襲撃
自室のベッドで目を覚まし、あくびをしながら時計を見る。
「ふぁぁ……なんだ、まだ六時か……もう少し寝れるな……」
遅くまで起きていたからもっと寝ておきたかったのに、今朝はちょっと早起きしすぎた。あと十分はゴロゴロタイムってことにしておこう……。
そう考えて再び目を閉じようとしたとき、携帯端末にメッセージが届いた。妙な時間に届いたメッセージに苛立ちを覚えながら、手元に引き寄せてメッセージの送り主を確認する。
「フューネス……?」
こんな時間にメッセージを送ってくるなんて珍しい。しかもリアルで使っている篠原のアカウントからではなく、ゲームアカウントからのメッセージだ。なんだろうと思って内容を開くと、そこには短い文章で一言、
『拠点が襲われてる』
と書かれていた。
「……は?」
寝惚けていた頭では理解が追いつかなかった。
朝なんですけど? こんな時間に襲撃? なんで?
ぐるぐると言葉が渦巻く。そして、数秒のタイムラグの後、俺の手は素早い動きでヘッドギアへと伸びていた。眠気は吹っ飛んだ。
襲撃が来た。それも朝に。
これは、Quartetが食らったのと同じ『オフラインレイド』だ。
◆
『Vua hiệp sĩにキルされました。 リスポーンしますか?リスポーンしない場合はキャラクターを初期化して降下からやり直すこともできます』
ログインした俺を出迎えたのは自身の死亡を告げるダイアログだった。
ログイン直後にこの通知が届くのは、ログアウト中の無防備なアバターが凶暴な野生モンスターに襲われたときや、悪意ある第三者に命を奪われたときくらいのものだ。
昨日の夜はどこでログアウトしたんだったか……記憶が間違っていないのなら、拠点のベッドでそのままログアウトしたはずなんだけど。
でも、そうだとしたら相当マズい状況じゃないか?
「リスポーンするから早くマップを出してくれ!」
俺はシステムに向かって叫びながら、マップに表示された現在リスポーン可能なベッドを確認した。
それらは普段なら二十床以上は表示されるはずなのだけど、いまはマルボロが設置した埋め込みベッドだけしか残っていなかった。
最悪のシナリオが脳裏を掠めた。
通常のベッドが表示されない――これは本拠点内のベッドが破壊されて無くなってしまったことを示している。しかし、拠点内のベッドが壊されるなんてあり得ないことなのだ。
そんなあり得ないことが起きてしまう事態。それはつまり、『拠点内への敵の侵入』だ。
マジかよ……どうなってんだ。とにかくリスポーンしてみよう。
本拠点内の埋め込みベッドの一つをリスポーン先として選択し、湧く前にバグによる感覚器官へのフィードバックを断つために設定を少し弄った。
緊急事態ではあるけれど、このあたりの注意事項は守っておかないとリスポーン後に動けなくなる可能性がある。
ちゃんと設定を確認し、俺は埋め込みベッドからリスポーンした。
ドゴォォォンッ――
リスポーンと同時に、頭上からはC4の起爆音が響いた。
「なっ……!?」
さらに周りを見れば、ベッドルームの壁際に並んでいたアイテムボックスはすべて破壊され尽くしていて、中に入っていた資材が辺りにぶち撒けられていた。
石材、木材、ケイ石、鉄鉱石、といった各種素材アイテムは、インベントリから取り出すと空間スペースをひどく圧迫する。
足の踏み場もないような状態だが、これを全部片付けている暇はない。
俺は落ちていた素材から棍棒を作成することにした。
武器が要る。周りに敵はいないけれど、C4の音からして敵が拠点内にまで入ってきているのは間違いない。敵を拘束する余裕もなさそうのに武器が棍棒ってのもどうかと思うけど、鉄の槍を作るには作業台まで向かわないといけない。しかし、いまはその作業台自体が破壊されているかもしれなかった。
「よし」
棍棒を作り終わり、二階へと走る。
二階の入り口には扉があったはずなのに、その扉は既に破られた後だった。扉があった場所を通り抜け二階に上がると、ケツァールテイル専用のモンスター小屋へと繋がる扉の前に、敵が二人いた。
「Chỉ ở đây làm bằng sắt và rắc rối lắm」
「Dù sao đi nữa, đó là lần cuối cùng ở đây」
どうやらC4を貼り付けている最中のようで、相手は俺の存在には気づいていない様子だ。
「…………!」
無言で後ろから近づき、二人の脳天を棍棒で叩き割る。
ドサリ、と倒れ込んだ二人を見て一息つく。
こんな簡単に奇襲が成功するなんて、どうやら相手はベッドを破壊しきったと思って完全に油断していたらしい。でも、だとしたらフューネスはどこだ?
