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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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091・光の予兆

第91話になります。

よろしくお願いします。

 ――夢を見ていた。


 真っ暗な空間に、僕は、1人ポツンと立っている。


(…………)


 どこまでも広く、黒く、冷たい空間。


 ふと足元を見ると、漆黒の大地に、6人の光の子供たちが倒れていた。


 広大な闇の世界で、その光だけが悲しく灯っている。


 僕は、動けない。

 ただ、そこにいる大切な仲間たちの死を、声もなく見つめ続けていた。


 遠くから、笑い声がした。


 子供の声。

 とても邪悪で、楽しそうな声。


 その血のような赤い三日月の笑みの声が、その闇の世界に、いつまでも木霊している。


 怖い。

 恐ろしい。


 もう僕は1人だった。


 でも、逃げるわけにはいかない。


 6人の光の子供たちの死を、大切な仲間たちの死を、残された僕が汚すわけにはいかなかった。

 例え、それで僕が死んでも。


(…………)


 僕の青い瞳から、涙がこぼれた。


 強引に腕で拭って、それ以上、溢れないように空を見上げる。


 広がるのは、闇の空。

 星1つなく、そのまま暗黒の底に心まで引き摺り込まれてしまいそうな、恐ろしい黒だけの空。


 そこに、小さな光が灯った。


(?)


 儚く、今にも消えてしまいそうな輝きは、こぼれ落ちたように遠い地平の彼方へと落下する。


 光の尾を引く、白い流れ星。


 とても美しい光。


 僕の足は、そちらに向かって勝手に動いた。


 1歩。

 2歩、3歩……。


 いつの間にか、僕は走っていた。


 息を切らせて、必死に、夢中に、ただ、がむしゃらに、流れ星の落ちた場所を目指して、走っていた。


 そして、


(――――)


 僕は、そこで『何か』を見つけた。


 手を伸ばした。


 でも、その『何か』に触れる前に、僕の意識は――目覚めてしまった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 気がついたら、僕は、見慣れぬ天井に手を伸ばしていた。


「…………」


 ドクン ドクン


 眠っていたはずなのに、心臓が激しく脈動している。

 それを感じる。


 夢と現実が、混濁していた。


(……どこだっけ、ここ?)


 数秒間、混乱して、すぐにここが金印の魔学者コロンチュード・レスタさんの暮らしている大樹の家だと思い出す。そうだ、今夜は、彼女の家に泊めてもらったんだった。


 周囲は、薄暗い。

 まだ夜だ。


「……ん、マァ……ル」

「?」


 胸元で声がして、見れば、イルティミナさんが僕の胸に顔をうずめて、抱きつきながら眠っていた。

 幸せそうな寝顔だった。


(あはは……)


 いつも、僕の方が彼女の胸に抱きしめられる姿勢だったので、逆の状況は、ちょっと珍しい。


 サラッ


 思わず、その髪を撫でる。


 しっとりしていて、指通りも滑らかで、ずっと梳いていたくなるような素敵な触り心地の髪だった。

 窓からの月の光に、濡れたような光沢を放っていて、とても美しい。


「ん……うぅん……」


 くすぐったかったのか、小さな声が漏れる。

 そうして、イルティミナさんは、眠ったまま、僕の胸により甘えるように頬を押しつける。


 僕は、微笑みながら、年上のお姉さんの頭を撫で続けた。


(……ん?)


 ふと、自分の頬の冷たさに気づく。


 触ると、濡れていた。

 眠りながら、泣いてしまっていたんだ。


 慌てて、顔をこする。


 よかった、誰にも見られなくて。

 ちょっと安心する。


(…………)


 ふと夢の光景を思い出した。


 意味はわからない。

 何を見つけたのかも、覚えていない。


 ただ、6人の光の子供たちを見て感じた、あの悲しみと寂しさは、まだ心に重く残っていた。

 それを誤魔化すように、


 キュッ


 胸にあるイルティミナさんの頭を、優しく抱きしめる。


 いい匂い。


 甘やかで、温かくて、なんだか、心が落ち着いていく。


「……いつもありがとう、イルティミナさん。……おやすみなさい」


 大好きな人の耳元に、小さく囁いて、僕はもう一度、眠りの世界に落ちるために、まぶたを閉じた。


 次は、もっと楽しい夢が見れますように。

 そう祈りながら――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 翌朝、僕ら4人は、出立の準備を終えて、大樹の家の前に集まっていた。


 見送りに立ってくれているコロンチュードさんは、相変わらず、眠そうな顔だった。猫背のまま、寝癖のある金髪を手でかいて、小さな欠伸をかみ殺している。まぶたの半分閉じた美貌に、僕は、つい苦笑してしまった。


 キルトさんが、渋い表情で言う。


「世話になったの」

「……ん」


 気のない返事。

 あ、キルトさんの額に、小さく青筋が……。


(なんか、この2人、相性が良くないみたいだね?)


