084・シュムリア国王50周年式典
第84話になります。
よろしくお願いします。
一夜が過ぎて、ついに国王の生誕50周年式典、当日になった。
僕は、イルティミナさんと2人で、家を出る。
神聖シュムリア王城前にある、聖シュリアン教会の大聖堂で、国王様直々の挨拶が行われるのだ。そして、そこにはなんと、来賓の皆様と一緒に、あの金印の魔狩人キルト・アマンデスもご列席なさるのである。
(これは、行くしかないでしょ!)
鼻息荒い僕に、イルティミナさんは苦笑している。
でも、ソルティスは、家に残ることにした。
「色々、研究したいことあるしね」
灰色になった『命の輝石』を揺らして、そんなことをおっしゃる。
更にいうと、生誕祭は毎年やっているし、今年は50周年とはいえ、どうせお偉い方々のお話を、ただ長々と聞かされるだけだろうから興味がない、と言い切った。え~、残念だなぁ。
ま、僕は初めてだ。
色々と楽しんでみようと思う。
「では、今日は2人きりのデートですね」
「うん」
手を繋いだ僕らは、小さく笑い合う。
そんなわけで、僕とイルティミナさんは2人だけで、王城前の大広場にやって来た。
女神シュリアン様の大きな像がある、巨大な広場だ。
像の奥には、大聖堂がある。
大広場には、王都の住民や他の街から来た人々が集まっていた。
物凄い人混みだ。
そして、女神シュリアン様の像の近くには、巨大なクリスタルみたいな物が左右に2本、立っている。
(あれは、なんだろう?)
イルティミナさんが教えてくれる。
「あれは、天声器です」
「テンセイキ?」
「はい。大聖堂には、ここにいる全員が入ることはできません。そこで、大聖堂から国王の声だけを、あの天声器でここに伝えるのです」
へ~?
(要するに、スピーカーだね)
大聖堂の中には、マイクの役目となる魔法石もあるらしい。
でも、全員、入れないんだ。
確かに、この広場には、何万人も集まっている。いくら大聖堂が大きくても、その全員は無理だ。
(だけど、もし入れなかったら、キルトさん、見れないよ?)
ちょっと不安になる。
そんな僕に、イルティミナさんが得意げに笑った。
「大丈夫ですよ、マール」
「え?」
「こんな時のために、キルトから特別招待状をもらってあります。これで並ぶこともなく、中に入れますよ?」
大きな胸元から、2枚の封筒が現れる。
(おぉ~!)
さすが、何でもできるお姉さん。
抜かりなしだ。
喜ぶ僕に、イルティミナさんも嬉しそうな顔である。
大広場に集まった人たちには申し訳ないけれど、僕らは、受付の神官さんに招待状を渡して、無事、大聖堂の中へと入ることができたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
荘厳――まさに、その一言しかない大聖堂の中だ。
神聖な空気が漂う巨大な聖堂に、今、数千人もの人々が集まっている。僕とイルティミナさんも、その中の2人だ。
(ここ、2階席なんだね?)
人が多すぎて、1階にはいられなかった。
イルティミナさんと一緒に、席に座る。
大聖堂の前方には、聖シュリアン教会の偉い人たちが、たくさん集まっているようだ。聖歌隊や楽団の人たちもいる。一番奥には、大きな女神シュリアン様の像があって、その胸の高さ前方に回廊があり、その先に半円形のバルコニーみたいなのが造られている。
(あ、クリスタルだ)
バルコニーには、広場にあったのと比べて、かなり小さくなった魔法石――それでも、大人ぐらいの大きさなんだけど――が2つあった。
人々のざわめきが、聞こえている。
と、大聖堂内の灯りが、少しずつ暗くなった。
楽団が、美しく厳かなメロディーを奏でだす。
「いよいよですよ」
「ん」
耳元で、イルティミナさんが教えてくれる。
人々の話し声が、消えた。
そして、進行役らしい神官さんが、国王の生誕50周年式典の開会を宣言する。
拍手が巻き起こる。
僕らも叩いた。
やがて、進行役の神官さんは、来賓の皆さんの名前を呼んでいく。もちろん、知らない名前ばかりだ。
でも、中には、アルン神皇国や、テテト連合国からの人もいた。
やっぱり凄い。
(うん、国家的な行事だもんね)
やがて、シュムリア王国のトップに近い、大貴族や大将軍の方々の名前が呼ばれる。
呼ばれた人が、回廊に現れ、そこを通ってバルコニーに立っていく。
1人1人紹介されて、1人1人登場する。
そのたびに、大聖堂の人々――特に、最初の方に呼ばれた貴族の人たちは、大きな拍手をした。
やがて、その中に、
「――続きまして、我がシュムリアの誇る金印の魔狩人、キルト・アマンデス」
キルトさんの名前が呼ばれた。
(き、来たー!)
