068・闇への突入
第68話になります。
よろしくお願いします。
ズリズリ……
僕は、芋虫のように、瓦礫の隙間を這っていく。
(……狭いなぁ)
四方を包まれ、手足も自由に動かせない。
暗い圧迫感。
なんだか、少し息苦しい。
でも、アスベルさんたちを、助けるためだ。
(うん、がんばれ、僕)
自分を励まし、ちょっとずつ前へと進んでいく。
僕の少し先には、ソルティスの創った魔法の光鳥が歩いている。
そちらを目指して、必死にズリズリする。
(大丈夫。ソルティスとなら、やれるよ)
光鳥の明るさに、つい微笑む。
ズリズリ……
芋虫になっている僕は、少し前の出来事を思い出す――。
◇◇◇◇◇◇◇
「いかん。それは駄目じゃ」
「2人だけで挑むなど、危険すぎます」
ソルティスの提案に、年長の2人の魔狩人は、やっぱり反対した。
でも、それ以外に方法がなかった。
「僕はやるよ」
2人を見つめ、そう宣言する。
キルトさんは「また、その目か……」とこめかみを押さえ、イルティミナさんは、「マール……」と苦しそうに表情を歪めた。
リュタさんは、驚いたように、僕の横顔を見ていた。
「ま、私がいるから大丈夫よ」
魔法石のついた大杖を肩に預け、ソルティスは、頼もしく笑う。
しばらく悩んで、
「……わかった。そなたたちに任せよう」
「……キルト」
「ソルの魔法ならば、スケルトンどもにも抗えよう。マールの実力も、充分に育っている。可能性は、高いはずじゃ」
「…………」
そしてキルトさんは、イルティミナさんの耳元に、口を寄せた。
とても小さな声で、
「それに、アスベルたちを見殺しにする行為は、マールの心が耐え切れるかわからぬ。剣の腕はあっても、冒険者としての心構えは、まだ足りぬ。――何よりも、マールは、まだ子供なのじゃ」
「…………」
「いざとなれば、隙間から逃げる道もある。かなり危険ではあるが、今はやれるだけ、やらせてみた方が良かろう」
「……そう、ですね」
多分、僕に聞かせないように喋ってたんだと思う。
(……でも、聞こえちゃったけどね)
2人は、僕を見つめて、大きなため息をついた。
そんなわけで、結局、2人は折れた。
でも、彼女たちだって、アスベルさんたちを助けたかったのだ。
特に、イルティミナさんとソルティスは、彼と親しげに話もしていたし、それらの気持ちが、決断を後押ししたのは、間違いない。
「がんばろうね、ソルティス」
「はいはい」
僕は、隣にいる魔法使いの少女と、小さく笑い合った。
――そして、瓦礫の隙間から、突入が開始される。
瓦礫の向こうに行くのは、僕とソルティス、それにダークエルフの少女、リュタさんの3人だ。
リュタさんは、レイピアと杖を装備している。
でも、レイピアはただの護身用で、その扱いに自信はないそうだ。
パーティーでは、前衛のアスベルさんとガリオンさんを、後方から魔法で支援をするのが、役目となっているんだって。
(つまり、ソルティスと同じ魔法使いなのかな?)
なるほど。
じゃあ、突入班の3人で、前衛で戦えるのは、僕だけなんだね。……責任重大だ。
キルトさんが言う。
「1番最初は、剣で戦えるマールが行け」
「うん」
「穴の向こうがどういう状況か、わからぬ。接近戦ができぬ娘どもでは、即、殺されるかもしれぬ。そなたしか、おらぬのじゃ」
うん、そうだね。
「抜けた途端、大量のスケルトンどもが、襲ってくるかもしれぬ。決して、油断するな?」
「…………。うん」
「2番手は、ソル。3番手は、リュタ。いいの?」
「はいよ」
「わ、わかりました」
1人は気楽そうに、もう1人は、緊張した顔で頷く。
順番が決まり、僕は、真っ暗な狭い穴の前に立つ。
(落ち着け、落ち着け……)
すぅ、はぁ。
深呼吸して、心を整える。
「マール」
そんな僕を、イルティミナさんが心配そうな表情で、抱きしめてくれた。
ギュウ
相変わらず、柔らかくて、いい匂い。
「どうか気をつけて、マール」
「うん」
彼女の体温が、とても心地好い。
その優しい温もりは、僕の心に力を与えてくれる。
「もしもの時は、全てを捨てて逃げなさい。誰も貴方を責めません。だから、必ず、私の元に帰ってくるのですよ?」
「うん」
笑って頷く。
イルティミナさんは、泣きそうな顔で微笑み、
チュッ
(わ?)
