R-050 焼け石に水
今日は、快晴だな。山岳猟兵部隊の帽子を被ってサングラスを掛ける。
通信兵は亀兵隊用の皮の帽子だ。薄く色が着いたゴーグルを着けている。アルトさん達は俺と似た帽子にやはりサングラスだ。本当はゴーグルがいいんだけどね。
「だいぶ近くでグレネードランチャーを使ったようじゃ。それに2段で使っておるのう。敵が動き出したぞ!」
1個大隊が800個近い数を放ったんだから、ちょっとしたものだな。亀兵隊の方向に悪魔軍が膨らみ始めたのがスクリーンに映し出される。
既に強襲部隊は交替しはじめた。相手を釣り出すのが目的だから、これで第1段階は上手く運んだことになる。
「敵の航空部隊は?」
「現在確認中……。飛び立っていません。まだかなりの兵が残っているはずですが、飛び立っていませんね」
ミーミル攻略のために温存してるということだろうか?
それも、問題だな。
「ミーミルよりイオンクラフトが発進しました。敵の中心方向に向かっています」
俺達に呼応した爆撃ってことだろう。50kg爆弾が20個だからそれなりの戦果が得られるはずだ。
「我らはまだ出撃せぬのか?」
「もう少し様子を見てからだ。ようやく敵陣が北に10M(1.5km)伸びたところだ。どれぐらい追撃軍を出すかを見てからでも遅くはない」
亀兵隊の速度は時速10km程度だろう。遅いと不満が出てるかも知れないな。
後、20M(3km)ほど走れば、第2大隊が位置に付いている。
タバコを咥えながら様子をみていると、第2大隊の放ったグレネード弾で先頭の悪魔軍がかなりやられているようだ。第1大隊が一気に速度を速めて、次の待伏せポイントに向かうと、第2大隊が今度はのんびりと悪魔軍を引き連れて移動し始めた。
「のんびりしておるのう。じゃが、あの悪魔軍はどれだけ進むのじゃろう?」
「前に行ったときは、5万を超えとった。それも無理やり、敵陣より切り離しておる。それが無かったら……全軍が向かうことにならないじゃろうか?」
キャルミラさんとアルトさんの会話をのんびりと荷台で聞いている。
確かにそうなる可能性が高いことも確かだろう。
「ディー、もし全軍が亀兵隊の後をついてきた場合、どれぐらいの長さになると思う?」
「そうですね……。30kmにはなるんじゃないでしょうか?」
1kmに1.5万人ってところか? それはかなり問題があるな。
「ですが、長蛇の列になった場合は、ミーミルの思いの壷になります。爆撃、機銃掃射が有効的に使えますからね」
「ならば、全軍を移動させながら殲滅ということも絵空事ではないという事か?」
俺の問いに、ディーが頷いた。
予定した集結地点までの距離は敵軍の中心から50km以上離れている。とりあえず、今日の殲滅地点まで誘き寄せたところで、集結地点に先回りして待つことにするか……。
後続の敵軍を別の仮想スクリーンを立ち上げて確認する。
進行方向は俺達と戦端を開いている悪魔軍の方向だ。ククルカンを出る時には10万を超えていた軍勢が、数百km進む内に半分以下に数を減らしている。姉貴達の小型飛行船による爆撃はかなり盛んなようだ。
サーシャちゃんは攻撃を控えてるのが不気味だな。
ひたすら砦を仕上げているようにも思えるけど、それで済むわけがない。
現在の状況を考えると、1日に5万以上悪魔軍を倒せれば次第にヨルムンガンド以北の悪魔軍を駆逐出来ると言うことになるが……。まあ、無理はしないでおこう。
「もう直ぐ、射点に入ります。襲撃部隊の2大隊は北東に進路を変え、速度30kmで進んでいます」
ディーに告げられ、慌ててスクリーンを覗き込むと、亀兵隊の進んでいる方向を見失い、周囲を眺めていた悪魔軍の姿が炸裂煙で見えなくなった。
「かなり広範囲じゃのう……。隊列が入れ替わっているぞ」
「次はグレネードを使うんだろうね。1発撃って逃走するはずだ」
作戦通りに運んでいるな。ミーミルから再びイオンクラフトが発進して、敵軍に爆弾を投下している。
これで、数千問いうところだろう。スクリーンの中の戦闘工兵達が隊列を組んで北東に進路を取っている。
この後の悪魔軍の行動が、今後の俺達の作戦を左右する。
砲弾で飛び散った土砂のが風で流されて、悪魔軍の姿が現れた。後続した連中が倒れた兵士を貪り食っている。そんな連中で射点だった場所に悪魔達が続々と集まり出した。膨れ上がった軍勢は、戦闘工兵が逃走した方角へと動き出した。
襲撃第1大隊に連絡しろ。『戦闘工兵の後ろを追ってくる。迎撃した後、予定地点に集合』。次は戦闘工兵に連絡、『再度無反動砲で攻撃。攻撃地点は襲撃第1大隊と調整すること』以上だ」
「やはり全軍が引き摺られることになりそうじゃな」
「このまま北に進ませ、ミーミルから一旦遠ざけます。数日後に南に下がってミーミルの前を通れば連中はミーミルを狙うでしょうね」
連中を連れまわして最終的に湖の周りを1周させてもおもしろそうだ。
まあ、それには敵の増援を絶たなければならないだろうけどね。
