633・楽しい観光
第633話になります。
よろしくお願いします。
ホテルから5分ほどの所に、4~5艘の船が停泊する船着き場があった。
海運ギルドが運営する船着き場で、僕らの泊まったホテルと提携しているらしく、よく宿泊客が利用しているとか。
僕ら5人も、そんな利用者となった。
キルトさんがホテルで予約した名前などを伝えると、すぐに係の人が船まで案内してくれた。
水上に浮かぶのは、8人乗りのカヌーだ。
屋根はなく、座席にはクッションと風で冷えないようにひざ掛けの毛布も用意されていた。
「ようこそいらっしゃいました」
そう微笑んだのは、船頭だという兎の耳を生やした獣人の女の人だ。
名前は、ミーシャさん。
癖のある薄桃色の髪を頭の後ろでまとめていて、とても可愛らしい雰囲気の人だった。
見た目は20代ぐらいとまだ若く、けれど、腕は確かなので安心してくださいと係の人にも請け負われた。
あと、凄く声が綺麗。
聞き取り易くて、耳に心地よい声だった。
観光案内もしてくれるというから、発声練習とかしているのかもしれないね。
そんな訳で、乗船だ。
ギシッ
(おっとっと……?)
乗り込む時、少しだけ揺れる。
でも、ミーシャさんが桟橋と船体を足で踏んで固定してくれてたので、問題なく乗り込めた。
座席は、横に2人ずつ。
先頭がソルティス、ポーちゃん。
2列目が、僕とイルティミナさん。
3列目にキルトさんで、その後ろの船尾にミーシャさんが櫂を片手に立っていた。
「では、行きますね」
ミーシャさんの明るい声と共に、
トン
櫂で桟橋を押して、僕らを乗せたカヌーは音もなく水面上を滑るように動き出した。
(おぉ……)
なんか気持ちいい動き。
風には、潮の香りが含まれていて、水の匂いと合わさって独特だ。
チャポッ チャポン
櫂を漕いで、船は水路を進む。
思ったより揺れない。
水路の壁の上には、陸の通りを歩いている観光客の姿が見られて、不思議な視点だった。
水路には、充分な幅があった。
前世の道路で言うなら、片側2車線ぐらいの広さ。
たまに、対向車ならぬ対抗船が通る。
その時ばかりは、対抗船の生み出した波によってカヌーが上下に揺れたりした。
(なんか、アトラクションみたい)
ちょっと楽しい。
そして、ミーシャさんの腕も確かなのか、大型船舶とすれ違う時も壁にも船にもぶつかることなく、綺麗にすれ違っていく。
……凄いな。
素直に感心した。
僕も魔狩人として、剣の修行をしている。
同じようにミーシャさんも、船頭として日々、その操船の腕を磨いているんだろうなと感じられたんだ。
道は違えど、そうしてがんばっている人がいると知れると嬉しくなる。
ミーシャさんも水路を進みながら、僕らに色々と観光案内をしてくれた。
あの建物はヴェルツィアンの庁舎だとか、あの時計店はもう80年以上も営業している老舗だとか、あそこに咲いている花はヴェルツィアンの街花だとか。
凄く、街のことに詳しい。
そう言ったら、
「私は生まれも育ちも、このヴェルツィアンですから」
と誇らしそうに答えていた。
そうしてしばらく水路を進んでいくと、珍しい光景に出くわした。
そこは、水路が今までの3倍ぐらいの広さになっていて、その左右の岸に、たくさんの船が停まっていたんだ。
そして、船にはたくさんの品が並んでいた。
食べ物、貴金属、洋服、工芸品……まるで地上の商店街みたいだ。
ミーシャさんは、
「水の都名物の『水上お土産通り』です」
と笑った。
要は観光客向けのお土産屋さんが水面上に並んでいるという訳だ。
(なんだか面白いや)
物珍しさに、僕は目を輝かせてしまった。
ミーシャさんはゆっくりと、並んだお土産船の前を通っていく。
お土産船からは、笑顔の店主さんたちの呼び込みの声が賑やかに聞こえていた。
どれどれ?
