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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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630・平和の輝きの中で

第630話になります。

よろしくお願いします。

 ――グノーバリス竜国との戦争が終わってから、3ヶ月が経った。




「マール? キルトから手紙が来ましたよ」


 まどろんでいた僕の耳に、ふと、イルティミナさんのそんな声が聞こえた。


 そこは、イルティミナさんの家の庭に面した縁側で、太陽の光を浴びながら横になっていた僕は、いつの間にか眠っていたらしい。


 ハッとして、身体を起こす。


 見れば、イルティミナさんがクスクス笑いながら、僕を見ていた。


 綺麗な長い深緑色の髪は、緩やかな三つ編みにされていて、タートルネックのセーターにロングスカートという本日も若奥様風の格好だ。


 その手には、1枚の封筒が握られていた。


「すみません、起こしてしまいましたね?」

「う、ううん」


 優しく言われて、僕は恥ずかしくなる。


 自分の髪をかきながら、


「キルトさんから?」

「はい」


 訊ねる僕に頷いて、大好きな僕の奥さんは、縁側の隣に腰を下ろした。


 封筒を渡される。


 受け取って、その中にあった便箋を見た。


 …………。


 そこに書かれていたのは、グノーバリス竜国などの戦後復興の状況を知らせる内容だった。


 うん、キルトさんは今、ドル大陸にいるんだ。


 あれから3ヶ月、彼女だけは精力的にシュムリア王国と向こうの間を行き来して、現地の情報を集めては、僕へと教えてくれるんだ。


 イルティミナさんと全てを読み終える。


 文末には、手紙が届く頃には、1度、シュムリア王国に帰るので、また会おう――と書かれていた。


 その結びに、僕らは微笑む。


「楽しみだね」

「はい」


 イルティミナさんも頷いた。


 現在は、ソルティスとポーちゃんもシュムリア王国にいる。


 きっと5人で集まれるだろう。


 僕は、柔らかな春の日差しが注ぐ空と太陽を見上げて、青い瞳を細めた。


 ……うん。


 今から、その日が待ち遠しかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 竜国との戦争は、あっさりと終ってしまった。


 闇の竜王オルガードがいなくなっただけで、たった1人が亡くなっただけで、あれだけの戦いが終結してしまったのだ。


 僕がそれを知ったのは、終結から2週間後だった。


 オルガードを倒したあとの話をしよう。


 あのあと、玉座の間には多くの竜国兵がやって来た。


 僕らは戦闘を回避して、再び柱の1つにあった螺旋階段を降り、更に階段を破壊して追手が来れないようにして抜け道を戻った。


 僕自身は、イルティミナさんに背負われていた。


 究極神体モードの反動だ。


 3日ほど動けず、自分の奥さんの背中で過ごした。


 その間、イルティミナさんに甲斐甲斐しいお世話をされて、みんなの目が少し恥ずかしかった。


 イルティミナさん自身は、嬉しそうだったけどね。


 抜け道を戻り、外へと出て、数日かけて反乱組織のアジトの1つに帰還した。


 そこで僕らは、初めて、オルガードの死後5日目にして、グノーバリス竜国が降伏宣言したことを知ったんだ。


 …………。


 グノーバリス竜国は、オルガードの独裁状態だった。


 その圧倒的な強さは、強烈なカリスマとなって竜国人を魅了し、また自分の気に入らない存在を次々に処断する姿は、恐怖政治となって人々を縛っていた。


 だからこそ、彼が亡くなった反動は大きかった。


 自分たちの旗頭がいなくなり、軍人たちは混乱した。


 恐怖政治が終わって、あげられなかった平和への声をあげる人々も溢れた。


 マリアーヌさんたち組織の裏での活動もあったろう。


 結果、グノーバリス竜国は内部分裂を起こし、降伏を宣言することとなったのだ。


 ……呆気ない。


 あれだけの人々が犠牲になりながら、こんな簡単に戦争が終わってしまうのかと、僕は唖然となってしまった。


 無論、喜ばしいことだけど……。


 でも、複雑な気持ちになったのも、正直な気持ちだった。


 キルトさんは言った。


「恐らく、シュムリア王国軍の強さに驚いたのもあったのじゃろう」


 王国軍の……?


