749・異国の友人
第749話になります。
よろしくお願いします。
歓迎の宴の会場は、とても煌びやかな広間だった。
美しい照明、生演奏を奏でる楽団、テーブルには豪華な宮廷料理と飲み物が並び、着飾った貴族の男女が優雅な所作で談笑を重ねていた。
奥には国王様やレクリア王女、他王族の方々もいらっしゃる。
(うはぁ……)
うん、僕には場違いな空間だ。
時刻は夜になり、星空には紅白の月が輝いている。
あれからアルン使節団は大聖堂を抜けて、無事、神聖シュムリア王城へと入った。
その後、シュムリア国王との謁見、親書の交換、今後についての外交官同士の話し合いなどが行われて、そして今は、歓迎の宴に参加するため準備中だとか。
このあと、彼らも主賓として会場に来る予定なんだって。
つまり、今は待ちの時間。
本番前に和やかに場を温めつつ、参加者の皆で歓談の時間を過ごしていた。
僕ら5人も、宴の参加者としてこの場にいた。
当然、普段着では駄目なので、みんな着飾っている。
もちろん、僕も。
(…………)
馬子にも衣裳……という言葉がとてもよく似合います、ぐすん。
ま、僕はいい。
だって、小市民の自覚がありますから。
でも、僕の奥さんは「とても似合ってますよ、マール」と褒めてくれた。お世辞でもその優しさが嬉しい。
そんなイルティミナさんは、白いドレス姿だ。
うん、よく似合ってる。
深緑色の艶やかな髪も結い上げられて、綺麗な髪飾りで留められている。
胸元も見えて、少しドキドキ。
その美貌と凛とした立ち姿、流れるような所作から、まるで貴族よりも貴族らしいご婦人に見えていた。
見惚れていると、
「ふふっ」
それに気づいて、少しだけ頬を赤く染める。
可愛い……。
美人で可愛い、最高の奥さんです。
そんな僕らの近くで、本物の貴族の皆さんと談笑しているキルトさんは、漆黒のドレス姿だ。
身体のラインにフィットしていて、彼女のスタイルの良さが凄くわかる。
側面にはスリットが入っていて、白い太ももがチラリと見えた。
堂々とした姿は、まるで王族みたい。
あ……そう言えば彼女は、亡国の王家の血筋だっけ?
どちらにしても戦いで最強の美女は、こうした煌びやか宴の場でも最強のようだった。
ゴク ゴク
ちなみに談笑しながら、高級なお酒のグラスをパカパカと空けていくのは……うん、さすがキルトさんだと感心しつつ、安心してしまうなぁ。
視線を巡らせる。
僕らの後ろには、ソルティスとポーちゃんのコンビもいた。
(…………)
ソルティスは、薄紫色のドレス姿だ。
彼女も大人になった。
昔は、僕と同じ子供で『馬子にも衣裳』みたいな雰囲気があったけど、今はそれが微塵もなくなっていた。
普通に、大人な美女だ。
少し癖のある紫色の髪は、肌がむき出しの背中に流されていて、柔らかく揺れている。
胸も育ち、腰も細く、お尻も大きい。
背も伸びたので、本当にスタイルの良い女性となってしまい、ふと見れば、他の貴族の若い男性たちが彼女に見惚れている姿もあった。
(うぬぬ……)
何だか複雑な気分だ。
ただ、見た目おしとやかだけど、
パクパク
気づけば、何皿も料理を平らげている。
食べ方も上品にしていたので、ちょっと騙されるところだった。
僕の視線に気づき、
「ふっ」
彼女は不敵に笑った。
べ、別に、君に見惚れてたんじゃないぞ?
