書籍マール3巻発売&コミカライズ記念SS・その9
書籍マール3巻発売&コミカライズ記念、25日連続更新の20日目です!
本日は、記念の特別ショートストーリー・その9、です。
よろしくお願いします。
(どういうこと!?)
僕は、すぐに詳しい事情を知りたかった。
キルトさんに詰め寄ろうとしたんだけど、「待て待て」と彼女に手で制される。
「話をする前に、まずそなたらはクエストから帰ったばかりであろう。まずはクエスト完了手続きを終えるのじゃ。事情の説明はそのあとにしてやる」
「…………」
長い話になるのかな?
焦る気持ちはあったけど、確かに冒険者としての責務を放棄する訳にはいかない。
僕の奥さんもそれはわかっているみたいで「わかりました」と頷くと、足早に冒険者ギルドの受付に向かってくれた。
僕もあとに続く。
やがて手続きも無事に完了、報酬カードも受け取った。
(さぁ、話を!)
そう思って、僕はキルトさんを見る。
キルトさんも頷いて口を開きかけ、そこでふと止まって、周囲を見回した。
(ん?)
気づけば、帰還した『金印の魔狩人』に『元・金印の魔狩人』もいる僕ら5人に、周囲の冒険者たちの視線が集まってしまっていた。
聞き耳も立っている感じだ。
「ふむ、話はわらわの部屋でしよう」
キルトさんは、そう提案する。
確かに、ここじゃ落ち着かない。
僕とイルティミナさんは顔を見合わせ、そうした方が良さそうだと頷いた。
そして僕ら5人は、フロアにある螺旋階段を登り、ギルド3階にある『キルトさんの部屋』へと急いだんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
部屋に入り、リビングのソファーに腰を下ろす。
同時に、
「それで、マールの絵が盗まれたとはどういうことですか?」
口を開こうとした僕より先に、イルティミナさんが詰問するみたいにキルトさんに問いかけた。
氷のような声だ。
それを聞いて、僕は彼女が内心、かなりの怒りを秘めていることに気づいた。
漏れ出る冷気のような怒気に、僕の背筋が凍る。
ソルティスもそれを感じたのか顔色が蒼白になり、ポーちゃんは小さな手で相棒の背中に触れ、その熱で彼女を支えようとしているみたいだった。
歴戦のキルトさんは、吐息をこぼす。
「落ち着け、イルナ。これから順序立てて説明する。――始まりは、10日前のことじゃ」
そして、彼女は話し始めた。
僕らが王都にいなかった10日前、キルトさんの部屋には、クエストを終えたばかりのソルティス、ポーちゃんが遊びに来ていたという。
コンテストの結果発表は、まだだった。
ただ数日内には発表されるだろうと噂されていて、その時の3人もそれを話題にしていたそうだ。
「マールの絵、受賞できるかしら?」
「さての? しかし、わらわはちと期待しておるぞ」
「…………(コクコク)」
そんな風にして、食事をしていたらしい。
その時、突然の来客があった。
ギルド長のムンパさんと一緒に部屋を訪れたのは、『王家の使者』と名乗る人物だった。
(王家の?)