 驚く僕に、キルトさんは教えてくれた。


 竜王オルガードが始めた侵略戦争は、きっと初めは多くの人々が反対しただろう。


 表面上はともかく、内心は。


 けれど、『闇の子』から与えられた魔法技術の力もあって、獣国アルファンダルはあっさりと陥落できてしまった。


 キルトさんは、


「竜国人は、それに味を占めてしまったのじゃ」


 と言った。


 自分たちの強さを知った。


 オルガードの語る侵略戦争が、実現可能なのだと感じてしまった。


 そして、自分たち竜人が、誰よりも、何よりも優れた種族なのだと証明されたと勘違いをしてしまったのだ。


 実際、その後のエルフ国の侵略も上手くいっていた。


 ……途中までは。


 そこに僕らが介入して、傀儡となった獣国軍は敗退した。


 そして、獣国領内に、逆にシュムリア王国軍に攻め込まれる事態となったのだ。


 恐らく、この時点では危機感はなかったろう。


 獣国アルファンダルを蹂躙したように、この異国の軍隊もすぐに攻め滅ぼせると、竜国人たちは思っていたに違いない。


 ――けれど、現実は違った。


 シュムリアの誇る金印の魔学者コロンチュード・レスタの活躍で、竜国の魔法技術の多くが封じられた。


 自分たちの強さの自信の源が通じなかった。


「それは、竜国の人々にとって衝撃であったろうの」


 そして、彼らは初めて危機感を持ったのだ。


 無論、竜王オルガードの前で、そんな態度はできなかった。


 した者は処刑されただろう。


 だから、彼らは砕かれた自信を必死に集め、戦い続けた。


 けれど、僕らシュムリア王国軍は、数度の『魔法兵器』による攻撃に耐え、襲撃を跳ね返して前進を続けた。


 その間、竜国はジンガ王国の首都を落とした。


 でも、それも焼け石に水。


 彼らにしても、不利になりそうな戦況を何とかしようと一石を投じようとしただけに過ぎなかった。


 だからこそ、その先の侵略に繋がらない。


 巨大な山脈を越えた侵攻は、やはり竜国にとっても、大きな負担だったのだ。


 …………。


 僕らがいなくなったあとのロベルト将軍の差配も素晴らしかった。


 マリアーヌさんからの伝令で、竜国内にある『魔力発生装置』、『魔法兵器』の所在のほとんどが判明した。


 将軍は、その破壊を行ったのだ。


 特に『魔法兵器』については、当初、ソルティスが予測したように数が少なく、それが破壊されたことは竜国の戦意を大きく挫く結果となった。


 これも、降伏が早かった理由の1つだった。


 また、マリアーヌさんたち反乱組織の地道な活動も、深く人々の根に息づいていた。


 オルガードの死後、それは一気に芽吹く。


 各地で反乱が発生し、それを鎮圧する竜国軍は、けれどシュムリア王国軍との戦闘でそれどころではない。


 そうした反戦の流れは止まらず、大きな時流となった。


 そして、オルガードの死後5日という驚くべき期間で、グノーバリス竜国は降伏という選択をしたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 降伏後の竜国では、マリアーヌ・ロア・ルグノーバリアスが正式な女王となった。


 そこには、ロベルト将軍も立ち会った。


 新しい国家体制が築かれた。


 とはいえ、竜国が犯した罪は変わらない。


 マリアーヌさんたち竜国の人々を待ち受けるこの先は、決して優しいものとはならないだろう。


 それでも、竜国の末姫は王位に就いた。


(…………)


