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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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810/825

745・温泉の町

第745話になります。

よろしくお願いします。

 臨時休暇も7日目になった。


 まだ休日は8日もあるので、僕とイルティミナさんの夫婦は王国北部にある温泉町まで6日ほどの旅行に行くことにした。


「では、行きましょうか」


「うん」


 旅の支度を整えた僕らは、施錠した我が家を出発した。


 ちなみに旅行に行くことをあの3人にも伝えたら、ソルティスには羨ましがられ、キルトさんにはお土産にその地方の地酒を頼まれた。


 ポーちゃんだけは、


 ポムポム


 と、無言のまま『ゆっくりしてくるといい』と肩を叩いてくれた。


 大通りを歩き、やがて正面大門前の馬車・竜車の乗降場でチャーターした竜車に乗り込んだ僕ら夫婦は、王都ムーリアを出発した。


 片道2日。


 往復4日で、向こうでは1泊する予定だ。


「楽しみだね?」


「はい」


 竜車の中で、僕らは笑い合う。


 金印の魔狩人が王都を離れるということで、実はギルドや王家への報告、許可なども得なければならず、意外と事前準備が大変だったのだ。


 だから、無事、旅行に出られた安心感もあった。


 車内では、色々と話した。


 昨日食べたご飯のことから旅行先で何をするかまで、話題は様々だ。 


 ちなみにその間、


 ナデナデ


 彼女は、隣の座席に座る僕の身体を抱きしめ、ずっと髪を撫でてくれていた。


(……うん)


 今だ、甘々イルティミナさんが継続中です。


 いや、いいんだけどね?


 僕も嬉しいし。


 幸せだし。


 多分、クエストが再開していつもの生活パターンになるまで続くんじゃないかな?


 きっと今だけの貴重な時間なんだろう。


 だから今は、そんな彼女を受け入れ、僕自身、その時間を楽しむことにしていたんだ。


 緑豊かな自然の景色の中、旅は続く。


 やがて特に問題もなく、王都を発って2日後、僕らは目的の温泉町に到着した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 そこは、山岳地にある小さな町だった。


 名前は、ニムルプの町。


 山岳地の一部が活火山で、そこに沸く温泉を中心に造られた町だそうだ。


 ただ観光地の温泉町というよりかは、北部のテテト連合国、西部のアルン神皇国の国境砦に通じる主要街道の宿場町の1つといった雰囲気だった。


 だからか、観光客より旅人が多い印象。


 竜車を降りた僕らは、そのまま町の宿屋を確保し、すぐ町の散策に出た。


(うわぁ……硫黄の匂いだ)


 町の至る所から、独特の臭気がする。


 通りに沿った水路も温泉が流れているのか、白い湯気が昇っていた。


 僕は笑って、


「温泉の匂いだね」


「ふふっ、そうですね」


 隣を歩く僕の奥さんも笑って、頷いた。


 と、その時、


「おや、マール、あそこに無料の足湯がありますよ」


「本当だ」


「行ってみますか?」


「うん、そうしよう!」


「ふふっ、はい」


 奥さんの見つけてくれた足湯場に、僕らは向かった。


 その湯船は公園の噴水みたいな円形で、その外周にベンチが設置されている感じ。


 深さは、くるぶしまで浸かるぐらい。


 僕らは靴と靴下を脱いで、足を湯気の上がる温泉に入れてみた。


 チャポン


「ふわぁ……」


 思わず、声が震えた。


 これは気持ちいいや……。


 じんわり足全体が暖められ、血行が良くなっていく感じ。


 足だけが温泉に入っているのに、なぜか身体中が暖かくなってくるから不思議だ。


 イルティミナさんも、


「はぁ……これは気持ちがいいですね」


 と、艶っぽい吐息をこぼした。


 真紅の瞳を伏せて、静かに堪能しているその横顔は、妙に色気があってドキドキしてしまう。


 湯気の景色の中、風に柔らかく揺れる長い髪も素敵。 


 幻想的な湯場の美女だ。


 僕だけでなく、同じように足湯に浸かっている人、通りすがりの人たちも男女関係なく、僕の奥さんの姿に見惚れていた。


 僕も魅入られている。


 と、そんな僕の視線に気づいて、


「あら……うふふっ」


 イルティミナさんは少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、こぼれる髪を耳の上にかき上げながら微笑んだんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 そのまま、2人で町を散策していく。


