700・美しい海と魔蛸
第700話になります。
よろしくお願いします。
海中には魔物もいるので、実際に海に潜る前に、僕らは護身用の装備を整えることにした。
僕はいつも通り、『妖精の剣』と『大地の剣』。
イルティミナさんは『白翼の槍』。
ソルティスは今回、魔法のみに絞るみたいで『竜骨杖』のみだ。
ポーちゃんは、もちろん無手。
そして、キルトさんは、
「……どうしたの、その武器?」
彼女の手にした巨大な槍斧を見て、ポーちゃん以外の僕ら3人は驚いてしまったんだ。
いつもの『雷の大剣』じゃない。
黒い鋼でできた長さ2メードほどの形状で、先端に槍と斧の複合刃がついた武器だった。
ヒュオン
水着のキルトさんは、砂浜でその槍斧を振る。
かなり重量がありそうで、風切り音は重く、けれどキルトさんの技量によって空気は鋭く斬り裂かれていた。
彼女は「ふむ」と頷く。
それから僕らを見て、
「今回は海に潜るというのでの。万が一、大剣の雷が海中に流れたら全員が危険じゃからの。前もって、この武器を新調しておいたのじゃ」
と、白い歯を見せて笑った。
(そうなんだ?)
確かに、水中と雷は相性が悪いもんね。
でも、
「キルトさんのイメージってあの黒い大剣だったから、違う武器を持ってると何だか不思議な感じがするよ」
と、僕は素直に言った。
イルティミナさんとソルティスの姉妹も「はい」、「同感だわ」と頷く。
ポーちゃんだけは、無反応。
キルトさんは「そうか?」と苦笑だ。
…………。
そんな一幕もありつつ、僕らはそれぞれの武器を手に海中へと向かうことにしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「生命の息吹を守り給え。――ウォルター・ブリー・ジェンガ!」
ソルティスが杖の魔法石を輝かせる。
その先端で、
コツ コツ コツ コツ コツ
自分を含め5人全員のおでこを軽く叩いた。
(お……?)
瞬間、顔の周りに空気の層ができたのを感じ、吸い込む匂いに微妙な変化が起きたのがわかった。
これで約300数える時間、水中で呼吸ができる。
つまり、大体5分だね。
もちろん、呼吸を早くしたりすればするほど酸素を消費するので、その時間も短くなってしまうんだけど。
「さ、行きましょ!」
「うん」
魔法使いの少女の言葉に頷いて、僕らは海へと歩きだした。
ザパッ ザパァン
波が足に当たり、やがて腰、胸へ。
そして、
ドップン
ついに頭の天辺までが海の中へと沈んだ。
ん……。
反射的に息を止めてしまい、それから、ゆっくりと吸い込んでみる。
(……うん)
ちゃんと吸える。
よかった。
ソルティスの魔法をかけてもらったんだから当たり前だけれど、簡単に自分の中の常識を書き換えるのは難しいみたいだ。
他の4人を見る。
全員、頭部を包む丸い空気の層がある。
呼吸は大丈夫みたいだ。
みんなで頷き合い、キルトさんが槍斧の先端で前方を示したので、僕らはもう1度頷いて、更なる海の深みへと進んだ。
…………。
海中は、あまり音がしない。
放っておくと身体が浮き上がってしまうので、斜め下に泳ぐようにしながら前に進む。
(うん……綺麗だな)
地上で見た時からわかっていたけど、水の透明度が高い。
おかげで視界は良好だ。
何十メードも先の景色まではっきりと見え、何となく、スキューバダイビングを楽しんでいる気分だった。
只今の深度は、約5メード。
海面からは太陽の光が差し込んで、煌めくような光が海中へと降っていた。
海底は砂が多くて、時々、岩が生えている。
水中には、たくさんの色と種類の魚が泳いでいて、岩場の近く海草と珊瑚の生える空間には、カニや蛸などの姿もあった。
あ、クラゲだ。
あっちには、亀も泳いでいる。
(おっと?)
足元の砂に、半分埋もれたようなサザエみたいな貝殻があった。
踏まないように避けると、貝殻の口から足が生え、砂の地面を蹴るようにして、近くの岩の隙間に消えてしまった……きっと、ヤドカリみたいな生き物だったのかな?