 あの強く、清廉な竜眼の眼差しを思い出して、僕は、その覚悟には強く敬意を表したかった。


 今度は、シュムリア王国、ヴェガ国の支援と監視を受けながら、諸国への謝罪と賠償が行われていくこととなるだろう。




 獣国アルファンダルは、消滅した。


 国民の9割近くが亡くなり、特に国を運営する王侯貴族が全滅していたため、国家としての存続は難しかったのだ。


 ……悲しいことだ。


 今後は、シュムリア王国が暫定的に管理、運営することとなった。


 やがては、正式な王国の領土となるのだろう。


 獣国民は、その地で暮らすか、シュムリア王国、あるいはヴェガ国など他のドル大陸の国で暮らすことになった。


 ちなみに余談だが、保護したリマちゃんはシュムリア王国民になった。


 石化した彼女の両親は、助からなかった。


 彼女は泣いた。 


 でも、同じような境遇の獣国の人々は大勢いた。


 その人たちと共に、王国の支援を受けながら、今後はシュムリア王国で生きていく。


 1度だけ、僕は、王国にいる彼女に会いに行った。


 パパとママを助けて欲しいという彼女の願いを叶えられなかったことを謝りたかったんだ。


 でも、彼女は首を振った。


『みんなから聞いています。獣神様が戦争を終わらせてくれたって。……だから、だから、ありがとうございました』


 そう気丈に。


 約束を守れなかった僕を気遣って、そう言ってくれたんだ。


 その帰り道、


「…………」


 耐え切れずに泣いてしまった僕を、イルティミナさんは優しく抱きしめてくれた。




 ジンガ国とエルフの国についても、話しておこう。


 ジンガ国の被害は、結局、首都が大きく破壊されただけに留まった。


 20万のアルン神皇国軍が睨みを利かせたことで、竜国軍もそれ以上の侵攻ができなかったみたいなんだ。


 王族、貴族の多くも無事だった。


 今後は、竜国に賠償を求めるぐらいで、国家としての運営に問題はなかった。


 また、今回の件で、アルン神皇国との友好関係が良くなって、より交流と貿易が盛んになるとの話をキルトさんから聞かされた。


(雨降って、地固まる……かな?)


 悲しいことの多い中で、少しだけ明るい話題だった。


 …………。


 エルフの国は、相変わらずだ。


 誇り高いエルフたちは、グノーバリス竜国にも、獣国アルファンダルにも賠償を求めなかった。

 

 代わりに、鎖国継続。


 復讐のため両国に攻め入ることもしないと、『王配の錫杖』を持つ僕に3大長老のアービタニアさん、ベルエラさんは誓った。


 僕としては、その決断を受け入れるしかなかった。


 エルフたちは、復興も自力で行っている。


 誰の助けも借りず、自分たちだけで全てを成そうとしていた。


 すでに王国軍も退去している。


 支援を行うとレクリア王女は打診したけれど、断られてしまったそうだ。


 ただ、退去を行うまでは、王国軍はエルフさんたちと共に復興作業を行っていた。


 獣国軍の侵攻に、共に立ち向かいもした。


 エルフさんたちの中で、人間に対する認識が少しだけでも変化してくれたのではないかと、僕はこっそり期待していた。


 だって、ほら?


 魔血の赤子に関することで、今後も王国との関係が続くことは、受け入れたままでいてくれたから。


 そんな僕の言葉に、コロンチュードさんは、ただ穏やかに笑っていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 竜国には、オルガードの他にも『魔の眷属』が30人ほどいた。


 ただ、彼らと戦闘になることはなかった。


 グノーバリス竜国が降伏宣言すると共に、彼らは皆、姿を消してしまったんだ。


 どこに行ったのか?


 それは、わからない。


 キルトさんはそのことも懸念して、何度も転移魔法陣でグノーバリス竜国に足を運んでいたけれど、発見することはできないままみたいだ。


(…………)


 かつて300年前の『魔の眷属』は神血教団の教主となった。


 同じように、オルガードも竜国の王として、世界に破壊と混乱をもたらそうとした。


 彼らもいつか、どこかで行動を起こすかもしれない。


 もしそうなったら、その時こそ、僕らは戦うことになるのだろう。




 悪神については、レクリア王女には報告した。


 ソルティスが持ち帰った本たちは、貴重な資料として、また世には出せない禁書として王立図書館に封印されることになった。


「決して口外してはなりませんわ」


 彼女は、僕らにそう厳命した。


 人が神を造りだせること。


 また、その結果として『悪神』という存在が生み出せること。


 それらは、まだ未成熟な人間の精神では、決して御し切れない事案として隠蔽されることになったのだ。


 きっと、この本を隠した古代の人々も同じ気持ちだったのだろう。


 …………。


 実は、この事実は、ヴェガ国の新王アーノルドさんにだけは伝えてあった。


 キルトさんの提案だった。


 自分に求婚する彼のことを、キルトさんなりに信頼していたのかな?