それに僕は内心、驚いた。
なんでも王国から、引退した元・金印の魔狩人であるキルト・アマンデスに極秘のクエストを依頼しに来たらしい。
そしてその内容が、
「盗難されたディアール・レムネウスの作品、及びその収集作品の発見、回収、というものじゃった」
「…………」
「…………」
それを聞いた時は、今の僕ら同様、キルトさんも驚いたそうだ。
王家の使者から詳しい話を聞いた。
それによれば、昨夜未明、ディアールの作品と収集作品を保管していた倉庫から、それらの作品たちが盗まれてしまったそうなのだ。
倉庫の床には穴があり、地下トンネルが掘られていた。
その長さはなんと3000メードに及び、王国の東の貧民街に通じていたそうだ。
また、その夜の担当警備員2名も行方をくらましている。
倉庫管理会社によれば、その警備員たちは1年前の同時期に雇われた者たちで、調べたらそれ以前の経歴は、全くのでたらめだったことが判明した。
今回、盗まれた作品は、100点以上。
総額で1500万リド(15億円)を超える被害だったらしい。
これほど大量の作品の盗難、かつ長期間の計画的犯行から、王国警備隊は、大規模な犯罪組織によるものだと断定したそうだ。
そして、
「そうして盗まれた物の中には、同じ倉庫に保管されていたコンテスト用の作品たちも含まれていたようでの」
とキルトさん。
警備隊によれば、犯罪組織はどれが高価な作品か確認する時間を惜しみ、まとめて盗んだのではないか、とのことだ。
(じゃあ、僕の作品も……)
頭の中が真っ白だ。
あれだけ一生懸命に描いた絵が、そんな目に遭うなんて。
メキッ
大きな音が響いた。
見れば、隣に座っているイルティミナさんの白い指が、ソファーの手すりに喰い込んで、ひびを入れていた。
「あの絵を描くために、マールがどれほどがんばっていたのか……わかっているのですか?」
低く恐ろしい怨嗟の声。
その美貌は蒼白で、真紅の瞳は強い怒気に冷たく燃えていた。
ソルティスが「ひぃ……」と悲鳴を飲み込んで、隣のポーちゃんと抱き合う。ちなみにポーちゃんは真似っ子してるだけで、怯えている様子はなかった。
キルトさんは、静かに話を続けた。
「事件を知ったディアール・レムネウスも、すぐに動いた」
彼は、元宮廷画家だ。
貴族や王家にも知り合いがおり、その伝手を使って、事件直後から大規模な対応が素早く行われた。
まず昨夜の内に、王都ムーリアにある全ての大門、小門に検問が敷かれた。
王都外に向かう荷物は、全て厳重にチェックされ、それによって盗品を持ち出されないようにしたという。
翌朝からは、300人態勢での捜索が行われた。
暗黙の治外法権となっていた貧民街にも、王都の警備隊衛兵が捜索に入り、これはかなり異例のことなのだそうだ。
そして、
「それらの対応の1つとして、このキルト・アマンデスにも依頼が来たのじゃ」
とのこと。
長年『金印』を務めたキルトさんは顔が広い。
それは王国の表だけでなく、裏側についての情報も手に入るほどらしい。きっと警備隊ではなかなか手に入らない情報も、すぐ知ることができる。
だからこその人選だろう。
「無論、その依頼は引き受けた」
キルトさんは僕を見る。
「マールに関することでもあるからの。そして、ソルとポーも協力してくれるそうじゃ」
その視線は、今度は2人へ。
ソルティスは頭の後ろで手を組んで、そっぽを向く。
「そりゃ、マールの絵に何かあったらイルナ姉も悲しむし、ま、しゃーないわよね」
だって。
そんな相棒の肩を、ポーちゃんはポンポンと叩いている。
(キルトさん、ソルティス、ポーちゃん……)
僕は3人を見つめた。
イルティミナさんも感謝するように、頭を下げている。
キルトさんは笑って、
「そういうことじゃ。もちろん、そなたらにも協力してもらうぞ? 良いな?」
「うん!」
「当然でしょう」
僕とイルティミナさんも大きく頷いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「現在、コンテストの結果発表は、より厳選した審査のため延期になったとされておる。その間に、事件は解決せねばな」
キルトさんはそう言った。
僕は頷いて、質問する。
「具体的に、僕らは何をしたらいいの?」
「何もせんで良い」
「……え?」
それは、あまりに予想外の答え。
僕は驚き、イルティミナさんも怪訝そうに形の良い眉を寄せて、銀髪の美女を見つめる。
キルトさんは、そんな僕らを見返して、
