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R-067 炎の壁


 「やって来ました。ウルドの飛行船です!」

 サラレイが石壁の間からヨルムンガンドを見て大声を上げた。

 バシャ! ……バシャ! とタルを投下する音が聞こえてくる。ほぼスクルドの南全面に投下したように見える。

 1隻が投下を終えると、次の1隻が再びタルを投下し始めた。100ℓ程のタルが50個以上投下されたようだ。


 「まだ【メル】を放つなよ。敵がヨルムンガンドを渡ろうとした時に放て!」

 「了解です。使い手には俺の指示に従うよう念を入れておきました」

 

 俺に振り向くことなく、サラレイは南を眺めている。

 仮想スクリーンには下火になった炎がまだ見えているが、その炎に照らされた敵兵は炎で負傷した仲間をむさぼっているようだ。

 端末をバッグに仕舞い込んで、銃を肩に下げると、俺は北を眺めた。北の石塀の先に上げている光球が瞬いて見えるのは、かなり航空部隊が接近しているのだろう。

 だが、スクルドの砦内に築いた対空機関銃はいまだに銃撃を与えていない。このままでは、大規模な【メルダム】攻撃を受けるのは時間の問題に見える。


 突然、北の空に向かって巨大な火の玉が飛んで行った。更に北の空の左右に向かって何十個という火の玉が飛んで行く。

 「何だ、あれは! 【メル】なんて問題じゃないぞ」

 「あれが、サーシャちゃんの奥の手か……。たぶん、バジュラから打ち出してるんだろうな」


 俺の呟きを聞いて、動揺した連中に安堵の色が浮かぶ。知らないのは恐ろしいが、味方の攻撃なら安心出来る。ましてサーシャちゃん達が絡んでいるなら自分達に危害は及ぶ事がないと考えてるんだろうな。

 攻撃は、バジュラの過粒子砲に違いない。パルス状に撃つことで球体のように見えるんだろう。【メル】の火炎弾は紅蓮の色だが、あの火の玉は青白く見える。相当な熱量を持ってるに違いない。


 そんな想いで見ている中にも、次々と火の玉が北に向かって飛んで行く。あの1つでいったいどれぐらいの敵兵が打ち落とされているんだろう。

 数分ほど過ぎると、北の城壁近くで待機していた亀兵隊達が銃撃を始めた。地上を進む敵兵は、まだ到達していないだろうから、過粒子砲の一撃をかいくぐった敵の航空部隊を狙撃し始めたに違いない。


 「西と南が動き始めたそうです!」

 通信兵が、天幕から頭をだして俺達に大声で知らせてくる。

 「ここからではまだ分かりませんね」

 「良く見といてくれ。2M(300m)でグレネードを使えばいいだろうが、航空部隊もあるからな」

 「分かっております。半数を上空監視に当たらせてます」

 

 遠くに黒く見えるのが敵軍なんだろうが、俺にはあまり良く見えないな。300mでも怪しいところだ。やはりサラレイの目に期待しよう。

 

 石壁に俺の影が映る。急いで後ろを振り返ると大きな炎が砦内に2つ程上がっていた。敵の【メルダム】が放たれたようだ。ばらばらと兵達が負傷者を助けようと炎に向かって走っている。

 それでも、欺瞞用の焚き火を目標に放ったようだから、直撃を受けた者はいないだろう。命さえあれば、【サフロナ】で助かる。サーシャちゃん達がそれを使える魔道士を連れて来てくれた事に感謝だな。

 

 【メルダム】の炎をみている俺の視線の端で、イオンクラフトが一斉に飛び立つのが見えた。青白いイオン噴流をなびかせて西に向かって飛んで行く。

 西の方が切迫しているようだな。長砲身砲が短かい間隔で砲撃を始めたようだ。

 南に砲身を向けて並んでいる短砲身の砲列には、まだ砲兵がいないようだ。敵の連携はあまり良くは無さそうだな。

 急に、西の空が明るくなった。何十個もの光球が西に向かって行く。敵の大部隊が接近してるってことだな。

 

 「こっちの敵に動きはないのか?」

 「接近はしていますが、かなりゆっくりです。まだグレネードランチャーの射程にも入りません。とは言え、時間の問題ではありますね」


 イオンクラフトが編隊を組んで着陸を始めている。爆装して再度攻撃に出るんだろうが、爆弾の炸裂音が聞こえなかったところをみると、敵軍の奥を爆撃したことになる。長砲身砲の砲弾の炸裂音さえ聞こえなかったぞ。いまだに砲撃は間隔を広げて続いているのだが……。

 

 「だいぶ近づいてきましたね。2M半(450m)というところでしょうか……。予定とおりに攻撃を開始します」

 「了解だ。どうやら、サーシャちゃんは同時攻撃を少しずらしたかったらしいな。初期だけでもずれてくれるならそれに越したことはない」

 

 時間にして1時間にも未たないが、それだけ余裕が生まれる。その為にイオンクラフトで西の敵部隊後部を爆撃したに違いない。

 だとすると、次のイオンクラフトの攻撃は西の中央になるのだろう。南は炎の壁で遅延させることができるからな。

 

 サラレイが左右の兵を伝令に走らせた。すぐに、数個の光球が上空に上がる。少し時間を置いて、南の石塀を守る部隊からも光球がヨルムンガンドの上に放たれていく。

 その光に照らされて黒い姿が浮かびあがった。地上攻撃前に俺達を爆撃するつもりだな。

 たちまち、空に向かって銃撃が始まる。ユングやディー達がいるから、果たしてヨルムンガンドを超えられるか微妙なところだ。

 対する西は、既にグレネード弾の射程に入ったようで盛んに撃っているようだ。甲高い炸裂音が重複して聞こえてくる。

 

