618・雪中の出発
第618話になります。
よろしくお願いします。
今後の方針は決まった。
その具体的な詳細を詰める中で、
『――撤退したシュムリア王国軍だけど、貴方たちの活躍で、彼らは無事に獣王都アル・ファンドリアまで帰還したわ』
と、マリア―ヌさんが教えてくれた。
反乱組織の斥候部隊が、それを目視確認してくれたんだ。
(よかった……)
犠牲となった殿の王国兵たちも、これで報われたろう。
悲しいし、辛いのは変わらない。
でも、彼らの気高い意思と覚悟が、こうして結果として残されたことは良かったと心から思うんだ。
ギュッ
両手を握り締め、目を閉じる。
そんな僕を、イルティミナさんは包むように優しく抱きしめてくれた。
ただ、竜国軍も諦めてはいない。
獣王都アル・ファンドリアを囲むように包囲して、睨み合いの籠城戦となっているそうだ。
……大丈夫かな?
でも、あの街には転移魔法陣もあるし、物資と人員の補充は完璧だ。
簡単には陥落しないと思いたい。
キルトさんはしばし考え、
『マリアーヌ。この竜王オルガードへの奇襲作戦を、アル・ファンドリアの王国軍に伝えることはできぬか?』
と聞いた。
(え?)
僕らとマリアーヌさんは驚く。
でも、キルトさんは、
『この作戦を実行するには、シュムリア王国軍と連携するべきじゃろう。その方が成功率は高まるはずじゃ』
と、その黄金の瞳で僕らを見回した。
キルトさん曰く、僕らが地下の抜け道を移動する間、地上の竜国軍を王国軍に陽動して欲しいとのこと。
(なるほど)
抜け道の移動がバレないとも限らない。
仮に玉座の間についても、竜国の首都にいる兵士がすぐに駆けつけてくる可能性もあるだろう。その人数を少しでも減らせれば、成功の確率も上がるはずだ。
王国軍による陽動は、確かにいい手だと思えた。
マリアーヌさんも頷いた。
『わかったわ。組織から伝令を派遣しましょう』
すぐに案内の竜人5人、味方だと示すための王国兵5人、計10人の伝令班を3組、アル・ファンドリアに向かわせることが決まった。
3組なのは、もしものための用心だ。
僕は聞く。
『包囲されてるのに、街に入れるの?』
マリアーヌさんは笑った。
『大丈夫。獣王都の構造は、竜国軍の占領時にこっそり調べてあるの。近くの大河から下水管を伝って、地下の排水施設へと侵入できるはずよ』
そう教えてくれる。
(そうなんだ?)
でも、どうやってその情報を手に入れたんだろう?
『竜国軍の中には、私たちのスパイも紛れさせてあるの。だから、ある程度の情報は、ね?』
そう言って、彼女は片目を閉じた。
ちなみに、侵入経路はそのスパイが独自に発見したもので、竜国軍はその存在を知らないそうだ。
(なるほど、凄いや)
これには、キルトさんたちも感心した顔だ。
それから、マリアーヌさんは、竜国領内にある『魔力発生装置』、『魔法兵器』の配置されている場所も教えてくれた。
地図を見ながらの説明。
それによれば、領内には、まだ装置の及ばない地域も多くある様子だ。
『ただ、これは判明してる分だけ。だから、私たちが調べたあとに建造された物もあるかもしれない。情報としては、参考程度にしておいて』
とのことだ。
でも、充分、重要な情報だ。
これがあるだけで王国軍の行動と安全は大きく変わるだろう。
この情報も、伝令班に頼んで、籠城している王国軍に届けられることになった。
(…………)
それらの説明をする竜人の王女を、僕は見つめた。
その姿を見て、改めて思う。
この人は、ただのお姫様じゃない。
反乱組織を率いて、恐ろしい竜王と戦おうとする女傑だ。
レクリア王女やキルトさん、イルティミナさん、コロンチュードさんたちと並び立つような人物なのだ。
そんな僕の視線に、マリアーヌさんは気づく。
不思議そうな顔。
でも、すぐにその竜の顔には微笑みが浮かび、そして表情を改めて、また僕らへの説明を続けた。
◇◇◇◇◇◇◇
細かい部分の話し合いも終わった翌日、僕らは隠れ家となった洞窟を出発した。