 特に、キルトさんの方が、かな。


 ちなみに、イルティミナさんは今も、僕のことを背中側から抱きしめている。決して、そばから離れないって感じ。どうやら昨日の一件で、キルトさんほどではないけれど、彼女も少し警戒しちゃってるみたいだ。


 ソルティスなんかは、緊張した面持ちで、


「ま、またお邪魔してもいいですか!?」

「……どぞ」

「あ、ありがとうございますぅ!」


 眠そうなコロンチュードさんに、喜色満面の笑顔で、何度も頭を下げていた。

 あはは。


 そして、僕も、頭を下げる。


「色々と、ありがとうございました、コロンチュードさん」

「……ん」


 顔を上げた僕は、左腕の『白銀の手甲』に触った。


 ジジ……ッ


 小さな音。

 それだけで嬉しくなり、つい笑みがこぼれる。


 コロンチュードさんは、そんな僕をしばらく見つめて、首を傾けながら、少し考え込む表情を見せた。


(?)


 そして、彼女は言った。


「……何か、お土産。……欲しい?」

「え?」

「……『神狗』に会うの、初めて。……レポートも、面白かった。……だから、そのお礼?」


 お礼って……。


(でも、僕、何もしてないよ?)


 レポート書いたのも、僕じゃなくて、ソルティスだ。


 だけど、コロンチュードさんは、僕が何を欲しがるのか、それを口にするのを期待を込めた目で待っている。

 う、う~ん?


(意外と、コロンチュードさんって、世話焼くの好きなのかな?)


 そんな風に思った。


 僕は苦笑しながら、『何も、いらないですよ』と答えようとして、


(あ、そうだ)


 ふと思い直した。


 もしかしたら、彼女なら?


 ダメ元で聞いてみる。


「あの、それじゃあ、『ラー』、『ティッド』、『ムーダ』でできる魔法って、コロンチュードさんは、何か知りません?」

「…………」


 彼女は、翡翠色の瞳を、パチパチと瞬いた。


 ソルティスは、呆れた顔をする。

 キルトさんとイルティミナさんは「?」という表情だ。


 ……って、イルティミナさん!?


 もしかして、アルドリア大森林の塔で、その3文字のタナトス魔法文字の読み方を、初めて僕に教えてくれたこと、忘れていらっしゃる?


(ち、ちょっと、ショック……)


 でも、仕方ないか。


 心の中で泣く僕に、コロンチュードさんは、眠そうな顔で頷いた。


「……わかった。……次、会う時までに、見つけとく」

「え?」


 ひょっとして、その3文字の新しい魔法を開発すると?


 驚く僕。

 そして、より驚愕しているソルティス。


「……乞う、ご期待」


 金印の魔学者は、眠そうな笑顔で、しっかりと請け負ってくれた。

 おぉ~?


 期待していなかったのに、まさかの展開だ。


(ありがとう、コロンチュードさん!)


 近日中に、アルン神皇国に旅立つ僕らだから、いつになるかはわからないけれど、再会を楽しみにしたいと思う。


 そうして、僕らは別れの時を迎えた。


「それじゃあ、またね、コロンチュードさん」

「……ん」


 小さく頷き、


「……次は、私にも……マール、調べさせてね?」

「駄目です!」


 速攻で返事をしたのは、僕を抱いたままの優しいお姉さん。

 あはは。


 残念そうなコロンチュードさんに背を向けて、僕らは歩きだす。


 昨夜の『骨の鳥』が連絡してくれて、森を抜けた先の街道に、迎えの馬車が来てくれる予定になっていた。

 本当に、お世話になりっぱなしだ。


 歩きながら、振り返る。

 コロンチュードさんは、大樹の家の前にポツンと立ったまま、まだこっちを見ていた。


 ブンブン


「さようならぁ」


 僕は、大きく手を振った。

 ハイエルフの魔法使いさんは、かすかにはにかんで、小さく手を振り返してくれた。


 僕と手を繋ぐイルティミナさんは、軽く会釈する。

 ソルティスは、ペコペコと頭を下げながら、とても名残惜しそうだった。キルトさんは、最初に挨拶したので、スタスタと、もう先を歩いている。


 そのまま、僕らは、森の中を歩いていく。


(…………)


 ――あの人は、これから先も、この人のいない森の奥深くで、たった1人で研究を続けていくのかな?