興味を引かれて、僕は陳列された商品を覗き込む。
僕が覗いたお土産船は、どうやら木工の置き物などが売られているみたいだ。
カジキみたいな角の生えた魚、硬そうな甲羅の亀、飛び跳ねるイルカなどなど、海の生き物が躍動感のある動きで造られていた。
「ほう……なかなかですね」
イルティミナさんが感心したように呟いた。
あ、そうか。
イルティミナさんは子供の頃、木彫りの置き物を造って生計を助けていたんだっけ。
その腕は、今でも立派な物だ。
お土産船の店主は『恋愛成就のお守り』だと言って、2つの魚がキスしながらハートマークを作っている置き物を見せてきた。
「意中の男性と、より仲良くなれますよ?」
そう宣伝してくる。
チラッ
イルティミナさんは僕を見て、それから「買いましょう」と財布を取り出した。
(あらま……)
僕の奥さんは、見事に買わされてしまいました。
そんなお守りがなくても、僕とイルティミナさんは仲良しだし、僕はずっと魅了されているんだけどな。
「ふふっ」
でも、手に入れたお守りに嬉しそうな顔をしているのを見て、
(まぁ、いいか)
と、僕も微笑んでしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
水上お土産通りでは、みんな、色んな物を買ってしまった。
ソルティスは、ヴェルツィアンでしか作られていない海産物を原料にしたお菓子や料理をたくさん買い込んでいた。
モグモグ
「この甲殻類の風味が堪んないわぁ♪」
海老せんべいみたいな平べったいお菓子を食べて、今もご満悦の表情だ。
ポーちゃんも同じ物を頼んでいて、ソルティスの隣でカリカリカリ……とハムスターみたいに海老せんべいをかじっていた。
2人とも美味しそうだね。
キルトさんは、お酒を買っていた。
いわゆる地酒と言われる物で、南国の果実を使ったお酒らしい。
何種類か買い込んで、
「ぷはっ……こうして昼間から観光しながら飲む酒は、格別じゃのぉ」
なんて、早速、1本を開けていた。
うん、幸せそうだ……。
いつも責任感が強くて重荷を背負う人だから、まぁ、たまには羽目を外してくれてもいいかな?
その笑顔を見てたら、そう思えてしまった。
ちなみに、僕もお土産を買った。
買ったのは、絵画だ。
水路の船上で、こんな物まで売られているんだと驚いたけど、それ以上に素敵な絵に驚いた。
絵画は風景画で、この水の都ヴェルツィアンを描いたものだった。
でも、水の表現が秀逸なんだ。
透明感があって、とても綺麗で、水中にまで差し込む光の表現やそれに照らされる魚の陰影の模様も素晴らしかったんだ。
思わず、
「これ、ください!」
って、値段も見ずに言っちゃったよ。
ちなみに、お値段は500リド……約5万円ほどでした。
ソルティスは「高ぁ……」と言っていたけど、僕としては安いと思っている。
この絵を描いた画家さんは、まだ世間に知られていないみたいだけど、いつか有名になるんじゃないかな?
そうしたら、この絵も何倍、何十倍もの値段になるかもね。
もちろん、売るために買った訳じゃないんだけど。
そんな訳で、僕らのカヌーには、たくさんのお土産も積まれることになった。
観光業をしているミーシャさんとしても、嬉しそうだ。
もしもの時にも濡れないように、買ったお土産たちは防水加工された荷物箱にしまってくれたんだ。
そうして僕らのカヌーは、美しい水路を進んでいく。
水の都の観光を堪能しながら、時間が流れていく。
やがて、ミーシャさんは、
「では、そろそろ、水の神アバモス様の祀られた神殿へと向かいますね?」
兎の長い耳を動かしながら、笑顔でそう宣言したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
僕らを乗せたカヌーは、水路を南下して海へと向かった。
(お……?)
