098・アルン正規軍VS神血教団
第98話になります。
よろしくお願いします。
「おい、町へ戻れ! 危ないぞ!?」
町を守るため、門を閉めようとしていた門番さんが叫んでいる。
僕は、その手をかわして、
「大切な仲間が外にいるんです!」
そう叫び返して、3人の騎士さんと一緒に、オアシスの町を出た。
ゴゴン
背後で、重そうな音がして、巨大な鉄扉が閉まる。
(あ、危なかった)
もう少し遅かったら、町の中に閉じ込められるところだった。
無事、出られたことに安堵して、僕らは、街道を走る。でも、慌てて、オアシスの町を脱出したけれど、近くで戦闘をしている様子はなかった。
(あれ?)
不思議に思いながら、走る。
やがて見えてきたのは、街道脇に停めてある巨大な騎竜車の姿。
どうやら、無事なようだ。
(よかった)
戦っていたのは、イルティミナさんたちではないみたいだ。
でも、近づくと、2階建ての建物みたいな大きな竜車の屋根に、3人の魔狩人が立っている。
全員が同じ方向を見ていた。
僕は、叫んだ。
「イルティミナさん、キルトさん、ソルティス!」
「マール!」
こちらに気づいたイルティミナさんは、表情を輝かせると、なんと7~8メードの高さから、地面まで飛び下りてきた。うわっ?
そのまま抱きしめられる。
「あぁ、無事でよかった……」
「う、うん」
3人の騎士さんに、後ろから見られているので、ちょっと照れる。
と、その中の1人、壮年の騎士さんが訊ねた。
「町での食糧の調達は、無事、成功しました。しかし、町の外で戦闘が行われていると聞いて、急いで、戻ってきたのですが?」
「ご苦労様です」
イルティミナさんは頷いて、
「私たちも今、戦いの気配を感じて、竜車の屋根に登ったところでした」
と、説明してくれた。
そうだったんだ?
「何か見えた?」
「そちらを見る前に、マールを見つけてしまいました」
彼女は笑う。
そして、腕の中にいる僕を、そのまま抱き上げて、竜車の凹凸に長い手足をかけながら、器用に屋根まで登った。一瞬だけど、昔、トグルの断崖をクライミングした時を思い出してしまった。
屋根の上に、下ろされる。
「戻ったの」
「お疲れ様~」
キルトさんとソルティスが声をかけてくる。
「頼んだおやつも、ちゃんと買った?」
「うん」
「よっしゃ!」
喜ぶソルティス。
こんな時にも、変わらないね、この子は。
3人で、つい苦笑する。
そして、僕は訊ねた。
「キルトさん、何か見える?」
「うむ。向こうの街道の先で、2つの集団が戦っておるの」
2つの集団?
キルトさんが指差したのは、西の方向だ。
植物の少ない荒野の大地。
そこで、土煙が、上空へと舞っている。
その土煙の中で、蟻のような小さな影が、無数に動いているのがわかった。
人だ。
(……なんだ、あれ?)
目を凝らす。
小さな影は、2種類だった。
片方は、黒い鎧に身を包んだ、10人ほどの集団だ。
全員が2足竜に跨り、その手には、炎をまとった長剣が握られている。一糸乱れぬ連携で、統制された動きをしていた。
もう片方は、40人ほどの黒ローブの集団。
全員、白い仮面をつけている。
手には、剣、槍、盾など、色んな武器を持っている。でも、動きに連携はなく、戦い方もバラバラだ。
そのためか、4倍近い戦力差なのに、黒い鎧の方が押している。
(強いな……)
驚く僕に、キルトさんが教えてくれた。
「黒い鎧の方は、アルン神皇国の正規軍じゃな」
「……正規軍」
なるほど。
それで、あんなに強いんだ?
「じゃあ、もう1つの方は?」
僕は、黒いローブと仮面の妖しい集団を、指差した。
キルトさんの首が、斜めになる。
「わからぬ。あのような装束は、初めて目にするの。まぁ、わらわも、しばらくアルンを離れていたしの」
「そっか」
ギュッ
突然、僕の肩にあったイルティミナさんの指に、力がこもった。
痛い。
どうしたのかと、振り返る。
「…………」
イルティミナさんの美貌が、蒼白になっていた。
僕の肩に、指を食い込ませているのにも、気づいていない。ただ遠い戦場だけを、その真紅の瞳を見開いて、凝視している。
(え……? イ、イルティミナさん?)
