734・辻斬り犯の家
第734話になります。
よろしくお願いします。
「――はっ!」
我が家の芝生の庭で、僕は上段に構えていた木剣を振り下ろした。
ヒュッ
木製の刃で、空気が切断されたのを感じる。
上段からただ落とすように剣を振るこの技は、6年前のこの場所で、キルトさんから教わった最初の剣技だ。
これが僕の原点。
また指針であり、全ての基礎となっている。
あの日、キルトさんの剣に魅了され、この剣技を教わったことで、僕は剣の道を知り、その道を歩み始めたんだ。
ヒュッ
もう1度、木剣を振る。
これまで何万、何十万、何百万と繰り返してきた動作。
これをするだけで、その日の自分の剣の調子もわかるし、微妙なズレにも気づけて修正することもできる。
今日は……うん、悪くない。
「ふっ! はっ!」
何度も、剣を振り下ろす。
キルトさんを師匠として歩み始めた剣の道は、最初はただ彼女に憧れてその背中を追いかけるだけだった。
でも、彼女は『魔血の民』。
ただの人の身体能力しかない僕は、やがて同じ道は歩めなくなっていた。
「…………」
上段に構えていた木剣を下ろす。
そして、僕はもう1本、新しい木剣を左手に握った。
左右の手で1本ずつ。
その2つの剣先を身体の中心の延長線上に向けるように構えた。
キルトさんと同じ道を歩めなくなった僕は、2本の剣を手にするようになり、そして、自分だけの道を歩むことになった。
意識を集中する。
音もなく2つの木剣を上段、下段に構えた。
呼吸を合わせ、
「――はっ!」
ヒュオッ
2つの木剣が狗の咢のように上下から噛み合わさり、その空間を断絶する。
キルトさんに教わった剣を、片手で、上下から、同時に挟み込むように放つ僕だけのオリジナルの剣技――今の僕の最強の剣技だ。
成功率は、残念ながらまだ低い。
でも、成功したら、あのイルティミナさんでさえ防げないと太鼓判を押してくれた技だった。
…………。
もはや、誰かに教わることはできない。
僕自身で切り拓き、見つけ出していかなければ、あるいは築いていかなければいけない剣の道だ。
怖くもあり、孤独でもある。
でも、独りじゃない。
キルトさんとは道が違ってしまった。
他の多くの剣士とも、きっと違ってしまっているだろう。
だけど、それでも、その全ての剣士たちと僕の目指している場所は、きっと同じなのだ。
――剣の頂へ。
その目的地だけは、皆、変わらない。
「……うん」
僕は頷き、構えを解いて大きく息を吐いた。
今日の自主稽古は、ここまで。
(ふぅ……)
秋だというのに、汗びっしょりだ。
すると、
「精が出ますね、マール」
(あ……)
いつの間に来ていたのか、僕の奥さんがタオルと水筒を手に、庭にいる僕の方へ歩み寄ってきてくれた。
水筒を受け取り、
「ありがとう、イルティミナさん」
僕は笑った。
優しい姉さん女房も「いいえ」と微笑む。
水筒で水を飲み、プハッと息を吐く。
そんな僕の姿に紅い瞳を細めて、イルティミナさんは手ずから僕の汗に濡れた髪を拭いてくれた。
恥ずかしいけど、でも嬉しい。
しばし彼女に任せて、僕は呼吸を整える。
そんな僕の耳に、
「マールは本当に強くなりましたね」
と、僕の奥さんの呟きが聞こえた。
僕は、タオルの隙間から彼女を見上げて、
「そう?」
「はい。粗削りな部分はまだありますが、光る部分の輝きは誰よりも強いです」
「…………」
「あと3年もしたら、私も追いつかれてしまいそうですね」
彼女は、そうはにかんだ。
またまた……。
目の前にいる彼女は、いつだって僕の先を行く。
必死に追いかけてきたけれど、彼女もどんどん先に歩いていくので、全然追いつけないでいるのだ。
正直、3年で届く気がしないよ。
もちろん、がんばるけど。
(だから今のは、きっと、お世辞と励まし……かな?)
僕はそう思って、
「ありがと、がんばるよ」
と、答えておいた。
僕の心を読んだのか、イルティミナさんは「本当ですよ?」と言葉を重ねてくれた。
わかってます、わかってます。
僕は笑顔のままだ。
僕の奥さんは少し困ったような顔をして、
「まぁ、3年後にはわかるでしょう」
と、嘆息したんだ。
…………。
それから夫婦で縁側に座って、剣の話や日々のことなど、他愛もない話題に興じていた。
ソルティスの退院から3日。
辻斬り事件の進展はなく、犯人が捕まったという報もない。
僕らにもできることはないかな……と思っているけれど、今の所、何もなさそうで、キルトさんの連絡を待っている状況だった。
と、その時だった。
カラン カラン
(お……?)
玄関にある来客を知らせる鐘が鳴らされた。
イルティミナさんと顔を見合わせ、すぐに2人で家へと入り玄関に向かった。
ガチャリ
玄関の扉を開けると、
(わっ?)
