632・水の都ヴェルツィアン
第632話になります。
よろしくお願いします。
ヴェルツィアンの正面門では、入街のための渋滞が起きていた。
まるで王都みたい……。
ヴェルツィアン自体の街の規模は、当然、王都ほどに大きくはないけれど、今月は『水の神アバモスの祭事』が行われるから来訪者の数が特別に多いみたいだ。
(うはぁ……)
とは思う。
でも、僕らもそれが目当てで来たんだ。
だから、文句も言えません。
入街の手続きまでは、1時間以上待たされた。
そして手続き自体は、10分もかからずに終わってしまったよ。
王都でも思うけど、何だか空しくなってくるよね……。
まぁ、ようやく水の都の中に入れたんだと気を取り直して、僕らの竜車は、街の通りを進んでいった。
「わぁ……」
目を引くのは、やはり水だ。
街の通りと合わせて、隣を同じぐらいの幅の水路が流れているんだ。
道と同じように、水路には交差点があったり、ラウンドアバウトみたいな円形交差点もあって、普通の道路と変わらない感じだった。
そこには、たくさんの船が水上を進んでいた。
どうやら、左側通行。
船の種類は、それこそ1人乗りのカヌーから、10人ぐらいが乗れそうな小型船、50人ぐらい乗れそうな大型船などもあった。
(よくぶつからないね?)
そう思うぐらい、皆、操船が上手い。
陸上の通りには、水路上にアーチ橋が架けられていて、僕らの進む竜車の真下を交差するように観光用の小型船が通り過ぎていった。
なんだか立体的で面白い。
ソルティスも目を輝かせて、
「あとで、船に乗って移動してみましょ!」
なんて言っていた。
うん、賛成。
イルティミナさんも「いいですね」と微笑み、キルトさん、ポーちゃんも頷いていた。
◇◇◇◇◇◇◇
ヴェルツィアンの街は、やはり観光地らしく土産物屋、飲食店、宿泊施設が多かった。
もちろん景観も美しい。
また通りには観光客らしい人々の姿も多くて、南国特有の陽気もあってか、とにかく街全体が明るい雰囲気だった。
そんな通りをしばらく進んで、僕らは宿泊予定のホテルに到着した。
(うわぁ……豪華)
かなりの高級ホテルみたいだ。
キルトさん曰く、王室御用達の印証が玄関に飾られていたって。
なるほどね……。
ロビーには観光客がいっぱいで、泊まれるのか心配だったけれど、出発前にイルティミナさんが翼竜便を使って予約をしておいてくれたそうだ。
さすが、何でもできるお姉さん。
無事に宿泊手続きも終わって、僕らは客室へと案内された。
「え……?」
その時、驚いたのは、なんとこのホテルでは上階への移動にエレベーターみたいな構造物があったんだ。
透明なガラスの筒で、中は液体で満たされている。
そこに人の乗る円形の部屋が設置されている感じだ。
案内の人は、
「水圧を利用した、最新の魔法技術です」
と嬉しそうに教えてくれた。
どうやら特注品らしく、王国内でもこのホテルを含め数ヶ所でしか稼働してないんだって。
「凄いわ!」
と、ソルティスも目を輝かせていた。
各国を旅するキルトさん、物知りなイルティミナさんも珍しそうだった。
早速、エレベーター内へ。
シュコッ ゴポポ……ッ
空気の圧縮音と水流の流れる音がしながら、僕らはホテルの上層階へと自動的に運ばれていった。
これは便利だ。
前世と違って、この異世界では眺めの良い上層階に行くには全て階段を上らなければ行けなくて、これが地味に疲れるんだ。
でも、このホテルはそれがない。
(なるほど……王室御用達になる訳だね?)
