733・剣闘の王
第733話になります。
よろしくお願いします。
「伝説の剣豪……?」
そんな人物がいるの?
正直、初耳だった。
ギルダンテ・グロリアという名前も、これまで聞いたことはない。
いや、そもそも、
「剣闘大祭って?」
そうした催し自体を認知していないんだ、僕。
そんな世間知らずな僕に、対照的に物知りな僕の奥さんが教えてくれた。
「剣闘大祭とは、王国で3年に1度開催される王国最強の剣士を決めるための大会です。遺跡の多いアグレスという都市にある古代闘技場で行われているんですよ」
「へぇ、そうなんだ?」
最強の剣士を決める大会なんてあるんだね?
王国で暮らして約6年経つけど、全然知らなかった。
僕も剣士の1人。
そんな大会があると知ると、少し興味が湧く。
そして、件のギルダンテ・グロリアという人物は、その剣闘大祭を5連覇しているのか。
5連覇というと、15年。
15年間、最強とされた剣士……それが辻斬り?
(なぜ、そんなことに?)
僕は考え込んでしまう。
と、そんな僕の様子を見つつ、ソルティスが言った。
「あのね、マール。最強の剣士を決める大会って言うけどさ。実際、本当に剣の腕が立つ人たちはその『剣闘大祭』には参加してないのよ」
「え……?」
「現にキルトだって、参加したことないし」
「……あ」
言われて、僕も銀髪の美女を見てしまう。
最強の剣士というなら、キルト・アマンデスは外せない。
剣闘大祭だって、彼女なら優勝しているだろう。
でも、優勝者が違うということは、つまり、キルトさんのいない大会だったからなのだ。
思えば、『最強の剣士』として王国の人間が最初に思い浮かべるのは、『ギルダンテ・グロリア』よりも『キルト・アマンデス』という名前だ。
だけど、どうして?
「どうして、キルトさんは剣闘大祭に参加しないの?」
いや、彼女だけじゃない。
本当に腕の立つ人は参加しないと言っていた。
その理由がわからない。
見つめる僕に、キルトさんは答えた。
「理由は2つ。剣闘大祭は『興行』であり、『対人用の剣』を競う大会だからじゃ」
「興行と……対人用の剣?」
「うむ」
驚く僕に、彼女は頷いた。
「わらわは魔狩人じゃ。つまり、わらわの剣は、基本的には『対魔物用』なのじゃ。そもそも求められる剣が違う」
「あ……」
そうか。
僕らは魔狩人。
その相手は人間より巨大で速く、力もある生物であり、それに対抗することに特化した剣だ。
人間相手もできなくはない。
でも、それだけで実力を測られるのも違うだろう。
つまり、名のある魔狩人の剣士たちは、人間しか相手にしない剣闘大祭では実力を発揮し切れず、だからこそ参加自体を好き好んでしないのだ。
(なるほどね)
魔狩人の1人として、僕も納得だ。
「じゃあ、興行って言うのは?」
「そうじゃの……」
キルトさんは、言葉を選ぶように少し考え込む。
それから、こう言った。
「例えばじゃが、そなたが剣闘大祭に参加したとしよう」
「あ、うん」
「興行なので当然、殺人までは許されぬ。そこで不殺のため、使用されるのは刃を潰した模造の剣じゃ。そなたはいつも通り、軽くて細身の剣2本じゃろう」
「うん」
想像しながら、僕は頷く。
「対戦相手は大男じゃ。武器は、巨大な剣」
「うん」
「力はあるが力任せの剣で、実力はマールの方が上じゃと想定しよう」
「僕が上?」
「そうじゃ。そして、大勢の観客の中、戦いが始まった」
「あ、うん」
思わぬ想定に驚きながら、僕はまた頷いた。
想像の中で、剣を構える。
キルトさんが語る。
「相手は真っ直ぐに突っ込んできた。そして、力任せに剣を振り下ろす。そなたは回避した」
「うん」
「相手の剣は外れたが、床石を砕いた」
「ん」
「大男の剣は、当たれば盾や鎧を破壊し、人体も簡単に潰せるじゃろう。その威力に、見ていた観客の歓声もあがった」
「…………」
「奴はブンブンと連撃を繰り出す。そなたはそれらを回避すると隙を見て懐に踏み込み、その剣先で相手の首にチョンッと触った。――さて、どうなる?」
「え?」
どうなるって……。
僕は困惑する。
代わりに、僕の奥さんが淡々と答えた。
「実戦ならば、相手の頸動脈は斬られました。つまり、マールの勝ちですね」
「あ、うん」
確かにそうだね。
キルトさんも頷いた。
「その通りじゃ。単純に剣の腕を競い、その優劣を決めるならばそれが正しい」
「…………」
「じゃが、観客はどう思う?」
観客……?