僕のおでこに、キスをしてくれた。
みんな、驚いた顔だ。
そして、潤んだ真紅の瞳が、僕を真っ直ぐに見つめる。
「いってらっしゃい、私のマール」
「……うん! いってきます、イルティミナさん」
大きく頷き、笑って返事をする。
そうして僕は、覚悟を決めて、まるで地獄に通じているような真っ暗な穴の中へと、小さな身体を潜り込ませていったのだ――。
◇◇◇◇◇◇◇
3分ぐらい芋虫をやっていると、
(ん?)
不意に、光鳥が、その光る翼を大きく広げた。
――出口だ。
光鳥は、そのまま出口から、外側へと飛び立っていく。
距離は、およそ2メートル。
「…………」
光鳥がいなくなり、暗くなった穴の中で、僕は動きを止め、耳を澄ませた。
何も聞こえない。
異臭もない。
出口から出る瞬間、僕は、完全に無防備だ。
もしも、そこでスケルトンと鉢合わせたら、何もできずに殺されてしまう。
だから、しっかりと確かめて、
「……よし」
僕は意を決して、出口に向かった。
――幸いなことに、僕は、無事に穴の外へと出られた。
(ここは……通路かな?)
出口の外は、真っ直ぐに伸びた通路の途中だった。
光鳥は、その床にとまって、周囲を照らしてくれている。そのおかげで、ある程度は視界があったけれど、左右の通路の10メートルほど先からは、光も届かなくなり、漆黒の闇に染まっていた。
…………。
空気が淀んでいる。
腐ったような臭いが、どこからか漂ってくる。
(なんか……ホラー映画みたいだね)
自分の周囲以外は、暗黒に沈んだ空間――太古の遺跡の中だった。
僕は、息を殺す。
ここはもう、100体以上のスケルトンの縄張りだ。
いつ襲われるか、わからない。
ソルティスやリュタさんが、ここに来るまで、僕は生きていられるのかな?
「…………」
勇気を得るために、『マールの牙』の柄を掴む。
アスベルさんとガリオンさんは、こんな闇の世界に、閉じ込められてしまったんだ……なんて恐ろしい話だろう。
(……ソルティス、早く来て)
自分の鼓動を、妙に大きく感じながら、僕は、紫色の髪をしたあの元気な少女が来るのを、ジッと待った。
◇◇◇◇◇◇◇
「お待たせ」
長い1分ほどが過ぎて、彼女は現れた。
(よかった……)
その顔を見ただけで、なぜか心が軽く、そして明るくなる。
ソルティスは、小さな手で、パンパンと服の汚れを払う。
それから、周囲を見て、
「ふぅん? ここがディオル遺跡か」
その大きな真紅の瞳を、ちょっと輝かせた。
あぁ、そうだ。
彼女は、こういう知識欲が凄まじいんだった。
(僕とは、違うなぁ)
僕は、怖がってばかりだったのに。
やっぱり、これが冒険者としての経験の差なのかな?
更に、2分ほどして、リュタさんも現れる。
さすがに彼女は、緊張した表情だった。
そして、リュタさんはロープを持っていた。
そのロープを引っ張ると、結んであった僕らのリュックがやって来る。
(よし)
それを背負ったら、探索準備は完了だ。
僕ら3人は、それぞれの顔を見る。
「じゃあ、出発する前に、確認するわ。この先、アスベルたちを助けるために、私たちは、必ず戦闘になる。――2人とも、手順は、わかってるわね?」
「うん」
「えぇ」
僕とリュタさんは、頷いた。
「ソルティスが魔法を使うまで、僕がスケルトンを足止めする」
「ん」
「私は、もう残り魔力が少ないから、いざという時まで動かない。できれば、剣でマール君のサポートをする」
「そう」
ソルティスは満足そうに笑って、魔法石のついた大杖を、僕らへと向ける。
「遺跡が壊れちゃうから、私も大きな魔法は使わないわ。でも、発動までは、短くても13秒。長くて30秒は必要よ」
「うん」
「マールを信じるから、本当に頼むわね」
「任せて」
信頼が嬉しくて、僕は笑った。
それを見て、ソルティスも、笑顔で頷いてくれる。
「…………」
リュタさんは、そんな僕らを、ちょっと複雑そうに見ていた。
――さて、出発だ。
でも、
「アスベルたち、どこにいるのかしらね?」
ソルティスがぼやいた。
通路の左右、どっちに進んだらいいのか、わからないようだ。
(ん~?)
