754・剣と剣の会話
第754話になります。
よろしくお願いします。
「――こうしてマール殿と剣を合わせるのは久しぶりだな」
フレデリカさんは、木剣を手にそう微笑んだ。
僕も笑って頷く。
ここは、王都にある僕とイルティミナさんの家の庭だ。
芝生の大地で、僕らはお互い木剣を手にして向かい合う。
家の縁側ではイルティミナさんとソルティスの姉妹、キルトさん、ポーちゃんの4人も見守っていた。
アルン使節団が来て、19日目。
明日、彼女たちは王都を発ち、帰国の途に就く。
フレデリカさんは『封印の地』から帰って以降、ずっと神聖シュムリア王城に滞在していた。
アルン貴族としてシュムリアの貴族の方々と会ったり、『封印の地』の警備方法の話し合いをしたり、使節団の一員としてがんばっていた。
なので、ずっと会えていない。
でも、最終日だからとキルトさん、レクリア王女、アルンの外務大臣さんが気を利かせて、僕らに会う時間を作ってくれたんだって。
(うん、本当に感謝だ)
そして彼女は、僕とイルティミナさんの家に来た。
楽しい談笑でもよかった。
でも、アルンのお姉さんは、僕との手合わせを望んだんだ。
剣は言葉よりも雄弁だ。
嘘も通じない。
それを彼女もわかっているのだろう。
クスッ
本当に生真面目な騎士様だ。
だから僕も笑顔でそれに応えて、最後に剣でたくさんお喋りすることにしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
秋の風が柔らかく、芝生を揺らす。
空は青く澄み渡り、太陽の輝きの下で、僕は2つの木剣をゆっくりと正眼に構えた。
「…………」
「…………」
それを見て、フレデリカさんの瞳も剣士の色に染まる。
両手で持つ木剣を、彼女も正眼に構える。
(――うん)
本当に美しい構えだ。
自然体でありながら整った重心に、正しく剣が備えられている。
不自然さがどこにもない。
彼女の持つ剣は、まるで自分の手足の延長であるかのように違和感がなく、それでいて静謐な危険さが宿っていた。
不動の構え。
それでありながら、雲のような柔軟さも感じる。
まさに『騎士の剣』の見本だ。
その王道にして正道に構える青髪の美女に対して、我流の二刀流を扱う僕は、ジリジリと静かに間合いを詰めた。
(…………)
クッ クン
軽く『起こり』見せれば、即、剣先で反応される。
――凄い。
剣を出す前に防がれた。
反応されるかもと思っていた。
でも、実際に反応されると素直に感心してしまう。そして、こうした駆け引きが通じることが嬉しかった。
僕を見ている。
感じている。
それが伝わる。
僕も同じだ。
それは、お互いの心を通じ合わせているのと同義だった。
僕らは笑った。
次の瞬間、フレデリカさんが動いた。
(――来る!)
彼女の剣の『起こり』を感じて、僕も反応し――その予測を上回るような鋭さで木剣が振り下ろされた。
ゴガァン
2つの木剣を交差して、辛うじて防ぐ。
でも、手が痺れた。
恐ろしい威力だ。
フレデリカさんはすぐに間合いを外し、何事もなかったように剣を正眼に構えていた。
ブレない構えと心。
僕も負けない。
「――ふっ」
息を吐き、一気に間合いを詰める。
こちらは連撃。
ゴッ ガッ ギギィン
2本の木剣による手数の多さで仕掛けてみたけれど、たった1本の彼女の木剣に丁寧に防がれてしまう。
(あはは……)
なんて綺麗な剣だ。
まるで無駄がない。
こうまで余分な動作をそぎ落とし、洗練された剣技にするまで、いったいどれほどの修練を重ねたのだろう?
