648・冒険者活動、再開!
皆さん、こんばんは。
今話より、また新しいマールのお話が始まります。よかったら、またゆっくり楽しんで下さいね♪
それでは第648話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
忙しない年末が過ぎ、そして年が明けた。
新年の始まりだ。
シュムリア王国の王都ムーリアでは、新年祭が行われて、国王様から祝いの言葉が国民に与えられた。
街は大賑わいで、人出も凄かった。
新年祭のために王都を訪れた地方民も多かったみたいで、特に聖シュリアン大聖堂には多くの参拝客が集まり、毎年恒例の怪我人が出てしまったと新聞には書かれていた。
僕が王都で暮らして、もうすぐ6年。
さすがにこの時期は外出せず、イルティミナさんと我が家でのんびり過ごしたよ。
7日もすれば、街も落ち着きを取り戻していく。
そして、それに合わせて、僕は約半年ぶりに『冒険者』としての活動を再開した。
◇◇◇◇◇◇◇
グノーバリス竜国との戦争で負った心身のダメージは、かなり回復した。
体調に問題はない。
半年前はほぼ毎日、戦争中の悪夢を見ていたけれど、そうした夢を見ることもほぼなくなった。
毎日、イルティミナさんが抱き枕してくれたからかな?
うなされて、寝ている間に涙を流すことも、それで心配したイルティミナさんに起こされて、強く抱きしめられることもあったけど……今はそうしたこともない。
イルティミナさんがそばにいる――その実感が心を癒してくれたんだと思う。
…………。
本当に、僕は彼女に守られてる。
今も、出没する魔物の生息地へ移動する竜車の中で、隣の座席に座る彼女はずっと僕の手を握ってくれていた。
ギュッ
しっかりと指が絡まっている。
離れない、そう伝えてくる。
簡単に命が消えていくこの世界で、けれど、彼女だけは僕の前から消えないのだと訴えているようだった。
「…………」
僕は、彼女を見た。
僕の奥さんは、それに気づいてこちらに微笑む。
(……うん)
久しぶりの魔狩人としての仕事。
魔物との戦闘に、少し緊張もあるけれど、イルティミナさんと一緒なら大丈夫だと思えた。
そう信じられた。
ガタゴト
草原の街道を竜車は進んでいく。
その車内で、僕らはお互い寄り添うようにして、数日間、座席で揺られ続けた。
◇◇◇◇◇◇◇
あれから20日後、僕らは無事に依頼を達成して王都ムーリアに帰ってきた。
「お疲れ様でした、マール」
「うん、イルティミナさんも」
正面大門前の乗降場で竜車を降りた僕とイルティミナさんは、自分たちの荷物を背負いながら、そう笑い合った。
そんな彼女のリュック上には、討伐の証の巨大な『翼』が折り畳まれて積まれていた。
今回の討伐対象は『大炎翼の鷲』という魔物だった。
巨大な翼が炎に包まれた鳥の魔物で、体長は12メード以上、翼を含めたら20メードにもなり、時に山火事などを引き起こす魔物だったんだ。
その翼から、炎の羽根や魔法を飛ばしてくる。
しかも、常に上空にいるため、なかなか攻撃し辛い厄介な魔物なんだけど……まぁ、イルティミナさんの投擲する『白翼の槍』の敵ではなかったんだよね。
討伐はあっさり成功した。
(さすが、イルティミナさん)
僕は、飛ばされてきた炎の羽根たちを斬り落として、投擲するまで彼女を守るだけの簡単な仕事でした。
……うん、本当に。
