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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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739・無我の剣

第739話になります。

よろしくお願いします。

「キルト、しっかりして!」


 斬られたキルトさんに駆け寄って、ソルティスがすぐに回復魔法をかけ始めた。


 杖の魔法石が緑色に輝く。


 キルトさんは何かを言おうとして、けれど口からは切断された肺から溢れる血が「かはっ」と吐き出された。


 そんな2人を庇うように、僕、イルティミナさん、ポーちゃんが立つ。


 目前には、首無しの黒衣の剣士。


 でも、首がないことなど忘れたように、彼は黒い剣を上段に構えていた。


「――あり得ません」


 イルティミナさんがポツリと呟きをこぼす。


 その表情は、蒼白だ。


 その心情は、僕も理解できる。


 ギルダンテ・グロリアは、死を冒涜する不浄の存在『不死人アンデッド』だった。


 現状の光景は、それを示す。


 でも、確かにあり得ないんだ。


 アンデッドという魔物は知性を失い、死者の本能に導かれて生者を襲う。


 辻斬りの行動は、まさにそうかもしれない。


 でも、それだとおかしいんだ。


 辻褄が合わない。


 だって奴は、僕らの流した噂を聞いて、己の暮らしていた家へと姿を現した。


 実際に対峙した時も、僕ら5人が戦う意思を見せると、奴はわざわざ戦いに相応しい場所へと僕らを誘導してみせた。


 どちらも知性ある行動だ。


 それは『不死人』の行動とはかけ離れている。


(なぜだ?)


 アンデッドではない、のか?


 いや、それこそあり得ない。


 首なしで動ける魔物なんて、アンデッド以外にはこの世界に存在しない。


 それは間違いないのだ。


 宣告された病によってかわからないが、ギルダンテはこの世の生を終え、けれど剣の道への未練か、後悔か、妄執か、強い負の感情によってアンデッドと化したのだろう。


 もしくは、チェザーレンの呪いの剣の影響もあったかもしれない。


 無辜の血を吸い続けた、人々の怨嗟の宿る剣だ。


 それらが共鳴し、何らかの奇跡が起きたのかもしれない。


(いや、細かいことはどうでもいい!)


 今、大事なのは、目の前にいるギルダンテ・グロリアは『不死人』でありながら、生前と同様の恐ろしい剣を扱えるという現実だった。


 死者であるアンデッドは、もう殺せない。


 倒す方法は、たった2つ。


 行動不可能になるまで不死の肉体を切り刻むか、炎で焼いて浄化するか。


 でも、焼くには大量の炎がいる。


 そして、今、この場でそれだけの炎は『魔法』でしか生み出せない。


 だけど、ギルダンテの手には『魔封じの暗黒剣』があり、魔法の炎は奴に届かなくなっている。


 残る方法は、行動不可能になるまで肉体を切り刻む。


 キルトさんを倒した剣士相手に?


(…………)


 できる訳がない。


 しかも相手は、斬っても死なない『不死人』なのだ。普通の人間の剣士を相手にするよりも、倒すのは至難となるだろう。


 ああ……最悪だ。


 はっきり言う。


 僕らに勝ち目はない。


(だけど――)


 振り返れば、負傷したキルトさんが少女の回復魔法を受けていた。 


 重傷だ。


 肉や骨だけでなく肺まで斬られている。


 今すぐこの場で治療をしなければ、彼女の命を助けることはできないだろう。


 その回復まで、約1分は必要だ。


 でも、その時間を目の前にいる首なしの黒衣の剣士が見逃してくれるはずもなかった。


 サクッ


 奴の踏み出した足が、赤い花弁を散らす。


 1歩、2歩。


 僕らに向かって、歩み続ける。


 その手に、英雄キルト・アマンデスの血のしたたる漆黒の剣を携えて。


(……っ)


 引く訳にはいかない。


 キルトさんを助けるためにも、僕らは引けない。


 僕の左右で、僕同様にイルティミナさん、ポーちゃんも決死の表情で白い槍と小さな拳を構えていた。


 3人なら……?


 奴に抗えるか?


