608・王と竜の国軍
第608話になります。
よろしくお願いします。
王国軍は、陣の外周に『盾を持った重装兵』を配置していた。
内側には、弓兵や魔法兵。
陣の両端には、槍を持った騎馬兵が列をなしていた。
グォオオン
上空には、シュムリア竜騎隊の竜が2体、威嚇の咆哮を空へと響かせている。
ドドドドッ
地響きが近づく。
四足竜に騎乗した竜国軍の地上部隊が、王国軍へと突進してきていた。
(――来る!)
その迫力に、僕は気圧されないよう下っ腹に力を込めた。
シュムリアの重装兵たちは、盾を構えて1歩も引かない姿勢だった。
四足竜は、体長3~4メードほど。
体重も2トンはあるかもしれない。
それほどの巨体が突進してくるのは、人間であれば本能的恐怖を感じておかしくない光景だ。
けど、彼らは逃げない。
それどころか、
『――おぉおおおっ!』
雄叫びを上げながら、前方へと踏み込んだのだ。
ズガガァン
凄まじい衝突音が響く。
同時に、武の国シュムリアの重装兵たちは、その突進を盾で受け流しながら、四足竜たちの足を片手剣で斬り裂いていった。
突進の勢いのまま、竜たちが転倒する。
騎乗していた竜人たちも地上に落ちて、すぐに他のシュムリア兵がとどめを刺していた。
(……凄いっ)
その勇気と技量に驚愕する。
けれど、その一方で、四足竜に跳ね飛ばされ、踏み潰されたり、それに騎乗した竜国兵の槍斧でやられるシュムリア兵も少なからずいた。
突進してくる四足竜と竜国兵。
それを防ぐシュムリア重装兵。
陣の外周で、両者のせめぎ合いが起きていた。
…………。
そうした地上戦とは別に、王国の弓兵と魔法兵たちは、上空への対空砲火を行っていた。
竜国の航空部隊だ。
黒い翼を生やした竜人たちは、空から地上へと強襲をしかけてくる。
ズガァン ドパパァン
重力を味方につけた攻撃は、凄まじい威力だった。
前衛の重装兵の守りも関係なく、奴らは、王国軍の防衛陣のどこにでも攻撃をしかけることができるのだ。
空から守りの薄い場所を見つけられ、狙われる。
シュムリア重装兵たちも、竜国の地上部隊に対処している背中を狙われたりしていた。
それを少しでも防ごうと、弓兵、魔法兵も必死だ。
弓矢が唸り、魔法の輝きが空を走る。
グォオオン
竜騎隊の2体の竜も、上空で翼を生やした竜国兵たちを噛み殺し、炎のブレスで焼き払っていた。
けど、相手も1000人部隊だ。
竜より小回りの利く奴らは、空中を飛び回りながら、着実にこちらの戦力を削っていく。
(……くっ)
手強い。
先日戦った『闇の竜王』みたいな異常な強さはないけれど、全員が確かな実力を持った戦士たちだった。
「シィッ!」
ドパァン
僕の後ろで、イルティミナさんが『白翼の槍』による砲撃を行っている。
その後方からは、同じように、ソルティスも真っ白な『竜骨杖』を振り上げて、大量の『炎の蝶』を空へと放っていた。
ボパァン ボパパァン
2人の攻撃は、他の王国兵と比べても威力が高い。
たくさんの竜国兵が吹き飛ばされ、焼かれて、地上へと墜落していく。
当然、竜国側もそれに気づく。
奴らは上空から、2人を集中的に狙い始めた。
(させるかっ!)
イルティミナさんを狙い、放った白い槍が手元に戻るまでの隙をついてきた竜国兵を、僕は左右の手にある剣で迎え撃つ。
カィン ヒュコン
右手の剣で槍斧を捌き、左手の剣でその首を刎ね飛ばす。
首を失った竜国兵の身体は、地面に激突し、十数メードほど滑って止まった。
「来るなら来い!」
イルティミナさんには指一本だって触れさせないぞ!