 そう思ったら、少し寂しくなった。


「マール?」

「あ、ごめんなさい」


 足の鈍った僕に、イルティミナさんが心配そうに声をかけてくる。

 僕は謝り、すぐに3人を追いかけた。


 1000年を生きた不思議なハイエルフさんとの出会いを終えて、そうして僕ら4人は、王都ムーリアへの帰路を辿るのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 ――王都に帰還して、3日が過ぎた。


「ようやく来たぞ」


 そう言いながら、キルトさんが、イルティミナさんの家に来訪する。


 彼女の手には、1枚のクエスト依頼書があった。


『キルト・アマンデス一行は、ただちにアルン神皇国に出立し、アルン皇帝と面会せよ』


 簡潔に言うと、こんな内容だ。

 ついに来た。


 依頼主は、もちろんシュムリア王家になっている。


 ギルドに依頼が来るまで、レクリア王女との会談から4日も経っているのは、大組織ゆえの動きだしの遅さなんだって。これでも早い方、とキルトさんは、言っていた。


 リビングのソファーで、ソルティスは、依頼書を見ながら呟く。


「ついに来ちゃったわね~」

「うん」


 横から覗き込む僕も、頷く。

 イルティミナさんが、そんな僕の髪を撫でながら、パーティーリーダーに訊ねた。


「出発は、いつ?」

「明日の早朝にするつもりじゃ。――皆、それで大丈夫か?」


 黄金の視線が、僕ら3人を見回す。

 僕らは頷いた。


「うん」

「わかりました」

「オッケー」

「よし。――では、明日、夜明け前にギルドに集合じゃ」


 キルトさんは笑って、ソファーから立ち上がった。

 あれ?


「もう帰るの?」 

「うむ。……ムンパが、うるさくての」


 ちょっと遠い目のキルトさん。


 実は、金印の魔学者コロンチュード・レスタさんの家から帰った直後、キルトさんは、ムンパさんに呼び出しを食らった。


 当時、僕ら4人は、『闇の子』対策として、シュムリア王国から行動制限がかかっていた。

 そんな中、突然の外泊だ。


 責任者のムンパさんは、関係各所への対処に大慌てだった。


 しかも、


「夜中に突然、『骨でできた鳥』が窓から入ってくるあの恐怖、キルトちゃんにわかるかしら~?」

「……す、すまぬ」


 笑顔で怒るムンパさんは、とても怖かったという。

 キルトさんが怯えるんだから、相当だ。


 そうして現在、イルティミナさんの家を出る時に、キルトさんは恨めしそうに呟いた。


「……全て、コロンのせいじゃ」


 あはは。

 この2人は、本当に相性が良くないみたいだね。


(きっと『金印』に対する、考えの違いかな?)


 キルトさんは、『金印の魔狩人』として、その力で人々を守ろうと覚悟を持って、魔物と戦っている。


 一方のコロンチュードさんは、『金印の魔学者』という立場に興味はなく、その力を、自分の研究のためにだけ使っている。彼女の場合、それが結果として、人々の役に立ってはいるんだけど、そこに覚悟はなかった。


 それが、キルトさんには、無責任に見えるのかもしれない。


(今は、もう……たった2人だけの『金印』だもんね)


 もし、エルドラドさんが生きていたら、また少し違ったのかな?