(…………)


 いや、無理だ。


 僕の勘が、これまでの経験から感じる予測がそう告げていた。


 3人でも勝てない。


 それほど、不死人である剣豪は強い。


 そのことは、僕よりも経験豊富なイルティミナさんの方がより感じているみたいで、その表情には死を覚悟した悲壮な決意が見えた。


 神龍の幼女も、瞳にある種の覚悟が見える。


 僕自身、絶望を感じる。


 そして、その予感を必死に払おうと意思を込めている。


 イルティミナさんが言う。


「キルトが回復するまで粘ります。そして、回復したらこの場は逃げましょう」


「うん」


「承知」


 奴を見ながら、僕とポーちゃんは頷いた。


 それが最善策。


 だけど、それが成功する確率は恐ろしく低いだろう。


 イルティミナさん自身もわかっていて、けれど現状ではもう、そう口にすることしかできなかったのだ。


 その時、


「わらわを捨てて……逃げ、よ」


 後ろから、キルトさんの声がした。


 いつもの彼女からは考えられない、弱々しい響き。


 それは片肺を失い呼吸も難しい中、けれど、仲間である僕らのために懸命に絞り出した声だった。


 だから、僕は笑ってしまう。


 同じようにイルティミナさんも微笑んでいた。


 ポーちゃんは、やはり無表情。


 ソルティスは何も聞こえなかったように、目を閉じたまま、ただ回復魔法だけに専念していた。


 誰も逃げない。


 瀕死になっても僕らを思う彼女を置いて、逃げる訳がない。


 それが僕らの答えだ。


 でも、そんな僕らの思いなど関係ない。


 首なしのギルダンテ・グロリアは黒い剣を上段に構えたまま、キルトさんを守る僕ら3人へと薄い気配のまま近づいてくる。


 そこには情け容赦のない死の空気が満ちていた。


(…………)


 夕暮れの赤い闇が世界を包んでいる。


 その夢幻のような空間で、奴は足元の赤き花弁を散らしながら、その死を招く至高の剣を僕らへと振り下ろした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 ああ……まるで悪夢だ。


 ギルダンテ・グロリアと交戦が始まって、たったの8秒だった。


 たったの8秒……。


 その間に、時が狂ったような奴の剣は、神速を誇るイルティミナさんの瞬発力の要となる右太腿を切断していた。 


 驚愕と悔しさを表情に刻んで、彼女は花畑に倒れる。


 赤い血と花弁が宙に舞う。


 その空間を駆け抜けて、


「――神気開放」


 金髪の幼女は角を生やし、龍の尾を伸ばし、肌に輝く鱗をまとって光る拳を振り上げ、ギルダンテに襲いかかった。


 ギン ギギン


 光る龍鱗の拳と黒い剣がぶつかり合い、7度、火花が散る。


 8度目はなかった。


 黒い刃が硬い龍鱗を断ち、幼女の小さな右拳を縦に手首の辺りまで斬り裂いてしまったからだ。 


「――っ」


 負傷した彼女は、それでも左の拳を振るう。


 パッ


 空中に赤い血の花が咲く。


 ポーちゃんの左拳は、1秒前の右拳と同じ運命を辿り、斬られた反動で小さな身体は仰向けに赤い花畑の中に倒れてしまった。


 先行した2人の敗北。  


 それを目撃した僕の足は、踏み込む寸前に動きを止めた。


(――――)


 恐れたのではない。


 自分が、皆の命を守る最後の防波堤になったことを知ったからだ。


 僕が負けたら、全員の死が確定する。


 だから、踏み込めない。


 踏み込んだ瞬間、イルティミナさんとポーちゃん2人よりも実力の劣る僕は、確実に殺されて終わるから。


 …………。


 ああ……本当に悪夢だ。


 これまで僕らは、多くの強敵と戦った。


 その全てに勝ち、生き延びてきた。


 そんな僕らが、たった1人の剣士に敗れて全滅しようとしている。


 正直、現実感がない。


 だけど、僕の周囲では、キルトさんが瀕死になり、イルティミナさんとポーちゃんが負傷し、ソルティスが懸命に仲間の命を繋ごうとしていた。


 それが現実。


 夢でも何でもない、ただの現実の世界だ。


(……は)


 僕は、浅く息を吐く。


 直後、無意識の内に、自分の左右の手に握っている『大地の剣』と『妖精の剣』を上下に構えていた。 


 今の僕の最強剣技、その構え。


 ああ、そうだ。


 もはや、開き直るしかない。


 僕が勝つしか皆の助かる道はなく、それは目の前にいる剣豪を倒さなければ拓けないのだ。


 ならば、やるしかない。


(やるしかないんだ!)


