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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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735・日誌

第735話になります。

よろしくお願いします。

 緑の木々が茂った山を、僕ら5人は登っていく。


 植物の満ちる世界には、時に岩場の斜面があったり、清流の小川や滝などの美しい風景もあった。


 思った以上に穏やかな空間だ。


 今の所、魔物なども強力なものは見受けられない。


(……あ)


 登山を始めて、約3時間。


 村人たちに教えられた通り、山間の森の中に1軒の小屋が現れた。


 まるで猟師や木こりが一時的に使う森小屋みたいだ。


 ここが、ギルダンテ・グロリアの家。


 僕ら5人は、いつ何が起きても構わないよう武器に手をかけながら、慎重に森の中にある木造家屋へと近づいていった。 


 近づいて、気づく。


 家屋は、かなり傷んでいた。


 周囲には小さな畑もあり、けれど、今そこは雑草だらけ。また動物などが作物を荒らしたような痕跡もあった。


 家の屋根も、一部、壊れている。


「…………」


 人の気配が……ない?


 僕だけでなく、他のみんなも気づいたみたいだ。


 お互い、視線を交わす。


 そして、キルトさんが背負った『雷の大剣』の柄に手をかけながら、1人で家に近づき思い切って扉を開いた。


 ガタン


 腐っていたのか、扉ごと内側に倒れた。


 倒れた拍子に、埃が舞う。


 キルトさんは素早く後方に下がり、けれど、誰も出てくることはない。


 銀髪の流れる背中が、再び家の中へと入っていく。


(…………)


 いつでも飛び出せるよう備えながら、僕らは待った。


 やがて、何事もなくキルトさんが出てくる。


 その姿から戦士としての闘気が抜けているのが感じられて、僕らは室内にも誰もいないことを悟った。


 キルトさんは言う。


「無人じゃ。少なくとも2~3ヶ月は誰も暮らした形跡がない」


 そっか……。


 落胆と少しの安堵。


 そして、僕らも家の中へと入ってみた。


 室内は埃だらけで、確かに長い間、人が暮らしていない様子だった。


 薄暗いので、ランタンを灯す。


 灯りに照らされるのは、質素な木製ベッド、机と椅子、小ぶりなタンス、水瓶や木箱など……人が暮らす最低限の品だけだ。


 いや、奥には折れた木剣が無数にある。


 よく見ると、皆、近くの樹木を削った手作りの物みたいだ。


 他の皆も、室内を見回している。


「辻斬り騒動の前に、この家は放棄した……ということでしょうか?」


「かもしれぬ」


 僕の奥さんの言葉に、キルトさんは同意する。


 彼も馬鹿ではないのだろう。


 犯罪を犯す以上、この家が捜査で突き止められるのは想定済みで、とっくに別の場所に住処を変えていたのかもしれない。


 ソルティスは「ちぇっ」と舌打ちする。


「無駄足かぁ」


「…………」


 相棒の嘆きに、ポーちゃんがその肩をポムポムと慰めるように叩く。


 僕は、室内を歩いていく。


 もしかしたら、何か手がかりが残っているかもしれない。


 そう思いながら、何気なく机の引き出しを開いて、


(あ……)


 そこに、無数の本が積まれていた。


 背が紐で留められた簡素な作りで、それなりに年月が経っているのか虫食いの跡もある。


 パラパラ


 ページをめくって、驚いた。


「これ、日誌だ」


「何?」


 キルトさんたちが振り返り、僕の周りに集まってきた。


 机の上に、日誌を開いた状態で置く。


 彼の日課だったのか、そこに書かれていたのはギルダンテ・グロリアが若い頃から書いていたらしい日々の出来事などが綴られた文章だった。


 辻斬りの動機なども書かれているかもしれない。


 薄暗い小屋の中、僕らはランタンに照らされるその文章を読むことにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 ギルダンテ・グロリアは、片田舎の剣術道場の家の子供だったようだ。


 愛称は、ギル。


 幼い頃から剣を握り、それが当たり前として育ってきた。


 剣術道場は、現在のギルダンテが村々の人に護身用の剣術を教えるのと同じようなことをしていて、決して有名でも裕福でもなかったらしい。


 はっきり言えば、貧乏だった。


 16歳の時、両親が流行り病で亡くなり、彼が跡を継ぐ。


 けれど、若い道場主では信用がなくなったのか、その後、2年で剣術道場は閉鎖となり、彼は家を売って旅に出ることになった。


 若い剣士の1人旅。


 剣の腕にだけは自信があった彼は、腕磨きを兼ねて土地を回った。


 旅先で護身用の剣を教えたり、魔物を倒したりして、日々の生計を立てていた。


 ただ、冒険者にはなっていない。


 どうやら彼は、生活のために剣を振るのではなく、自分の剣の腕を磨くことを第一とした求道者のような生き方を選んだみたいだった。


(…………)


