636・神の島
第636話になります。
よろしくお願いします。
ジジガメルさんの案内で、僕らは砂浜を歩いていく。
体長10センチもないジジガメルさん本人は、ポーちゃんの頭の上に乗せられていた。
「…………」
ポーちゃんは身体能力が高く、体幹も安定していた。
歩いていても、小さなジジガメルさんが転げ落ちそうな様子は欠片もなく、彼も安心して乗っかっているようだ。
……ポーちゃん自身も満更でもなさそうかな?
もしかしたら、ポーちゃん、こういう小さな生き物が好きなのかもしれないね。
それはともかく、僕らは砂の上を歩いていく。
やがて、砂浜の端の草木の生えた丘の手前までやって来てしまった。
緑の茂った丘には、海の上にあったような巨大な『石の輪っか』が砕けた状態で横たわっていた。
神気は、もう感じられない。
この輪っかは、壊れてしまっているみたいだ。
でも、ジジガメルさんは、
『この中へ』
と、僕らを輪っかの中心に集めて立たせたんだ。
(???)
意味もわからないまま、僕らは従う。
するとジジガメルさんは、
『実は、これは偽装された入り口でしてな。ここを通ることで〈聖遺物〉のある場所まで行けるようになるのでございます』
と教えてくれた。
偽装……?
僕らは驚いた。
そして、小さな亀さんは、ポーちゃんの頭の上で小さな口をパクパクと動かした。
祝詞のような口上を述べているみたいだ。
でも、アルバック大陸の共通語でも、ドル大陸の公用語でもなく、僕には内容を理解できなかった。
そして、ジジガメルさんが口にしだした途端、
ポウッ
その石の輪っかが白く発光しだした。
(えっ?)
そこから、さっきまで感じられなかった神気が溢れてくるのを感じた。
凄い量だ。
砕けていた石の輪っかは、喪失した部分は光が埋めて、完全な『光の輪っか』として僕ら5人と1体を包み込んだ。
ポワァアア
輝きが強まり、空へと光の柱が昇った。
(うっ……)
あまりの光量に僕は目を閉じてしまう。
他の4人も、それぞれに目元を腕で隠したり、強く目を瞑ったりしていた。
やがて、10秒ほどで光は消えた。
…………。
大きな力が発生したのはわかった。
でも、僕らには何も変わったところはなく、周囲の景色にも何も変化がなかった。
石の輪っかも、砕けた状態に戻っている。
みんな、キョロキョロして不思議そうな顔だった。
(ジジガメルさん?)
僕は問いかけるように、ポーちゃんの頭の上の『水守の亀』を見た。
でも、彼はやり切った顔だ。
その時、
「あら……?」
イルティミナさんの小さな呟きが聞こえた。
ん?
僕らの視線が、僕の奥さんに集まる。
彼女の真紅の瞳は、砂浜の向こうに広がっている大海原へと向けられていた。
僕も見る。
特に変化はないような……?
でも、イルティミナさんは、
「海のあの場所には、つい先ほどまであのような島はなかったと思うのですが……?」
と言った。
(え?)
僕らは改めて、海を見た。
僕ら5人の視線の先の海面には、確かに小さな島影が見えていた。
……言われてみれば、あそこの海には、直前まで何もなかった気がする。でも、そこまで意識していなかったので、はっきりとはわからなかった。
ソルティスもそんな顔だ。
でも、キルトさんも「ふむ」と頷いて、
「確かに、島が1つ増えておるの。イルナに言われねば、気づかなかったかもしれぬが……」
とその変化を認めた。
僕らは確認するように、ジジガメルさんを見つめた。
ポーちゃんの頭の上で、小亀さんは『ふふん』と得意げな顔をしていた。
そして、小さな頭を上下させ、
『その通りですぞ。この〈神域への光輪〉を潜った者だけが、あの島を目にし、上陸することができるのでございます』
と頷いて、教えてくれたんだ。
へぇ、そうなのか。
ジジガメルさんの話によれば、あの島に『聖遺物』があるとのこと。
でも、こうして『石の輪っか』を使わないと目に見えない島だとして、普段、あそこを通る船とかは透明な島にぶつかったりしないのだろうか?