 青い瞳を輝かせ、僕は奴を見据える。


 赤き花畑に立つ首なしの黒衣の剣士は、そんな僕に対して、僕の仲間の血に濡れた黒い剣を上段に構えた。


 相変わらず、気配がない。


 奴の剣の意思が見えない。  


 その剣の起こりに対して、僕はほんの0・1秒でも速く剣技を放たなければならない。


 できるのか?


 いや、できるできないではない。


 やらねばならない。


 仲間4人の視線を感じる。


 その命が今、僕の手の中にある。


 僕次第で、それが消える。


 ――その重さが怖い。


 でも、それが重しとなり、僕の逃げ出したい心を繋ぎ止めてくれている。 


 集中しろ、マール。


 前足の親指に力を込め、少しずつ間合いを詰める。


 距離が縮まる。


 ギルダンテの剣は、もう届く距離だろうか?


 もしかしたら、すでに僕は斬られているのではないか? それに気づかなくてもおかしくないのが奴の剣だ。


(僕の間合いに……)


 最大限の威力を発揮できる距離まで、我慢しろ。


 生と死の狭間を、僕は耐えて進む。


 奴は動かない。


 こちらの動き出しに合わせて、カウンター剣技を放つ気なのかもしれない。


 時が狂ったような奴の剣の速さ。


 それを上回れるか……?


 頭の片隅の冷静な部分が『無理だ!』と叫ぶ。


 それを必死に飲み込む。


 無理でも、もう後戻りはできないのだ。


 無理なことを実現しなければ、大切なみんなが死んでしまうのだから。


(…………)


 あと1センチ。


 その間合いに入った瞬間、僕は剣技を放つ。


 間合いに……入る。


 その時だった。


 僕の視界の隅で、赤い花畑に落ちていたギルダンテの頭部が見えた。


 生気のない青い瞳。


 それが、僕を見つめている。


(――――) 


 瞬間だった。


 僕の中から色々な何かが抜け落ちた。


 ストン……と。


 全ての感情、恐怖、覚悟、何もかも……イルティミナさんへの愛情さえも、その瞬間だけ僕の心から消えていた。


 何も思うことはない。


 ただ透明な何かに自分がなった気がした。


 そして、


「――神気開放」


 気づけば、その文言が口から出ていた。


 熱い力が全身に巡る。


 爆発的に跳ね上がる身体能力――けれど、それを自覚した瞬間には、僕はすでに剣技を放っていた。


(……え?)


 意識がなかった訳ではない。


 でも、意識していなかった。 


 無意識に、僕は自身の最強剣技を放っていた。


 天地上下からのいぬの牙が噛みつくような2つの剣は、すでに振り抜かれた状態だった。


 それに驚く。


 そして驚く僕の目の前で、首なしの黒衣の剣士は縦に両断されていた。


(あ……)


 奴の手にある黒い剣は、半ばから切断されていた。


 カラン


 乾いた音と共に、折れた剣が地面に落ちる。


 数秒遅れて、左右に別れたギルダンテの身体は、そのまま花畑の中に沈むように倒れていった。


 何が起きたのか、わからない。


 いや、わかっている。


 何となく自分が今、あのギルダンテ・グロリアの時を狂わせるような無我の剣を再現したのだということだけは……。


「…………」


 僕は、剣を握る自分の両手を見つめてしまう。


 背中には、仲間からの驚きの視線を感じた。


 その時、



『――見事』



 誰かの声が聞こえた気がした。


 聞こえた方を振り返る。


 そこには、あの無名の剣豪の生首があり、先程まで僕に向けられていた青い目は今、静かに閉じられていた。


 僕は、その死人の顔を見つめた。


(――そうか)


 不思議な納得の感情が、心に静かに広がる。


 それを噛み締め、僕はまぶたを閉じる。


 そのまま夕暮れに赤く染まった空に向け、戦いの熱を抜くように、長く息を吐きだしたんだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


次回更新は来週の月曜日になります。


次回にて、無名の剣豪編も最終話となりますので、よかったら皆さん、どうか最後まで読んでやって下さいね。




また8月15日に、コミカライズの第11話も公開されました。


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