099・隕石都市ロンドネルにて
第99話になります。
よろしくお願いします。
黒騎士フレデリカさんたちと共に、僕らは3日ほど、アルンの大地を北上した。
10名のアルン正規軍、第7騎士隊の皆さんは、騎竜車の前後左右を、護衛のため、跨る2足竜で包囲しながら、常に一定の距離を保って走り続ける。
なんか、大所帯になってきたよ。
「練度が高いの。この3日間、隙がない」
「はい」
2人の魔狩人たちは、そう感心していた。
(そうなんだ?)
僕とソルティスには、わからなかったけれど、とにかく安全だということは理解した。
実に頼もしい。
やがて、僕らが辿り着いたのは、ロンドネルという街だ。
(うわ、クレーターの中に街があるよ)
まるで隕石が落下したクレーター跡のようなすり鉢状の地形に、無数の建物が造られて、街を形成している。
それも、かなり規模が大きい。
さすがに、王都ムーリアとは言わない。
でも、それに準じるほどの広さと人の多さがあった。
ただ、建物は無骨かな?
基本、大きな違いはないけれど、シュムリアが細部にまで拘って、美しさも考慮するのに対して、アルンの建物は、実用を重視している感じだった。うん、きっと文化の違い。
フレデリカさんに案内され、僕らは、クレーターの底、街の中央に向かう。
そこにあるのは、外壁にアルンの紋章が刻まれた、巨大な建物。
(まさに、軍事施設って感じだ)
そこで働いているのは、黒い鎧の兵士だけでなく、前世近代の軍服みたいな物を着ている人も、たくさんいた。
僕らは、格納庫みたいな場所で、竜車を降りる。
「うわ、これが……?」
「飛行船ね!」
目の前に、巨大な飛行船があった。
(想像していたのよりも、ずっと大きいや)
全長は、500メード以上。
気嚢が巨大なのは当然だけれど、人が乗る部分も100メード以上と、かなり大きく造られている。その機体からは、左右に翼が伸びていて、先端にも人が乗れる部分があり、その先にはプロペラがあった。
翼には、剥き出しの通路もある。
空の上で、あの通路を通るのは、かなり怖そう。
(しかし、凄いなぁ)
フレデリカさんの説明によれば、ガスだけでなく、浮遊石も利用して飛ぶんだって。
アルン神皇国の技術は、シュムリア王国よりも上かも知れない。
「我がアルンの技術は、世界一だ」
僕らの反応に、フレデリカさんは、誇らしげに言った。
そして、鞘に納めたまま、腰にある剣を外して、僕らに見せてくれる。
「その最たる物が、これだ」
柄の部分にトリガーが、刃と柄の接合部には、歯車がある。
(これを操作すると、炎の剣になるんだよね?)
3日前の戦闘を思い出す。
「これは、トリガーを引くことで、刀身に埋め込まれた『火の魔石』の力を発動する機能がある。最大3分、燃焼は続く。魔石の交換で、再燃焼も可能。――我らアルン騎士、全員が所持している標準装備だ」
「へぇ、そうなんだ?」
なんか、格好いい!