 ちなみに、彼も『獣神』の敬虔な信者だ。


「……正直、聞きたくはなかった」


 との第一声だった。


 その声には深い苦悩と、自身の信仰の根幹が崩されたような不安が滲んでいた。


 バシン


 キルトさんは、その背中を強く叩いた。


 仮にも1国の王様にそんなことができるのは、世界の英雄たる彼女ぐらいのものだろう……。


 キルトさんは、アーノルドさんに施政者としての対応を求めていた。


 獅子の獣人さんは、やはりキルトさんが認めた人物だ。


 すぐに思考を切り替えて、こんな考えを口にした。


 それは『獣神』には欲や願望を願わず、ただ日々の感謝を伝えるのが良しとされ、そうしなければ神罰が下る――という、まことしやかな噂を広めるというものだ。


 それは『悪神』の影響を少しでも抑えるため。


 その力を弱め、新たな悪神の発生を抑制しようとするための苦肉の策だ。


 その考えは、すぐに実行された。


 そして、国が裏で動いたためか、その噂は、多くの人々の間で話題とされるものとなった。


「今後、これが習慣化されればいいのだがな」


 獅子の獣人さんは、そう笑った。


 凄い人だな、アーノルドさんは……改めて、そう思った。


 ちなみに、彼が提唱したドル大陸各国での連合軍は成り立たなかったけど、より同盟関係を強め、軍事や経済の面で協力し合うことは決定したとのことだ。


 その中心となるのが、アーノルドさん。


 彼は思った以上の名君だったのかもしれない。


 今後は、互いが互いの国を監視して、第2の竜国が現れないようにするとのことだ。


(…………)


 それは、とても良いことだ。


 でも、そうした人々の思惑を超えて、もし『悪神』が暗躍したなら、また不幸は起きるかもしれない。


 僕は、それが怖かった。


 アーノルドさんは、そんな僕の肩に手を置いた。


 宮殿から、共にヴェガ国の大地を眺めて、


「ならば、そうならぬように獣神様も動いてくださるだろう。悪神がいたとしても、獣神様がいらっしゃることもまた事実なのだ。俺たちは、その加護の中にある」


 彼はそう白い牙を見せて、笑った。


 それに、僕も笑った。


 この広い世界に、どれだけの悪神が存在しているのか見当もつかず、奴らは今も人々の不幸を広めようとしているのかもしれない。


 それは、とても恐ろしい事実だ。


 でも、それに立ち向かう存在も、この世界には確かに存在しているのだ。


 それは、本当に心強かった。


 アーノルドさんは笑って、


「今回、お前たちがその竜王と悪神の企みを打ち砕いたことも、きっと獣神様の導きだ。俺には、そうわかっているぞ!」


 そして、僕の肩をバシバシ叩いた。


 凄く痛い……。


 でも、そうだったらいいな、と僕も強く思ったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 縁側で手紙を読んだあと、僕とイルティミナさんは家の中で昼食を食べた。


 うん、美味しい。


 料理上手なお嫁さんをもらって、僕は本当に幸せ者だ。


 そうしみじみ感じながら、奥さんと会話を弾ませる。


 その中で、


「そういえば、ソルは昨日もまた、王立魔法院に入り浸っていたようですね」


 と、彼女はため息をついた。


 おや、そうなんだ?


(でも、仕方ないかな……)


 僕は、そう思った。


 実は、今回の戦争によって、竜国の魔法技術は、既存の魔法学の世界に大きな衝撃をもたらしたんだ。


 技術革命。


 新たな魔導理論。


 それらは、現在の魔法技術を100年は押し上げると言われていた。


 当然、魔学者たちは狂喜乱舞、大混乱だ。


 はっきり言うと、その功績があったからこそ、グノーバリス竜国は存続が許されたし、多額の賠償という形で各国が矛を収めたと言える。


 で、それはシュムリア王国でも同様だった。


 王立魔法院には、特に竜国から運び込まれた未知の技術で造られた魔法兵器や魔法武具がたくさんあり、日々の研究が加速していた。


 当然、あの少女も足を運んだ。


 付き合いで、ポーちゃんも毎日、通うことになっていた。


 僕の脳裏では「うひょぉおおお♪」と歓喜しながら、多数の部品を調べるソルティスの姿が思い浮かんでいたりするんだ。


 多分、現実もそう違わないんじゃないかな?