うん、見ていて楽しい。
まるで、リアルな竜宮城みたいだ。
ふと、長い髪を海中にたゆたわせながら隣を泳いでいるイルティミナさんと目が合った。
お互い、笑ってしまう。
何となく、手を繋ぐ。
何だか海中デートをしてる気分だ。
依頼で来ているんだけど、でも、うん……こうして楽しむ時間があってもいいよね?
見たら、他の3人も美しい海の景色に見惚れていた。
……うん。
何だか、ずっとこの母なる海で時間を過ごしていたいような、そんな気持ちに僕らはなったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
綺麗な海だけど、いつまでも見惚れてはいられない。
やっぱり仕事もしなきゃ。
海中で活動できる時間も、だいたい300秒しかないんだ。
(あと200秒ぐらいかな?)
長年一緒に活動していたからか、何となくそうした意識も共有し合って、僕ら5人は景色を眺めるのをやめて更なる沖の海へと向かった。
…………。
所々、海草が生えている。
事前に僕らが求めている『光の昆布』と『蒼白の花苔』の絵は図鑑で確認してあった。
これらは違う、と思う。
確認するようにイルティミナさんを見ると、彼女はすぐに僕の意思を察してくれて、
『えぇ、違いますね』
と言うように、首を柔らかく左右に振った。
拍子に長い髪が海中を踊って、僕の肌を柔らかく撫でていくのが、何だかくすぐったくて気持ちよかった。
キルトさん、ソルティス、ポーちゃんも周囲を見る。
けど、目的の海草はない。
食事処の初老のご夫婦の話によれば、
(確か、水深20~30メードの海域に生えているんだっけ?)
ここでは、まだ浅いのだ。
それを理解して、キルトさんも手にした槍斧で更なる前方の海を示した。
僕らも頷く。
そして、5人で更に海の奥へ。
しばらく進むと、急に足元が深くなった。
(わ……っ?)
海底にはなだらかな斜面が続き、水深がグンと深くなって、海の青さが濃くなった印象だ。
この辺、かな?
水深も20メードはありそう。
イルティミナさんが繋いだ手を引っ張るようにして、僕らはその深みへと潜っていく。
コポコポ
水泡が海中を昇る。
泳いでいた魚の密度は薄くなり、逆にサイズは大型化し始めた印象だ。
(…………)
そう言えば、この辺りの海から鮫などの他、龍魚や鬼蜘蛛大蛸などの5メード未満の魔物が出現するようになるんだっけ。
周囲を見回すけど、それらしい影はない。
……少し緊張してきた。
僕は腰ベルトに提げていた『大地の剣』を鞘から抜いて、右手に握って備えた。
ん……。
水中の抵抗が大きい。
多分、剣を振ってもまともに斬れないと思うので、水中では『突く』動作にした方がいいのだろう。
キルトさんの替えの武器も、槍斧だ。
槍斧は突ける。
彼女が使い慣れた大剣を選ばなかったのは、水中戦を見越しての選択だったのだ。
さすがだね……。
ちなみにイルティミナさんは槍なので最初から問題はなく、ポーちゃんは神気を流し込んで相手を内部から破壊するので無手でも関係ないのだった。
魔法使いのソルティスは、言うまでもなく、である。
…………。
やがて、耳抜きしつつ、水深20メードの海底へ。
(ふぅん……?)
さっきまでより海草の色が濃く、黒くなった気がする。
長さも、最低でも2メード以上だ。
もしかしたら、海中深くなったことで届き難くなる太陽の光を吸収し易くするため、そうした変化が起きたのかもしれない。
コポコポ
周囲を警戒しつつ、海草を確認していく。
でも、目的としていた『光の昆布』と『蒼白の花苔』は、やはりなさそうだった。
う~ん……困った。
初老のご夫婦に聞かされた通りに、乱獲で取り尽くされたのか、今年の異常気象で駄目になってしまったのか……どちらにしても見当たらなかった。
少なくとも、この海域には生えてないみたい。
(残念だね……)
水中で、僕は肩を落とす。
すると、ソルティスが自分の顔を何回か指差した。
(ん……?)