思わず、凝視してしまう。
フレデリカさんは、そんな僕の姿に、瞳を細めた。
それから、キルトさんの『雷の大剣』、イルティミナさんの『白翼の槍』へと視線を送って、
「タナトスの魔法武具は強力だ。しかし、貴重で数が少なく、何より、現在の技術では、生産や修理もできない」
「…………」
「さすがに威力は、大きく劣る。だが、汎用品として、これらは充分な装備だと思わないか?」
「思う!」
僕は、大きく頷いた。
素直な即答に、彼女は、嬉しそうに笑った。
その手が、僕の頭を撫でる。
「おっと、すまない」
ハッと気づいたように、彼女は、すぐ手を離した。
「ヤーコウルの神狗殿に、無礼な真似をした。許してくれ」
「ううん、気にしないで」
いつものことだから。
そして、いつも撫でてくれる人筆頭のお姉さんは、フレデリカさんに、嫉妬の視線を送っている。ペットの頭を、他人に撫でられると怒る人のようだ。
キルトさんは苦笑。
ソルティスは、我関せず、3人のシュムリア騎士さんと一緒に、物珍しそうに飛行船を見ている。
フレデリカさんは、僕を見つめて、呟いた。
「……貴殿は、本当に『神狗』には見えんな」
「そう?」
僕は、首をかしげる。
「現在のアルンにも、2名、『神の眷属』がいる。皇帝陛下の宮殿にて、陛下自ら、我ら騎士団にも1度、紹介をなされた。――だが、その2名と貴殿は、雰囲気が少し違う」
「…………」
それは、
(……この肉体には、『僕の自我』っていう不純物が、混じっているからかな?)
そう思った。
僕は、フレデリカさんに訊ねた。
「その2人は、どんな雰囲気だったの?」
「神々しかった」
…………。
なんか、すみません。
沈黙する僕に、フレデリカさんは、苦笑した。
「すまない。だが、貴殿の親しみ易い雰囲気は、好ましいと思う。少なくとも、私はそう感じている」
「……あ、ありがと」
真っ直ぐ見つめて言われ、ちょっと照れる。
と、そんな僕の肩が、後ろに引かれた。
え?
見たら、イルティミナさんが、僕を背中側から抱きしめ、フレデリカさんを睨んでいた。
「渡しませんよ? この子は、私のマールです」
「む?」
フレデリカさんの、眉が寄った。
「神狗殿は、誰のものでもない、人類の守護者だ。いや、マール殿自身のものだ。少なくとも、貴殿の所有物ではない」
「何ですって?」
バチチッ
頭上で、2人の視線の火花が散った。
(ち、ちょっと?)
後頭部に、イルティミナさんの柔らかな双丘を押しつけられながら、僕は焦った。
助けを求めて、キルトさんを見る。
彼女は、ちょっと楽しそうに苦笑していた。
(いや、楽しんでないで、助けて!?)
僕の心の悲鳴が聞こえたのか、キルトさんは咳払いして、睨み合う2人の美女に声をかける。
「その辺にしておけ、マールが怖がっておるぞ?」
「え?」
「む?」
2人が驚き、僕を見る。
僕は、曖昧に笑った。
そして、僕を抱いてくれているイルティミナさんの白い手に触れながら、フレデリカさんに、もう1度、訊ねてみた。
「えっと、それで、その2人の『神の眷属』の名前は、なんて言うの?」
「あ、あぁ」
フレデリカさんは、自分を恥じるような顔を見せ、すぐに表情を改める。
「1人は少年で、名はラプト。もう1人は成人した女性で、名はレクトアリス。――共に、『神牙羅』と名乗っていた」
神牙羅……。
(ラプト、レクトアリスか)
胸に奥で、何かが共鳴した気がした。
マールの肉体には、2人の『神の眷属』について、何かしらの記憶が残っているのかもしれない。
僕は、巨大な飛行船を見た。
(これに乗って、僕は、これからその2人に会いに行くんだね?)