こんな彼女を、初めて見た。
ギギ……ッ
(!?)
肩が、本気で痛い。
「……う」
「!」
思わず呻いた瞬間、彼女は、ハッと我に返った。
指から力が抜ける。
「あ……っ? マ、マール、ごめんなさい! だ、大丈夫でしたか!?」
「う、うん」
ちょっと大丈夫じゃなかったけど、笑って答えた。
彼女は、本当に申し訳なさそうな顔だ。
「イルナ、どうかしたのか?」
「イルナ姉?」
キルトさんとソルティスも、心配そうに彼女を見る。
イルティミナさんは、唇を引き結ぶ。
それから、大きく息を吐いて、
「いえ……なんでもありません。きっと、私の勘違いでしょう」
と答えた。
(…………)
あの表情と様子は、何でもなくはなかった。
でも、彼女は言いたくないらしい。
僕は気になったけれど、彼女の意志を尊重しようと思った。いつか、話してもらえる時に、話してもらえれば。
キルトさんも頷いた。
「ふむ、そうか」
「……すみません」
「構わぬ。――それより、あの戦いに、わらわたちも参戦するぞ」
え?
驚く僕ら3人の顔を、リーダーである金印の魔狩人は、しっかりと見返してくる。
「あそこにいるのは、アルンの正規軍じゃ」
「…………」
「戦況を見るに、手助けの必要はないが、今後のため、アルン神皇国との連携、協力を求める我らには、小さくとも貸しを作るのは有益じゃろう?」
な、なるほど。
(いわゆる、政治的判断って奴だね?)
美しい姉妹も、僕の左右で頷いている。
僕も頷いた。
「わかった」
「はい」
「じゃあ、ちゃちゃっと、やっちゃいましょ?」
キルトさんは、そんな僕らを頼もしそうに見つめ、そして笑った。
「よし、行くぞ!」
僕ら4人は、屋根から降りると、待っていた3人の騎士さんにも事情を話して、巨大な騎竜車を、土煙を上げる2つの集団の下へと走らせるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
騎竜車が、戦場へと突入する。
「何者だ!?」
アルン正規軍、その中でも一際豪華なマントと兜を装備した指揮官らしい黒騎士が、竜車から飛び出した僕らを見つけて、誰何の声を上げる。
黒い兜に覆われて、口元以外、顔は見えない。
けれど声は、なんと女の人だった。
そちらに背を向けながら、キルトさんが『雷の大剣』を抜き放つ。
「我らは、隣国シュムリアの冒険者一行じゃ。そなたらは、アルン神皇国の正規軍と見た。ゆえに、義によって助太刀いたそう」
「何!? シュムリアだと?」
驚く女の黒騎士さん。
キルトさんは、右手の甲をそちらに向け、黄金に輝く魔法の紋章を見せつけた。
「な……っ!?」
驚愕の声。
見たら、イルティミナさんも銀の輝きを、ソルティスも白の輝きを灯しながら、彼女に向けている。
僕も慌てて、右手の甲に、赤い魔法の紋章を輝かせた。
「貴殿はまさか、あのキルト・アマンデス……?」
おぉ?
女黒騎士さん、すぐに正体を見抜いた。
(さすがキルトさん! 隣国にも、ちゃんと名前が知られているんだね!)
ちょっと嬉しい。
そして、キルトさんは、不敵に笑った。
「詳しい話は、あとでしようぞ。今は、この者たちを追い払うのが先決じゃ」
「む。承知した」
黒騎士さんは、頷いて、剣を構える。
柄の部分にトリガーがあり、それを引くと、刃の根元にあった歯車が回った。
ギャリイン ボォウッ
火花が散り、その刀身が赤い炎に包まれる。
(おぉ、格好いい剣だ!)
