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4冊目「リーゼさん八つ当たりする」

 

 

 人気MMORPG、〈エルダー・テイル〉。

 1人でのソロプレイあるいは6人でのパーティプレイ冒険が基本であるこのゲームで、今、2人の〈冒険者(キャラクター)〉が戦闘を繰り広げていた。

 画面を覆いつくす巨人達の群れ。

 巨人系モンスターが跋扈することで有名な「古戦場セキガハラ」。

 その中でも、最奥ゾーンであるここ、「西武卿の本陣跡」に現れるエネミーの数は群を抜く。

 押し寄せる〈湖沼巨人(グレンデル)〉ら巨人の群れを見据え、


「ああもう! なんなのよあの能面女ッ! せっかくクラスティ様といいところでしたのに!」

 

 まったく戦況とは無関係な叫びを上げると、女は天高く右手を掲げた。

 その五指の先端それぞれに、赤熱する光球が具象化する。

 それは、瞬く間に煮えたぎる溶岩の塊へと形を変え、それぞれがゴルフボールほどの大きさになる。


「絶対アレ、ギルメンの中にスパイか何か仕込んでいて、私がクラスティ様に近づくと乗り込んできているに違いないですわ! そうに決まってますっ!」

「いや、それは絶対被害妄想だろォが! ってかギルドルームのど真ん中でいちゃいちゃしてりゃ、邪魔も入って当然だろッ!」


 連れのツッコミを黙殺し、女は手を振り下した。

 それを合図に、五つ赤熱する溶岩の弾が、敵の集団の中を縦横無尽に駆け巡り、蹂躙していく。

 紅色の軌跡はまるでガラスに走る亀裂めいた鋭角な軌道。

 五つの弾丸はビリヤードのように、10体の〈湖沼巨人(グレンデル)〉の巨体の間を疾駆し、次々と強大なダメージを与えていった。

 〈フィンガー・オブ・ラーヴァ〉。

 魔法攻撃職の中でも最大の攻撃力を持つクラス、〈妖術師(ソーサラー)〉を象徴する攻撃魔法である。

 高い威力と、密集した複数の敵に対して同時に攻撃を行えるという特性に比して、詠唱時間も再使用規制時間も少なく、優秀な特技であった。

 〈エルダー・テイル〉の特技は、会得、初伝、中伝、奥伝、秘伝の順に、アイテムやレベルアップで獲得できる習熟ポイントで成長させることができる。

 〈フィンガー・オブ・ラーヴァ〉は、その成長に応じて繰り出せる弾の数が増加する特技であり、全ての指から射出できる彼女はそのまま、この特技を秘伝級まで成長させていることを意味していた。

 秘伝級といえば、大規模戦闘(レイド)級のコンテンツをクリアした報酬アイテムを使用して初めて至ることのできるレベルである。

 そのエフェクトは奥伝のそれとは大きく異なり、多くのプレイヤーの憧れの的となる成長段階だ。

 

 魔法を解き放ったのは、金髪のハーフアルヴ。

 ほっそりとした四肢に、長身。すらりとした身体のライン。

 衣装が衣装なら、ファッションモデルを思わせるスレンダーな体型を、豪奢なローブで包んでいる。 

 日本サーバ最大の戦闘系ギルド、〈D.D.D〉の中核(スタッフ)メンバー、リーゼであった。 


「っていうかこの馬鹿っ! いきなし暴走(ぶっぱ)すンな! まだ奴ら、俺が引きつけ(タウントし)てねェだろ!」

 