そう思う僕の前で、ソルティスは上機嫌でこちらに背を向け、別の料理に向かう。
その時、揺れた長い髪を上の方で留めている『蝶の髪飾り』に気づいた。
(あ……)
それは5年前、彼女が14歳の誕生日に僕がプレゼントした髪飾りだった。
まだ使ってくれてたんだ……。
それに驚き、それから、何だか嬉しくなってしまう。
ま、許してあげよう。
何を許したのかは、自分でもわからないんだけれど……。
そんなソルティスの横では、彼女のために、料理を取り皿に盛ったり、空のお皿を受け取ったりする金髪幼女がいた。
うん、ポーちゃんだ。
彼女は、水色のドレス姿。
子供向けなのか、大きなリボンが背中についている。
黄金色の柔らかそうな髪は、一部だけ編み込まれて、宝石の髪飾りがつけられていた。
幼くも可愛らしい淑女である。
(うん)
見ていて、ほっこりするよ。
僕自身が子供の見た目なので、より幼く見える彼女の存在には、何だか安心感と仲間意識が芽生えるんだ。
他の貴族の皆様も、温かく彼女を見守っている。
…………。
そんな感じで、僕ら5人も会場の一角で集まっていた。
たまに貴族の方々から話しかけられたりするんだけど、対応は全て、キルトさん、イルティミナさんのお姉さん組がしてくれていた。
僕は『神狗』、ポーちゃんは『神龍』。
色々、政治利用できる価値があるとか。
なので、下手な言質を取られないように、2人が守ってくれてるんだ。
(ありがとね、イルティミナさん、キルトさん)
視線で感謝。
それに気づいた2人は、優しく微笑んでくれた。
その時、会場の雰囲気が少し変わり、司会進行を務めている文官が『アルン使節団』の到着を伝えた。
(わっ、ついに主賓の登場だ)
胸がドキドキしてきた。
宴の会場もざわついて、皆が広間の扉に注目する。
僕ら5人も同じくだ。
キルトさんはお酒のグラスを給仕係に渡し、ソルティスも食事の手を止め、ポーちゃんは彼女から受け取ったお皿をテーブルに置いている。
キュッ
(え?)
さりげなく隣に来たイルティミナさんが、僕の手を握った。
彼女を見る。
僕の奥さんの眼差しは、扉だけに向いていた。
僕も、再び扉を見る。
あの向こう側には、アルンの地で出会ったあの素敵なお姉さんもいるはずなのだ。
まだかな?
まだ開かないかな?
胸の奥で響く自分の鼓動が痛いくらい。
そして、ついに、
ガチャン
扉前の2人の係員が力を込めると、広間の重厚な扉が重々しい音を響かせて左右に開かれていった。
◇◇◇◇◇◇◇
開かれた扉の向こうから、アルン使節団の人々が現れた。
人数は、15人。
ほとんどが外交官だけど、中にはアルン神皇国の外務大臣、魔術研究所の所長など、重鎮の方々もいらっしゃるとか。
(――あ)
その中に1人、白い軍服の麗人がいた。
ドクン
その姿に、胸が高鳴る。
青く美しいショートヘアに澄んだ碧色の瞳、左頬に白く傷跡を残した中性的な美女だ。
凛とした重心のブレない歩法。
落ち着いた雰囲気。
鍛えられた軍人としての所作とその美貌に、まるで煌めく名剣の印象を覚える。
フレデリカ・ダルディオス。
アルン神皇国パディア・ラフェン・アルンシュタッド皇女殿下直属の近衛騎士となった、若く才気溢れる女性騎士だ。
そして、僕の大切な友人。
(…………)
ああ……その懐かしい姿に、心が震える。
共に死地を駆け、笑い、励まし合い、助け合い、剣を振るって、絆を紡いだ。
その時の思いは、今尚、消えることはない。
そして、この先も……。
僕と同じように彼女を見つけたのか、イルティミナさんも真紅の瞳を細めている。
ソルティスは『お、いたわね』って顔。
キルトさんは微笑み、ポーちゃんはいつもの無表情のまま、視線で彼女を追いかけていた。
声をかけたい。
でも、ここは公の場。
僕はグッと我慢する。
周りにいた人たちと同じように、でも、思いを込めて拍手を送る。
パチパチ
使節団の人たちは軽く一礼し、国王様たちのいる席に向かい、挨拶を行った。
「…………」
フレデリカさんも大臣たちの後ろで跪き、
(ん……?)
けれど、その背中から周囲に対しての警戒を行っているのを感じた。
何で……?
と思って、すぐに気づく。
(あ、そうか)
今のフレデリカさんは、軍人として、アルンの重鎮の方々を警護する護衛の立ち場なんだ。
無論、王国が迎える客人の1人。
だけど、彼女は騎士であり軍人。
その戦闘力を持って、常に、アルンの重鎮を、アルン神皇国を守ろうとしているのだ。
「……うん」
生真面目で責任感の強い彼女らしい。
僕は、つい微笑んでしまった。
やがて、アルン使節団の人たちは、シュムリア王家の方々と近い席に座って談笑を始めた。
和やかな空気。
両国の友好を感じられる。
宴の催しも始まって、会場は賑やかで華やかな空気に満ちていった。
…………。
この宴には、多くの貴族が参加している。
そして、アルン神皇国からの来客に対して、彼らは次々に挨拶を行っていく。
僕らは平民だ。
どうしても、貴族優先で挨拶に行けない。
(うぬぬ……)
フレデリカさんと話したいのに話せない。
彼女は、シュムリア王国の若い貴族の男性に握手を求められ、簡単な挨拶を交わしていく。
実に社交的だ。
ただ、軍人らしく1度も笑わない。
だからか、その硬質な美しさの魅力に、シュムリア貴族の男性は皆、魅了されているようだった。
(……いや?)
