011 諦観
「フレデリック……どうしてここに?」
驚き過ぎて頭の中が真っ白になっていた私は、頭に浮かんだ疑問を、そのまま口にしていた。
フレデリックは高位貴族で次期公爵ではあるけれど、学生なので城では働いていない。
「国外追放を前に城で保護されたという、ブライスを見に来た……まさか、こうして偶然会えるとは思わなかった」
「どういうこと……?」
淡々としたフレデリックの言いようを、私は不思議に思った。だって、彼は偶然会ってしまったという訳ではなく、私がここに居ると確信して城に来たように聞こえたからだ。
「何も知らないのか。ブライス。ヴィルフリート・レイドが君の境遇について、殺人未遂は重罪とは言え、若い貴族女性に対し、あまりにも扱いが酷いと王太子殿下に進言し、陛下も彼の言い分を認めた。だから、ブライスの身柄は、一時的に彼が保護して後見する……と、そういうことになっている」
「……! それは、知りませんでした。私には、彼は何も」
そうだったんだ! だから、そういう事情もすべて知っている聖竜騎士団の面々は私に対し、深入りせずに放っておいてくれたんだ。
……けど、今思うとヴィルフリートにそう知らされていれば、私は彼に申し訳ないのでと、すぐに出て行っていたかもしれない。
だから、この彼の対応が私の今後にとってベストであったのかもしれない。
「……ブライス。婚約破棄をされてから、竜騎士を手玉に取ったとか。フロレンティーナが言って居た通りに、ふしだらな女だ」
フレデリックが眉を寄せてとんでもないことを言い出したので、一体何をと私は目を剥いた。
「なっ……! そんな……違います!」
ヴィルフリートを手玉に取るなんて、そんなこととんでもない。どんなに贔屓目に見ても、彼は私なんかに手玉に取られてくれそうな男性ではないことは確かなのに。
「何が違うんだ。その通りだろう? だから、フロレンティーナにも、何度も何度も嫌がらせを」
軽蔑の眼差しを向けられた時に、それだけで萎縮してしまった私は、もう何も言えなくなった。
なんでだろう。もう何年間も繰り返したやりとりなのに、いつまでも突き刺すように心が痛い。
ここで何を言っても私なりの事情を順序立てて話しても、フレデリックは私が全部悪くてフロレンティーナは可哀想で悪くないと言う。
いつもいつも……いつもフレデリックは、そうだった。
私だって可能性を抱いて、フレデリックを説得しようとしたこともあった。証拠に思えるような手紙などを集めても、どうせ偽物でくだらない偽造だろうと取り合ってもくれなかった。
私の両親は娘の邪魔になる『聖女フロレンティーナ』の事を煙たがっていたから、嫌がらせを誤解されていると言っても、何の問題ないという程度だった。
この世界での貴族と平民の身分格差は大きく、お父様とお母様は、公爵令嬢たる私が身の程を知らない平民出身のフロレンティーナを排除することを、むしろ奨励していたのだ。
娘の私がそのせいで将来結婚する婚約者に嫌われてしまうと主張しても、いずれ結婚するのはお前なのだからと取り合ってもくれない。
そんな中で、私は何もかもを諦めていった。
フレデリックは彼女と出会った最初は、私と彼女を『同じくらいに』可愛いと言っていた。
けれど、フロレンティーナへの嫌がらせが次々に発覚する婚約者を見て、強い嫌悪感を隠さなくなっていた。
『ブライス。僕は君を軽蔑する』
と、私に階段から落とされる演技をし終えたフロレンティーナを抱きしめ、フレデリックがそう言っていたことを思い出す。
あれだって、いきなりフロレンティーナが階段から落ちそうになっていたから、咄嗟に助けようと手を伸ばしただけだったのに……まんまと、フロレンティーナの罠に嵌まってしまったのだ。
だから、ヴィルフリート・レイドが国外追放の罰を受け路頭に迷いそうな私を好意で助けてくれたことなんて、彼にとってはきっとどうでも良いことなのだ。
私が城内で保護されていて、庭師の真似事もしているらしい。だから、好奇心で見に来た……そんなところではないだろうか。
人は自分の信じたいことしか……信じない。信じてくれない。
私の言葉なんて、フレデリックにとっては『信じるに値しないこと』なのだ。
……そうだった。久しぶりだから、なんだか忘れてしまっていた。フレデリックには何を言っても、何をしても、もう無駄だもの。
ここは何も言わずに黙って、やり過ごすしかない。いつも通りに。
「おい。ブライス。いつものように、だんまりを決め込むのか? もし、言いたいことがあるならば、言えば良い……僕に捨てられて、レイド公爵家の嫡男をすぐに捕まえるなど……どんなふしだらな手を使ったのか」
私は心を閉ざして、自分を守ろうと思った。
……耐えるしかない。今までだって、ずっとそうだったのだから。
「おい。見るからに女にモテなさそうなそこの男。俺の女を侮辱したので、それなりの報いを受けてもらう」
私はその声が聞こえた時、まさかって思った。
まさか、こんなにタイミング良く……私のことを、助けに来てくれるなんて。
「……は?」
けれど、フレデリックの顔が不快そうに歪んだので、間違いないって思った。
……ヴィルフリートがまた私のことを、助けに来てくれたんだ。