帰りの竜車で気づいたけど、多分、復帰したばかりだからそういう依頼を選んでくれたんだ。
イルティミナさんが。
そして、依頼を斡旋した冒険者ギルドが。
…………。
色んな人に気を遣われて、守られているんだなぁ……そうしみじみ思ってしまった。
ありがたくて、申し訳ない。
でも、だからこそ、その人たちの思いに応えられるように、これから、しっかりとがんばろうと思った。
そう両拳を握っていると、
「マール?」
イルティミナさんが不思議そうに僕を覗き込む。
あ、ううん。
僕は首を振って、笑った。
「僕、これからもがんばるからね」
「…………」
イルティミナさんは僕を見つめる。
それから優しく微笑み、
「はい」
そう頷いて、その白い手で僕の髪を労わるように撫でてくれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルド・月光の風に帰還した。
仕事に復帰して依頼を達成してきた『金印の魔狩人』に周囲の冒険者たちが注目していた。
(…………)
そういう視線に、僕はまだ慣れない。
でも、イルティミナさんはまるで気にした様子もなく、受付で完了手続きを済ませ、討伐の証を素材受け取りカウンターに提出して鑑定を受けた。
もちろん、鑑定結果は間違いないと出て、クエスト完了だ。
(よかった、よかった)
これで、ようやく一息だ。
イルティミナさんは受け取った赤い報酬カードの1枚を「はい、マール」と僕に渡してくれた。
僕も「ありがとう」と笑って受け取る。
これをギルドや銀行に提出することで、報酬を受け取れるんだ。もちろん銀行の場合は、そのまま口座に貯金もできるよ。
僕らは大抵、後日、銀行で貯金してる。
とりあえず、僕らは報酬カードを財布にしまった。
(…………)
クエストが完全に終わって、イルティミナさんの美貌にも少しだけ安堵したような色が見受けられた。
多分、僕以外は気づかない些細な変化。
でも、夫の僕にはわかる。
……もしかしたら、イルティミナさんも半年ぶりの討伐クエストだったから緊張していたのかな?
…………。
もしそうだったら、家でいっぱい甘やかしてあげよう。
がんばったご褒美だ。
いつも大人びたイルティミナさんだけど、彼女だって、そうした気を緩める時間って欲しいよね?
うん、そうしよう。
「?」
見つめる僕に気づいて、彼女は不思議そうに小首をかしげた。
手続きも終わって、僕らは家に帰ることにした。
「では、参りましょうか」
キュッ
彼女は当たり前のように僕の手を握ってくる。
僕も逆らうことなく握り返して、「うん」と頷きながら、周囲に仲良し夫婦の姿を目撃されつつ、ギルドをあとにしようと歩きだした。
「あ、いた」
その時、ふと背後から声がした。
(ん?)
聞き覚えのある声に足を止め、2人で振り返ると、そこには赤毛をポニーテールにした獣人の女性ギルド職員さんが立っていた。
というか、クオリナ・ファッセさんだ。
片足の悪い彼女は、ヒョコヒョコとした足取りで僕らの方へとやって来た。
「よかった、もう帰っちゃったかと思ったよ」
と、息を吐く。
僕は「どうしたの?」と首をかしげた。
彼女は笑って、
「まずはクエストお疲れ様。無事に帰ってきてくれてよかったです。――それから、イルナさん宛てに手紙が届いてたの。それを渡したくて」
それで急いでやって来たの、と彼女は言った。
手紙?