その動作のあと、彼女は水着に収められた大きな胸の前で両手を交差する。
つまり、バッテン。
あ、なるほど。
魔法の効果時間が、もう限界なんだ。
僕らは頷き、キルトさんも槍斧の先端を岸の方へと向けたのを合図として、全員でそちらへと泳ぎ出そうとした。
その時、
「!」
僕はハッとした。
海中では音も匂いもなく、視覚でのみ動く存在を判断できる。
そして、僕らのいる海草の林の中から、突然、黒と黄と赤の禍々しい体色をした生き物が姿を現したんだ。
巨大な蜘蛛だ。
……いや?
よく見ると、それは8本の足を器用に使って海底を歩く、蜘蛛に擬態した巨大な蛸だった。
体長は2~3メード。
背中の模様は、まるで鬼瓦みたいだ。
多分、これが『鬼蜘蛛大蛸』なのだろう。
ザッ
隣のイルティミナさんが砂の地面を踏みしめ、『白翼の槍』を威嚇するように魔物に向けて構えた。
そのまま僕を引っ張り、自分の背中側へ。
そして、トッ、トッ、と地面を蹴るようしながら、海の魔物から距離を取った。
魔物はゆるり、ゆるりと近づいてくる。
けれど、牽制の槍の動きに反応して、ピタッ、ピタッと停止し、また動くのを繰り返す。
その時、離れていたソルティスがこちらに向けて『竜骨杖』を構え、その先端の魔法石が青く輝くのが見えた。
ボヒュッ
水中に、氷柱のような何かが走った。
多分、水の弾丸だ。
それが鬼蜘蛛大蛸の正面の砂に突き刺さり、白い砂煙が音もなくバッと広がった。
魔物が大きく仰け反り、止まる。
瞬間、イルティミナさんは僕を抱きしめ、『魔血の民』の最大筋力で砂を蹴り、『白翼の槍』の石突で押し出すようにして海底から一気に離れた。
(う……っ)
水圧が凄い。
けれど、魔物の射程範囲からは離脱できたみたいだ。
そのまま僕ら5人は海面まで上昇し、激しく動いた僕とイルティミナさんの顔を覆っていた空気の層は、そこで完全に消えてしまった。
プハッ
海上の空気を吸う。
隣で濡れ髪を垂らしていたイルティミナさんの美貌も、大きく息をついていた。
目が合い、笑い合う。
チャポ チャポ
キルトさんがポニーテールにした銀髪を海面に広げながら、こちらに泳いできた。
「危なかったの」
そう言う。
鬼蜘蛛大蛸はゆったりした動きだったけど、獲物に襲う瞬間は、物凄い速さなのだそうだ。
海中だと、例えイルティミナさん、キルトさんでも対応できない場合もあるとか……それほどの危険な魔物なのだそうだ。
もちろん、地上では敵ではないらしいけどね。
でも、さっきは海中。
あまり自覚してなかったけど、僕らはかなり危険な状況にあったんだ。
ソルティスも、
「やっぱ、海って怖いわぁ……」
とぼやく。
その奥で、ポーちゃんは海面にプカプカ浮かんだまま、太陽を見上げていた。
僕は自分の奥さんを見て、
「さっきは守ってくれてありがとう、イルティミナさん」
とお礼を言った。
彼女は「ふふっ、いいえ」とはにかみ、腕に抱いた僕の濡れた前髪を指で優しく払った。
なんか、くすぐったい。
でも、イルティミナさんは楽しそうで、僕も微笑んでしまった。
…………。
やがて、僕ら5人は海上を泳いで砂浜に戻る。
残念ながら本日の収穫は何もなく、求める2つの素材が簡単には見つからないとわかったことが収穫だった。
「今日はこのぐらいかの」
砂浜で、キルトさんはそう言う。
うん、そうだね。
もうすぐ日も暮れるし、僕らは頷いた。
白い水着姿のイルティミナさんは、まさに水も滴るいい女といった風情で煽情的に微笑み、僕の頬に白い手を当てた。
「ですが、今日は楽しかったですね」
「……うん!」
僕も笑った。
少し危険もあったけど、綺麗な海を楽しんだ。
それも事実。
そんな僕ら夫婦に、キルトさんとソルティスは苦笑し、けれど同意するように、ポーちゃんも含めた3人で頷いていた。
そうして僕らは旅館に帰る。
セントルーズの街での僕らの初日は、そんな風に過ぎていったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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https://book1.adouzi.eu.org/n9929iq/
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どうぞ、よろしくお願いします。