 道中、キルトさんに頼まれた地酒を探したり、ソルティスとポーちゃんへのお土産を買ったりした。


 それ以外にも、温泉卵を買って、


「ふふっ、独特の風味があって美味しいですね」


「うん、そうだね」


 と、歩きながら食べる無作法な自分たちに笑ったりもした。


 とても楽しい時間。


 きっと、イルティミナさんも楽しんでくれているだろうと思える時間だった。


 その時、


(ん……?)


 ふと僕は、周囲の視線に気づく。


 町の通りには、たくさんの旅人、少ないけれど観光客、そして店舗の店員やニムルプ町の住人なども歩いていた。


 その人たちの目線のほとんどが、必ず1度はイルティミナさんに向く。


 ほぼ全員、見惚れた表情だ。


(…………)


 歩きながら、僕も隣の自分の奥さんの横顔を覗き見る。


 前世でいう西洋と東洋の良い所取りをしたような美貌は、凜として美しく、けれど笑うと少女のように可憐だった。


 目鼻立ちも整い、まつ毛も長く、肌も綺麗だ。


 森のような色の長い髪は艶やかに陽光に輝き、吹く風に柔らかく、時に艶やかに舞う。


 背も高く、足も長く、健康的な肉体美でありながら胸やお尻は大きく実り、男を魅了するほどに肉感的だ。


 けれど、まとう空気は静謐、清楚。


 表情にも知的さが滲む。


 その歩く姿には重心の乱れもなく、その所作の1つ1つに見ている人々の視線を吸い寄せる美しさがあった。


 ―――まさに、絶世の美女。


 イルティミナ・ウォンという女性には、その形容が本当によく似合う。


 自分の奥さんだという贔屓目を抜きにして、僕は、そんな評価を彼女に与えられると思うんだ。


 それを証明するように、人々の視線は彼女に集まっていた。


 この現象は、王都でも時々、起きている。


 この世界は、前世のように写真や動画などがない。


 だから、金印の魔狩人イルティミナ・ウォンの正確な容姿は世間にはほぼ認知されてなくて、彼女を見ている人々もそれを知っている訳ではないだろう。


 なのに、見てしまう。


 それほどにイルティミナさんの存在感が凄いのだ。


(……うん)


 その事実が少し誇らしい。


 同時に、隣にいるのが自分みたいな男で、何だか申し訳ないような気持ちにもなる。


 イルティミナさんに見惚れていた人たちも、ふと隣の僕に気づいて『何だ、あの子供は?』みたいな顔をしたりもしていた。


 すみません、夫です……。


 その時、僕の様子に彼女が気づいて、


「? マール、どうしましたか?」


 あ……。


 僕はハッとする。


 すぐに笑って、


「ううん、何でもないよ」


「…………。そうですか」


「うん。それより、そろそろ日が暮れるから宿に帰ろっか」


「はい」


 彼女は微笑み、僕の手をギュッと握る。


 ちなみに、互いの指を交互に絡めた『恋人繋ぎ』だ。


 しっかりと絡む感触に温かな体温……それにドキドキと鼓動が速くなる。


 彼女ははにかみ、


「宿に帰ったら、一緒に温泉に入りましょうね?」


 と、頬を赤くして言った。


 …………。


 う、うん。


 その想像に僕も真っ赤になりながら、でも嬉しくて、大きく頷いてしまったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 宿屋に戻ったあとは、温泉や食事を楽しんだ。