よく見たら、貴族のご令嬢方も頬を染めている。
フレデリカさんは、髪も短く中性的だ。
しかも、今は軍服姿。
その辺の男たちよりもずっとイケメンで、なるほど、確かに同性にも人気なのは頷ける。
僕としては、ドレス姿も見たかったけど……。
でも、軍服も良く似合ってる。
そして、何となく彼女の気質にも合っている気がして、フレデリカさんらしいとも思えた。
ともあれ、挨拶の列は途切れない。
(う、う~ん?)
僕らも両国の友好の象徴として招かれているはずなんだけど、でも平民でもあるので、色々とタイミングが難しいな。
迷っている間に、更に列が伸びる。
イルティミナさんが呟く。
「これは……今日は挨拶は無理かもしれませんね」
「え?」
「親善という意味では、やはり貴族が優先です。特に『転移魔法陣』で繋がる以上、国家としての関係が1番重要ですから」
「……そっか」
残念な気持ちを抱えつつ、僕も頷いた。
もしかしたら、強引に声をかけることもできるだろう。
でも、それは無礼な振る舞いで、結果、両国の関係に小さな傷ができてしまう。
そんなの僕らも望まない。
僕らの会話が聞こえたのか、ソルティスも「私ら、フレデリカと話せないの?」と、小さく唇を尖らせている。
ポーちゃんも真似っ子だ。
キルトさんも「ふむ」と難しい表情である。
「思った以上に、アルンとコネを作りたい方が多かったようじゃ。少々、誤算であったの」
「……うん」
「仕方ない。後日、改めて会える場を用意するとしよう」
「お願いできる?」
「うむ、任せておくが良い」
見上げる僕に、銀髪の美女は頼もしく請け負ってくれた。
その後、僕らの代表として、キルトさん1人だけが『アルン使節団』の方々に挨拶を行えた。
彼女は、フレデリカさんとも会話する。
2人の組み合わせに、何だか懐かしい感情が湧きあがった。
フレデリカさんも、シュムリアの友人と久しぶりに会えて嬉しかったのか、軍人らしい表情がその時だけ少し柔らかくなっていた。
と、その時、キルトさんがこちらを示した。
(あ……)
青髪のお姉さんに、僕らの居場所を教えたみたい。
アルンの彼女は、こちらを向く。
透き通った碧色の瞳が僕ら4人を見つけ、そして、僕の青い瞳と目が合った。
彼女の目が見開かれる。
そして次の瞬間、
(う、わ……)
軍人らしかった彼女の整った美貌は、大輪の花が咲くように綻び、微笑んだ。
その表情の落差に驚き、そして、その笑顔の輝きにも驚いた
ドクン ドクン
強まった鼓動が痛い。
僕らの周囲にも貴族の方々がいて、同じように彼女の笑顔を見てしまったのか、彼や彼女たちは皆、男女問わず心奪われた表情だった。
ソルティスも「ほわ……」なんて言っている。
僕の奥さんも、
「…………」
一瞬だけ見惚れてしまい、すぐに我に返ったのか、なぜか少し険しい表情になった。
僕の頬も熱い。
フレデリカさんは、こちらに軽く頷く。
(……うん)
僕も笑いながら、頷きを返した。
たったそれだけ。
だけど、それだけでも心が通じ合えた気がして、何だか嬉しかった。
その後は、キルトさんもすぐに挨拶の場を次の人に譲って、フレデリカさんの美貌も硬質な表情に戻ってしまった。
やがて夜も更け、宴は終了する。
結局、今夜、僕は懐かしい友人と話すことはできなかった。
(残念……)
でも、仕方ない。
アルン使節団の方々は、まだシュムリア王国にしばらく滞在するのだし、フレデリカさんと会える機会はきっとまたあるだろう。
(キルトさんも約束してくれたしね)
ふと顔を上げると、煌びやかな宴の会場の窓がある。
その向こうに広がる星々の夜空には、アルン神皇国でも変わらないだろう美しい紅白の月が輝いていた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