質実剛健、正確無比。
それは彼女の父、常勝無敗の大将軍アドバルト・ダルディオスの剣にそっくりだ。
ガツッ ゴィン
やがて、防御の合間を縫って、こちらにも攻撃してくる。
速く、鋭く、正確に。
まさに正道の剣だから意外性はないけれど、逆に隙もまるでない。
予測できるから防げる。
でも、予測しても防げないものは、確実に防げない。
そんな剣だ。
こちらも集中して、その剣に対処する。
ガツン ギィッ カン ゴォン
少しずつ、速度があがる。
お互いの剣の流れを確認し、まるで舞踏のように僕らは3つの木剣を交わしていく。
ああ……楽しい。
フレデリカさんは、とても強い。
でも、彼女は、キルトさん、イルティミナさんみたいな超人的な強さは持っていない。
天才ではなく秀才。
凡人が努力して、凡庸ながらもその器の限界まで鍛え上げた強さ。
まるで彼女の人生そのもの。
日々を真面目に積み重ねてきたのが、ぶつかり合う剣からヒシヒシと伝わってくる。
(――うん)
彼女の剣が、僕は好きだ。
それを改めて感じる。
初めて剣を交わしたのは6年前、僕がまだ13歳だった時だ。
僕はまだ新人冒険者で、3人の凄い仲間に追いつこうと焦っていた時期で、だけど、そんな僕に『剣に近道はない』と彼女は教えてくれた。
その時、触れた彼女の手のひらを今も覚えている。
硬い剣ダコだらけの手。
僕の手はまだ全然柔らかくて、それがとても恥ずかしかったっけ。
あれから、6年。
今の僕の手は、あの時よりも硬くなっている。
(……少しは近づいたかな?)
あの素敵な手に。
尊敬すべき、彼女の手に。
どうかな、フレデリカさん?
ヒュオッ
思いを込めて、2つの木剣を上下から同時に繰り出した。
僕の得意の剣技。
ガァン
彼女の木剣も上下に跳ねて、僕の剣は弾き飛ばされる。
僕の木剣は、片方の剣先がかすかに彼女の青い前髪を払っただけに終わった。
でも、
「…………」
彼女は笑っていた。
戦いの最中だというのに、それはとても優しいものだった。
僕は驚き、
(――うん)
つられて、こちらも笑ってしまった。
お互い、それは一瞬で。
僕らは再び木剣を構えると、それからも自分たちの剣技と心を存分にぶつけ合ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
『――ありがとうございました』
木剣を収めた僕とフレデリカさんは、お互いの頭を下げ合った。
結局、手合わせの中で彼女には勝てなかった。
勝敗を目的にはしていなかったけれど、でも、少しだけ悔しい。
紙一重で、彼女の実力には届いていない……そんな感じだった。
神気開放すれば結果は変わるかもしれないけど、それも違う気がするしね。
素の自分では彼女より弱い、と素直に認めるしかなかった。
(……でも、楽しかったな)
フレデリカさんといっぱい剣で話せた。
彼女の芯が変わっていないこと、変わらぬ精進を続けていたこと、この手合わせを彼女も楽しんでくれたこと、色々と伝わってきた。
僕のことも、きっと伝わったと思う。
チラッ
フレデリカさんを見る。
視線に気づいた彼女は、青髪を揺らし、柔らかく微笑んだ。
(えへへ)
通じ合うことが嬉しくて、僕も笑ってしまう。
すると、見学していたイルティミナさんたちがタオルと水分補給の果実水のグラスを持ってきてくれた。
「はい、マール」
「わ、ありがとう」
「すまない、助かる」
「お互い良い剣であったぞ」
「フレデリカって、やっぱ強いわね~」
「…………(コクン)」
一同、そんな感想だ。
最後にソルティスが、
「遠慮しないで、もっとマールをボコして良かったのよ?」
なんて意地悪を言う。
(酷っ)
それに、僕とポーちゃん以外のみんなはおかしそうに笑っていた。
そうして呼吸も整った頃、
「では、フレデリカ。次は、私と手合わせを願えますか?」
と、僕の奥さんが言った。
(えっ?)