ザプッ ザプン
街中の水路ではなかった波が感じられ、カヌーは少し揺れ出した。
ミーシャさんは、
「ここからは少し揺れますので、座席の手すりに掴まっていてくださいね」
そう指示をされた。
素直に従って、座席に身体を固定する。
剣の稽古で体幹を鍛えているからか、ミーシャさんが波に合わせてカヌーを傾け、揺れ幅を押さえているのがわかった。
いい操船の腕だね。
普通なら、もっと激しく揺れてもおかしくない。
やがて、水路の幅も広くなり、水面が青く煌めく大海原が見えてきた。
僕らのカヌー以外にも、水の神アバモス様の神殿に向かう船は10艘近くあって、大きさも小型船から大型船まで様々だった。
また神殿からヴェルツィアンに戻ってくる船も見受けられる。
水路を覗けば、
(あ……魚だ)
海と繋がっているからか、小魚たちの泳いでいる姿も見つけられた。
やがて、僕らを乗せたカヌーは海へと出た。
水路にいた時よりも、波の揺れが穏やかになった気がする。
ミーシャさんは、ここからは櫂で漕ぐのではなく、船尾に取り付けられた魔法の道具を動かして、その魔法の動力によって船体が前へと進みだした。
多分、小型エンジンみたいな物かな?
規模は違うけど、アルン神皇国で乗った飛行船も、魔法の力でプロペラを回して空を飛んでいた。
きっと似たようなものなのだろう。
ソルティスは、
「こんなカヌーで海って、大丈夫なの?」
と心配そうだ。
確かに……。
前世と違って、この異世界の海には魔物もいるんだ。
それも大型のものが多い。
こんなカヌーなんて、襲撃されたら簡単に破壊されてしまうだろう。
もちろん魔狩人の僕らがいるのだから、もしもの時には応戦して、きっと追い払うことはできると思うけど……。
すると、ミーシャさんは笑って、
「この海域には、魔物がいないんですよ。アバモス様の加護があるんです」
と教えてくれた。
実はこの地は、かつて400年前に水の神アバモス様が顕現した海域で、その影響で清浄な気が残り、人の害となる魔物を寄せ付けないのだとか。
また、たくさんの魚たちも集まり、漁業も盛んらしい。
その効果は、400年経った今でも続いているというのだから驚きだ。
(……アバモス様、凄いや)
僕らは感心してしまう。
ポーちゃんだけはただ1人、無表情なりにドヤァ……といった雰囲気だった。
うんうん、主神が褒められると嬉しいよね。
僕も笑ってしまった。
やがて、しばらくカヌーで大海原を進んでいくと、前方の海上に小さな島影が見えてきた。
ミーシャさんは、
「あそこがアバモス様を祀った神殿のある『アバティア島』です」
と誇らしそうに笑った。
へぇ、あそこが……。
島に近づいてわかったのは、その港の桟橋に通じる海上に、いくつもの石の輪っかが造られていたことだ。
1つの石の直径は、30メード以上ある。
「あそこを通ることで、神殿に向かう私たちの心身を清められるんですよ」
とは、島にも詳しいミーシャさんの案内だ。
なるほど、先を行く船はみんな、あの輪を通っていく。
神様に向き合う前に、心身を清めようという考えは、前世の日本にもあったよね? それは異世界でも変わらないみたいだ。
僕らのカヌーも、そこを通る。
(!)
その瞬間、神狗である僕には感じられた。
あの石の輪っかからは、かすかにだけれど、確かに神気が放たれていたんだ。
ただの迷信じゃない。
本当に効力のある神前の行いみたいだ。
こっそりイルティミナさんたちにも伝えたら、みんなも『へぇ……』と感心した顔だった。
それはアバモス様の神気だったのかもしれない。
それを浴びるポーちゃんは、どこか懐かしそうに水色の瞳を細めていた。
やがて、カヌーは桟橋に辿り着く。
僕ら5人は、ついに水の神アバモス様が祀られた神殿のあるアバティア島に上陸した。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