 温泉は、有料だけど貸し切りの家族風呂があったので、それを夫婦で利用させてもらった。


「いいお湯だねぇ」


「そうですねぇ」


 2人でまったり湯船に浸かり、身も心もポカポカだ。


 お互いの裸を洗いっこしたり、夫婦でじゃれ合ったりもして、やがてのぼせる前に湯船を出る。


 温泉を出たあとは、美味しい食事を楽しんだ。


 地鶏を使ったつくねのスープや炊き込みご飯、山菜のおひたしなどがテーブルに並ぶ。


 どれも絶品。


 あと、キルトさんへのお土産で買った地酒も、この宿屋でも取り扱っていたので先に味見することができた。


(ん……少し辛口)


 でも、すっきり美味しい。


 なるほど、キルトさんが所望する訳だよ。


 湯上りで、かつお酒にほろ酔いとなったイルティミナさんは少し赤くなっていて、その美貌は何だか色っぽかった。


 僕の視線に気づき、


「ふふっ」


 彼女は妖しく微笑む。


 ドキドキ


 やがて夕食も終われば、あとは就寝の時間だ。 


 だけど、僕らは夫婦。


 そして今は、旅の宿である。


 もちろん、すぐに眠ることはなくて、2人でその……いっぱい愛し合えた。


 僕もがんばり、イルティミナさんも満足してくれたと思う。


 やがて、薄闇の中、僕らは裸のまま抱き合うようにして、今度こそ本当に眠ることにする。


(…………) 


 触れ合う彼女の肌が熱い。


 まだ余韻が残っているのか、その美貌は夢見心地だ。


 うん……美人。


 見ているだけで心が幸せで、だけど、ふと彼女と一緒にいるのが僕でいいのか不安になった。


「……マール?」


 表情に出てしまったのか、彼女が少し不思議そうに僕を呼ぶ。


 僕は少し迷い、


「イルティミナさんって、美人だね」


 とはにかんだ。


 彼女は「まぁ」と驚き、それから嬉しそうに表情を蕩けさせる。


「ありがとうございます」


「うん……」


「? マール……? 何か気になることがあるのですか?」


「…………」


「…………」


「イルティミナさんって、そんなに美人なのに、どうして僕を選んでくれたの?」


 視線に耐え兼ね、つい聞いてしまった。


 彼女は、キョトンとする。


 僕は、そのまま自分の奥さんの顔を見つめ続けた。


 世の中、いっぱい男の人がいる。


 キルトさん、ソルティスは褒めてくれたけれど、でも、僕以上にイルティミナさんに相応しい人はやはりいるように思えるんだ。


 もちろん、他の誰にも渡したくない。


 彼女は、僕の奥さんだ。


 だけど、その思いのせいで、本来、彼女が得られるべき幸せを僕が邪魔しているとしたら……?


 それは、本当に嫌だった。


 他の男の人の物になんて、なって欲しくない。


 だけど、悲しいし悔しいし泣きたいくらいだけど、それで彼女が幸せになれるというのなら、僕は……。


 ポロッ


 お酒のせいかな?


 感情の抑えが利かなくて、青い目から涙がこぼれてしまった。


 イルティミナさんは、ギョッとする。


「マ、マール?」


 と、慌てて僕を抱きしめてくれた。


 ああ、いけない。


 その温かな胸に挟まれて、余計に涙が止まらなくなってしまう。


 駄目だな、僕。


 いつも自分に自信がない。


(僕……イルティミナさんの隣にいていい男なのかな?)


 そうありたい。


 ずっと願ってる。


 自分なりに精一杯、がんばってる。


 でも、どうしても時々、不安になるんだ。


 僕から見た彼女は、あまりに素敵すぎて、一緒にいればいるほど好きになっていって、だからこそ失う不安が怖くて堪らない。


 ギュッ


 すがるように、彼女に抱き着いてしまう。


 イルティミナさんは、少し困った様子だった。


 でも、いつものように優しく笑う。


「私がマールを選んだのは、それだけ、マールが魅力的な男の子だからですよ」


「…………」


「きっとマールは知らないんです。私がどれだけマールが好きかということを。好きで、好きで……本当に好きすぎて、心がおかしくなってしまいそうな程に魅了されていることを」