「捜査は、王国警備隊がやっておる。素人のわらわたちが参加しても、特に役には立てぬであろう」
と続けた。
(で、でも……)
何かを言い募ろうとすると、そんな僕の顔の前に、キルトさんの手が置かれた。
「時間は、わらわたちの味方じゃ」
彼女は、そう笑った。
今回、盗まれたのは、とても高価で有名な絵画ばかりだ。
逆に言えば、その売買は足がつき易く、犯罪組織にとっても、非常に取引が難しい商品なのだそうだ。
キルトさんの予想によれば、
「恐らく、国外に持ち出すつもりであったのじゃろう」
とのこと。
国外ならば、取引しても足がつき難いってことだ。
けれど、ディアールさんの対応のおかげで、予想以上に王都ムーリアの封鎖は素早く行われた。
犯罪組織は、盗品を王都外に持ち出せなかった可能性が高い。
そして、王国警備隊の捜査は日々行われていて、その捜査網が犯罪組織に近づいているのは間違いないのだ。
事件から10日。
「連中は、かなり焦っているじゃろう。そして、この状況を打破するため、強引な動きをするはずじゃ。わらわたちは、それを待てば良い」
(なるほど)
つまり、犯人たちがボロを出すのを待っているんだ。
そして、独自の情報網を持つキルトさんは、その情報が届けられるのを待っているんだね。
「そういうことじゃ」
元・金印の魔狩人は、頼もしく笑った。
……キルトさんって、本当に心強い人だ。
イルティミナさんも納得したように「では、私たちが動くのは、その情報が入ったあとなのですね」と頷いた。
キルトさんの予想だと、あと2~3日中には動きがあるだろうって。
「楽しみじゃの」
そうして、舌舐め刷り。
その表情は、まるで魔物が罠にかかるのを待つ『魔狩人』のそれだった。
(……それで、絵を取り戻せればいいな)
そう願う。
そして、その時、ふと思った。
「そうした盗品の絵画を、いったい誰が買うんだろう?」
思わず、口から呟いてしまう。
4人の視線が、僕に集まった。
正規の取引じゃなく、犯罪によって盗まれた絵でも欲しいって思うものなのかな?
「そりゃ思うでしょ」
とソルティス。
「高価な絵画を買えるのなんて、貴族とか豪商しかいないでしょ? そういう富裕層ってみんな成功者だから、自分の欲望に忠実な奴も多いのよ」
「…………」
そういうもの?
首をかしげる僕だけど、イルティミナさんも悲しそうに頷いた。
その手で僕の髪を撫でながら、
「特に貴族などは、芸術への造詣の深い者もおりましょう。そうした人物の中には、世に2つとない名画を自分だけの物にしたいと考える者もいるかもしれません」
「…………」
「それが……例え盗品であったとしてもです」
彼女は、そう断言した。
盗品でも欲しがる人がいる。だから、犯罪組織も盗みを行う。
酷い循環だ。
僕は唇を噛み締める。
「その人たちは、盗まれた人の気持ちがわからないの……?」
そう呟いた。
芸術に詳しいなら、それを描いた人の思いが、努力が、苦労が、願いがわからないのかな?
作品を盗まれる画家の気持ちを理解できないのかな?
(僕だって……がんばって描いたんだ)
それが無慈悲に奪われたことが、本当に悲しかった。
僕でさえこうなんだ。
僕以上に人生を捧げて、絵を描いた画家の悲しみはどれほどだろう。
犯人や盗品を買う人たちは、その行いがどれだけの人を悲しませ、苦しませ、嘆かせ、憤らせるのか、想像もできないのかな?
まるで自分のことしか考えてないみたいだ。
「……マール」
悔しがる僕を、イルティミナさんが心配そうに見つめた。
キルトさんも、何とも言えない顔をしている。
そんな僕らを見つめ、ソルティスは「はんっ」と笑った。
「人間なんて、そんなもんでしょ」
「…………」
少女の言葉は、辛辣だ。
けれど、その少女は、そうした世の人々からの理不尽な差別を受けてきた『魔血の民』だった。
その言葉には、真実が混じっている。
彼女の隣にいる幼女は、そんな少女を見つめて、
「それが人間の一面であることは、ポーも否定しない」
と肯定した。
300年前、人間の裏切りによって多くの同胞を殺された『神龍』の幼女も淡々とした口調だった。
(…………)
その気持ちはわかる。
でも、そうした人間に絶望している2人の姿も、僕はなんだか悲しかった。
キルトさん、イルティミナさんも何も言わない。
けれど、その時、ポーちゃんの小さな手が、隣に座っている少女の手にソッと重ねられた。
そして、言う。
「ただ、そうした面を否定し、互いを思いやるのもまた人間なのだと、ポーは教えられた」
(ポーちゃん?)