キョトンとなる僕とイルティミナさん――そんなイルティミナさんに、クオリナさんは「はい」と1枚の封筒を手渡した。
白い高級紙。
金糸の装飾も施されていて、なんか特別そうな封筒だ。
「…………」
イルティミナさんは表裏を確認する。
そして、封筒を閉じている封蝋に気づいて、紅玉の瞳をスッと細めた。
(あ……)
僕も気づいた。
それは4本の腕を持った女神の絵が描かれていた。
女神シュリアン。
その国章となる図柄の封蝋を使えるのは、もちろん、シュムリア王国においてはたった1つの一族のみ。
すなわち、
「シュムリア王家からの手紙……?」
僕の口から、そう驚きの声がこぼれた。
◇◇◇◇◇◇◇
約3週間ぶりに我が家へと帰った。
僕は先に家に入って「ただいま」と誰もいない家の中に呟く。
少し遅れて、イルティミナさんも玄関に入って「ただいま帰りました」と口にするので、僕は振り返って「おかえりなさい」と笑顔で出迎えた。
彼女もクスッと笑う。
僕を抱きしめ「マールもおかえりなさい」と楽しそうに言った。
…………。
それから家中の窓を開け、換気を行う。
真冬の空気は少し冷たく、けれど、家の中にこもった埃っぽい空気と入れ替わって、家の中が新鮮な匂いになった。
それから暖房に火を灯す。
旅の荷物を片付け、部屋着に着替える頃には、室内も暖かくなっていた。
「はい、どうぞ」
イルティミナさんが蜂蜜入りのホットミルクを用意してくれた。
僕は「ありがとう」と受け取った。
これ、好きなんだ。
冬の間、家にいる時は毎日、飲んでいる気がするよ。
ズズッとすすると、
(うん、温かくて甘くて美味しいや)
つい笑顔がこぼれてしまった。
そんな僕に、イルティミナさんも微笑ましそうに笑っていた。
2人でリビングのソファーに座って一緒に蜂蜜入りのホットミルクをすすれば、旅の疲れと寒さが溶けて心と身体も温かくなった。
ほぅ……。
思わず吐いた息は、白く染まっていた。
そうしてリラックスしてきた頃、イルティミナさんは「さて」と呟きながら、例の封筒を取り出した。あ……。
「どんな内容でしょうね?」
彼女は呟き、ペーパーナイフで封蝋をピッと外した。
王家の書簡だ。
封蝋が割れるのも恐れ多く、けれど、彼女は上手に封蝋を割ることなく封筒を開けていた。
さすがだね……。
中から出てきたのは、一目で上質だとわかる高級紙。
それが2枚。
耳の上に長くて美しい深緑色の髪をかき上げながら、イルティミナさんの切れ長の紅い瞳は手紙に目を通していく。
どんな内容だろう? 僕は読み終わるのを待った。
すると、その美貌が少ししかめられた。
……何か嫌そうな感じ。
やがて、彼女は「はぁ……」と重そうなため息をこぼして、手紙をソファーの上へと下ろした。
「イルティミナさん?」
思わず、問いかけた。
彼女は僕を見ると、手にしていた手紙をポイッと放り捨てて、代わりに僕の頭をギュッと抱きしめてきた。
(わっ?)
王家の手紙の扱いと突然の抱擁に驚く。
彼女は僕の髪に鼻を押しつけて、何度か呼吸を繰り返しながら、僕の髪や背中を撫でた。
…………。
これは、イルティミナさんが自分を落ち着けようとする時の行動だ。
ペットみたいに僕を愛でると、落ち着くみたい。
そして、そうしたくなるような内容が、あの王家の手紙には書かれていたのだろうか?
「…………」
僕はジッと待った。
僕を撫でたりすることで落ち着くなら、いくらでもしていい。
そう思って、されるがままになる。
ポンポン
一応、彼女の背中を軽く叩いて、子供をあやすみたいにしてあげた。
3分ほどして、開放された。
身体を離したイルティミナさんは、大きく息を吐く。
「大丈夫?」
僕は聞いた。
彼女は「はい」と少し無理をするようにはにかんで、「いつもごめんなさいね」と謝りながら、僕の額にキスをした。
ん……。
僕としては、何ということもない。
むしろ、少しでもイルティミナさんの心が癒せたのなら嬉しい。
いや、今は僕のことよりも、
「手紙、何が書いてあったの?」
それが気になった。
イルティミナさんは放り捨てた手紙を一瞥して、また嘆息する。
僕の頭を胸に抱いて、
「大したことではありませんよ。ただレクリア王女より、新年を祝う貴族の集まりがあるので、それに私も参加するようにと誘いがあっただけです」
と教えてくれた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