俺に拠点が襲撃されていると教えてくれたのはフューネスだ。俺が来るまではフューネスが拠点を防衛してくれていたはず。なのに、ロンのメンバーはフューネスを警戒する素振りもなかった。それはなんでだ?
疑問符を浮かべていると、グループチャットの通知音が鳴った。
『フューネス:リスポーンできた?』
『リオン:ちょうど敵を二人昏倒させたところ』
『フューネス:ナイス!私はリスポーンタイマーがあと五分も先だからまだ湧けない。外に敵のケツァールテイルがいるから注意して。拠点から出たらマシンタレットに撃たれるよ』
『リオン:了解』
そういうことか、なんとか状況が理解できた。つまり、先にログインしていたフューネスは孤軍奮闘したが、殺され過ぎてリスポーンタイマーが伸びきってしまったのだ。だから、ロンのメンバーもそれを把握していて警戒を緩めていたのだろう。
運が良かった、としか言いようがない。
接近に気付かれていたら、普通に多勢に無勢でボコられていたと思う。それどころか棍棒でタコ殴りにされて一生牢屋暮らしだった。
フューネスの奮戦と埋め込みベッドによる不意打ち、さらに運の三つが上手くハマったからこそなんとか敵を無力化できたのだ。
「ふう……で、どうしたもんかなこれは」
あまりほっとしてもいられない。ロンのメンバーがこれで全部とはとても思えない。さすがに早朝ってこともあって人数は少ないんだろうけれど、バックアップメンバーが何人かいるはずだ。
手早く倒した敵の装備を確認する。昏倒させた敵は全身に鉄の鎧を着ていた。さらに、手にはマシンタレットから身を守るためだろう鉄の盾が握られている。
なんて用意の周到さだろう。ロンはやはりサバイバル系MMO慣れしている。
俺たちの本拠点には各階マシンタレットが一台だけ設置されている。これは外のマシンタレットを無効化されたとしても、拠点内に入ってきた歩兵を追い返せるようにするためのものだ。
現在、そのマシンタレットは本体こそ無事なものの、配線を切られて電力供給が断たれてしまっていた。
おそらくこの二人は鎧と盾を使ってどうにか配線を切ったのだろう。本体ではなく動力を狙うとは、やっぱり考えることが嫌らしすぎるな。これじゃ弾がいくらあろうと意味がない。
ロンは配線を切った後に発電機も破壊したようだ。
慎重で念入りな攻撃に畏怖を覚えながら、俺はひとまず発電機を復旧することにした。
二階に設置されていたアイテムボックスも当然のように破壊されて中身がぶち撒けられている。それらのゴミ山の中から予備の発電機を探し出し、元々発電機を設置していた場所に再配置した。
そして配線を繋ぎ直すと、マシンタレットに電力が供給され――二階で寝転んでいた敵を撃ち殺した。
「あ、こいつら動かしとけば良かった」
せっかく寝かせられたのにもったいなかった。自分の機転の悪さを呪いつつ、次にすべきことを考える。
ロンのメンバーが何回死亡済みなのかはわからない。フューネスが戦ってくれていたのだから、何回かは倒してくれたと思うけど、最悪の場合は三十秒で戻ってくることもあり得る。とりあえず拠点の扉を直そう。
俺は再び一階に降りて、ゴミ山から石の扉を作るための素材を搔き集めた。
フューネスの話では外に出ると敵のマシンタレットで撃たれるということだった。扉への接近には極力気を付けつつ、扉を再設置する。
「これでなんとかひと段落か……」