噂をすれば何とやら、そこには豊かな銀髪をした美女のキルトさんが立っていた。
しかも彼女は普段着ではなく、鎧と大剣を備えた冒険者としての格好だ。それにも僕らは驚いてしまう。
そんな僕ら夫婦に、
「急にすまんな、マール、イルナ。2人とも、すぐに出られるか?」
なんて確認してきた。
え、今から?
目を丸くする僕の隣で、僕の奥さんは表情を厳しくする。
「何かありましたか?」
「うむ」
キルトさんは頷いて、
「例の辻斬り犯と思しき、ギルダンテ・グロリアの家の場所が判明した。今からそこに向かおうと思うのじゃ」
◇◇◇◇◇◇◇
僕とイルティミナさんはすぐに装備を整え、自分たちの家を出た。
家の前の通りにはキルトさんが手配したのだろう長距離用の竜車が1台停車していて、その開けられた窓からは、
「遅いわよ、馬鹿マール」
(え?)
辻斬り被害者のソルティスが顔を出していた。
窓の奥、彼女の隣の座席には、金髪幼女のポーちゃんの姿もある。
ペコッ
幼女は、小さく頭を下げた。
キルトさんに促され、僕らは車両に乗り込み、座席に座る。
驚きながら、
「ソルティスも行くの?」
「何よ、文句あるの?」
僕の確認に、彼女は不服そうに唇を尖らせた。
いや、文句って言うか……。
「病み上がりの身体で大丈夫なの? 安静にしてた方がいいんじゃない?」
と、心配を口にした。
姉であるイルティミナさんも僕と同じ表情だ。
ソルティスは昔より大きく育った胸の前で両腕を組み、「はんっ」と僕の心配を鼻で笑った。
「傷は塞がってるんだし、平気よ」
「でも……」
「いいの! ってか、やられたまんまでいられないでしょ?」
「…………」
「……ま、さすがに剣士として戦うのは無理かもだけど。でも魔法は使えるんだから、もし奴にマールの手足が斬られても私が回復してあげられるわ」
「……あ」
そこで気づく。
彼女のやり返したい気持ちも本当だろう。
だけど、それ以上に、見た目よりずっと優しい彼女は、恐ろしい辻斬り犯と戦う僕らの心配をしてくれているのだ。
僕らの中で唯一の回復魔法の使い手。
彼女の有無で、全員の生存率はグッと上がる。
彼女自身、それを自覚しているのだ。
イルティミナさんもそんな優しく無茶な妹を「ソル……」と少し複雑な面持ちで見つめた。
キルトさんは苦笑して、
「何度言っても聞かなくての」
「…………」
「無理に王都に残しても勝手にあとを追ってきそうじゃし、それならと連れていくことにした。全く……頑固なところは誰に似たんじゃろうかの?」
と、頑固な少女の姉を見る。
思わず僕も、自分の奥さんを見てしまった。
そんな僕らの視線に、イルティミナさんは心外そうだ。
あはは……。
と、その時、ソルティスの隣に座っていた金髪の幼女が、珍しく自発的に口を開いた。
「ソルのことは、今度こそポーが守る」
キュッ
淡々とした声とは裏腹に、その小さな拳は硬く握られている。
そこに彼女の決意を感じる。
(ポーちゃん……)
ソルティスが辻斬り被害に遭ったことに、もしかしたらポーちゃんは誰より責任を感じていたのかもしれない。
ソルティスは、そんな相棒の幼女に、
「ええ、頼りにしてるわ、ポー」
と、笑顔を見せた。
そこにある信頼の表情には、今も欠片の曇りもない。
そんな2人の姿を見せられたら、僕もイルティミナさんも顔を見合わせて、もうこれ以上、何も言うことはできなかった。
きっとキルトさんも同じだったんだろう。
…………。
そうして僕らは、結局、いつもの5人で『ギルダンテ・グロリアの家』を目指して王都を出発し、竜車に乗って街道を移動していくことになったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
王国南東部にある山間部の森に、辻斬り犯の家がある――この情報は王国の調査部が手に入れたばかりのものだそうだ。
キルトさん曰く、
「わらわたちが行くまで誰も近づかぬように命じてある」
とのこと。
本来は調査部や騎士団の騎士たちが乗り込む予定だったそうだが、キルトさんの権限で止めたとのことだった。
相手は凄腕の剣士。
王国騎士隊でさえも壊滅、殺害されている以上、自分たち以外の者ではより被害が拡大すると判断してのことだそうだ。
また下手に乗り込んで、結果、犯人の逃走を許すのを阻止するためでもある。
次期国王のレクリア王女に頼んで、結構強引に横やりを入れたそうで、
「あとで調査部や騎士団の面々には、謝罪を入れなければの」
と、彼女は苦笑していた。
簡単に言ってるけど、実際、そうした横やりを実現できるだけの顔の広さと人望があればこそなのだろう。
(さすが、キルトさんだ)
話を聞いていて、僕は感心してしまう。
そして、3日ほど竜車での移動を行い、僕らは王国南東部に到着した。
見えるのは、草原と山々と森……それだけだ。
この景色のどこかに『ギルダンテ・グロリアの家』が存在しているというけれど、