 強力な範囲攻撃に反応し、巨人達の敵愾心(ヘイト)が上昇する。

 〈エルダー・テイル〉においては、エネミーの行動を決定付けるシステムに敵愾心という概念が存在する。

 強力な攻撃、戦況を覆しうる回復行為といった行動を行ったキャラクターに対して、エネミーは敵愾心を募らせ、優先的に攻撃を集中させるようになるのである。

 その原則に従い、10体の〈湖沼巨人〉達が、リーゼに向かって殺到していく。


「ああもう言わんこっちゃねェ!」

「ンなことわかってますわ! 数分は持ちます!」

「アホか! 装甲紙職(ソーサラー)がグレ様10体相手って即死コースじゃねェか!」

「接敵範囲の限界で実質4体! いけますわっ!」


 実質4体。

 リーゼの発言は、エネミーのスペースと攻撃パターンを勘案した上でのものだった。

 〈湖沼巨人(グレンデル)〉は、攻撃力は大きいものの、拳による近接攻撃しかしてこない。

 相対的に小柄な冒険者を取り囲み、同時に殴ることができるのは、4体が限界なのである。

 また、リーゼのサブクラス〈軍師〉による特技〈戦術予報(プレディクション)〉は、〈湖沼巨人(グレンデル)〉の戦術ルーチンが「愚鈍」に属することを読み取っている。

 融通の利かないこの巨人の思考パターンでは、「ヘイト値が高い敵を殴ることができないから、攻撃目標を別に切り替える」という的確な判断ができないのである。

 つまり、残る6体は、リーゼに攻撃を加えることができず、その周囲をうろうろと動き回ることしかできないのだ。

 

「だとしても〈妖術師(ソーサラー)〉が囮とか無茶だろ!? この本気お嬢(むてっぽう)め!」

「それが判っているなら早くなさい! 目標〈一眼巨人(モノアイヘッド)〉! 削りの目安は3割で!」

「くっそ、ただ死にすンなよ! 俺一人でこんな巨人とガチムチパラダイスとか絶対無理だかンな! 誰か! お客様の中にツナギの似合ういい男はいませんかチクショー!」

「うっさいボケ! いいから落ち着いて指示通りにやんなさいっ! ……ですわっ!」

「わーったよ! あとテメェは落ち着けとか鏡見てから言えーっ!」

  

 同行している〈武士(サムライ)〉に端的に指示を出すと、リーゼは新たな特技を行使する。

 〈インパティエンス・ボルト〉。拳大の光球を術者の周囲に漂わせる魔法である。

 この光球は、術者に近接攻撃をヒットさせた敵に反応して雷撃を放ち、反撃ダメージと、一時的な「行動遅延」のバッドステータスを与える。

 〈湖沼巨人〉の豪腕によるダメージは大きいが、攻撃速度は遅い。これで、多少は持ちこたえることができる。


 感情は高山三佐への苛立ちで占められているものの、リーゼの思考は冷静だった。

 感情的になりがちな傾向はるあが、捨て鉢はリーゼの好みではない。十分な勝算があるからこそ、2人でこんな戦場までやってきたのである。 

 リーゼには、己の戦術判断能力に対する自負がある。

 実のところ、〈D.D.D〉戦術哨戒班が設立されたときには、まず自分がその班長に選ばれるものと思っていた。それだけの努力はしてきたつもりだし、実績もあったはずだ。

 様々な巡りあわせで、結局はその座を高山三佐に奪われはしたが、それは決して自分が高山三佐に劣るからではないと、リーゼは思っていた。


「……ううううう、やっぱり能面(さんさ)死すべしーっ!」

「あああやっぱり私情入りまくりだよ! テメェが冷静だとかぜってェ信用できねェ! このお嬢サマとサシでの稼ぎは何でいつもこんなンだよっ!?」

 

 エネミーに囲まれている以上、殴られて詠唱が妨害されるような大魔法は使えない。

 殴りかかってくる敵を1体「行動遅延」にする度に効果が消滅する〈インパティエンス・ボルト〉を再発動しながら、リーゼは連れの〈武士(サムライ)〉に目をやった。

 〈武士(サムライ)〉が攻撃しているのは、〈湖沼巨人(グレンデル)〉ではない。より高レベルのエネミーである〈一眼巨人(モノアイヘッド)〉だ。

 〈湖沼巨人〉より数割増しの攻撃力とHPを持ち、「岩投げ」という遠距離攻撃能力も持っている。

 リーゼが〈一眼巨人〉を連れに任せたのは、この遠距離攻撃を警戒したからだった。

 〈武士〉は一般に防性クラスと言われる前衛職に括られるが、再使用規制時間の長い強力な特技を連発することで、短時間だけならば武器攻撃職並みのダメージ効率を確保することができる。