深く納得だ。
30秒ほどで、最上階となる12階へと辿り着いた。
客室も、凄く豪華。
1流の家具や調度品が備えられて、リビング、ベッドルーム、キッチン、寝室などが7つもあった。
それとは別に、バス、トイレも2つずつある。
壁一面の窓ガラスからは、美しい水の都ヴェルツィアンが一望でき、その向こうには陽光に輝く青い海が広がっていた。
「うはぁ……」
小市民の僕には、夢の世界だ。
ソルティスは、天蓋付きベットの上で「うひょお♪」とポンポン跳ねて遊んでいた。
真似っ子ポーちゃんも、一緒にポンポンしている。
キルトさんが「ふむ」と唸り、
「よく、この部屋が取れたの」
と感心したように、イルティミナさんに言った。
10年以上、金印の魔狩人として王国中、時には国外にも赴いて、たくさんの宿泊施設を利用してきたキルトさんだ。
そんな彼女がこう言うなんて、相当だと思った。
イルティミナさんは微笑む。
「こういう時に『金印』という肩書きはありがたいですね」
(…………)
な、なるほどなぁ。
しかも、彼女の後ろ盾には次期国王とされるレクリア王女がいると、上流階級では暗黙の了解もあるんだ。
このホテルも上流階級の人がよく使うだろうし、その情報は入っているだろう。
それで、僕らはここに泊れた訳だ。
思わず、自分の奥さんを見つめてしまう。
すると、それに気づいて、
「ふふっ」
美しい年上の奥さんは、僕に向かって嬉しそうに微笑んでくれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
長旅の慰労を兼ねて、その日は、そのままホテルに留まった。
街に到着したのも午後だったからね。
ルームサービスで果実水などを頼んで、祝杯を挙げて、のんびりと客室での時間を過ごしたんだ。
あ、キルトさんは果実酒だったけどね?
果実水のグラスを片手に、ガラスの壁からの景色を眺めていると、
「マール、温泉に行きませんか?」
と、イルティミナさんに誘われた。
ん……?
どうやらホテルの地下にある大浴場は、天然の温泉水らしくて、ホテルの名物の1つでもあるらしいんだ。
もちろん、僕は「うん」と頷いた。
キルトさんは、まだお酒を楽しみたいとのことで部屋に残り、僕らは4人で客室をあとにした。
シュゴッ ゴポポ……
水流エレベーターで下層へ。
やがて辿り着いたのは、地下2階の深さにある大浴場のある階層だ。
案内板に従って歩く。
他にも大浴場を目指しているらしい宿泊客も歩いていた。
(ここかな?)
やがて、入り口が見えた。
もちろん、男女別。
イルティミナさんは少し残念そうだったけれど、ソルティスは「当たり前でしょ!?」と呆れていた。
あはは……。
入り口近くのラウンジを待ち合わせ場所にして、男湯へ。
脱衣所には、2~3人がいた。
みんな、30代~70代ぐらいの大人で、子供みたいな外見なのは僕1人だった。
服を脱ぎ、タオルを腰に巻く。
さて、出陣だ。
そんな気持ちで浴室へと向かった。
「…………」
入った1歩目で、足が止まってしまった。
……何だ、これ?
浴室は、暗灰色の石床以外、天井も壁もガラスでできていた。
その向こうに広がっているのは、海だ。
どうやらホテルの大浴場は、本物の海の中に作られているらしく、ガラスの向こうには、野生の海洋生物たちを見ることができた。
半分自失しながら、身体を洗って湯船へ。
チャポン
少し潮の香りがする温泉で、身体が芯から温まった。
温まりながら、景色を眺める。
銀色の輝きを灯しながら、小魚の群れがまるで巨大な生き物のように泳いでいる。
地面には、綺麗な珊瑚。
ユラユラと揺れる海藻は、とても幻想的だ。
カラフルな魚たちも多くて、時には、タコやイカ、エイ、クラゲ、海老や蟹などの生き物も見かけられた。
(お……?)
遠くに見えるのは、海竜かな?
体長20メード近い巨体がゆったりと泳ぎ、その周りを小魚がまとわりついていた。
凄い景色だ。
前世でもなかなか見られない、まるで竜宮城みたいな景色だった。
…………。
旅行に来て、よかったな。
自分が異世界に転生したことも、今、こうした経験ができることも、全てが嬉しかった。
僕は笑いながら、ゆっくり温泉と海の景色を堪能した。
…………。
…………。
…………。
お風呂を出たあと、イルティミナさんたちと合流した。
どうやら女湯も同じ構造だったみたいで、ソルティスは興奮したように「凄かったわね!」と相方の金髪幼女と笑っていた。
うんうん、気持ちはわかるよ。
僕もイルティミナさんと、どんな魚がいたか、何が泳いでいたかなど、色々と話したんだ。
「また来ようね」
「はい」
次のお風呂を楽しみにする僕に、彼女は頷いた。
今のイルティミナさんは、温泉で肌もツヤツヤで、しっとりした濡れ髪も色っぽかった。
他の宿泊客も、思わず彼女に目が向いてしまっている。
かく言う僕も、同じだった。