昼を過ぎたところで、一旦イオンクラフトを下りて休憩をとる。
焚火の跡に焚き木を積んで再びお茶を沸かして一休みしているけど、通信兵達は交代での休憩だ。何時、通信が入ってくるか微妙だからな。
「ノルドよりバジュラが出撃しました。敵の増援軍の進行コースにのって敵を蹂躙しています」
「けっこうな数を倒せるだろうね。こっちのその後は?」
「2回目の無反動砲撃を受けて現在動きが停滞しています。既に最初の位置から15kmほど追い掛けてきてます」
最初の位置から相当伸びているな。悪魔軍の最初の陣もだいぶ小さくなっている。
そろそろ、3回目の爆撃がミーミルから行われそうだ。
となれば、俺達はこのままもう一度待伏せをすれば良いだろう。
「襲撃部隊第2大隊に連絡。『敵を挑発して更に数km北上せよ』以上だ。そして俺達もここを引き払うぞ。伸びた悪魔軍の回廊の上に爆裂球をばら撒いて北の丘に向かう」
「いよいよ攻撃じゃな!」
アルトさんが跳ねるようにしてイオンクラフトに飛び乗ったぞ。そんな光景をみて溜息を付きながら俺達もイオンクラフトに乗り込んだ。
悪魔軍の蛇行する群れの上を数km飛びながら爆裂球を落とした後、地上1m程の高さを滑空しながら機関銃とAK47で銃弾をばら撒く。
倒した数はそれ程ではないのだろうが、塵も積もればって言うからな。今は少しでも数を減らす状況なのだ。
北の丘を飛び越えて、その斜面に着地する。既に、亀兵隊が1個大隊集結していた。
俺達がイオンクラフトから下りて、機体の下に下げた網から数本の焚き木を取出し、直ぐに焚火を作る。
ディーと通信兵が焚火で夕食を作り始めた。
簡単なスープとビスケットのようなパンだけど贅沢は言えない。
焚火の傍に腰を下ろして、端末の仮想スクリーンで状況を確認する。
既に3個大隊は丘に到着しているが、悪魔軍も丘を目指して動いているようだ。かなり速度を落として、現在は時速3km程だがから、この丘に悪魔軍が到着するのは10時間以上は掛かりそうだな。
通信兵を使って各大隊長を集めさせると、30分程で全員がそろった。
簡単に状況を説明したあとで、休息を指示する。
「それ程時間がありますか?」
「少なくとも10時間近くは大丈夫だ。俺達で周囲を探るから、食事を終えたら装備品を再点検して休んで欲しい」
皆が引き上げたところで、イオンクラフトの荷台を利用して簡単に天幕を張る。通信兵とアルトさん達を早めに休ませて、ディーと2人で悪魔軍の動向を見守った。
とはいえ、 ディーに殆どを任せて、俺は焚火の横にポンチョを広げて横になる。
今日の戦果は数千人というところだろう。ミーミルの爆撃と合わせて1万を考えればいい。バジュラが後続の悪魔軍を蹴散らしているから、俺達と対峙する悪魔軍はやや戦力を消費したことになるんだろうな。
問題は明日の作戦だ。やはり悪魔軍の東を南に移動することになりそうだな。ミーミルの近くを通れば、ミーミルへの攻撃に悪魔軍が転じそうだ。2個中隊が駐屯しているから、前よりは遥かに防御力が上がっている筈だ。敵を消耗させるには絶好だと思うんだが……。
俺が目を覚ました時は既に朝日が昇っていた。
慌てて、端末を操作して敵情を観察する。
どうやら、俺達との距離は6km以上あるようだ。朝食を食べる時間はありそうだな。
昨夜のスープを温めて皆で朝食をとる。
食後のお茶を飲んでいると、副官を伴なって大隊長達が焚火に集まってきた。
通信兵達が彼等にお茶のカップを渡しているのを見ながら、今日の作戦を伝える。
「奴らの側面を走り抜けながらミーミルの南40M(6km)の地点で集合する。集合時に距離が20M(3km)無ければさらに20M(3km)南進するぞ。
敵の側面をグレネードランチャーで叩くことになる。1列縦隊で走り抜けるから、絶対に囲まれるなよ。先頭は戦闘工兵で第1、第2が続く。俺達は最後尾を進むが、何時でも上空に逃げられるから心配は無用だ」
「海岸まで40M(6km)もないんですね。だんだんと、海側に追いやられませんか?」
「これが現在のやつらの状況だ。南南西方向からこの丘に向かっている。ミーミルまでの距離は約100M(15km)その先40M(6km)であれば巡航速度でも1時間は掛からない。そして奴らの進軍速度は時速20M(3km)程だ。追いやられる前に通過が可能だろう?」
「あまりグレネード弾が撃てませんね。半数をAK47を使わせてもよいですか?」
「任せる。今回は南への移動が最重要課題になる。本格的な攻撃は午後だ」
「時間は……。エイルーさんは何時出発できる?」
「直ぐに出られるにゃ!」
「なら、15分後だ。襲撃部隊の出発の合図は無線機で送る。戦闘工兵が全軍出た後で連絡するぞ」
大隊長達が帰ると、俺達も出発の準備を始める。荷物をイオンクラフトに積み込んでいると、少し離れた場所を戦闘工兵達が全速力で通り抜けて行った。
「通信兵、襲撃部隊第1大隊に出撃の連絡だ!」
俺の言葉に片手を振って通信兵が答えてくれる。
さて、今度は上手くいくかな?