 …………。


 いけない。

 そんな風に思ったら、ちょっとしんみりしちゃった。


 ともあれ、キルトさんは、そういう理由で早々に帰ってしまった。

 それを見送ると、


「さて……それでは、旅立ちのために、今から買い物に行きましょうか」

「え?」


 外出準備を始める、イルティミナさん。


 驚く僕に、彼女は微笑み、


「アルンは遠いですからね。食料や消耗品など、多めに用意しないといけません」


 あぁ、そうなんだ。


「じゃあ、僕も一緒に行っていい?」

「はい、もちろん」


 イルティミナさん、嬉しそうだ。

 僕も嬉しい。


 そして僕らは、ソルティスを見る。

 彼女は、小さな手を、左右に振った。


「私はいいわ。今、研究がいいところなの。出発ギリギリまで、がんばりたい」

「わかりました」


 妹の言葉に、姉は頷く。


 実はソルティス、コロンチュードさんに会って刺激を受けたのか、帰ってから、研究で自室にこもることが多くなった。


 そのおかげで、まるでコロンチュードさんを真似ているみたいに、着ている服はヨレヨレになり、紫色の柔らかそうな髪にも、寝癖が多くなった。見かねた優しいお姉さんが、一生懸命、服を着替えさせたり、髪を櫛で梳いてあげたりしていたけど。


 そんなわけで、彼女は、そそくさと自室に戻ってしまった。


 残されたのは、僕とイルティミナさんの2人。

 僕らは、互いの顔を見る。


「それでは、行きましょうか?」

「うん」


 優しく笑い合う。


 そうして僕らは、買い物のため、王都ムーリアの中心部へと繰り出した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 相変わらず、賑やかな王都の中心部で、僕らは買い物をする。


「重くないですか、マール?」

「うん、大丈夫」


 心配そうなイルティミナさんに、僕は笑う。


 背中のリュックには、買い込んだ荷物が満載だ。せっかくなので、荷物持ちを、僕が名乗り出たのだ。身体も鍛えられるし、イルティミナさんの役にも立つし、一石二鳥である、うん。


(それにしても、たくさんだなぁ)


 食料品だけでなく、薬や着替え、魔石なども大量に買い込んだ。

 薬の中には、『癒しの霊水』もある。


 かなりの大荷物だ。


(こんなに必要かな?)


 20日以上、野宿もできそうな量だ。

 別に未開の地に行くわけでもないのに、少し不思議である。


 と、表情に出ていたのか、イルティミナさんが教えてくれた。


「前に言いましたが、アルン神皇国では、『魔血の民』への差別が、まだ根強いんです。辺境の町などでは、宿泊はおろか、町への立ち入りさえ、拒まれるかもしれません」

「…………」


 僕は、言葉をなくした。

 イルティミナさんは、申し訳なさそうに微笑み、そんな僕の髪を撫でてくれる。


「ごめんなさいね。……私たちの都合に、巻き込んでしまって」

「ううん」


 強く、首を振る。


 そもそも、アルン神皇国に行くのは、僕のためなんだ。

 巻き込んだのは、こっちが先だ。


 それに


「イルティミナさんと一緒にいられるなら、野宿の方がいい」

「マール……」


 イルティミナさんは、往来のある道の真っただ中だというのに、僕のことを抱きしめてくれる。


 周りの視線なんて、気にならない。


 僕も、イルティミナさんの背中に手を回した。


(この人と、この先も、ずっと一緒にいたいな)


 つくづく、そう思った。


 しばらく抱き合って、やがて、ゆっくりと離れた。


「…………」

「…………」


 お互いの顔を見て、2人とも、ちょっと赤くなって照れる。


「行きましょうか?」

「うん」


 笑い合った僕らは、手を繋いで、ゆっくりと歩きだした。


 やがて、買い物も終わる。


 そろそろ帰ろうかと、人々の流れの中を歩いていると、


(あれ?)