白い首に指を当てながら、彼女は熱っぽい吐息をこぼした。
……うん、湯上り美人だ。
その視線に気づいたのか、イルティミナさんはどこか艶っぽく笑った。
そして、僕に顔を寄せる。
桜色の唇が開いて、
「素敵なお風呂でしたが……ですが、今度はマールと2人きりになれる部屋風呂もどうでしょうか?」
耳元で、そう囁かれた。
ドキッ
その意味に気づいて、心臓が跳ねる。
驚いて彼女を見ると、イルティミナさんの瞳は熱く潤み、頬には赤みが差していた。
(…………)
の、のぼせた訳ではなさそうだ。
声の聞こえていなかったソルティス、ポーちゃんは、少し先を歩いている。
僕は小さくうつむき、
コクッ
恥ずかしかったけれど、正直に頷いた。
それに僕の奥さんは、嬉しそうに笑みを深くして、
「ふふっ、マール」
甘えるように、僕の腕に自分の腕を絡めて、優しくしなだれかかってきたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
その夜は、綺麗な夜景を見ながら豪華な食事を楽しんだ。
大浴場の話をすると、
「ほう、そうなのか?」
と、キルトさんも興味が引かれたようで、あとでソルティス、ポーちゃんと行く約束をしていた。
チラッ
イルティミナさんが僕を見る。
その視線から、その時に部屋風呂を楽しみたいと伝わってきた。
僕は、少し照れながらはにかみ、頷いた。
それから、話題は明日からの観光についてに移り、明日は、目的としていた『水の神アバモス』様の神殿に行こうということになった。
噂の祭事は、今月中はずっと行われているそうだ。
また神殿があるのは、このヴェルツィアンの街ではなくて、少し離れた海の小島なんだって。
その辺の情報は、僕らがお風呂に行っている間、キルトさんがルームサービスでお酒を頼む時に教えてもらったそうだ。
そして、島に行くための船も、ホテルの手配でチャーターしてもらったんだって。
手際がいいね?
水の神アバモス様を祀った神殿。
どんな場所なんだろう?
実はシュムリア王国では、神魔戦争で活躍した3柱神の1柱である『戦の女神シュリアン』様が広く信仰されていた。
なので、他の神様が祀られているのは珍しいんだ。
神狗アークイン、つまり、僕の肉体の主神である『狩猟の女神ヤーコウル』様などは、国民にほぼ知られておらず、祀った神殿も存在していない。
僕が転生したアルドリア大森林・深層部の奥地に、廃墟となってあるぐらいだろうか……?
……少し寂しい。
ま、それはそれとして、だから、シュリアン様以外を祀った神殿がどんな場所なのか、ちょっと楽しみだった。
(それに……ね)
チラッ
僕は、ソルティスの隣で食事をしている幼女を見る。
ポーちゃん。
その正体は、神龍ナーガイア。
神魔戦争で顕現された神々の名を記した『神来録』では、『神龍ナーガイア』は『水の神アバモスの娘』とも記されている……と聞いた。
つまりポーちゃんは、水の神アバモス様の眷属なんだ。
……彼女に表面上の変化はない。
でも、心の中では、色々な思いがあるんじゃないかな。
「……?」
僕の視線に気づいて、ポーちゃんは小動物のようにコテン……と小首をかしげた。
うん、可愛い。
その姿を見ながら、色んな意味で明日が楽しみだと思う僕だった。
◇◇◇◇◇◇◇
食事後、一息入れてから、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんは再び大浴場に向かった。
僕とイルティミナさんは、その間、部屋のお風呂に入った。
実は、部屋風呂も温泉水が出るらしい。
……その狭くて小さな空間で、僕らは2人きりの時間を過ごさせてもらった。
「うふふっ」
イルティミナさんも満足そうだった。
僕も、色んな意味で気持ち良かったです……えへへ。
コホン
長旅のあとの、そんな心地よい疲れもあってか、その夜の僕ら5人は早々に眠りについた。
もちろん、僕は奥さんの抱き枕だ。
そして、翌朝。
魔狩人としての癖で、みんな、日の出と共に目が覚めてしまう。
ベッドの上で、
「おはよう、イルティミナさん」
「おはようございます、私の可愛いマール」
僕らは、そう微笑み合った。
やがて、少し早めに朝食を食べて、出かける準備をした。
今日の予定は、水の都ヴェルツィアンの観光をしながら、水の神アバモス様の神殿に向かうことになっていた。
観光も神殿も楽しみだ。
ガラス窓からの陽光に銀の髪を輝かせて、キルトさんが僕らを見た。
「では、行くかの」
そう白い歯を見せて笑う。
いつものキルトさんの号令に、僕らも笑って「うん」と頷いた。
部屋を出て、水流エレベーターで1階へ。
フロントに鍵を預けてホテルをあとにすると、僕ら5人は、朝の光に照らされる水の都ヴェルツィアンへと繰り出したんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