ちょっと男の子心がくすぐられる。
他の黒騎士全員が、同じ剣を手にしているので、アルン正規軍の標準装備なのかもしれない。跨っている馬代わりの2足竜も、全身が黒い鎧に包まれて、とても迫力と威圧感があった。
彼ら正規軍の黒騎士たちは、女指揮官の指示の下、一糸乱れぬ動きで戦っている。
ガイン ギャリィン バキィイ
黒ローブと仮面の妖しい連中は、数は上回っているのに、次々とやられていく。
「マール、離れぬように!」
「うん」
僕は、イルティミナさんと背中合わせで、妖精の剣を抜いた。
ソルティスは、3人のシュムリア王国の騎士さんが、彼女を中心に円陣を組んで、守ってくれている。
カィン ヒヒュン
剣を合わせてみたけれど、黒ローブと仮面の連中は、あまり強くない。
(このまま、一気に押し込めるぞ)
そう思った時だった。
後方に控えていた黒ローブと仮面の集団が、手にした杖を、一斉に地面に向けた。周囲に、タナトス魔法文字が煌めき、その光の文字が地面に吸い込まれていく。
魔法だ。
バキバキバキッ
うわっ、地面が盛り上がって、体長1メードほどの『岩の蠍』が何十匹と現れた。
小さな破片を散らしながら、『岩の蠍』の群れは、僕らめがけて、恐ろしい速さで殺到してくる。ただでさえ数で劣っているのに、更に、敵の数が増えてしまった。
けれど、女黒騎士さんは動じない。
「陣形を崩すな! アダン、ゲイル、射撃用意! 奥の魔法使いを狙え! 他は、2人への魔法生物の接近を防げ」
「ははっ」
陣中央の黒騎士2名が、装備を弓に持ち替える。
「狙え――てえっ!」
合図に合わせ、炎の矢が撃ち出される。
スドンッ ズドンッ
(うわ、直撃だ!?)
50メード以上、離れていたのに、正確に頭部を射抜いたよ。
凄い腕だ。
炎の矢は、次々と飛んで、遠い魔法使いたちを貫き、燃やして、彼らはバタバタと地面に倒れていく。
接近する『岩の蠍』の大群は、他の黒騎士さんたちの炎の剣が斬り裂いていく。
(この人たち、本当に強いなぁ)
思わず、感心して見とれてしまう。
と、背中にいるイルティミナさんの声が警告した。
「来ますよ、マール」
「うん」
こっちにも、『岩の蠍』が襲いかかってくる。
カィン ガギィン
僕は、妖精の剣を振るって、巨大な尾と鋏の攻撃を、丁寧に弾いていく。イルティミナさんは、白い槍の石突で、簡単に、頑丈なはずの岩の肉体を砕いていた。
と、『岩の蠍』に合わせて、黒いフードと仮面の連中も、剣や槍、盾を手にして、音もなく接近してくる。
多勢に無勢。
(数で押し切る気だね?)
そう気づいた時、左腕にある『白銀の手甲』から精霊の声が響いた。
ジジジ……ッ
僕は笑った。
「よし、任せたよ!」
バッと左手を前に突きだす。
ジ、ジジ……ガガァアッ
緑の魔法石が輝いて、白銀の鉱石が溢れだし、僕の前に巨大な『白銀の狼』が現れた。
美しい白銀の精霊獣。
その巨体を陽光に煌めかせ、『白銀の狼』は、接近する黒ローブと仮面の連中、そして『岩の蠍』の群れへと、突進する。
ガガキィイン
岩が砕け、鮮血が舞った。
白銀の流星のように走り抜け、その輝きの通ったあとには、砕かれた『岩の蠍』の残骸と、千切れた黒ローブを鮮血に染めて倒れる人間の死体が、無数に残される。
「なんと、精霊獣か!?」
アルン正規軍の人たちも、驚いている。
僕自身、あまりの精霊の強さに、ちょっとびっくりした。
(僕と戦った時は、本当に加減してたんだね?)
