ログアウト -7-
月曜日の朝。水曜日から始まるテストに備えて自習をしようと早めに学校に出てきていた俺は、勉強に手が付かず別の事を考えていた。
「うーむ……」
腕を組んで篠原の顔を眺めていても、一向にフューネス=篠原という推理が当たっているようには思えない。いくらなんでもそんなことあり得るのか?という先入観のような思考が頭に引っ付いている。
こんなに悩むくらいなら、本人に訊いてみるのが一番なのだろうけれど、そうなるとまた面倒なことになりそうなんだよな……。もし篠原がフューネスじゃないとわかった場合、俺がコスニアをやっていることがバレるだけで終わる。
そうなると余計な誘いが増えるかもしれないし、気ままにやってきたいままでのゲームライフが乱される恐れがある。なにより、下手くそすぎる俺のゲームスキルでみんなに呆れられるのが嫌だ。
「……あの、赤沢くん。自習のために早起きしてきたんじゃないの?私のことをじっと見つめて勉強の邪魔をして楽しい?」
「あー……いや、そういうわけじゃないんだけど」
「気が散るんだけど」
「ごめんて」
頭を掻きながら笑って誤魔化す。
教室には俺たち以外にもちらほらクラスメートの姿はあるが、それも一人か二人だけだ。
自習をするにしても家や図書室、自習室を使う人が主流ということだろう。ただ、篠原についてはいつも朝早くから教室で自習に励んでいるイメージがある。
俺とは違っていつもこの時間から教室で自習をしているのかもしれないな。成績上位の篠原らしい習慣だ。
篠原は怪訝そうな顔をしてから、思い出したように言った。
「そういえば土曜日のバイトのあれはなんだったの?」
「あれって?」
「明らかにバイト慣れしてなかったでしょう」
「あー……その話か。あれはまあ、気にしないでくれ」
バイトはゲームで忙しいことを隠すための適当な言い訳なのだが、土曜日にその嘘は篠原にはバレてしまったのだった。そういえば、週明けどう釈明するか考えていなかったな。
「気にしないでって言われても」
「……バイトで忙しいってことにしていれば、いろいろ便利なんだよ」
篠原は目を丸くして言った。
「意外ね」
意外というのは、俺が嘘を吐いているのが意外ということだろう。普段の俺は後ろ暗いことのなさそうなポジションにいるから、そう思われても仕方ない。
「そうか?このくらいの嘘や言い訳くらい誰だってしてるんじゃないか?篠原だって、人には言ってないちょっとした隠し事くらいあるだろ?」
「まあ……」
「なら、俺のも処世術の一つってことで納得してくれ」
アドリブで出てきた言葉は、こんな嫌な奴っぽい言い訳だった。
だけど、ほかに良い言い方が思いつかなかった。実際、俺が嘘を吐いてみんなを遠ざけようとしていたのは本当のことだし。
「ふうん……」
篠原は意味深に頷いて、再びノートに視線を落とした。
「ちょっと顔洗ってくる」
なんとなく居づらさを感じて俺は椅子から立ち上がった。
この調子で篠原に「篠原ってフューネスか?」とか訊ける気がしない。
というか、どうせ訊くならリアルで訊くよりもゲーム内でたしかめたほうが事実関係を確認しやすいし、リスクも低いはずだ。
そう考えて頭を切り替えることにして、俺は気分転換のために隣の教室の太田に会いにいくことにした。
教室の入り口から中を覗き込むと、案の定、絶賛詰め込み勉強中らしい太田が勉強の苦しみに呻いていた。
「おお、凛音!ちょうどいいところに来たな……!」
太田は縋るような目でこちらを見てきた。あれ、来るタイミングを間違えたかな。
「なに、どうした?」
「英語の勉強教えてくれよぉ……」
「いや漠然と教えてくれって言われても。英語は授業範囲の英文から穴埋めなり和訳なりをさせられるんだから、丸暗記していくしかないって」
うちの高校はテストの難易度自体はそれほど高くないと思う。ただ、しっかりと準備しないと点を取れない問題の出し方をするから、暗記に時間を割かないと高得点は難しい。
俺も英語はなんとかなるだろうけれど、それ以外の科目についてはちょっと自信がない。この時期の成績はあまり進学には影響ないだろうから低空飛行していてもいいんだろうけれど、やはり家族からの心象はゲームライフの上では超重要だ。
「そんなこと言わずにさぁ」
「用事を思い出した。俺、テスト勉強まだ全然なんだった」
「薄情者かよぉ!?」
「すまないな」
悲痛な声を上げる友の声を背に、俺は自分の教室に引き返した。
テストは水曜日からだし、余計なことに悩んでいる暇はない。学校にいる時間は少しでも勉強のことを考えて、夜はテイムに集中しよう。