 でも、苦悩も見える。


 剣の道のみを追う生き方は、けれど、決して裕福な暮らしではない。


 そして、孤独でもあった。


 異性との恋、伴侶や家族を得る人生……そうしたものに心揺らぎ、安定した生活を望む気持ちもあり、苦しんでいる面もあったようだ。


 何とも人間臭い部分である。


 それでも彼は、剣の道を征く。


 その道を歩む中で、同じような剣士たちには同志のような感情や憧れを抱いたりもしていた。


 その憧れの中には、当時の『金印の冒険者』であるキルト・アマンデスの名前やアルン神皇国の常勝無敗の大将軍アドバルト・ダルディオスの名前もあった。


「……むぅ」


 自分の名前を見つけたキルトさんは、少し複雑な顔だ。


 そして、15年前だ。


 当時の彼は、27歳。


 その時に、彼は参加した『剣闘大祭』で初めての優勝を果たした。


 剣闘大祭の優勝者。


 それは彼にとって、己の剣士としての辛く苦しい日々を肯定し得る栄誉だった。


 喜びの爆発。


 それが日誌の震える文字にも表れている。


 涙のこぼれた跡も紙には残っていた。


 日誌を読んで同調してしまったのか、ギルダンテの優勝を僕も嬉しく思ってしまった。


 おめでとう、と。


 同じ剣士として、祝福したい気持ちになっていた。


 でも……ページが進むにつれ、その後の彼の実情も知ることになる。


 剣闘大祭の優勝によって、ギルダンテは、自分の剣士としての名声がある程度は得られるのではと期待していた。


 彼は人間臭い。


 剣のみに生きて決して名誉を求めない、と思いつつ、けれど人として自分を肯定して欲しい気持ちは隠せない。


 そのことを、自虐的に自覚もしていた。


 だからこその期待。


 そして、彼は知る。


 剣闘大祭の世間の評価は、本当に腕の立つ人の参加しない大会であり、優勝したとしても建前として褒められはしても、本音では決して認められていないという事実を。


(ソルティスの言った通りだ……)


 彼は、それにショックを受けた。


 剣闘大祭の出場者には、確かに腕のない者もいた。


 けれど、実際にそうした者ばかりではなく、本当の強者もいたし、自分はその中で頂点に立ったのだという自負もあった。


 失望、悔しさ、悲嘆。


 それらが日誌に書き殴られている。


 荒れ狂う心。


 それが伝わってきて、僕の心も痛い。


 実際にそう評価していたソルティスも、何だか辛そうな表情だ。


 キルトさんも1人の剣士として何か同調するものを感じたのか、どこかやり切れない表情に見える。


 イルティミナさん、ポーちゃんも神妙な顔だ。


 ただ、彼は挫けなかった。


 自分は剣の道を歩む者。


 世間の評判がどうあれ、剣の腕を磨くことは止めない。


 そして、無心にがんばっていれば、いつか世間も認めてくれるだろうと淡く希望も抱いていた。


 そして3年後、2連覇。


 6年後に3連覇を果たした。


 この頃になると、ギルダンテ・グロリアの名前は、知る人ぞ知る剣豪と言われるようになった。


 ただ、世間には浸透していない。


 3連覇の偉業を果たして、尚、名声が得られないのは、ある理由もあった。


 キルト・アマンデスの存在だ。


 金印の魔狩人として、アルンの常勝無敗のダルディオス将軍を打ち負かし、多くの恐ろしい魔物を倒してきた。


 冒険者は、人々の生活にも密着している。


 結果として、世間の評判は『キルト・アマンデス』1人に集まり、彼女こそが最強の剣士だと謳われることになっていた。


(……あぁ)


