く済ませることの出来た私は、足早に自室へと帰り扉を後ろ手でバタンと閉めた。


 びっくりした……ヴィルフリートが、私をフレデリックから庇ってくれて、びっくりした!


 しかも、私のことをあんな風に言ってくれるなんて……胸の中がじーんとした。


「……あれ?」


 私はひとりでに頬に流れる涙に触れた。


 今まであんな風に庇ってくれる人なんて、誰一人居なかった。味方なんて誰も居なかった。


 皆、フロレンティーナの言葉を支持した。


 私は責められるだけ責められても、言い訳することすら許されなかった。


「ヴィルフリート……」


 あの人はいずれ……フロレンティーナのことを好きになるだろうと思って居た。


 けれど、違うのかもしれない。もしかしたら、私の言葉も信じてくれるのかもしれない。


 もし、これで彼に裏切られたら……そう思った。けど、フロレンティーナがこれを知ればただでは済まない。


 それに気が付いて、私の心は急速に冷えていった。


 その先を、決して期待してはいけない。


 ……どうせ、すぐに裏切られるのだから。


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