僕は目を瞬いた。
ソルティスもポーちゃんと顔を見合わせる。
「剣を知る者ならばよい。じゃが、観客の多くは知らぬ」
「…………」
「大男の当たれば確実に勝つ剣が圧倒的に攻め込み、一方でマールの剣はたった1度、何の威力もなく相手の首に触れただけ」
「…………」
「それで観客は、マールの勝利に納得がいくと思うか?」
それ、は……。
(確かに難しいかもしれない)
仮に真剣ならば、相手の出血の多さなどで理解してもらえたかもしれないけど、剣の刃は潰されているのでそれもないのだ。
ああ、そうか。
「興行って、そういうことなんだね?」
「うむ」
僕の理解に、キルトさんは頷いた。
剣闘大祭の開催には多額の金銭が必要で、また多くの利益が発生するだろう。
それらは観客が支払うのだ。
だからこそ剣闘大祭の勝敗は、観客が納得できるものでなければいけない。
わかり易い強さが求められる。
でも、それは、
(実際の剣の腕前とは違っていることもあるんだ)
だからこそ、ソルティスが最初に言っていたように『本当に剣の腕が立つ人たち』は剣闘大会に参加しないのだろう。
興行と対人用の剣。
単純な剣の腕以上に、その2つを求められるのだから。
なるほど。
「キルトが参加をしない訳ですね」
と、僕の気持ちを代弁するように、イルティミナさんが呟いた。
キルトさんは苦笑する。
「参加を打診されたこともあるのじゃが、まぁ、当時は冒険者の仕事が忙しかったのもあり、そうした理由もあって断らせてもらっていたの」
「そっか」
でも、仕方ないよね。
ソルティスは肩を竦め、
「要するに、剣闘大祭ってのは名ばかりの最強を決める大会なのよね。それを知っている人たちからは、あまり評価されてないみたい」
「ふぅん、そうなんだね」
「ギルダンテなんちゃら、だっけ? その名前も、私、初めて知ったし」
「そっかぁ」
大会5連覇の伝説の剣豪であっても、あまり世間に知られてないのはそのせいなのかもしれない。
剣の腕も……実はそんなに、なのかな?
そんなことを考えると、
「いや、剣闘大祭は確かに腕の立つ者の参加は少ない。じゃが、全くいない訳ではないじゃろう。特に対人戦に特化した剣士は、の」
と、最強の剣士と世間に謳われる銀髪の美女が警告した。
僕の奥さんは、彼女を横目に見る。
「ギルダンテ・グロリアの腕は本物である、と?」
「恐らくの」
キルトさんは頷いた。
「実力者が少ないとはいえ、剣闘大祭で15年間、5大会連続で君臨し続けるのは並大抵ではない。対人戦だけならば、ひょっとすれば、わらわよりも上かも知れぬ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
彼女の言葉に、僕らは黙り込んだ。
対人戦だけなら……そうした何か1つの条件だけでも、キルトさんの実力を上回れる剣士はこの世にどれだけ存在するだろう?
少なくとも、僕は何1つ上回れない。
実際に対峙したソルティスも「そうね……」と同意した。
「あの男の圧力、正直、キルトみたいだったもの。剣闘大祭に参加する実力のない他の剣士と違うのは間違いないわ」
「ソルティス……」
最近の彼女は、剣士としても一流だ。
その子が、ここまで言う。
その相棒の金髪幼女も、更に言葉を継いだ。
「あの男の剣の腕は、確か」
「…………」
「ポーは神龍の力を解放して尚、確実に勝てると思えなかった。そこにいるキルト・アマンデスと同等の逸材と評価する」
キルトさんと?
そこまでの評価に、僕は驚いた。
僕の隣にいるイルティミナさんでさえ、神龍のポーちゃんからそこまで言われたことはない。
キルトさんは、かつて自分を負かしたこともある金髪幼女を見つめる。
それから、吐息をこぼした。
「1度ぐらい、剣闘大祭に参加しても良かったかもしれぬの」
ポツリと呟く。
(キルトさん……)
剣の道を行き、鬼姫とまで呼ばれた英雄が戦いたがる相手……同じ剣の道を歩む者として、少しだけ嫉妬してしまう。
僕以外の3人も、キルトさんを見ていた。
やがて、イルティミナさんが気を取り直したように言う。
「しかし、そのような人物がなぜ、辻斬りなどを行うのでしょうか? 私にはその理由がわかりません」
あ、うん、それは確かに。
評価が低いとはいえ、剣闘大会5連覇の伝説の剣豪と呼ばれる人物だ。
それがどうして、このような非道を行うのか?
「わからぬ」
キルトさんも銀髪を揺らし、首を横に振った。
「じゃが、奴の関与が疑われ、現在、王国の調査が進められておる。近い内に何かがわかるであろう」
「うん」
「ま、それまでは何もできぬ」
「…………」
「そして、もし何か判明した時には、そなたらにも協力を求めるかもしれぬ。良いかの?」
「もちろんだよ」
キルトさんの確認に、僕は即答した。
同い年の彼女を見て、
「――大事なソルティスを傷つけたんだ。どんな相手だって、僕は許さない」
僕の言葉に、ソルティスは目を見開いた。
少し頬を赤くし、それから仏頂面になる。
そんな相棒の肩を、ポーちゃんがなぜかポンと訳知り顔で叩いていた。
「そなたは変わらぬの」
キルトさんは苦笑。
イルティミナさんは嘆息し、そして困ったように微笑む。
それから大きく頷いた。
「マールの言う通りです。私も大切な妹を傷つけられて、ただ黙っているつもりはありません。むしろ情報が入ったならすぐに教えてくださいね、キルト?」
「ふっ……よかろう」
僕の奥さんの願いに、キルトさんも了承してくれた。
伝説の剣豪だろうと、僕らは1歩も引く気はない。
その決意を確認し合い、その日はソルティス、ポーちゃんの家に泊まって、翌日、僕らは彼女たちの家をあとにした。
…………。
そして、その3日後。
我が家にいた僕とイルティミナさんの元に、キルトさんから『ギルダンテ・グロリア』の新しい情報が手に入ったとの連絡があったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
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