見つめる先で、『白銀の狼』は誇り高く、大地に倒れた敗者たちを見下ろして、堂々と仁王立ちしている。
僕の視線に気づくと、『どうだ』と言わんばかりに、紅い瞳を細めた。
僕も笑って、頷く。
ジジ……ジ、ジッ
嬉しそうに3本の尻尾を揺らして、『精霊の狼』は、魔法石の中へと戻った。
「凄まじい強さの精霊ですね?」
「えへへ」
イルティミナさんの感心した声に、僕は、ちょっと得意げに照れた。
戦局は、ほぼ決した。
ソルティスの『炎の蝶』が、残った『岩の蠍』も破壊して、キルトさんの周囲にも、雷に焼け焦げた死体が、何人分も転がっている。奥にいた魔法使いたちも、アルン正規軍の炎の矢に射抜かれて、全滅させられていた。
生き残った黒ローブと仮面の集団は、こちらに背を向け、逃走を始めた。
女の黒騎士さんが、そちらに炎の剣先を向ける。
「追え! ただし、2人は生け捕りにしろ、尋問する!」
「ははっ」
指示を受けて、9人の竜に乗った黒騎士さんが追撃を開始した。
相手は徒歩だ。
すぐに追いつくだろう。
その後ろ姿を見届けて、指揮官であった女の黒騎士さんは、トリガーをもう1度引いて、剣の炎を納め、それを鞘にしまう。
僕らの前に来ると、竜を下りて、兜を外した。
青い輝きが、柔らかくこぼれた。
兜の下から現れたのは、腰まで届く美しい青髪の女性の美貌だった。
年齢は、20歳ぐらい。
イルティミナさんと同じぐらいの年齢に見えた。
碧色の瞳は切れ長で、凛々しい顔立ち。
(まさに、女騎士って感じだね)
彼女は、黒い兜を左手で抱えながら、シュムリア王国から来た僕ら7人に会釈する。
「助勢、感謝する」
凛とした声。
キルトさんは、頷いた。
「要らぬ手助けかとも思ったが、役に立てたのならば、何よりじゃ」
女黒騎士さんは、そんなキルトさんの手にある『雷の大剣』に視線を落とし、そして、改めて、その銀髪の美女を見つめた。
「その剣、その顔、何より、その強さ。――やはり、貴殿は、キルト・アマンデス殿か?」
「いかにも」
再びの確認に、今度は、はっきり認めるキルトさん。
女の黒騎士さんは、ここで初めて、小さく笑った。
「そうか。思ったより、移動が速かったのだな? すれ違いにならず、よかった」
「……何?」
キルトさんの眉が、怪訝に寄る。
女の黒騎士さんは、表情を改めて、胸に拳を当てる敬礼の姿勢を取った。
「名乗りが遅れ、失礼した。――私は、アルン神皇国軍、第3騎士団所属、第7騎士隊長フレデリカ・ダルディオス」
「…………」
「実は、シュムリア王国から、翼竜便の連絡があった。――そして我々は、そのシュムリア王国より訪れる『ヤーコウルの神狗』と護衛の方々を、神帝都アスティリオまで無事にお連れする任を賜わり、貴殿らを迎えに行く最中であったのだ」
気高い美貌の女騎士さんは、驚く僕らに、そう美しい声で告げたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
僕らを迎えに来てくれたという黒騎士隊長フレデリカさん。
彼女は、説明してくれた。
アルン神皇国は、『魔血の民』に対して、まだ理解の乏しい国だ。
アルン中央の人々も、それを理解しており、だからこそ、僕らのために人員を派遣したのだという。
それが彼女たち、第3騎士団所属、第7騎士隊の皆さんだ。
「本来なら、精鋭揃いの第1騎士団が行うべきなのだが、そちらは別の任務中だったのだ。今回の来訪は、あまりに急な話であったのでな」
なるほど。
(僕とレクリア王女が話して旅が決定してから、4日後には、出発だったものね)
確かに、急だ。
シュムリア王国より大きな組織のアルン神皇国の人には、より大変な事態だったろう。
そこでアルン第3騎士団の中でも、特に移動速度に秀でたフレデリカさんの部隊に、今回の命令が下ったのだ。
僕らにとって神帝都アスティリオまで30日以上の距離を、彼女たちは5日近くも短縮して、走破している。確かに、速い。部隊の人数が10人と少数なのも、その要因かもしれない。
キルトさんは、頷いた。
「なるほどの」
そして彼女の視線は、周囲に横たわる、黒ローブと仮面の集団の死体に向けられる。
「では、こやつらは何者じゃ?」
「神血教団ネークスだ」
フレデリカさんが、嫌悪を込めた声で答えた。
(神血教団ネークス!? この人たちが!?)