気づいたら、全員の視線が僕に集まっていた。
僕は、大きく息を吐く。
イルティミナさんの手に触れている僕の指に、少しだけ力がこもった。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて、僕らは、飛行船の中に入った。
あの巨大な騎竜車も、丸ごと、後部ハッチから乗り込めるんだから、本当に大きな飛行船だ。フレデリカさんたち第7騎士隊の竜たち10頭も、一緒に格納されている。
「こっちだ」
フレデリカさんに案内されて、飛行船内を歩く。
船内には、軍服姿のアルン兵が、たくさん歩いていた。
すれ違うたびに彼や彼女たちと、フレデリカさんは敬礼を交わしている。僕らも会釈だけした。
やがて艦橋で、船長さんを紹介される。
「ハロルド・ノーマンだ。よろしく頼む」
黒い軍服を着た、50代ぐらいのナイスミドルのおじ様だ。
整えられた髭がダンディで、軍服の襟や胸には、たくさんの勲章が並んでいる。腰には、あの『炎の剣』が提げられていた。
僕らは順番に、ハロルドさんと握手を交わす。
僕と手を握った時、
「ほう……君が『神狗』殿か?」
「は、はい」
彼の眼光が鋭くなって、少し怖かった。
神帝都アスティリオまで、よろしくお願いします――と短い挨拶を交わして、僕らは、出港前で忙しそうな艦橋をあとにした。
またフレデリカさんの案内で、客室に通される。
(わ、まるでホテルの一室だ!?)
飛行船の中だというのに、絨毯の床に、高級そうなベッドやソファー、壁には絵画なども飾られている。
実用主義の文化だと思っていたので、ちょっと驚いた。
もしかしたら、異国人の僕らに、自国の豊かさを見せつけるための豪華さなのかもしれない。
「ほわ~」
「なんか、凄いわね~」
僕とソルティス、口が半開きだ。
ちなみに、3人のシュムリア騎士さんは、隣室にいる。
ここは、僕ら4人だけの部屋だ。
子供2人の反応に、フレデリカさんは、小さく笑った。
「神帝都アスティリオには、10日ほどで到着の予定だ。対面の部屋には、私たちがいる。何か不便があったら、声をかけてくれ」
「うむ、すまんな」
キルトさんは、頷き、礼を言う。
僕は、ベッドに腰かけた。
(うは、フカフカだ!)
前世の高級寝具に、勝るとも劣らない感触。弾力もしっかりあって、今夜、寝るのが楽しみになった。
ソルティスも、ベッドに座って、
「ねぇ、この飛行船は、量産されてないの?」
と、そんなことを、フレデリカさんに訊ねた。
彼女は、頷く。
「今の技術では、まだ難しいな。開発されたのは2年前だが、製造コストがかかり過ぎて、このアルンでも、飛行船は3機しか存在しない。全て、皇族の所有だ。この飛行船には、皇帝陛下の特別の計らいにより、貴殿や我らも乗船させてもらっている」
そうなんだ?
(とっても貴重な船なんだね、これ)
フレデリカさんは、少し視線を遠くに向けて、
「本来は、4機だった。しかし半年前、飛竜の群れに襲われ、墜落してな。……この広い空は、まだ、人間の領域ではないということだ」
「…………」
生真面目な口調だった。
僕らは、沈黙。
(だ、大丈夫なのかな?)
心配になったけれど、神帝都までの安全な航路は、すでに確認されているので大丈夫とのこと。
飛竜の縄張りに入らなければ、特に問題ないらしい。
今は、その言葉を信じるしかない。
やがて、フレデリカさんの碧の瞳が、僕ら4人を見回した。
「他に何か、質問はあるか?」
「1つだけ」
応じたのは、イルティミナさんだ。
さっきまで睨み合っていたのとは違う、真剣な表情と眼差し。
「――神血教団ネークスについて、お教え頂きたい」
低く重い声だった。
フレデリカさんは、あごに手を当てる。
「奴らか。……そうだな、一言で現すなら『狂信者の集団』だ」
と答えた。
実は、3日前の戦闘で、神血集団ネークスの2人を捕虜にした。
2人を生け捕りにしたのは、それぞれ個別に尋問し、情報をすり合わせて、その正否を確かめるためだ。また先に喋った方に恩赦をちらつかせたり、黙秘する相手には、『もう1人は、喋ったぞ?』と嘘を伝えて、心を揺さぶる方法もある。
けれど、捕まった2人は、なんと自決してしまったという。
「いざという時のために、奥歯に毒を仕込んでいたようだ」
フレデリカさんは、そう言った。
自分で、自分の命を絶つということが、どれほど恐ろしいことか。
それを躊躇なく行うなんて、
(まさに、狂信者……か)
そのことを思い出した僕は、今のフレデリカさんの表現に、妙に納得してしまった。
「奴らが台頭してきたのは、およそ5年前だ」
「…………」
「それ以前にも、魔血排斥の活動は行っていたようだが、それが顕著になり、アルン軍とも衝突するようになった」
彼女は言う。
400年前の神魔戦争で、『悪魔の子孫』――つまり、『魔血の民』が生まれた。
現在は、1000人に1人が『魔血の民』だと言われている。
しかし実際には、400年という年月で交配が進み、実は、人類の3割以上には、どれほど薄れようとも『魔血』が流れているという。自分に『魔血』が流れていることを知らない人も多く、知らずに、一生を終える人も大勢いるそうだ。
『魔血』は、目覚めなければ、一般人と変わらない。
だから、祖父母、両親、兄弟は、普通人であったのに、突然、自分だけ『魔血の民』になってしまう人もいる。
(いわゆる、先祖返りかな?)
