青空を飛べ 前編
『リオン:こんばんはー』
『マルボロ:こんばんは。もうケツァールテイルの捜索を始めています』
『リオン:了解っす。どこ行けばいいですか?』
『マルボロ:拠点まで迎えに行きます』
今日はテスト勉強のために放課後居残ったから、ログインが少し遅れてしまった。
どうやらケツァールテイルの捜索はもう始まってるらしい。システム画面を開いてみると、ギルドメンバーはゲンジや工場長などの深夜組以外はみんなログインしていた。
拠点の外に出て待っていると、マルボロはマウンテンコンドルに乗って空から登場した。
マウンテンコンドルは高さ3mほどのかなり大きなモンスターだ。全身が羽毛に覆われたふっくらとしたフォルムをしていて、ひよこをそのまま巨大化させたような姿は可愛らしく見える。
いわゆる猛禽類タイプのモンスターで、ぱっと見はタカやワシの巨大化バージョンをイメージするとわかりやすい。クチバシはタカのように鋭く、あれで突かれたら人間の頭なんてナッツのように砕けてしまいそう。
しかし、俺たちがこれから捕まえようとしているケツァールテイルは、このマウンテンコンドルの比じゃないレベルで大きい。実際に見たのは一瞬だけど、翼を広げた大きさは俺たちの本拠点丸ごとくらいあるんじゃないだろうか?
「どうもっす。マウンテンコンドルはどんな感じっすか?」
「楽しいですよ。そういえばリオンさんはまだ乗ってないんでしたっけ」
「ですねー」
昨日もチラっと存在だけは確認していたのだけど、取り合いになっていたし、レベル上げに忙しくて乗れてなかったんだよな。
「テイムってけっこう大変でした?」
「難しかったですね。弓矢を当てるのが難しくて」
たしかに飛行モンスターのテイムは難しそうに思える。アングリーライノは猪突猛進で動きの軌道がわかりやすかった。しかし、飛行モンスターは逃げに回られたら追うのが難しいし、常に動きっぱなしで狙いも定まらなさそうだ。
「よしよし、これからもうひとっ飛びしてもらうからな」
マルボロはマウンテンコンドルの頭を撫でた。どうやら苦労して捕まえた分愛着もひとしおのようだ。
「テイムしたのは二羽でしたよね?」
「はい。もう一羽はキキョウさんと針金くんの二人に任せています。ほかの人には通常の作業をしてもらいつつ、飛んでいるのを見かけたら教えてくれと言ってあるので」
「なるほど」
「リオンさん操縦してみます?」
「いや、今回はマルボロさんに任せますよ。マウンテンコンドルの操縦はケツァールテイルのテイムが終わってからじっくり練習します」
「了解です」
マルボロは足でマウンテンコンドルを蹴って飛び立たせた。どうするのだろうと見ていると、一旦弧を描きながら離れて行き、それから俺のほうに向かって爪を向けながら突っ込んできた。
「なにするんすかっ!?」
「掴むのでじっとしていてください~」
ガシっとマウンテンコンドルの爪が俺の腰を掴んだ。直後、物凄い力で足が一瞬で地面から離れた。あれよあれよと言う間に、俺は捕獲されたウサギのように宙ぶらりんにされていた。
「これけっこう怖いっすよ!」
「まあ慣れてください。今回のテイムでは、その状態で弓を撃ってもらわないといけないので」
「マジすか」
「マジです」
マルボロの即答が返ってくる。
マウンテンコンドルは高度を上げていく。地面が遠ざかるにつれて落下の恐怖が鎌首をもたげてきた。俺はアナログゲームの落下死ですら玉ヒュンするのだ。VRゲームでの落下死はそれ以上に心臓に悪い。
「お、落とさないでくださいよっ!?」
「大丈夫ですって。リオンさんが下手に動かなければね」
「動いたら落ちるのか……」
そんなやり取りをしながらも、マウンテンコンドルはある程度の高度まで到達すると上空を旋回し始めた。どうやらケツァールテイルを探し始めたらしい。
俺もケツァールテイルの姿を見つけようと辺りを見回すが、ケツァールテイルどうこうよりもまず上空からの景色に驚いてしまった。
眼下に映るのは、魚眼レンズで覗いたように視界にすっぽり入ってしまう俺たちの島だ。地上にいるとそうとはわからないが、こうして上空から見てみると島は想像の数倍は小さかった。
島で特に目を引くのは中央で大きな存在感を放っている木々の生えていない立派な山だ。その山裾から海岸線にかけて森が広がっている。森はぎっしり木々が詰まっているだけでなくところどころ草原地帯も含んでいて、細い川が流れているところもあった。
俺たちの拠点のそばにある山は中央の山に比べれば子供のような大きさで、標高で言えば半分もない。意識して見なければ山とは認識できなかったと思う。
そして、視線を上げるとその先に広がるのは広大な海原。青い影のようにしか見えないけど、俺たちがレベル上げに使っているトド島や、ニードルタレットの種を採取した島も肉眼で見ることができた。
手で伸ばせば届きそうな距離だ。これならこのまま滑空すれば島まで飛んで行けるんじゃないだろうか?