 そこに、見知った2人を見つけた。


 1人は、青い髪と茶色い瞳をした、背の高い少年だ。

 その背中には、長剣がある。


 もう1人は、白い髪を三つ編みにした、水色の瞳の少女。

 肌は、チョコレートみたいな褐色で、白い髪からは、尖った耳が見えている。腰には、レイピアと杖を差した、ダークエルフさんだ。


 思わず、声をかけた。


「アスベルさん、リュタさん!」


 2人も、こちらに気づいて、驚いた顔をした。


「マール?」

「あら、マール君!」


 ディオル遺跡から、共に生還した冒険者の2人だった。

 およそ1月ぶりの再会だ。


 でも、ガリオンさんの姿がない。


 隣にいたイルティミナさんは、柔らかく微笑み、彼らに声をかける。


「こんにちは、アスベル、リュタ」

「イルナさん!」

「こ、こんにちは、イルナさん」


 アスベルさんは、わかり易く表情を輝かせ、リュタさんは、目の前に現れた『銀印の魔狩人』に少し緊張した面持ちだ。

 そんな2人に、僕は訊ねた。


「ガリオンさんは?」

「あぁ、今は俺たち、休暇中なんだ。だから、まだ宿で寝てるんじゃないか?」

「ふぅん?」


 そうなんだ。

 すると、リュタさんが、僕とイルティミナさんを見比べて、


「あの、2人はどうして一緒に?」

「ん?」

「買い物です。明日から、クエストでアルン神皇国に行くものですから」


 途端、2人の表情が、少し強張った。


「アルン……ですか?」

「だ、大丈夫なんですか? マール君はともかく、そのイルナさんたちは……」


 …………。

 やっぱり『魔血の民』にとって、アルン神皇国は行きたくない国みたいだ。


 僕は、イルティミナさんを見上げる。


 その視線に気づいて、彼女は微笑み、一度、僕の髪をゆっくりと撫でた。


「問題ありませんよ」


 はっきりと、そう口にした。

 それから彼女は、アスベルさんとリュタさんを見返して、話題を変えるように笑いかける。


「2人は、デートですか?」

「デ……!?」

「ち、違いますよ!」


 絶句するリュタさん。

 必死に、否定するアスベルさん。


「俺たち、ちょっと用事があって一緒にいるだけで! 全然っ! 全っ然っ、恋人とかじゃないですから!」

「そ、そうですか」


 少年の勢いに、イルティミナさんは、ちょっと驚いた顔をする。

 でも、


「そうですね。私としたことが、すみません。野暮なことを言いました」


 2人がまだ、微妙な距離なのだと勘違いして、とても優しい笑顔を見せる。


(…………)


 この人、アスベルさんの気持ちに、全く気づいていない。


「イルナさん、本当にわかってます?」

「はい、わかってますよ、アスベル。大丈夫、2人の邪魔はしませんから」

「いえ、ですから」

「アスベル? せっかくのデートの時間なのですから、こんな他の女と話してはいけませんよ。ほら、リュタに声をかけて」

「だ、だから、違うんですって!」


 む、むごい……。


 恋のライバルとはいえ、同情を禁じ得ない。

 もし自分が、アスベルさんの立場だったとしたら、こんな会話は、もう生き地獄だよ。


 僕とリュタさんは、思わず、顔を見合わせる。


「…………」

「…………」


 なんとなく、お互いに生暖かい笑みを浮かべてしまった。


 やがて、アスベルさんが真っ白な灰になった頃、


「え~と? それで2人は、どこ行くの?」


 僕は、ようやく訊ねた。

 リュタさんは、白目で放心中のアスベルさんに苦笑してから、教えてくれる。


「孤児院にね」


 え、孤児院?

 驚く僕ら2人に、リュタさんは教えてくれる。


「私もアスベルも、その孤児院育ちなの。せっかくの休暇だから、顔を出そうと思って」

「そうだったんだ」


 2人とも、孤児だったんだね。

 ちょっと驚いた。


 きっとリュタさんたちは、冒険者として稼いだお金を、その孤児院に寄付してるのかもしれない。

 今日の目的も、それなのかも。


(…………) 


 僕も、イルティミナさんに出会わなければ、孤児だったのかな?

 メディスの街でも、何かが違えば、僕は、キルトさんに言われるまま、あの街で孤児として暮らしていた可能性もあったんだ。


 なんだか、他人事に思えなかった。


 そんな物思いにふける僕を見つめて、リュタさんが、聞いてくる。


「マール君、もしよかったら、一緒に行ってみる?」

「え?」

「私たちの孤児院」


 驚く僕。

 リュタさんは、穏やかに笑う。


「来てくれたら、きっと、みんな喜ぶわ」


 …………。

 僕は、隣にいるイルティミナさんを見上げた。


 彼女は、優しい笑顔のままだ。


「マールの好きなようにして、いいですよ」


 そう言ってくれた。

 僕は頷き、そして、リュタさんに向き直る。


「じゃあ、行く」

「うん」


 リュタさんは、嬉しそうに笑った。


 そんな彼女に背中を叩かれて、アスベルさんは、ようやく正気に戻る。


「ほら、アス。しっかりして」

「あ、あぁ」


 2人の様子に、僕とイルティミナさんはクスクスと笑ってしまった。


 そうして僕らは、家に帰る前に、その孤児院へと、ちょっとだけ寄り道をして行くことにしたのだった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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