僕は驚いた。
ソルティスも驚いたように、隣の幼女を見つめている。
ポーちゃんの水色の瞳は、澄んだ輝きで、それを教えたであろう少女を映していた。
ソルティスの頬が赤くなる。
それから「な、何よそれ?」と、不貞腐れたように顔を逸らす。
「…………」
ポーちゃんは何も答えず、ただ優しい眼差しをしていた。
僕とイルティミナさんとキルトさんは、つい3人で顔を見合わせてしまう。
それから、思わず微笑んでしまった。
うん、この世の中には、悪い人が確かにいる。
でも、そうした人ばかりじゃなくて、優しい人の方がきっと大勢いるはずだ。
(うん、そうした人たちと協力して、みんなの絵を必ず取り戻そう)
ギュッ
僕は拳を握る。
ソルティスとポーちゃん、優しい2人の姿を見ながら、そう強く思ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
その日は、そのままキルトさんの部屋に泊めてもらうことになった。
5人で夕食を食べ、夜を迎える。
僕とイルティミナさんは2人きりの寝室を貸してもらって、そこで眠ることになった。
(…………)
寝間着に着替え、ベッドに腰かけた。
クエストから帰ってきたばかりで疲れもあったけど、なんだか眠れそうになかった。
「大丈夫ですか、マール?」
ギシッ
そんな僕の隣に、イルティミナさんが腰を下ろした。
薄い寝間着のワンピースを着る彼女は、常夜灯の灯りの中で、とても美しく、けれど今はその美貌に心配そうな表情を浮かべて僕を見つめていた。
僕は、無理に笑った。
「……絵、盗まれちゃったね」
そう呟いた。
あれは、本当に一生懸命に描いた絵だった。
大変だったけれど、たくさんの思いを込めて、必死に、懸命に、精一杯にイルティミナさんへの愛情を絵として描いたんだ。
それを、どこの誰とも知らぬ人に盗まれてしまった。
もしかしたら、無名な僕の絵は、1リドのお金にもならないと処分されてしまっているかもしれない。
それが怖かった。
悔しくて、悲しくて、不安で堪らなかった。
ギュッ
そんな僕の小柄な身体を、イルティミナさんが強く抱きしめてくれる。
白い手が僕の髪を撫で、
「大丈夫。あの絵には、貴方のこのイルティミナへの愛が詰まっています。それは盗人などに負けません。――だから、必ずマールの元に戻ってきますよ」
そう言ってくれた。
その声はとても力強くて、嘘でもその思いやりの心が嬉しかった。
(……うん)
彼女の胸の中で、僕は頷いた。
そうして僕らは、身を寄せ合ったまま、ベッドに横になる。
柔らかなクッションに身を横たえ、拍子にイルティミナさんの綺麗な長い髪が僕の身体にこぼれ落ちた。
甘やかな匂い。
触れる肌に伝わる体温も心地好かった。
「さぁ、眠りましょう、マール」
優しい声が囁く。
自分の奥さんがイルティミナさんで本当によかった……そう思った。
彼女の髪の一房を摘まみ、キスをする。
「!?」
イルティミナさんは驚いたように身を固くした。
僕は小さく笑って、
「ありがとう、イルティミナさん。大好きだよ。おやすみなさい」
そう伝えて、目を閉じた。
しばらく、イルティミナさんからの返事はなかった。
ただ、彼女の体温が高くなった気がする。
やがて、
「おやすみなさい、私の愛しいマール」
少し震えた声が、そう返事をしてくれた。
ギュッ
僕を抱き枕にする腕に力が込められて、より2人の身体が密着する。
少し苦しい。
でも、だからこそ不思議と安心できた。
イルティミナさんの与えてくれた安心感によって、僕はその腕の中で、ゆっくりと眠りにつくことができたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次回更新は、明日19時頃を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
ここから、いつもの宣伝です。
書籍マールの3巻が発売してから、2週間となりました。
ご購入して下さった皆さんは、本当に、本当にありがとうございます♪
もし、買ってよかった、面白かった、楽しかったなどと思って頂けたのでしたら、作者としてとても嬉しく思います。
マールやイルティミナたちも、きっと心から喜んでいるでしょう。
また、もしよかったら、どうかお知り合いの皆さんにもご紹介して頂けたら幸いです♪
ただ今、コミカライズも公開中です。
URLはこちら
https://firecross.jp/comic/series/525
まだご覧になっていない方は、無料ですのでどうぞお気軽に、漫画となったマールたちの姿をその目で確認してみて下さいね♪