「…………」


「私が美しくあろうとするのも、全てマールのためです。他の男のためではありません」


「…………」


「きっと私はマールのために生まれた女なのでしょう。それを私自身、望んでいます。だから、私がマールを選ぶのは、私にとって必然のことなのですよ」


 その声は甘く、心に染みる。


 僕の髪を撫でる白い指は、その愛おしさを伝えてくる。


 僕は彼女を見た。


 彼女は微笑む。


「私はずっとそばで、マールを見てきました。だからこそ、他の誰よりも貴方の魅力を知っています。きっとマール自身よりも」


「…………」


「だから覚悟してくださいね。どんなに貴方が嫌がっても、私はマールを手放しませんよ」


 その真紅の瞳は、薄闇の中でも輝いて見える。


 執着にも似た愛情。


 その粘るような光が灯っている。


 でも、僕にとって、彼女からその光を向けられることはただ嬉しかった。


 ようやく、僕も笑った。


「うん」


 僕は、『マール』は、今までも、そしてこれからもずっとイルティミナさんの物だ。


 チュッ


 彼女は印をつけるように、僕の額に口づける。


 目を閉じて、僕もそれを受け入れた。


 …………。


 やがて、その夜を僕らは抱き合ったまま眠り、そして、明るい夜明けを迎えたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 温泉宿で1泊した僕らは、翌朝、ニムルプの町を出発した。


 竜車の窓から見える空は、快晴だ。


 朝日が眩しく、その輝きの下、硫黄の臭いと温泉の湯気に包まれた町の景色が遠ざかっていく。


 その光景を、僕とイルティミナさんは車内の座席で手を繋ぎながら、眺めた。


「…………」


「…………」


 珍しく会話は少ない。


 でも、嫌な雰囲気ではなくて、むしろ、穏やかで心地好い空間だった。


 昨日、情けない姿を晒したからか、何だか僕の心はすっきりしていたし、熱い告白をしてくれたイルティミナさんも妙に満たされた表情をしていた。


 今はただ、お互いの存在が愛おしい。


 ソッと顔を上げる。


 すると、彼女もこちらを見ようとしていたらしく、目が合ってしまった。


(あ……)


 お互い、少し驚いた顔。


 でも、すぐに2人とも照れたように笑ってしまった。 


 うん、幸せ……。


 王都ムーリアまでは、あと2日間の旅。


 今のこの気持ちを大切にして、その2日間の時間も大切に過ごしていこう。  


 そう心に決める。


 イルティミナさんも同じようなことを考えているんだろうな、と、その表情を見ていたら何となく伝わってきた。


 以心伝心である。


 それに僕らはまた笑い合い、ソッと肩を寄り添わせるのだった。


 …………。


 …………。


 …………。


 そうして竜車での旅は続き、僕らは街道を南下する。


 窓から見える景色は、森の中に造られた街道の下り坂で、ゆっくり左カーブを描いている。


 そのため、視界も悪く、速度はかなり落ちていた。


 ガタゴト


 僕らは車内の座席で揺られる。


 次の瞬間、


 ゴットン


(!?)


 車両が大きく揺れて、竜車が停止した。


 何だ?


 僕らは顔を見合わせる。


 同時に、御者席の方から「ひっ……」と恐怖に震える声が漏れ聞こえた。


「!」


 僕らの意識が、カチッと切り替わる。


 ここは魔物のいる世界。


 街道の移動は絶対に安全ではなく、王都近郊であっても、たまに魔物に遭遇することもあるのだ。


 僕の奥さんも、すでに『魔狩人』の顔だ。


 武器を手に、僕らは車外に出る。


 そして、停止した車両の前方を確かめて、


(――え?)


 そこにいたのは、魔物ではなかった。


 フードを被った武装した『人間』が15人ほど、目前の街道を塞ぐように立ち並んでいたんだ。

ご覧頂き、ありがとうございました。


※次回更新は今週の金曜日を予定しています。どうぞよろしくお願いします。

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