そう聞いてみると、
『ご安心くだされ。あの島は皆に認識されておりますが、ただ、それを意識できぬだけなのでございます』
と、小亀さんは得意げに言った。
その説明によれば、人間たちは自覚できないだけで、あそこに島があることはわかっているのだそうだ。
だから、近くを通った船は、無意識にその島を避けていく。
ただ避けた自覚ができないだけなのだ。
(へぇ……面白いなぁ)
神様の力によって隠された島、僕らは感心してしまった。
そうして僕ら5人は、その『聖遺物がある神の島』へと上陸することになったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
(でも、どうやって向かえばいいんだ?)
あの島に行くことにしたけれど、その方法について悩んでしまった。
普通なら船だ。
でも、僕らは船を持っていないし、操縦もできない。
例えば、ミーシャさんにお願いしていくことも、彼女自身が島を無意識に避けてしまうはずなので不可能だった。
もちろん、彼女に聖遺物のことを知られる訳にもいかない。
(う~ん?)
僕らは、そう悩んでしまった。
でも、ジジガメルさんは『ご安心くだされ』と笑った。
彼に言われる通り、ポーちゃんの頭の上から砂浜の上へと下ろすと、その亀さんはテチテチ……と海の方へと向かった。
(どうするんだろう?)
そう見守っている間に、彼は波の中に呑まれた。
沖へと引き摺られていく。
え……? えっと……大丈夫?
心配になったんだけど、次の瞬間、ジジガメルさんの消えた海面にボンッと巨大な物が浮かびあがった。
(えっ!?)
それは、巨大な亀の甲羅だった。
呆ける僕らの前で、体長10メードほどに巨大化したジジガメルさんは、
『さぁ、それがしの背中にお乗りくだされ』
と促したんだ。
…………。
…………。
…………。
僕ら5人は、ジジガメルさんの背中に乗せられて、広大な海原を進んでいた。
チャポッ チャポッ
時折、波が甲羅の半分ぐらいまでやって来る。
波に合わせて、海に浮かんだ亀の巨体は、大きく上下に揺れていた。
でも、甲羅には凹凸があって、僕らはそこに身を固定すれば、意外と安定していたので落ちる心配などはなさそうだった。
ジジガメルさんは、
『いやぁ、この姿に戻るのは久しぶりでございますなぁ』
と、気持ち良さそうだった。
彼によると、この姿の方が本来のものらしい。
でも、巨大であればあるほど消費エネルギーは多くなり、『水守の亀』として聖なる海を管理できる時間が短くなるので、普段からずっとあの小亀の姿なんだそうだ。
ジジガメルさん曰く、
『時折、普通の亀と間違われて、色々な海の生き物に食べられそうになるのが玉に瑕ですな……ほっほっほっ』
と笑っていた。
笑うところなのかな、それ……?
思わずイルティミナさんたちを振り返ってしまうけれど、みんなも何だか微妙な顔だった。
やがて、その島へと到着した。
砂浜の正面に、あの大きな石の輪っかがあって、ジジガメルさんはそこから上陸した。
(ん……)
身体が浄化されるような感覚。
僕らを砂浜に下ろすと、ジジガメルさんはシュウウ……と、すぐに小さな亀の姿に戻ってしまった。
ヒョイッ
ポーちゃんが即座に拾い上げ、自分の金髪の上に乗せる。
うん、どうやらジジガメルさんを頭に乗せるのを気に入ってしまったみたいだ。
亀さんの顔も満更でもない様子だ。
そうして僕らは、ジジガメルさんの案内で、聖遺物がある場所まで向かおうとした。
島の中央の方を見て、
「うわっ?」
僕は驚いた。
砂浜に、たくさんの蟹やヒトデ、亀、ヤドカリみたいな生き物が集まっていたんだ。
大きさも、体長5センチほどのものもいれば、なんと5メードもあるような大物までいて、どうやら普通の生き物だけでなく魔物も混じっているみたいだった。
「うひゃ!?」
背中側からソルティスの声がした。
振り返ると、彼女は海を見て驚いた顔をしていた。
僕もそちらを見て、
「…………」
少し言葉をなくした。
その浅瀬の海中には、色とりどりの魚たちやエイ、ウツボ、海老、クラゲ、イルカなどが集まっていて、僕ら5人のことを見ていたんだ。