マシンタレットの再起動、扉の再設置は終わった。これで敵はC4爆破からやり直さないと拠点に攻め入ることができなくなった。でも、この後もいろいろとやるべきことがある。
どうしようかと思っていると、埋め込みベッドからマルボロ、工場長、ゲンジの三人がリスポーンしてきた。
俺は三人の登場に素直に救われた気分になった。
「あー来てくれた!助かります!」
手を振りながら三人の元に駆け寄る。
「リオンさん大丈夫ですか!?」
「うへえ、とっちらかってるなぁ」
「なんじゃこりゃ」
三人とも拠点の荒れ具合に驚いているのか、目を丸くしながらあちこち見回している。
俺は三人にざっと状況を説明し、これからどうすべきか訊いた。
マルボロは少し考えてから、拠点の二階へと歩き始めた。
「とりあえずケツァールテイルで出ましょう」
「え、それ大丈夫ですか?また殺されたら……」
昨夜の悲劇はまだ鮮明に思い出すことができる。ドッグファイトを仕掛けるのはあまりに危険に思えた。しかし、マルボロは決意に満ちた表情で言った。
「問題ありません、昨夜のうちに装甲化は終わっていますから。気になるのは外のタレットがどれだけ生きているかですね。マシンタレットはかなりやられていそうですが、ニードルタレットが残っていれば地の利はあります」
「……わかりました。じゃあケツァールテイルはマルボロさんに任せます」
昨日あれだけ落ち込んでいたマルボロが言うのだから信頼しよう。そう思い、俺は二階に上がっていくマルボロを見送った。
ゲンジは顎をさすりながら言った。
「儂と場長はライフルで援護でもすればええかのう?」
「はい、それでお願いします。俺はみなさんに迎撃してもらっている間、この散らかったアイテムをどうにかしておきます」
インベントリから出されたアイテムは時間経過で消滅してしまう。既に俺がログインしてから数分経っている。ほうっておけば拠点内のアイテムを全ロストすることになってしまう。
フューネスもすぐに復帰するだろうし、正面戦闘が苦手な俺は拠点の復旧に回ったほうがいい。
それぞれのやるべきことを決めて動き出そうとすると、不意に頭がくらりとした。
「な……あれ……感覚も切ってるはずなのに……」
埋め込みベッドで湧いた悪影響がいまになって出てきたのか!?
そう慌てる間もなく、俺の意識は完全に刈り取られて現実世界で目を覚ました。
一体なにが起きた……ぼんやりとする意識を覚醒させながら目を開けると、
「――聞いてる!? 学校だよ! おーい!」
目の前には暢気な顔をした母さんが立っていた。手には時計を持っていて、大音量のアラームを鳴らしながら楽しそうに俺の耳元に当てている。
「はぁっ!?」
「はあ? じゃないよ、もう学校に行く時間じゃないの」
「いや、そうだけど、違うんだって! というかアラーム止めて!」
「うん?」
母さんは首を傾げながら、とりあえずアラームを止めてくれた。
なんだ、そういうことかよ。唐突にゲーム内の意識が途切れたからなんだと思ったけど、母さんが俺の被っていたヘッドギアの電源を切った。ただそれだけのことだった。つまりは単なる親フラ。最悪すぎる。超重要な時だったのに。
「あのさ、いま外せないところなんだよ。頼むよ」
「ダメに決まってるじゃない。ご飯もまだだし、遅刻するよ」
「いや、でも……」
「とりあえずこれは預かっておくね」
「あ……」
母さんはヘッドギアを回収して持っていってしまった。
――呆然とする俺には、学校へ行く、それ以外の選択肢は残されていなかった。