「ほら! キリキリ動きなさいっ! 取り分50%に戻しますわよっ!」

「クソッ、人使いが荒いなオイ! 7割もらっても足りねェよッ!」


 文句を言いながらも、見る間に〈武士〉は〈一眼巨人〉達の中で舞うように二刀を振るう。

 仮にも、数多いギルドメンバーの中でリーゼが選んだプレイヤーである。

 岩投げと殴りの射程距離の境界を前後することでモーションに入りかけた行動を無効化しつつ、最低限の被害で攻撃を積み重ねていく。


「で、ここからどうするつもりなンだよ、お嬢! まだ数の優位はひっくり返らねェだろうがッ!」


 〈一眼巨人〉5体のHPを均等に削りきったところで、声がかけられる。

 リーゼは視線を周囲とパラメーター画面に移す。

 自分の残りHP4割。行動遅延状態の巨人は、自分を包囲している者のうち3体。

 4度目の〈インパティエンス・ボルト〉。振り下ろされる4体目の拳。削られるHP。残り2割。

 そして、4体目の〈湖沼巨人〉のステータスに、行動遅延の文字が追加される。

 そこまで目で追った時点で、リーゼは次の指示を出した。


「次、〈旋風斬り・怒涛〉! 〈一眼巨人〉を全部私の方へ寄せて! 今から本命の詠唱を開始しますわ!」

 

 〈旋風斬り・怒涛〉。

 〈武士〉の特技の中で、広範囲に同時に攻撃を加える〈旋風斬り〉から派生した技である。

 ダメージ自体はひどく低いが、その特性は〈旋風切り〉系の中でも随一の攻撃範囲と「敵を吹き飛ばすことができる」点にある。


「マジか?! 巨人(ガチムチ)集めて逆ハーレムってどんだマニアックなんだよお嬢!」

「黙れバカーっ! 早くしろって言ってるでしょ! ……ですわっ」


 軽口を叩きながら〈武士〉が敵の背後へと回り込む。

 そのまま、刀を振るう。〈旋風斬り・怒涛〉の、青い光のエフェクトが眩しい。

 放たれた輝く衝撃波が、〈一眼巨人〉5体をまとめて、リーゼの方向へと押し出し、障害物である〈湖沼巨人〉にぶつかって止まる。

 かくて、10体の〈湖沼巨人〉と5体の〈一眼巨人〉、このエリア全てのエネミーが、リーゼを核とした団子状に配置された。

 