こちらにも、やはり魔物が混じっているみたい。
イルティミナさん、キルトさんも驚いた顔で、集まった海の生き物たちを見つめていた。
ジジガメルさんは笑った。
『皆、神龍様、神狗様にご挨拶がしたかったのでしょうな』
と、彼らの集まった理由を語った。
この島は、水の神アバモス様の加護に守られた島だ。
力が弱く、すぐに大型の魔物に食べられてしまうような海の生き物たちにとって、ここは最後の砦となる安全な場所だった。
なので、たくさんの海の生き物がこの島に、あるいは周辺に棲んでいるという。
そして、島に招かれた僕らを見に集まったのだ。
中には、半魚人みたいな姿の生き物や、人魚っぽい生き物の姿もあった。
ここは聖なる海。
そして、この島はその源となる『神の島』であり、神聖な領域なのだ。
集まった様々な海の生命種を目にして、僕は改めて、その事実を思い知らされていた。
やがて、
『では、こちらですじゃ』
そう『水守の亀』が促した。
それに従って、僕ら5人は、たくさんの海の生き物たちに見守られながら、砂浜を歩きだしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
砂浜を抜け、林の中をしばらく歩く。
島の中心にあるという小山を登り、あっという間に山頂に辿り着いた。
(あ……)
その開けた空間に、1つの岩があった。
高さ1メード、直径も1メードほどの岩で、中央に窪みがあり、そこには透明な水が溜まっていた。
ドクン
その水を見て、心臓が跳ねた。
ポーちゃんも無表情のまま、顔の筋肉が強張っていた。
(なんて、凄まじい神気だ……)
そこからは心が捕らわれ、身体が硬直してしまうほどの圧倒的な神気が満ち満ちていたんだ。
小さな水溜まり。
けれど、神の眷属である僕らには、まるで煮えたぎった溶岩が渦巻いている活火山の火口を覗いているような感覚だった。
いや、それ以上かもしれない。
これでも枯渇しかかっているの……?
いったい、水の神アバモス様は、最初にどれほどの神気をこの水に注ぎこんだのだろう? それはもはや、狂気に近いほどの慈愛だった。
(…………)
顔を近づけ、覗いてみる。
透明な水は、けれど、底が見えなかった。
これは……。
岩の窪みかと思ったけれど、どうやら岩を貫通して、地面の地下深くまで続いている円柱状の深い穴だったみたいだ。
恐らく、海底の岩盤まで到達して、海まで繋がっている。
そこから聖なる力を発する水を広げて、周辺の海域から人に害意のある魔物を退けているのだろう。
もしかしたら、水自体は岩から生まれてるのかもしれない。
つまり、この岩そのものが『聖遺物』なんだ。
僕の予想に、
『さすが神狗様。その通りでございます』
水守の亀であるジジガメルさんは、ニコリと笑った。
イルティミナさん、キルトさん、ソルティスは人間なので、僕らほどに神気は感じ取れない。
けれど、これだけ濃密な神気だと、何かしらの凄まじさを感じられるようで、3人とも表情が少し硬くなっていた。
キルトさん曰く、
「下手に触れたら、地域一帯が吹き飛びそうなほどの膨大な圧を感じるの」
とのことだ。
イルティミナさんも似たような印象だったらしい。
あの好奇心旺盛なソルティスが大人しくしていることからも、この聖遺物の神気が異常な量なのがよくわかるだろう。
僕は聞く。
「この岩に神気を注げばいいの?」
『はい』
ジジガメルさんは頷いた。
なんだか触れるのも恐れ多いような気持ち……。
でも、僕らがやるしかない。
僕とポーちゃんは深呼吸して心を落ち着け、お互いの顔を見て、2人とも覚悟が決まっていることを確認すると頷き合った。
2人で、1歩前へ。
それぞれの両手を伸ばして、アバモス様の聖遺物へと触れようとして、
バササッ
(!?)
その時、突然の羽音が響いて、僕らは動きを止めた。
見上げれば、僕らの頭上に1羽の鳥が飛んでいた。
鳥……?
いや、違った。
よく見たら、それはヒレが変形した翼を生やした魚で、その口が何かを訴えるようにパクパクと開閉されていた。
え、何事?