 時代が悪い、と言えるのかもしれない。


 同じ時代に、キルトさんがいた。


 もしキルトさんがいなければ、彼の名声は、世間の評価は、また違ったものだったかもしれない。


 ギルダンテもキルトさんの剣の腕を認めつつ、けれど弱い心の部分ではそう考えて、恨んでしまうこともあったようだ。


 そして、それを恥じるような文章も書かれている。


 読んでて、苦しい。


 彼は、普通の人だ。


 キルトさんほどに強い心ではなく、弱さもあり、だけど、それを克服しようともがいている。


 その必死な姿がわかってしまう。


 そうした心と向き合いながら、彼は必死に己を鍛えた。


 剣をひたむきに振る。


 迷い、怯え、後悔し、それでも心を振り絞って剣の道を懸命に歩む。


 弱い僕自身も、その姿に共感を覚える。


 剣は嘘をつかない。


 必死にもがき、傷つき、努力し続けた彼は、剣闘大祭の4連覇を達成した。


 自分としては、もはや剣士としてならば、キルト・アマンデス、アドバルト・ダルディオス、他の著名な剣士たちにも劣らないと自負していた。


 けど、世間の評価は変わらない。


 彼は、格下の剣士。


 そう思われたままだった。


 とはいえ、大祭4連覇という実績から、一部の貴族などから剣術師範として雇いたいという打診もあったという。


 けれど彼は、全て断っている。


 まだ、己は自分の求める剣に達していない。


 剣術師範して誰かに教えるよりも、自分を高めるために時間を費やしたかったのだ。


 村人たちに剣を教えるのも、最低限の生活のため。


 全ては剣の頂に辿り着くため。


 栄誉を求めながら、それを断ち切り、懸命に剣の修練に打ち込んだ。


 その頃の彼の目標は、キルト・アマンデスと同列の存在になること、はっきり書かれてはいないけれど、そんな風に文章からは読み取れた。


 ただ、彼ももう若くない。


 4連覇時の彼は、39歳。


 剣士としては成熟期を迎え、そして、ここからは実力が伸びるよりも身体能力が下っていく時期でもあった。


 その恐怖を、彼は感じていた。


 それを必死に堪えているのが、日誌の文章にも現れていた。


(……あ)


 そうした不安を消すためか、41歳となった時、彼はある剣を手に入れた。


 魔封じの暗黒剣。


 狂気の天才鍛冶師チェザーレンの作りだした呪いの剣だ。


 たまたま骨董市に出された掘り出し物を見つけ、彼はそれを運命の出会いだと感じながら、私財のほぼ全てを支払ってその剣を手に入れた。


「…………」


 その文章に、鼓動が速くなる。


 辻斬りに使われた剣。


 その出会いと入手。


 日誌には、彼がその剣の切れ味の素晴らしさに魅了され、自分に相応しい名剣だと喜ぶ様が書かれていた。


 ただ、良識を失った様子はない。


 むやみに人を斬るような、試し斬りなどをしそうな雰囲気はなかった。


 むしろ、子供が玩具を手に入れて目を輝かせるような、ある種の無邪気で無垢な喜びだけが感じられる。


 そんな中、その冬、彼は風邪を引いた。


 長引く咳に、回復の遅い身体。


 ギルダンテは自分の老いていく肉体を実感しているようで、それを恐れる心と諦める心がせめぎ合っている様子だった。


 葛藤の中、それでも彼は剣の道を歩む。


 老いに逆らうように自らを追い込み、剣の真理を求めていった。


 そして、42歳の剣闘大祭。


 彼は、前人未到の5連覇を達成した。


 すでにキルト・アマンデスも冒険者を引退し、彼は伝説の剣豪として、ついに世間の人々にも認められるようになった。


 知名度は高くない。


 それでも、それなりの人々が彼の名を知るようになった。  


 あぁ、ようやく……。


 名誉を求めて、人々の賛辞を受けられる自分に、彼は長年の苦労が報われ始めたのだと理解した。


 そして、感じる。


 剣の道は、まだこれから。


 まだまだ、その頂を目指していかなければならない、と。


 その手応えを、充実した心で感じていた。


 そして、その1月後。


 ギルダンテは、血の咳を吐いた。


(え……?)


 風邪だと思っていた。


 けれど、違った。


 医者にかかった彼は、自身が回復魔法でも治療不可能なもはや末期の肺の病であると宣告された。


 余命は、3ヶ月だとも。


 …………。


 それを読む僕の手は、震えた。


 ギルダンテ本人の心は、もっと震えていただろう。


 嘆き、怒り、悲しみ、絶望……全ての感情が、心の悲鳴が書き殴られた文字で日誌の中に刻まれていた。


 これからだと思っていた。


 その矢先に、その道が閉ざされた。


 ソルティスは口元を押さえ、キルトさん、イルティミナさんも苦しげな表情をしている。


 ポーちゃんだけが静かに、その文章を見つめていた。


 紙の上には、赤黒い跡もある。


 血痕だ。


 文章を書きながら咳き込んだ時に、血が混じっていたのだろう。


 そして、そこで日誌は途切れていた。


 それ以降は、何も書かれていない。


(ああ……そうか)


 日付を見て、理解する。


 日誌が途切れたのは、今からおよそ2ヶ月前……つまり、辻斬り事件の始まる直前だ。


 彼が何を思ったのか、わからない。


 でも、彼は選んだのだ。


 人生の最期に、ギルダンテ・グロリアの剣を世界に対して振るうことを。

ご覧いただき、ありがとうございました。



※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。

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