620・竜口の古道
第620話になります。
よろしくお願いします。
温泉で心身を癒した僕らは、再び移動を開始した。
(…………)
護衛の竜人さんたち3人は温泉に入れなかったけど、いいのかな?
少し気になったけど、マリアーヌさんは『別に入らなくても死なないわ』と笑っていた。
それで気づいた。
あの温泉は、ただの休憩じゃなく、僕らがどういう人柄なのか、何も隠すことのない無防備な空間で知るためのものだったのかもしれないって。
今回の作戦は、マリアーヌさんにとっても悲願のはずだ。
父と兄の仇。
亡くなった多くの人々の仇。
竜王オルガードを討つための、たった1度のチャンスなんだ。
共に戦う僕らのことを、もっとよく知りたいと考えてもおかしくない。
もちろん、友好を深めるためでもあったと思うけど……。
「…………」
僕は、先を歩くその背中を見つめる。
その背に今、彼女は、どれほどの重さを背負っているのか?
それを考えると、心が震える。
彼女の思いに、そして、その期待に応えたいな――僕は、そう強く思った。
◇◇◇◇◇◇◇
それから数日、僕らは雪の大地を歩いた。
やがて、遠くから重く、痺れるような音が聞こえてくる。それに……これは水の匂いかな?
しばらく進むと、
「……滝だ」
僕は呟いた。
それも、巨大な滝だ。
落差は100メード、幅は3000メード以上あるんじゃないかな?
世界でも有数と思える大瀑布だ。
その光景に、しばらく僕らは黙り込んで、その大量の水の流れを見つめてしまった。
やがて、
『あの裏に、抜け道の入り口があるの』
マリアーヌさんが言った。
(あの裏?)
あの膨大な質量の水の裏に、どうやっていけばいいんだろう?
彼女は、王家に伝わるという例の地図を見て、
『こっちよ』
と歩きだした。
僕ら5人と護衛3人も、あとに続く。
雪の積もった崖の細道を、慎重に歩いていく。
ギュッ ズル……ッ
雪の下は、凍った岩場だ。
少し強く踏み込むと、靴底が横に滑ってしまった。
こ、怖ぁ……。
キルトさんの提案で、みんなで滑り止めのスパイクを履いて、全員の身体をロープで縛った。
やがて、僕らは滝に面した崖に出る。
飛沫が遠くまで飛んでくる。
冷たい。
顔や防寒ローブについた途端、それが凍って白い霜になるんだ。
ゴシゴシ
その冷たさに、必死に顔を擦る。
みんなマスクをして、目元以外、出ないようにした。
(……まつ毛が凍ってる)
そのことに気づきながら、また慎重に崖を進んで滝に近づく。
近づくと、細道の先がトンネルみたいな岩の亀裂の中へと通じていた。
僕らは、そこに入っていく。
しばらく進むと、トンネルを抜けた。
「うわぁ……」
僕らの右側は、崖の壁面。
そして左側は、5メードほど離れて、凄まじい水量の流れる『水流の壁』となっていた。
滝壺までは、70メードぐらいかな?
巻き込まれたら、すぐに死んでしまうだろう。
ドキドキ
足元の細道は濡れていて、凍った箇所はより滑り易く、けれど、雪がなくなった。
歩いていくと、道幅も広くなる。
滑落の危険はなさそうだ。
(ほっ……)
安堵していると、その滝裏の道の先に何かが見えた。
何だろう?
皆が視線を凝らした。
そのまま近づき、そしてわかった。
巨大な竜の顔の石像だ。
それが壁面から突き出すように、大きな口を開けて、滝の方角を睨んでいた。
(でっかいなぁ……)
もし、これが本物の竜なら、体長は40~50メードはあるんじゃないかな?
そこまで大きな竜なんて、見たことないけど……。
そして、僕らの歩んできた道は、この竜の顔の石像の所で途切れていた。
「…………」
この石像が入り口なのかな?