目覚める原因は、現代でもわからない。
命の危機に瀕すると、目覚める確率が高いという噂もあるが、あくまで噂の域を出ないようだ。
で、神血集団ネークスの話に戻る。
「奴らは、400年前より血統を保ち、『純粋なる人間』であり続けた連中らしい」
「…………」
なんと。
400年前よりの家系図など、己が『純血の人間』であると証明できた者だけが、神血教団に帰依できる。
要するに、選ばれた人間たちの集団だ。
「少なくとも、本人たちは、そう思っているようだな」
そして彼らの目的は、ただ1つ。
「人類の浄化」
魔血の混じった3割の人類を抹殺し、神に選ばれた人血のみで世界を埋め尽くす。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
僕らは4人とも、押し黙った。
馬鹿だと思った。
人の価値は、流れる血などで決まらない。決めるのは、その行動であり、歩んできた人生だ。
そんな理不尽な理由など、有り得ない。
許せない。
でも、
「奴らは、それを本気で実行しようとし、それが正義だと信じて疑わない。――それが『神血教団ネークス』だ」
フレデリカさんの声は、重く告げた。
教団の規模は、数千~1万人。
潜在的な教団員も含めると、すでに10万人を超えている、とも言われている。
(嘘みたいだ)
人って、そんなに愚かなの?
唖然とする僕を見つめて、フレデリカさんは言った。
「人は皆、弱いのだ」
「…………」
「すがるモノがなければ、生きてはいけない。ただ、そのすがるモノを間違えている」
僕は、唇を噛みしめる。
ソルティスが、重い空気を払うように、無理に笑った。
「はん! そんなの今更の話でしょ?」
「…………」
「ネークスがいようといまいと、私ら、差別されてきたんだから。べっつに、今までと何も変わらないわよ」
ペシッ
そう言って、僕の背中を、手のひらで軽く叩いた。
痛い。
でも、おかげで落ち着いた。
「うん、そうだね」
「そうよ」
大きく頷くソルティス。
キルトさんも、長い息を吐いて、顔を上げる。
「うむ。確かに、わらわたちの戦う相手は、当面、そのネークスではなく『闇の子』じゃ。間違えてはならぬな」
「うん」
「当たり前でしょ」
僕らは、頷き合った。
そんな僕らの様子に、フレデリカさんは、碧色の瞳を細め、そして、最初に質問したイルティミナさんを見る。
「神血教団ネークスについては、それでいいか?」
「はい」
彼女も、頷いた。
(…………)
でも、その真紅の瞳の奥には、とても暗い炎が燃えているように、僕には見えた。
妙な胸騒ぎがする。
けれど、その正体もわからぬまま、ロンドネルの街にある飛行船は、その夜には、出発準備を整えたのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