ドレス姿のキルトさんが回廊に現れ、人々に手を振りながら、お姫様のようにバルコニーを歩いていく。
声援も、一際大きい。
大聖堂に集まった王都住民にとっては、顔も知らない貴族様よりも、かの鬼姫様の方が人気があるようだ。『キルト様ぁー』、『鬼姫様ぁー』と悲鳴ような歓声が響いている。
僕も、
「キルトさ~ん!」
大声を出した。
あ?
一瞬だけ、彼女がこっちを見た気がする。ブンブンと手を振った。
小さく笑った。
(見えてるのかな?)
よくわからない。
そして、金印の魔狩人キルト・アマンデスは、他の大貴族様や大将軍様たちと並んだ。
やがて、王女様や王妃様、教皇様が現れ、
「――偉大なるシュムリア国王シューベルト・グレイグ・アド・シュムリア陛下のお目見えです」
ついに、主役の国王様が現れた。
割れんばかりの拍手と大歓声。
(う、わ……?)
大聖堂中が震えている。
思わず、イルティミナさんの手を握りしめてしまった。
50歳になる国王様。
シュムリア王国が、武の国だからかな?
その初めて見る国王様は、白金の髪をした精悍な顔立ちの逞しい男の人だった。髭も生やしていて、威厳もある。
(なんか、絵に描いたような王様だよ)
ちょっとびっくり。
そして、人々の反応からも、彼が王様として、国民から尊敬されていることがわかった。
生誕50周年式典は、続く。
まずは来賓の皆様の祝辞が始まった。
でも、1人1人のスピーチが長い。
とにかく長い。
(……ソルティスが、来ないわけだ)
やがて、バルコニーの人たちも、祝辞を述べる。
キルトさんの番になった。
普段、口にしないような丁寧な言葉遣いで、定型文のような祝辞だった。王様に頭を下げて、また元の位置に下がっていく。
(キルトさんの出番、これだけ?)
ちょっと寂しい。
全ての祝辞の挨拶が終わると、ようやく王様がお話になられた。
低く、でも、通りの良い声だ。
大声を出している感じでもないのに、大聖堂中に、はっきりと声が届いている。
彼は、皆への感謝を述べた。
そして、
「――余は今日、皆に悲しい知らせをしなければならん」
シュムリア国王は、国民に対して、ついに、『烈火の獅子エルドラド・ローグの訃報』を伝えた。
人々は、凍りついた。
信じられない者もいたが、それは国王の発した言葉であり、その沈痛な表情と声から、すぐにそれが真実だと伝わった。
泣きだす人もいた。
遠目でわかり辛いけど、キルトさんも、きつく唇を結んでいる。
死因は、王都を狙った恐ろしい大魔獣が出現し、エルドラド・ローグは、それを討伐に行って相討ちになったのだと伝えられた。
命をかけて人々を守った、救国の英雄。
それは天声器から、国民全てに知り渡り、悲しみが王都中に広がった。
「彼の意志を、無駄にしてはならん」
国王様は、そう告げると、彼も参加を表明していたという『暗黒大陸への開拓団』の派遣を、10年ぶりに行うことを宣言した。
人々は、驚いた。
でも、烈火の獅子の遺志ならばと、国王の話が続くにつれて、肯定的な感情を燃え上がらせていった。
(…………)
遺志って、本当かな?
僕は疑問に思ったけれど、周囲の人々は、熱に浮かされたように『国王バンザイ』、『烈火の獅子バンザイ』と叫んでいる。
扇動とは言わない。
けど、それに近いような……?
(さすが、王様ってことか)
やっぱりカリスマ性の高い人のようだ。
前もって、ムンパさんに真相を聞いていなければ、僕も引き込まれていたかもしれない。
「……キルトは、どうするのでしょうね?」
イルティミナさんが、ポツリと呟いた。
開拓団の参加については、前に話した時には、返事を保留していた。
今は、どう思ってるんだろう?