「……どこにあるのよ?」
と、ソルティス。
広がるのは大自然の景色ばかりで、家などの人工物はどこにも見えない。
キルトさんも「ふむ」と唸った。
「調査報告によれば、奴は人里離れて1人で暮らしておったそうじゃが……実は、まだ詳しい場所はわかっておらぬ」
「…………」
「…………」
「……マジで?」
僕とイルティミナさんは顔を見合わせ、ソルティスは顎を落とした。
ポーちゃんだけが表情が変わらない。
ガシガシ
キルトさんは、豊かな銀髪をかく。
「さて、困ったの」
「困ったの、じゃないわよ!? こんな広い地域からたった1軒の家を見つける気!?」
被害者の少女の文句は当然だ。
イルティミナさんは僕を見る。
「マールの勘でわかりませんか?」
「い、いや、さすがに無理だよ」
無茶ぶり過ぎです。
というか僕の勘なんて、そんな不確かなものを当てにしないで……。
僕の奥さんは「そうですか」と吐息をこぼす。
僕は少し考えて、
「でも、この地方にも町や村はあるんでしょ? 相手は剣闘大祭の優勝者で有名人だし、聞き込みしたら、家の場所を知ってる人もいるかもしれないよ?」
と、みんなに提案してみた。
4人は顔を見合わせる。
キルトさんは頷いて、
「そうじゃの。地道に行くか」
「うん」
「マールが言うならば、きっと見つかりますよ」
「ま、今はそれしかないかぁ」
「ポーも賛同する」
他のみんなも同意してくれた。
そして、僕ら5人は再び竜車に乗って、近隣の村を目指したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
王国南東部のこの地方には、大きな都市などは存在せず、小さな町や村々が点在しているだけだそうだ。
あまり期待はできない。
そう思いながら、最初の名もなき村で聞き込みを開始したんだけど、
「おお、グロリア先生の家かい?」
僕らの質問に、村人はそう答えた。
(え……?)
僕らは目を丸くした。
「知っておるのか?」
「ああ、知っとるよ」
聞き返すキルトさんに、その村人は当たり前のように頷く。
彼は山の方を指差して、
「先生なら、あの山の奥に1人で暮らしてなさるよ」
と、教えてくれる。
(先生……?)
僕はキョトンとなった。
「あの……先生って言うのは?」
「ん? ああ、グロリア先生はオラたちに剣を教えてくれなさってるんだよ。だから先生なのさ」
「剣を?」
僕らは、ますます驚いた。
詳しく話を聞いてみると、ギルダンテ・グロリアは近隣の村人たちに魔物からの護身用の剣を無料で教えてくれているというのだ。
この地方に、大きな都市はない。
つまり、魔物駆除の騎士団もいないし、冒険者ギルドもないということだ。
王都近郊に比べて魔物の脅威は大きく、だからこそ、村人たちは自衛のための剣を教えてくれる彼には深い恩義を感じているという。
村人たちもお礼に農作物などの食料を渡して、良い関係らしい。
(…………)
辻斬り犯だと聞いていた彼の思わぬ一面に、僕らは戸惑ってしまう。
全然イメージと違う。
僕の中では、勝手だけれど、ただひたすらに剣にこだわり、結果、道を踏み誤った悪い人のイメージだった。
でも、実際は凄くいい人だ。
教わっているのは、この村だけでなく、近隣のほとんどの村がそうらしい。
そのため、この地方の人たちはグロリア先生に深く感謝しているとのことだった。
「そういや、ここ2~3ヶ月会えてないっけなぁ。先生に会えたら、よろしく伝えといておくれよ」
村人はそう笑った。
僕ら5人は何とも言えない表情で、お互いの顔を見てしまう。
その後、確認のため、僕らは他の村々も回ってみたけれど、グロリア先生のことを悪く言う村人は1人もいなかった。
(どういうこと?)
正直、僕は混乱している。
イルティミナさんはキルトさんを見る。
「キルト、確認しますが、ギルダンテ・グロリアが辻斬り犯なのは本当に間違いがないのですよね?」
「……状況証拠はの」
銀髪の美女は、そう答えた。
犯人の人相風体、所持品の『魔封じの暗黒剣』など、それらは辻斬り犯がギルダンテ・グロリアだと示している。
ただ、証拠はそれだけ。
それで充分にも思えるけど、
(まさか……人違い?)
その可能性も感じてしまう。
被害者のソルティスも「どういうことよ……?」と不満そうに唇を尖らせる。
相棒のポーちゃんもそれを真似ていた。
もし本当にギルダンテ・グロリアが犯人だとするならば、彼はなぜ辻斬りをするんだろう?
(……わからない)
僕は、村人たちが教えてくれたグロリア先生の家があるという山の方を見る。
他の4人も、同じように山を見た。
大自然に佇む美しい山だ。
「やはり、直接、家に行ってみるしかあるまい」
キルトさんが鉄のような声で告げた。
僕らは頷く。
そして僕ら5人は村を出ると、その足で、目前にそびえる山へと向かったんだ。