空気が抜けるような小さな声が聞こえる。
でも、意味はわからない。
そして、ポーちゃんの頭の上でそれを聞いていたジジガメルさんは、
『なんじゃと!?』
と酷く驚いた顔をした。
その表情を見るに、どうやら良からぬ事態が起きたのだと思った。
ジジガメルさんは『うぬぬ』と唸る。
それから僕ら5人に、
『申し訳ござらぬ。どうやら不届き者がこの島へと侵入してきたようにござりますれば、しばしお時間を頂きたく……』
と亀の頭を下げた。
(……不届き者?)
僕らは驚いた。
誰にも認識されないはずの神の島への侵入者が出たってこと?
キルトさんが、
「どういうことじゃ? 詳しく説明せい、ジジガメル」
と問い質す。
それは僕ら全員の思いの代弁だ。
ジジガメルさんは少し言い辛そうに、
『実は……アバモス様の御力に惹かれて、それを喰らおうとした魔物が島に上陸したようなのでござります』
と教えてくれた。
魔物の中には、膨大な力に惹かれて集まる習性の魔物もいるんだ。
例えば、かつてアルン神皇国の大迷宮では『暴君の亀』と呼ばれる巨大な魔物が、神武具と僕の神気を追い求めて暴れ回ったことがあった。
似たような魔物は、他にもいるのだろう。
(……でも、どうして?)
僕は疑問を持つ。
すると、
「どういうことです? この海域には、人に害意のある魔物は近づけないのではなかったのですか?」
と、イルティミナさんが代わりに口にしてくれた。
ジジガメルさんは、首を振る。
『人に害意はないのですじゃ』
え?
僕らはポカンとした。
『その不届き者の目的は、アバモス様の残した御力のみ。つまり、人に災いをもたらす害意がないゆえに、この海域に入れるのでございますじゃ』
そう語る口調は、苦々しそうだ。
そ、そんな裏技みたいなこと……あるの?
ソルティスは周囲を見回して、
「だけど、この島は誰にも認識されないんでしょ? その魔物は、どうやってここを知ったのよ?」
と呟いた。
ポーちゃんの頭の上で、ジジガメルさんは唸る。
『恐らく、本能かと』
本能……?
『その不届き者には、知性よりも生存本能が強くあり、そうした者は時にこの島まで辿り着けてしまうのでございます』
そんなこともあるのか。
(さすが……この世には色々な魔物がいるね?)
呆れるような、感心するような気持ちだ。
ジジガメルさんは、
ピョン
ポーちゃんの頭の上から跳んで、地面にコロンコロン……と転がりながら着地した。
小さな顔で僕らを見上げて、
『それがしは、その不届き者を始末して参ります。皆様方は、しばし、この場でお待ちを』
と言った。
その眼差しは、戦士のそれだった。
老兵の覚悟のような、強く、精錬な輝きが灯っていた。
彼は『水守の亀』として、これまでもこの神の島まで辿り着いてしまった魔物と戦い、アバモス様の残した『聖遺物』を守ってきたのだろう。
それが一瞬で理解できてしまった。
(…………)
僕の中にも、覚悟が生まれた。
見れば、他の4人も同じような表情だった。
お互いの中にそれを見つけて、僕らは頷き合うと、ポーちゃんが歩きだそうとしていた小亀さんをヒョイと掴んで、頭の上に乗せた。
『し、神龍様?』
ジジガメルさんは驚いた顔だ。
彼を見て、僕は言った。
「聖遺物が破壊されれば、ヴェルツィアンの人々も困る。ならば、僕らも『魔狩人』として、また『神の眷属』として、その魔物と戦います」
彼は目を見開いた。
その視界の中で、僕ら5人は頷いた。
ジジガメルさんは眩しそうに……そして、どこか懐かしそうに、戦おうとする僕らを見つめた。
そして、
『わかり申した。どうか、よろしくお願い致しまする』
と、亀の頭部を深く下げた。
僕は微笑み、「はい」と大きく頷いた。
…………。
そうして僕ら5人は、この海域に住まう人々と生き物を守るため、神の島へと上陸してきた不届き者の魔物と戦うことになったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日になります。どうぞ、よろしくお願いします。