向かうのは、竜王の城の玉座の間へと通じる抜け道――その隠された反対側の出入り口のある場所だ。
雪の大地を、僕らは歩いていく。
歩いているのは、僕、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの5人と、マリアーヌさんとその護衛の3人の竜人さん、計9人だった。
「ほぅ……」
吐く息は白く染まる。
雪の積もった木々の乱立する広い森林を、僕らは北北東方面に進んでいった。
…………。
移動中、時々、竜国軍を見かけた。
けれど、こちらには優れた魔狩人がたくさんいて、マリアーヌさんたちも手練れで気配を殺すことに慣れていた。
おかげで見つかることはなかった。
隠し通路までの日数は、およそ20日ぐらいとのこと。
そこまでは、野宿や隠し拠点を利用しながら、移動していくことになっていた。
(…………)
歩きながらわかったこと。
竜人さんは、本当に体力がある。
僕も鍛えているはずなのに、彼らの方が深い雪の中を歩いても余裕があるみたいだった。
と思ったら、
『私たち、〈魔血の民〉よ?』
と、休憩中に、マリアーヌさんに苦笑されてしまった。
(えぇええっ?)
そうだったの?
僕らは、びっくりしてしまった。
魔血のあるなしは、外見からは本当にわからない。
ちなみにグノーバリス竜国では、特に差別されることもなく、むしろ強き力を得た『選ばれし者』みたいな扱いになるそうだ。
『国外では、違う扱いなのは知ってるわ。……私からすれば、全く愚かに思えるけど』
こちらを憐れむような笑みだ。
差別している国の人間としては、反論もできない。
ソルティスは唇を尖らせて、ポーちゃんも小さな唇で真似っ子をしていた。
ちなみに、『魔血の民』は優れた存在。
この考え方は、先代竜王アルマンドラの統治によって広められたものなんだって。
善政を敷いて、家臣、国民に慕われた竜王様だというマリアーヌさんのお父さんは、本当に凄い人だったんだと改めて思ったよ。
…………。
そんな感じで数日間、僕らは雪中の移動を続けた。
◇◇◇◇◇◇◇
(おや……?)
移動中のある日、森の木々の向こうに白い煙が見えた。
何だろう?
みんなも気づく。
そして僕の鼻は、同時に、とある独特の臭いを感じていた。
(これは……硫黄?)
そんな僕らに、マリアーヌさんは明るく笑った。
『そういえば、この近くには天然の温泉が湧いているのよね。せっかくだし、冷え切った身体を温めてから行きましょうか?』
その提案に、僕らは顔を見合わせる。
温泉……。
それを想像して心が揺れた。
ずっと雪の中を歩いていて、手足の先の感覚も少し痺れていた。
防寒具から見えている肌は、氷のように冷え切っている。
「はぁ……」
吐く息は白く染まり、すぐに凍結してキラキラと輝いていた。
ソルティスが、
「私……入りたいかも」
と呟いた。
ポーちゃんも同意するように頷く。
キルトさんは「ふむ」と考え込み、イルティミナさんを見る。
気づいた僕の奥さんは、
チラッ
一瞬、こちらを見た。
すぐに銀髪の美女へと視線を戻して、
「私は賛成です。過酷な行軍ですから、少しでも心と身体を癒せる時間が得られるならば、それにこしたことはないでしょう」
そう理屈を口にした。
でも、多分、内心は、
『マールが寒そうなので、温めてあげたい』
なのかもしれない。
うん、愛されてるよね、僕。
僕も笑って、
「王国軍に伝えた日時までは、まだ余裕があるんでしょ? なら、少しぐらいは、いいんじゃないかな?」
と言ってみた。
僕ら4人とマリアーヌさん、そして、その3人の護衛に見つめられて、キルトさんは嘆息する。
苦笑しながら、
「そうじゃな。少し休んでいくとするかの」
と、豊かな銀髪を揺らしながら、頷いたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次回はマール恒例、久しぶりのお風呂回です♪
どうぞお楽しみに~!
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