ナルーダさんが注意するよう警告してくれた『魔血狩り』まで行う排斥派の人たちだ。
3人の視線と表情も、険しくなる。
「移動の途中で、奴らを見つけてな。ならば、アルン騎士として見逃すわけにはいかない」
フレデリカさんは、きっぱりと言う。
そうして戦闘になっている最中に、僕らが現れたというわけだ。
イルティミナさんは、冷たく、足元に転がる仮面を見つめる。
「この者たちが、ネークス……そうですか」
バキン
呟き、そして、仮面を踏み砕く。
(……イルティミナさん?)
やっぱり、この神血教団ネークスの人たちの姿を見てから、彼女の様子が少しおかしい。
ソルティスも、ちょっと心配そうだった。
「アルンに巣食うこの害虫どもは、なかなか厄介でな。いまだ、駆除し切れない」
「そうですか」
忌々しそうなフレデリカさんと、頷くイルティミナさん。
これまで400年近く続いた魔血差別だ。
人々の意識は、簡単には変わらない。市井の人々の中には、神血教団をアルン正規軍から匿う人もいるんだって。
(そんな……)
あまりの根深さに、絶望的になる。
僕の表情に、フレデリカさんが気づいて、申し訳なさそうに言った。
「この問題の解決には、どうしても時間が必要なのだ」
「…………」
彼女は言う。
人は、よく物事を単純化したがるけれど、複雑で難しい問題の解決方法は、やはり複雑で難しいものになるのだ。
そこに近道はない。
(絡まった糸を解くようなものかな?)
1つ1つ、時間をかけて丁寧に解かなければ、決して解けない。力尽くに引っ張っても、余計に絡まるだけなのだ。
そう呟いたら、
「貴殿は、賢いな」
彼女は、優しく笑った。
その笑顔が、ちょっとイルティミナさんに似ていて、僕は少し驚いてしまった。
ちょっと胸がドキッとしたよ?
「マール?」
「な、なんでもないよ」
悪いことをしてないのに、慌ててしまう自分が情けない。
そんな僕の態度に、イルティミナさんは、美しい髪を揺らして、首をかしげていた。
フレデリカさんは、そんな僕らを見回す。
そして、
「本来なら、もう少し先の町で合流できると思っていたが、無事に会えてよかった。――それで、『ヤーコウルの神狗』殿は、あの竜車の中か?」
「え?」
背後の竜車を見つめて言われ、僕らは、顔を見合わせる。
「どうした?」
その反応に、フレデリカさんは、怪訝そうだ。
僕は、自分を指差した。
「僕です」
「?」
「ヤーコウルの神狗」
…………。
荒野の風が、僕らの間を吹き抜ける。
「な、なんだと!?」
フレデリカさんが、素っ頓狂な声をあげる。
なぜだろう?
僕は、少し居た堪れない気持ちになってしまったよ……。
「まさか、護衛対象の『神狗』殿が、前線で戦っているとは思わなかった……本当なのか?」
「は、はい」
なんか、すみません。
イルティミナさんが、静かに告げる。
「失礼ですが、この子は、マールです」
「何?」
「生まれは『神狗』であっても、すでに彼には、彼の人生があります。そこは履き違えないで頂きたい」
「…………」
フレデリカさんの碧の瞳が細められる。
「『神狗』とは、人々を救う『要』となる存在だ。その責から逃れることは許されないと思うが?」
「……ほう?」
バチチッ
見えない火花が散った気がする。
(え、えぇ?)
睨み合う2人に、僕らは慌てた。
「待て待て。そなたら、今は、いがみ合っている場合ではなかろう?」
「む?」
「ですが」
キルトさんは、強引に、仲間の銀印の魔狩人を下がらせ、アルンの女騎士さんに問う。
「それで、フレデリカ? これからの旅には、そなたらも同行するのか?」
「無論だ」
彼女は、青い髪を揺らして頷いた。
「正確に言うと、貴殿らを、ここより北部の都市ロンドネルに案内するつもりだった」
「何じゃと? 遠回りではないか」
キルトさんは驚く。
どうやら、予定されていた正規のルートではないらしい。
フレデリカさんは、頷いた。
「確かにな。ただそれは、地上を向かうならば、の話だ」
え?
(地上?)
彼女の唇は、美しい笑みを浮かべて、
「アルン皇帝陛下は、貴殿らのために、ロンドネルに貴重な『飛行船』を用意してくださった。――これから神帝都まで、貴殿らには、空の旅を楽しんで頂こう」
悪戯っぽく、こう続けたのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