でも、どこにも入れそうな場所なんてない。
マリア―ヌさんは地図を見つめて、『ここに間違いないわね』と頷いていた。
何かの魔法かな?
『ソルティス、この石像から魔力とか感じる?』
そう聞いた。
彼女は、首を振る。
『何にも。ただの石像みたいよ?』
マスクの下の口をモゴモゴと動かして、そう言った。
う~ん?
みんな、困ってしまった。
とりあえず、全員で石像を調べてみる。
僕は、イルティミナさんと顔の右側へと近づいた。
「大きな口だね」
「はい」
牙1本だけで、僕の腕ぐらいの長さがある。
僕の奥さんは笑って、
「この大きさの口なら、マールは丸呑みにされてしまいますね?」
なんて言う。
(確かに)
僕も笑ってしまった。
そう思いながら、目の前の牙に触れた。
ガコッ
牙が斜めに沈んだ。
(ほえ?)
思わず転びそうになって、慌てて「マール!?」とイルティミナさんが僕の手を掴んで助けてくれた。
あ、危なかった。
え?
もしかして、石像、壊しちゃった?
そう思って、僕は青ざめる。
けれど、よく見たら、牙の斜めになった場所は、根元の部分に奇妙な凹みがあった。
まるで鍵穴みたいだ。
イルティミナさんと顔を見合わせる。
すぐに、
『ねぇ、みんな来て』
そう全員に声をかけた。
その鍵穴を確認して、そして、マリアーヌさんが驚いたように、
『王家の家紋だわ』
と呟いた。
家紋?
確かに言われてみれば、そうした模様に見えなくもない。
彼女は、防寒ローブと衣服の下から、首から提げていた円盤状の飾りを取り出した。
『それは?』
キルトさんが問う。
『私が7歳の時、父がくれたの。いざという時のお守りだ、肌身離さず大事にしなさい……って』
その円盤には、竜王家の家紋が掘られていた。
まさか……もしかして?
みんなも同じことを思っただろう。
マリアーヌさんの緑がかった竜の瞳には、亡き父との思い出が蘇っているのかもしれない。
その円盤が、鍵穴に乗せられた。
ガコッ
見事にぴったりだ。
彼女は、そのまま円盤を右に回した。
ガコン
何かの外れる音がした。
同時に、石像の内部からガコッ、ガタン、ゴゴォンといくつもの重い音が響く。
そして、
ゴゴゴ……ゴォンッ
竜の口内にあった石壁が吸い込まれるように奥へと消え、最後は扉のように横に開いた。
『…………』
『…………』
『…………』
全員で、その暗闇の穴を見つめてしまった。
僕は言う。
『入り口が開いたね』
『えぇ』
マリアーヌさんは頷いた。
その瞳には、強い感情の光が灯っていた。
そして、僕らはランタンと松明、そして、魔法の『光鳥』を呼びだした。
キルトさんが全員を見回して、
『では、中に入るぞ』
そう宣言すると、先頭に立って竜の口に入った。
僕らも続く。
竜王の城まで通じる抜け道の闇に、僕らは足を踏み入れていった。
◇◇◇◇◇◇◇
中に入ると、外の空気より寒さが緩んだ。
寒くない訳じゃない。
でも、手足の先まで痺れるほどの寒さではなくなったんだ。
そして、僕らの持つ光源に照らされる周囲の景色は、古い時代の遺跡――その石造りの通路みたいな印象だった。
高さは、5メード。
幅も、10メードぐらいある。
思ったより、広い通路だ。
長い年月で風化しているけれど、柱や壁には装飾の彫刻が掘られている。
『凄いわね……』
博識少女のソルティスが呟いた。
『多分、何百年も前、ドル大陸が1つの国だった時代の遺跡じゃないかしら? それを抜け道として再利用したんだわ』
その瞳は、好奇心にキラキラ輝いている。
(そうなんだ?)