 その間に、リーゼの詠唱(じゅんび)は完了している。

 グレンデル4体に入れ代わり立ち代わり殴られれば、妨害されてしまいかねない長さの詠唱。

 しかし、〈インパティエンス・ボルト〉によって行動遅延状態となった巨人では、この詠唱を止めることはできない。

 リーゼが地に掌を突くと、その点を中心に、白い輝線が地面を駆け巡った。

 乾いた水路を流れる雨水のような速度で展開される光。


 〈アラクニッド・ネスト〉


 移動阻害系の魔法で、術者を中心とした一定範囲に対して、敵味方の区別なしに移動不能の影響を与える癖の強い特技である。

 紙同然の装甲である〈妖術士〉が敵に接近しなければ使用できないこと、敵味方の識別ができず効果を発揮することからいわゆる「残念特技」に括られることの多い特技だった。

 しかし、効果時間はその他の移動阻害系魔法と比べて3倍近い長さを誇る。

 立て続けにリーゼは次の詠唱を開始する。発動する魔法は〈マナ・チャージアタック〉。

 自身が魔力の塊となって、敵へと突撃する、〈妖術士〉には珍しい「移動と攻撃を同時に行うことのできる特技」。

 与えるダメージは微々たるものだったが、彼女はその効果を使用して、足止めを受けた巨人たちの包囲網を潜り抜け、〈武士〉の隣へと移動した。

 視線の先には、まだしばらく足止めを受けて動けない巨人の群れ。

 遠距離攻撃が可能な〈一眼巨人〉は〈武士〉の攻撃を受けてそちらへと敵愾心が向いているため、そう簡単にリーゼへは投石攻撃が向かってくることはない。

 近距離攻撃しかできない〈湖沼巨人〉に至っては、もはやただの的である。


「つまりは、こういうことですわ」

「倒す前からドヤ顔すンな。敵を倒すまでが戦闘だろうが」


 そのツッコミは癪だったが、事実であるので仕方がない。

 なにより、今目の前には、リーゼが待ち望んだ絶好の「八つ当たり対象」がある。


「そうですわね。それじゃあ、巨人さん……思う存分、私のストレス解消に付き合っていただきましょうかっ!!」

 

 かくて、一方的な蹂躙が始まった。

 

「ああ、あの鉄面皮泥棒ネコ! 秘伝ネコ五枚かぶり! いつもいつも私の出番を横取りしてっ。なんてはしたないの! 恥知らずーっ!」

「だからテメェが落ち着けこの瞬間湯沸かし器(ティファール)娘!」


 轟音。


「誰が娘ですか! 私は大人の女ですわ!」

「だから頭冷やせっての! そんなンだから、三佐さんに出番(たちば)奪われるンだよ!」


 閃光。


「ぅ……うっさいバカお黙りなさいー! アンタ一応うちの副班長でしょっ! 一体誰の味方なのよーっ! ひぐっ」

「マジ? 泣いたか? 泣き入ったのかくそ、言い過ぎた悪かったから攻撃に集中してくれお嬢さん! ってかそろそろ足止め時間切れるンですけどっ!?」


 振動。


「な、ななな泣いてなんていませんわよ! 私は大人の女なのですから、別に、これっぽっちも、悔しくなんてないんですからね!」

「クラスメート相手に『そのロールプレイ』を貫くあたりは尊敬するよ!」

「アンタが〈エルダー・テイル〉やってたことがイレギュラーなんですのっ! 今の私はリーゼなんですからっ。なんですったら、なんですからーっ!」

「わ、わかったから! 俺の方に向けて魔法発動するのはやめろーっ!」

「高山三佐のばかー! クラスティさま愛してるーっ! あと、何で私が戦闘哨戒班になれないのですかーっ!」

「うあー、絶対班員(しんじん)連中に聞かせらンねェ今の台詞! っていうか、今夜中だろ! そんなに叫んで家とかご近所さんに怒られねェのかテメェ!!」

「問題ないのです。ピアノの練習部屋ですから、防音設備は完璧ですわっ!」

「ぎゃー! さらりと言いやがったこのブルジョワジー! こっちはテメェにツッコミ入れるたび隣の部屋の姉貴が『うっせェ明日朝番だから寝かせろコラ』って壁ぼこすか叩いてきていつベルリンの壁がペネトレイトするか死の綱渡り状態なのによっ!」


 かくて、一帯を焦土にする勢いで放たれた長距離爆撃により、巨人たちは殲滅され。

 

「……ぁー。ほんのちょっぴりだけ、すっきりしましたわ」

「……そうスか。そいつはよかったッすね……」


 八つ当たり作戦に成功したリーゼさんの横で、喉を嗄らした〈武士(ツッコミ)〉の少年は力なく言葉を絞り出した。

 

 

◇ キャラクター紹介 ◇

 

リーゼ(妖術士LV90)

 〈D.D.D〉の中核スタッフメンバー。

 キャラクターは長身でモデル体型のハーフアルヴの美女。

 頭の回転は速いが、感情的になりやすい性格で思考がオーバーヒートすることもしばしば。

 普段はお淑やかな令嬢めいた口調で話すが、たまに地が出る。

 三佐さんを色々な意味でライバル視している。

 

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