式典は、そのまま進んだ。
有名な歌手だという女性が、楽団の生演奏や聖歌隊の声に合わせて、素敵な歌を響かせたり、マジシャンみたいな人が面白く、不思議な芸を披露したり、色んな催し物が行われていた。
そうして、開始から6時間。
最後に、シュムリア国王様が皆に挨拶をして、そうして進行役の神官さんが、生誕50周年式典の閉会を告げた。
◇◇◇◇◇◇◇
う~ん、長かった。
「大丈夫ですか、マール?」
椅子に座り込んで、放心していると、イルティミナさんに心配そうに声をかけられた。
僕は、苦笑する。
「大丈夫。でも、なんか疲れちゃった。……何もしてないのに」
「フフッ、そうですか」
彼女は笑って、優しく髪を撫でてくれる。
周囲は、大聖堂から帰ろうとする人々が、一斉に動きだしたので大混雑だ。
(もう少し空いてから、帰ろう)
僕らは、のんびり椅子に座っていた。
と、
「――マール様ですね」
ふと声をかけられた。
え?
振り返ると、いつの間にそこにやって来たのか、メイド服のような物を着た女の人が立っていた。
その後ろには、立派な鎧を着た騎士様が2人いる。
イルティミナさんが、真紅の瞳を細めて、僕を守るように立ち上がる。
「私のマールに、何かご用でしょうか?」
静かな声。
騎士たちが、ピクッと反応する。
周囲の雑踏が遠くなり、ここだけが、妙に緊迫した空気に包まれる。
(えっと?)
困惑する僕。
でも、メイド服の女の人は顔色一つ変えずに、
「失礼しました。私は、レクリア王女に仕える侍女のフェドアニアと申します。後ろの2人は、私の護衛です」
「王女の……侍女?」
イルティミナさん、ちょっと驚いた顔だ。
いや、僕もびっくりしてる。
そんな僕らに、フェドアニアさんが、綺麗だけど、まるで感情のない淡々とした声で言う。
「金印の魔狩人キルト・アマンデス様が、マール様をお呼びです。どうか、私たちとご同道ください」
そして、優雅に一礼する。
(キルトさんが?)
僕とイルティミナさんは、思わず顔を見合わせてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
王女の侍女さんに連れられて、僕らは、大聖堂の狭い通路を歩いていく。
多分、関係者以外、立ち入り禁止の場所だ。
通路の出入り口や途中に、何人もの騎士様たちが立っていた。
(ひぇ~)
さっき挨拶していた貴族様たちもいる。
場違い感が、半端ない。
イルティミナさんが手を繋いで、一緒にいてくれなければ、逃げ出したくなっていたよ。
「こちらです」
やがて、通されたのは、控室だ。
扉を開けると、
「おう、来たの」
そこには、あのドレス姿の銀髪の美女が、笑っている姿があった。
「キルトさん」
「キルト」
僕らは、ちょっと安心した。
キルトさんは、奥の侍女さんに片手を上げ、
「すまなかったの、フェド」
「いえ」
彼女は澄まして一礼し、部屋から去っていった。
残されたのは、僕ら3人だけ。
キルトさんは、キョロキョロと周囲を見回して、首をかしげた。宝石のついた首飾りが、ジャラリと揺れる。
「ソルは、どうした?」
「家です」
「……なんじゃ、来なかったのか。つまらぬの」
彼女は、残念そうに言う。
僕らは、苦笑した。
そうしてキルトさんに促され、僕とイルティミナさんは、控室にあったソファーに座った。
イルティミナさんが問う。
「それで、私たちを呼んだ理由は、なんですか?」
「……うむ」
キルトさんは、なぜか困った顔をする。
(???)
彼女が言い淀むのは、ちょっと珍しい。
でも、イルティミナさんの目は、少し怖かった。
冷たい声で、質問を続ける。
「あのフェドアニアという侍女は、マールだけを名指ししていました。私は呼ばれていません。これは、どういうことでしょう?」
「う、うむ? そうであったか」
「しかも、彼女は、レクリア王女の侍女だとか?」
「…………」
キルトさん、沈黙。
そして彼女の黄金の瞳は、少し申し訳なさそうに僕を見る。
「実はの。ムンパの報告を受けて、マールに会いたいと言われての」
「……誰が?」
なんとなく、嫌な予感がしながら聞く。
キルトさんは、1つ、間を置いて、
「――シュムリア王国第3王女レクリア・グレイグ・アド・シュムリアが、じゃ」
その長ったらしい尊き御名を、重そうに口にした。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