古い時代の名残りに、僕らは触れている。
かつて、その時代に生きた人たちも、今の僕らと同じようにこの通路を歩いていたのだろう。
そう思うと、何だか不思議な気持ちだった。
マリアーヌさんも先祖の残した生存のための道を、感慨深そうに見つめていた。
…………。
…………。
…………。
どれくらい歩いただろうか?
通路はどこまでも続いていて、時々、分岐があった時には、マリアーヌさんが例の地図で正しい道を選んでくれた。
魔物らしい生き物は、見えない。
というか、
『通路の埃が溜まったままです。足跡もなく、誰もどころか、何かしらの生物が移動した痕跡もありませんね』
と、金印の魔狩人は言う。
なら、番人の竜は、どこにいるのだろうか?
もっと先かな?
キルトさんは問う。
『マリアーヌ。この先に、広い空間などはあるか?』
竜人の末姫は、すぐに地図を確認する。
竜の指が通路を辿って、
『あるわ。ここね』
『ふむ』
キルトさんも覗き込んだ。
それから少し考え、
『あいわかった。ならば、今日はここで野営をする』
と宣言した。
(え?)
『魔物など、他の存在もない。竜がいるとすれば、この先の空間じゃろう。ならば今日は身体を休め、明日、万全の体調で番人に挑もうではないか』
そう黄金の瞳で、僕らを見回した。
…………。
そうだね。
僕らは皆、頷いた。
それから、その日は、そこで野営を行った。
外敵がいないので、時間をかけて温かな美味しい料理を作り、しっかり身体の芯からポカポカにした。
僕とソルティスは、おかわりもした。
そんな僕らに、マリアーヌさんたち年上組は、優しく笑っていた。
そして、就寝。
いつものように、僕はイルティミナさんの抱き枕にされた。
「ん……温かいです」
僕の奥さんは、幸せそうに呟いた。
うん……確かに、イルティミナさんの身体は、いつもより少し冷たかった。
なので、僕からも密着し、その手足や身体を撫でてあげる。
「マ、マール……」
イルティミナさんは、なぜか顔を赤らめていた。
また、寒いので、僕とイルティミナさんだけでなく、みんなで集まって団子状態で眠ることにした。
「ふんが~」
「…………」
「…………」
ソルティスのいびきがうるさい。
ポーちゃんが『すまない』という顔をして、相方の少女の口に毛布を被せていた。
慣れてるな、ポーちゃん……。
竜人は爬虫類っぽいので、冷たい身体かと思ったけど、マリアーヌさんの体温はとても高かった。
考えたら、ここは極寒の地。
竜は火を吐くほど、体内に熱源を持っている。
竜人も体温が高いのは、当たり前なのかもしれない。
何が言いたいかというと、マリアーヌさんのおかげで、みんな助かったということだ。
1番近くにいたキルトさんも、寝心地良さそうだった。
僕もポカポカして、心地好かったよ。
ちなみに、魔物とかの姿は見られなかったけど、見張りは、護衛の3人が交代でやってくれたんだ。
僕らには、明日の戦いに万全で臨んで欲しいとのこと。
本当にありがたい。
おかげで、朝までぐっすりと眠ることができた。
…………。
朝になっても、もちろん太陽はない。
でも、長く冒険者をやっているから、もう体内時計で大体の時間がわかるんだ。
僕だけでなく、みんなも同じ時間に起きてきた。
さすが。
朝食もしっかり食べる。
食べながら、みんなで談笑したりもして、精神状態もバッチリだ。
装備のチェックもして、そして出発。
地図に記された広い空間を目指して、古の時代の通路を歩いていく。
コツッ コツン
足音だけが反響する。
やがて、通路の先の闇が少しだけ深くなった。
「…………」
あそこだ。
僕らは顔を見合わせ、お互いの覚悟を確認する。
うん、大丈夫だ。
キルトさんも頷いて、
『――よし、行くぞ』
鉄のように重く、硬い意思の声で厳かに告げる。
僕らは頷き、そうして全員で、番人の竜が待つだろうその空間へと向かった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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