755・希望の空を眺めて
第755話になります。
よろしくお願いします。
「――では、またな」
「うん」
その日、我が家で夕食を食べたフレデリカさんは、帰宅するキルトさんと一緒に、使節団の滞在している迎賓館に帰ることになった。
玄関で、数秒、僕とフレデリカさんは見つめ合う。
ちなみに、ソルティス、ポーちゃんは今日も宿泊予定だ。
「行くか、フレデリカ」
「ああ」
キルトさんの言葉に頷き、2人は歩きだす。
我が家に残る4人は、玄関前の通りまで出て、去っていく彼女たちの背中を見送る。
すでに時刻は20時過ぎ。
王都郊外の外は暗く、街灯が点々と道を照らしている。
美女2人の歩いていく坂道の向こうには、明るく輝く王都の中央市街地とライトアップされた神聖シュムリア王城が見えていた。
と、その時、
(あ……)
街灯の灯りの下で、フレデリカさんがこちらを振り返った。
光に艶めく青髪が柔らかく揺れる。
碧色の瞳を細め、見送る僕らを見つめたあと、彼女は軽く手を振ってくれた。
ブンブン
僕も、大きく手を振り返す。
アルンの美女は、穏やかな笑顔を浮かべた。
僕の隣では、ソルティス、ポーちゃんも大きく手を振っている。
そして、
「…………」
イルティミナさんも軽く手を上げ、真紅の瞳を細めていた。
夜風に、彼女の長い髪がフワリとはらむ。
青髪の麗人は、そんな僕らの姿を、目の前の光景を記憶に刻むようにしばらく見つめ……そして、颯爽とこちらに背を向けた。
騎士らしく、凛とした動き。
彼女には、それが似合っている――ふと、そう思った。
キルトさんは、そんな僕らの姿を優しい表情で見守り、フレデリカさんと共に歩きだす。
2人の歩く姿は、やがて、通りの闇に溶けていった。
(…………)
姿が見えなくなっても、しばらく僕はその場にいた。
ソルティス、ポーちゃんは、そんな僕を見つめ、それから気を利かせたように先に家へと入っていった。
僕とイルティミナさんだけが残される。
秋の夜風は、少し肌寒い。
(でも……今は心地好いかも)
僕は夜空を見上げ、軽く目を閉じる。
吹く風に、柔らかく僕の髪がなびいている。
すると、
サワッ
(ん?)
夜の風だけでなく、僕の奥さんの白い指も僕の茶色い髪を優しく梳いていた。
彼女を見る。
僕の奥さんは微笑んで、
「夜風が冷たくなってきましたから、そろそろ家に入りましょうか」
と、囁くように提案した。
僕も「うん」と頷いた。
キュッ
彼女の手を握る。
イルティミナさんは少し驚いた顔。
それに僕は笑って、
「さ、入ろう。イルティミナさん」
「――はい」
ギュッ
繋いだ指に力を込め、彼女ははにかみながら頷いた。
そして、僕ら2人は夜の景色に背を向けて、温かな我が家へと夫婦で一緒に入っていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日、帰国する『アルン使節団』の送別の式典がシュムリア大聖堂で行われた。
式典には、僕らも参加。
国王様の挨拶や大教皇様の祈祷などもあり、白い軍服姿のフレデリカさんが厳粛な面持ちでそれを受けているのを目にすることもできた。
(……うん)
やっぱり格好いいお姉さんだな。
改めてそう思った。
式典中はもう挨拶することもできなくて、式典が終わると、彼女たち使節団はそのままアルン神皇国の黒い竜車に乗り込んでいく。
昨日が最後の挨拶の時間。
それは、わかっていた。
だから、少し寂しいけれど、ちゃんと心残りはない。
大聖堂の前と大通りにはたくさんの王国民が集まり、来訪時と同様、帰国する『アルン使節団』を盛大に見送ろうとしていた。
紙吹雪が舞い、花火が上がる。
来年に向け、両国の友好ムードはとても高まっていた。
それが、素直に嬉しい。
やがて、使節団の黒い竜車の列は、シュムリア王国の人々に見守られながら王都大門に通じる大通りを進んでいく。
僕ら5人は、その光景を大聖堂3階の控室から眺めていた。
「凄い人気ね」
人々の歓声に、ソルティスが呟く。
相棒のポーちゃんも、コクンと頷いた。
僕は笑う。
「来年、アルンとの交流が深まることを、みんなが期待してるんだね」
「そうね」
「アルンの人たちも、シュムリアとの交流を歓迎してくれてたらいいなぁ」
思わず、そう願ってしまう。
ソルティスは、そんな僕の横顔を見る。
アルン神皇国は、世界一の大国だ。
シュムリア王国の3倍以上の国土を持ち、特に中央部では科学技術力も圧倒的だった。
逆に言えば、アルンの人々から見てシュムリアは小国なのだ。
その意識の差が、少し心配。
でも、ソルティスは、
「大丈夫じゃない?」
と言った。
僕は目を瞬く。
「どうして?」
「だって、フレデリカのいる国だもの」