 何時の間にか、北の石壁が静かになっている。どうやら、敵の航空部隊を凌いだようだが、砦の中に【メルダム】の痕跡があちこちにみられる。10回以上の攻撃は受けているようだな。上手く欺瞞用の焚き火に誘導できたみたいだから、損害は軽微なのだろう。


 「北から西に1個中隊が移動するようです!」

 「それだけ激戦なんだろう。砲撃だって続いているからな。ここももうすぐ激戦になるかも知れないぞ。覚悟しとけよ!」

 

 後ろを振り返って、通信兵と話をしているとサラレイの大声が上がった。


 「撃ち方、始め!」

 立て続けにグレネード弾が発射される。館からは10個程だが、左右に展開している兵達も撃ちだしたから、200個近いグレネード弾が打ち出されたことになる。

 グレネード弾の炸裂光で敵軍の動きが分かる。

 ヨルムンガンドまで残り100m程までに近付いている。先頭の敵兵の突き出した顔が光球で俺にも見えるまでになってきた。

 

 「先頭がヨルムンガンドに入ったら【メル】だぞ!」

 「了解です!」


 ヨルムンガンドの対岸までは100mに未たない。防壁と一体化した館の外壁からヨルムンガンドの北の面は石で覆っている。その距離は20m程だ。その先に横幅30mの溝のような堀になっているが、南は土を削っただけだから強度的には問題があるのだが……。

 その南側の岸から20m程の距離で先頭集団が止まっている。ヨルムンガンドの水深を気にしているようにも見えるな。

 地下水脈を封じた岩盤の亀裂から噴出すスクルドの水源は、時間当たり数百tの水量を噴出している。大半はヨルムンガンドに水路で流しているのだが、それでも水深は1mはないだろうな。東西に長く伸びたヨルムンガンドは地面を掘り返しただけだから、10km以上離れればほとんど流れを作ることはない。

 

 「短砲身砲に砲撃命令が下りました!」

 「来るぞ!」

 大声で周囲の兵達に伝える。直ぐに後方から、周囲の喧騒を破るように砲声が聞こえ始めた。

 射程が3km程だから、館の上から着弾して炸裂する光景がよく見える。

 南の石壁を守る兵達にもそれは見えたろう。その炸裂光に照らされた大軍を目にして、これからの戦いの決意を新たにしてくれただろうか?


 「やはり、短砲身だと射撃間隔が短かいですね」

 「弾丸の重さは同じでも、発射薬が半分もない。それだけ砲弾の大きさが小さいから、少人数で使えるようだ」

 「満遍なく撃ってるようですから、それだけでも被害は拡大しているはずです」

 

 そうだろうか? 見た目は派手に敵軍の中で炸裂しているが、75mm砲弾の被害半径は直径20m程度だろう。敵軍がアリガーを揃えているなら、その強靭な皮膚は防弾性能をある程度持っているだろう。実際の被害半径は半分程度とみるべきだろうな。1発で十数人を倒せるなら、1回の一斉砲撃で倒せる敵兵は200体程度、それを10回以上繰返しているから被害は2千を超えているだろうが、南に集結している敵兵は数万を超えているはずだ。1%にも未たないんだよな。グレネード弾の効果と合わせて1%と考えればいいか。

 

 「ヨルムンガンドに踏み込みます!」

 

 サラレイの声に南を見るとまるでアリの群れのように南の岸を下りはじめた敵兵の姿が見えた。

 指して深くない水深に安心したのか、堀を渡る速度が速まる。

 突然、ヨルムンガンドの一角に炎が走る。次々と炎が水面を走って南側に炎の壁が出来た。


 「飛び出してきたところを狙うんだぞ!」

 そんな俺の声すら周囲の兵達には聞こえたのか疑わしいところだ。それでも、炎に包まれた敵兵がヨルムンガンドを越えて来るところを狙撃する銃声が辺りに満ちてきた。

 南の石壁の一角を大きな炎が包み込む。アリガーの中に魔道士が紛れているらしい。

 「魔道士を優先して倒すんだぞ!」

 とは言ってみたものの、俺にだってその区別がつかない程に、炎の壁を通って敵兵が押し寄せてきた。


 「だいぶやってきたな。しばらくはこれで攻撃だな」

 ユングが咥えタバコで桶を持ってやってきた。俺のそばに下ろした桶にはたっぷりと爆裂球が入っている。


 「航空部隊は何とかなったのか?」

 「フラウとディーがいるからな。これからもやっては来るだろうが、どうやら航空部隊の主力は北だったようだ」

 それでも、ゼロではない。ディー達が狙撃すれば何とかなると思って俺の所に来たんだな。

 「魔道士が紛れている。俺には区別できないが、何とかならないか?」

 「ああ、いいぞ。意外と簡単なんだ。奴らの体温の違いが分ければな」

 

 人間と爬虫類の体温の違いってことなのか? なら、俺にはさっぱりだな。

 桶に入った爆裂球を適当に投げるのが俺の仕事になりそうだ。ユングが背中のAK47を下ろして、石壁に歩いて行く。体にフィットした戦闘服を着てはいるが、そんなんで壁に立ったら敵の【メルダム】攻撃の恰好の的じゃないか!

 そんな俺の思いを気にしないで、ユングはゆっくりと銃を構え、銃弾を発射した。


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