「マルボロさん、マウンテンコンドルってどれくらい飛んでられるんですか?」
「そうですねぇ……乗っている個体の持久力と風向き次第ですが、大体五分から十分ほどでしょうか」
「最長で十分っすか……なら、向こうの島までグライダーみたいに滑空してくのって無理ですかね?」
昨日のレベリング中にトド島への運搬作業を何度かして思ったけれど、イカダでの航海はあまりに不便だ。風向きにスピードが左右されすぎるし、無風のときは本当にどうしようもなくなってしまう。
モンスターに乗ってアイテムの空輸が可能なら、絶対にそのほうが楽だし手っ取り早い。
マルボロは少し考えるような沈黙を置いてから言った。
「……どうでしょう。おそらくマウンテンコンドル単騎であれば可能ですが、プレイヤーを乗せてとなると無理かと」
「ダメかぁ……」
「まあ実験してみる価値はあると思いますよ。伝書鳩形式で使えればあるいは……時間が出来たらやってみましょう」
「了解っす」
あまり期待はできなさそうだ。ちらっと見上げたマウンテンコンドルは、俺とマルボロという重りを乗せて飛んでいるせいか苦しそうに息を切らしている。
そりゃそうだ。コスニアの舞台である惑星エルドガルフの重力がどんなものかは知らないけど、飛べているだけでも奇跡的なレベルだと思う。こんなんで海を渡れるはずがない。
それに、マルボロの言った伝書鳩というのも難しそうだ。なぜならモンスターに下せる命令については大きく分けて3つしかない。
1.特定の対象を攻撃させる。
2.特定の対象に追従させる。
3.命令を下すプレイヤーの元に呼び寄せる。
マルボロの言うモンスターを伝書鳩のように使うという方法は、これらのどれにも当てはまらない。強いて言うなら3番目の命令が近いけれど、これは命令を下すプレイヤーがそばにいることが絶対だ。少なくとも視界範囲にいるプレイヤーが呼び寄せなければモンスターは反応しない。視界範囲から離れてしまうと命令が途切れてしまうのだ。
また、この3つの命令とは別に、モンスターは攻撃された際に反撃する性質を持っている。反撃の度合いはモンスターによって様々で、アングリーライノのような好戦的なモンスターは敵に対して向かっていくような感じで、グランドバードのような貧弱なモンスターは逃げ惑う行動をとる。
まあこのあたりはリアルの番犬とかと似たような反応をしてくれるわけだ。おそらくニードルタレットを除けば、無人の拠点防衛に役立つのはモンスターだけということになる。
なんにしても、俺が訊いた「飛行モンスターで海を渡る」という案は無理筋だろう。
……にしても、空輸がダメとなると、やはりトド島との往復は海路を選ぶしかないんだろうな。せめてイカダよりも積載量が大きな船に切り替えられればいいんだけど。漁船クラスの簡単な船なら楽に作れたりしないだろうか?
俺が船の建造に必要な素材について調べようとしていると、グループチャットの通知が鳴った。
『キキョウ:発見しました。(977.2154)あたりです』
『マルボロ:了解です。これから向かうので追跡お願いします』
「だいぶ遠いところで見つかったみたいっすね」
「ですねぇ。でも飛行モンスターならあまり掛かりませんよ。徒歩の五倍は早く着きますから」
「そんな早いんですか?」
「ええ、これならもっと初期の段階でテイムしていたらなと思いましたね」
マルボロが手綱を振った。するとマウンテンコンドルは羽を畳み、落下するようにして加速を始めた。