「…………」
「皇帝陛下は高潔だし、アルンはいい国よ。なら、アルンの人たちは私たちを見下さない。きっと良き友人として見てくれるわ」
「うん……そうだね。そうだといいな」
「ま、心配もわかるわ。アルンって辺境はあれだしさ。でも、その問題は国土が広すぎて、辺境まで皇帝陛下の威光が届かなかったことでしょ」
「…………」
「だけど今後はその距離の問題もなくなるわ」
「……あ」
「本当、転移魔法、万歳よね?」
彼女は、愉快そうに笑った。
(そっか)
うん、そうだね。
転移魔法陣が生み出す可能性に、僕も青い目を輝かせてしまった。
そんな風に、僕ら年少組の3人が窓際で話していると、ふと控室のソファーに座っている2人のお姉さん組の会話が聞こえてきた。
お酒のグラスを片手に、銀髪の美女が、
「実はの、フレデリカの奴には、シュムリアの若い貴族の男たちから多くの求婚があったそうじゃ」
「…………」
紅茶のカップを持つイルティミナさんは、その動きを止める。
チラッ
年上の友人を見て、
「そうですか」
とだけ答えた。
キルトさんは、お酒を一口。
湿らせた唇を開いて、
「あの娘も、アルンの大貴族の血筋であるからの。両国の友好のため、結びつきを強めるためにも婚姻が求められたようじゃ」
「…………」
「無論、フレデリカ自身も美人じゃしの。男共も喜んで求婚したじゃろう」
「なるほど、彼女も大変ですね」
「そうじゃな」
冷静な答えに、キルトさんは苦笑する。
そして、言う。
「その全てを、フレデリカは断ったようじゃ」
「…………」
「アルンの外務大臣や外交官からも色々と説得を受けたらしいがの。皇女殿下に仕えるのが、今生の自分の役目と断言したそうじゃ」
「そうですか」
「……驚かぬの?」
「まぁ、あの女ならそう答えると思っていました」
カチャッ
イルティミナさんは、紅茶のカップに口をつける。
軽く飲み、カップを離すと短く息を吐く。
そして、
「――あれは、本当に頑固な女ですから」
と、淡く微笑んだ。
キルトさんは数秒、そんな僕の奥さんを見つめた。
それから苦笑して、
「そうじゃな」
と、同意した。
そして、2人のお姉さんは、窓際にいる僕の方を揃って見つめてくる。
(ん……?)
視線に気づいた僕は、小首をかしげた。
2人は笑った。
何となく僕も笑って、明るい雰囲気の彼女たちの方に近づくと、大好きなイルティミナさんの隣に座らせてもらった。
僕の奥さんも嬉しそうだ。
さりげなく、密着するように身を寄せてくれる。
(えへへ)
甘い匂いがして、その温もりが心地好い。
ふと彼女が、
「もう見送りはよろしいのですか?」
「うん、大丈夫」
問われた僕は、頷いた。
その理由を答える。
「来年になったら、転移魔法でいつでも会えるようになるんだから」
「…………」
「…………」
2人のお姉さんは、顔を見合わせる。
僕は笑って、
「これからの未来が楽しみだね!」
と、湧き上がる心を素直に口にした。
キルトさんは笑みをこぼし、聞こえていたのか、ソルティスも笑顔を浮かべていた。
ポーちゃんも穏やかな眼差しだ。
イルティミナさんも優しく笑う。
「はい、そうですね」
綺麗な笑顔。
その白い指が、僕の髪を梳いてくれる。
撫でられる心地好さに目を閉じて、それから、まぶたを開けた。
窓の外には、青い空が広がる。
遠いアルン神皇国まで続いているだろう、広い、広い空だ。
そこにふと、あの人の笑顔が重なる。
(――うん)
温かくなる心を感じながら、その時、もしかしたら今、竜車の中の彼女も同じ空を見上げているかもしれないな、と、ふと思った。
ご覧頂き、ありがとうございました。
これにて『異国の友人』編も完結となりました。最後までお読み頂いて、誠に感謝です♪
さて、ここから少し申し訳ないお知らせです。
これまで6年以上続けてきた『少年マールの転生冒険記』の連載なのですが、今話を持って、しばらくお休みさせて頂く事にしました。
理由としましては、少し充電期間を得たいからです。
マールの物語を書くのは楽しいのですが、長く書いているからこそ、悩む事、考える事もあり、今回、思い切って休息の時間を頂く事にしました。
マールの物語を楽しみにして下さっている方には、本当に申し訳ないです。
再開の目途の立たない休載となってしまいますが、どうかお許し下さい。
また、この6年間、マールの物語を多くの皆さんに読んで頂けた事、応援して頂けた事は、本当に心の励みになりました。
改めまして、皆さん、本当にありがとうございました!
今は一旦、筆を休めますが、いつかまた、皆さんにマール達の物語をお届けできればと思っています。
どうかその日を楽しみに待っていて頂ければ幸いです。
月ノ宮マクラ