僕も周囲を見て、ふと足元に気づいた。
床に、結構な数の白い物が落ちている。すぐに正体がわかって、驚いた。
――人骨だ。
古い壁には、幾つかの真新しい傷もある。
「そっか。……これ、アスベルさんたちの戦った痕跡だ」
「え?」
2人の少女が、僕を見る。
「この骨、きっとスケルトンがやられた破片だよ。多分、リュタさんを逃がすために、ここで時間を稼いだんじゃないかな?」
「あ……」
思い当たることがあったのか、リュタさんは声をあげる。
ソルティスが「なるほどね」と頷いた。
「じゃあ、この痕跡を追っていけばいいのね?」
「多分ね」
僕は頷き、傷や破片の多さから、判断する。
「うん、こっちだね」
「オッケー。それじゃ、行きましょ?」
頷いて、僕らは歩きだす。
と思ったら、リュタさんだけは、その場に止まっていた。
「……リュタさん?」
「ちょっと、何してるのよ? 早く行くわよ?」
「…………」
でも、彼女は何も言わず、僕らを――いや、僕を睨んでいた。
そして、小さな声で言う。
「……なんで?」
「?」
「なんで、『血なし者』が、私たち『魔血の民』のために、危険を冒してまで動いてくれるの?」
(……はい?)
そして、ダークエルフの少女の水色の瞳は、僕の隣の少女にも向く。
「貴方も、なんで『血なし者』を信じられるの? なんで、そんな仲良くできるのよ?」
「…………」
ソルティスも、驚いた顔だ。
僕とソルティスは、思わず、お互いの顔を見る。
そして、答えた。
「魔血のありとか、なしとか、僕にとっては、どうでもいいことだから」
「どうでも!?」
「うん。僕にとってはね」
もちろん、そうじゃない人もいるのは、わかってる。
ソルティスも言った。
「ま、私にとっちゃ、コイツは『マール』よ。それ以上でも、以下でもないわ。――理由は、それだけね」
前に、姉が言ったようなセリフを口にする。
リュタさんは、唖然とした。
「……そ、それだけ!?」
「そうよ」
ソルティスは、肩を竦めて、
「私も『血なし者』は嫌いよ? でも、だから同じようなこと、したくないの。その上で、私はマールを見てきて、その結果で、コイツを信じてるだけ」
「…………」
「アンタも、本当はわかってんじゃないの?」
試すように口にする。
けれど、リュタさんは唇を噛みしめて、何も言わなかった。
(……感情は、別だもんね)
理屈とは。
だから、僕も、何も言わなかった。
「じゃ、行きましょ」
ポンッ
僕の胸を軽く叩いて、ソルティスは歩きだした。
僕も、そちらに続く。
リュタさんは、しばらく立ち尽くしていたけれど、すぐに僕らのあとを追ってきた。
コツッ
「――――」
瞬間、僕は止まる。
すぐにソルティスの肩を、強く引いた。
「イタ……っ? ちょ……、何よ、ボロ雑巾?」
「下がって」
「……は?」
僕は、前方の闇を睨んでいた。
コツッ コツッ
そこから、音がする。
……床に当たる、固い足音だ。
ソルティスも、リュタさんも気づいた。
「…………」
「…………」
2人の表情に、緊張が走る。
僕は、大きく息を吐いて、『マールの牙』を、ゆっくりと鞘から引き抜いた。
鋭い刃が、光鳥の輝きに照らされる。
「…………」
コツンッ
そして、闇の奥から、濡れたように白い輝きの、動く人骨が現れた。
――スケルトン。
死を具現化し、死を冒涜する、暗黒世界の魔物。
その頭蓋骨にある空洞は、どこまでも深い闇を宿して、自分たちの縄張りに侵入した生者たちを、その闇に吸い込もうとするかのように見つめていた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