 実の姉もそう思っているのか、イルティミナさんは「困った子です」と嘆息していた。


 ……でも、いいことだ。


 こうして平和に笑える話題は、やはりいい。


 あの戦争を経験したから、余計にそう思う。


 …………。


 実は、あの戦争が終わってから3ヶ月、僕とイルティミナさんは『魔狩人』としての活動を休止していた。


 王国の『金印』の活動休止だ。


 多方面に、迷惑をかけている。


 でも、イルティミナさんは断固として譲らなかった。


「今回の戦争で、マールはあまりにも嫌なものを見過ぎました。その傷ついた心を癒すためにも、しばらくは戦いの日々から身を置きたいと思います」


 そうレクリア王女にも宣言したんだ。


 僕は反対した。


 僕のために、多くの人に迷惑をかけるなんて駄目だと思った。


 だけど、レクリア王女は、そんな僕を見てイルティミナさんの意見に賛成した。


 冒険者ギルド・月光の風のギルド長ムンパさんも、所属する冒険者の稼ぎ頭であるイルティミナ・ウォンの休止宣言に「いいわよ」と快諾したんだ。


 裏で、親友キルトさんの暗躍があったのかもしれない。


 なんで?


 なんで、みんな、許可するの?


 僕は唖然だった。


「それがわからないほどだから、マールは休まなければならないのですよ」


 イルティミナさんはそう僕を抱きしめた。


 意味がわからない。


 その時はそう思った。


 だけど、平和な時間の中にいて、ただゆっくりとした時間を過ごして気づいた。


 僕は焦っていたのだ、と。


 多くの人が不幸になって……自分が幸せになってはいけない、その前に不幸になった人たちを助けなければいけない、と思ってしまった。


 そして、誰かのために戦い、もがこうとした。 


 足掻こうとした。


 この悲しかった記憶から逃れるために。


 けれど、この世に苦しむ人はたくさんいて、その全てを助けることなんて不可能なんだ。


 そして、それはある意味、自分を大切にすることも忘れる行為だった。


 現実逃避で、身体を動かせばいいとも思ったけれど、そうするには、今回の戦争で僕が負った潜在的なダメージが大きすぎたんだ。


 あれから3ヶ月。


 でも、今でも身体が軋むような感覚がある。


 それだけ、僕は、僕自身の肉体を大事にしなかったんだ。


 ……反省だ。


 僕は、自分の右手を開き、閉じるを繰り返した。


 この肉体は、僕のだけれど、でも、本来はアークインという名の『神狗』のものだったんだ。


 それを忘れてはいけない。


 3年前、世界を救った神界の少年を……。


 ギュッ


 最後に、強く握る。


 それから顔をあげて、イルティミナさんに笑いかけた。


「それならさ、今度、キルトさんが帰ってきたら、ソルティスたちも誘って、みんなでどこかに遊びに行こうよ? 思い切って、みんなで旅行したりしてさ」


 そう提案した。


 イルティミナさんは微笑んだ。


「それは良い考えですね」

「でしょ?」


 僕も笑って頷いた。


 ずっと戦ってきたけれど、少しだけのんびりしよう。


 イルティミナさんや、みんなの気持ちに甘えて、自分のことをもう少し大切にしてあげよう。


 そして、今の平和な時間を大事にしよう。


 イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃん、他にも大切な人たちと一緒に……。


 僕は笑った。


 今の幸せな時間に。


 目の前にいるイルティミナさんと一緒に笑い合った。


 悲しいことも、苦しいことも、辛いことも、たくさんたくさんあるけれど、それでも、ちゃんと笑うんだ。


 それが、生きるということ。


「あはは」

「ふふっ、マール」


 僕とイルティミナさんは、今日も笑って、光が咲くような優しい時間を過ごした。

ご覧いただき、ありがとうございました。



グノーバリス竜国編は、これにて完結となります。


竜国を巡る長かったマールの冒険に最後までお付き合い下さって、皆さん、本当にありがとうございました♪




次回更新については、7月を予定しています。


少し長いお休みを頂いてしまいますが、どうかお許し下さいね。再開した時に、マール達の紡ぐ冒険物語をまた読みに来て頂けたなら嬉しいです。どうぞ、よろしくお願いいたします。


それまで皆さん、どうか心身に優しい日々を過ごして下さいね。また元気にお会いいたしましょう♪


それでは、また7月に!



追記

次回更新は7月3日月曜日になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 奇声を上げて歓喜するソルティスに癒しを感じる(笑) きっとポーちゃんもソルティスの真似をして冷静に奇声を上げるという奇行を……( ̄▽ ̄) これも戦争が終結し…
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