突然の要望に、僕らは驚く。
フレデリカさんも碧色の瞳を丸くして、僕の奥さんの顔を見つめる。
すぐに頷いた。
「ああ、いいだろう」
男前の笑みで応じる。
イルティミナさんも微笑んで「ありがとうございます」と答えると、木製の槍を手に取った。
芝生の庭で、2人のお姉さんが向き合う。
ソルティスは、戸惑った顔。
小声で僕に、
「いいの?」
と、聞く。
少し驚いたけど、僕も頷いた。
「うん。きっと、イルティミナさんもフレデリカさんとお喋りしたくなったんじゃないかな」
「お喋り……ねぇ?」
「同世代の女子同士のお茶会みたいな?」
「物騒なお茶会ね」
「あはは、そうかも」
僕は笑い、ソルティスは呆れ顔。
その会話が聞こえていたのか、キルトさんは苦笑している。
ポーちゃんだけが表情を変えぬままで、その視線の先で、2人のお姉さんたちの手合わせが始まった。
シュッ カッ ギッ
木製の剣と槍がぶつかり合う。
どちらも速く鋭い。
もちろん本気で戦ってはいないけど、シュムリア王国の『金印の魔狩人』とアルン皇室直属の『近衛騎士』の戦いだ。
お金だって取れそうな贅沢な対戦カード。
そして双方、やはり実力が高い。
(うん、見てるだけで勉強になるなぁ)
1つ1つの動きが本当に洗練されていて、しかも、その全ての手が先の展開の布石にもなっている。
技術だけでなく、頭脳戦のレベルも高い。
剣にも精通してきたソルティスもそれがわかるのか、「ほぇぇ……」と目を見開いて凝視していた。
ガッ ガカン ゴコォン
やはり『魔血の民』であるイルティミナさんの方が1歩リードしてる感じ。
でも、フレデリカさんも喰らいついている。
いい戦いだ。
何よりも、
(2人とも、何だか楽しそうだ)
声では聞こえない言葉の応酬があるのだと、見ている僕らにも伝わってくる。
…………。
やがて、2人のお姉さんの手合わせも終わった。
やはり、勝敗はなし。
ただ、それぞれの剣と槍を合わせただけ――でも、それ自体が目的なのだ。
戦った2人は笑い合う。
「ありがとうございました、フレデリカ」
「こちらこそ。……しかし、やはり強いな、貴殿は」
「そうですか」
「ああ。出会って以来、私はずっと負けてばかりだ」
青髪の美女は、苦笑する。
イルティミナさんはそんな彼女を見つめ、長い髪を柔らかく揺らしながら首を横に振った。
アルンの友人を真っ直ぐ見て、
「貴方には負けられぬと思えばこそ、私も今の高みまで登れたのですよ」
と伝えた。
フレデリカさんは少し驚き、
「そうか」
「そうですよ」
「1度ぐらい、負けてもいいのだぞ?」
「負けません」
2人のお姉さんは、なぜか笑いながら、そんな会話を交わした。
(仲良しだなぁ)
僕は、その様子を温かく見守ってしまう。
やがて、触発されたのか、今度はソルティスも『手合わせしたい』と言い出し、更にはキルトさん、ポーちゃんとも順番に戦う話の流れになった。
それを、フレデリカさんは快諾。
せっかくの機会、みんなとも剣で話したかったみたい。
でも、5人と連続で戦うなんて、
(タフだなぁ)
さすが、アルン皇室直属の近衛騎士。
鍛え方が違うね。
実戦ではない手合わせだけど、その体力と集中力には驚かされるし、ただただ敬意を表するばかりだ。
「――はっ」
ガィン
僕は、戦うその姿を見つめる。
艶やかな青髪をなびかせ、煌めく汗を散らしながら、美しく剣を振るアルンの女騎士――その横顔は、とても綺麗だと思った。
「…………」
青い瞳を細めて、僕は微笑む。
フレデリカ・ダルディオスさん――アルンに暮らしている、まるで僕の姉のような存在。
遠い異国からこの地にやって来てくれたそんな彼女の姿を、今、目の前にある風景を、僕は自分の記憶と心に焼きつける。
ガコォン
甲高い木剣の音色が、また1つ、青い空へと木霊した。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次回で異国の友人編も最終話です。どうか最後まで見届けてやって下さいね。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
10月30日に、コミカライズ第13話が公開されました。
イルティミナ達と赤牙竜ガドの戦い、漫画ではどのように描かれているのか、ぜひご覧下さいね。
URLはこちら
https://firecross.jp/ebook/series/525
今話も無料ですので、お気軽にお楽しみ下さい♪
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公式の紹介サイトのURL
https://firecross.jp/comic/series/525
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