僕は、空へと吠えた。
同じように、ソルティスを狙った竜国兵は、ポーちゃんの輝く『竜鱗の拳』が金属鎧ごと砕いて吹き飛ばしていた。
「ポォォ……」
熱い呼気を吐く。
その表情からは、僕と同じ決意が滲んでいた。
キルトさんは、そんな僕とポーちゃんを含めた3人で三角形の頂点の位置を取り、僕ら2人の死角から美しい姉妹に迫る竜国兵を相手する。
ズドン ドゴォン
青い雷を散らす大剣が、飛翔してきた2人の竜国兵を大地へと叩き潰す。
地面がひび割れ、大きく陥没する。
背骨を折られ、内臓を潰された竜国兵たちは血を吐きながら絶命していた。
返り血が頬に飛ぶ。
キルトさんはそれを気にすることなく、銀髪を振り乱して周囲へと叫んだ。
「空への攻撃の手を緩めるな! 奴らを自由にさせてはならぬ! させなければ、いずれ我らの勝利がやって来るぞ!」
戦場でもよく通る声だ。
「おおっ!」
僕は吠えるように応えた。
同じように周りの王国兵たちも、雄叫びのような声をあげていた。
イルティミナさんとソルティスは答えることなく、けれど、代わりに止まらぬ攻撃をし続けることで自分たちの意志を示していた。
無口なポーちゃんは、
ガチン
神気の火花を散らしながら、両拳を打ち合わせる。
(絶対に負けない!)
心の中で気合を込める。
空を飛び交う1000人の竜国兵。
その数を少しでも減らし、撃ち落とすため、僕らは懸命な戦いを続けた。
◇◇◇◇◇◇◇
戦い始めて、30分以上が経った。
(はぁ、はぁ)
何人の敵を斬ったか、わからない。
向こうの攻撃が、危うく僕の命を刈り取りそうになったのも1度や2度ではなかった。
それでも、恐怖を感じる間もなく剣を振る。
…………。
そうして戦い続ける中で、僕は、空から襲い来る竜国兵たちが歯痒そうな感情を持っていることに気づいた。
竜人の顔は竜に近く、表情は読み辛い。
けど、戦いの中、剣を合わせることでその心が伝わってくるんだ。
(???)
いったい何が歯痒いのか、最初はわからなかった。
でも、やがて気づく。
彼らの手に持っている『漆黒の槍斧』は、全員が装備しているのだけれど、普通の武器とは雰囲気が違った。
(そうか)
あれは『竜国の武具』だ。
タナトス魔法武具と同じで、強力な魔法を放つ魔法の武具なんだ。
だけど、これまで1度も魔法は使われていない。
つまり、
(その魔法が使えないんだ)
コロンチュードさんの作ってくれた魔法装置で、竜国の『魔力発生装置』からの魔力供給が妨害されているから。
そこで、理解する。
もし、向こうが武具の魔法を使えたら?
奴らは、上空から地上への降下攻撃などせず、僕らの攻撃が届かない高高度から一方的に武具の魔法による攻撃をし続けただろう。
(…………)
その想像に、背筋が震える。
そんなことをされたら、僕らはただ蹂躙されるのみだった。
あの偉大なるハイエルフさんがいたからこそ、僕らはこうして、奴らとちゃんと戦えていたのだ。
(……ありがとう、コロンチュードさん)
胸の奥で、深く感謝する。
ヒュッ ガキン
そう思っている間にも、上空から凄まじい速さで降下してきた竜国兵の攻撃を、2つの剣を交差して受け止める。
「やぁああっ!」
ヒュコン
裂帛の気合と共に、その槍斧ごと首と胴を切断した。
鮮血が散る。
生温かなソレを浴びながら、僕は油断なく、再び剣を構えた。
…………。
翼を生やした竜国兵の数は、およそ半分の500ぐらいまで減っていた。
倒した500の1割は、イルティミナさんの『白翼の槍』の砲撃によるものだったかもしれない。
「ふっ……ふっ」
さすがの彼女も疲れが見え、呼吸が乱れている。
ソルティスは、すでに攻撃はやめ、負傷した王国兵のために回復魔法を使い始めていた。
「ポオッ!」
代わりに、ポーちゃんが隙を見て、光る拳から『神気の弾丸』を撃っていた。
見えざる弾丸。
それに撃ち抜かれ、内臓を破壊された竜国兵が血を吐きながら、地上へと落下する。
「ぬん!」
ズガァン ザギュン
キルトさんだけは、唯一、疲れも見せずに黒い大剣を振り続け、安定したペースで襲いくる竜国兵を倒していた。
この人は、本当に頼もしい。
僕も、それを見習って、必死に左右の剣を振るった。
振るいながら、状況を見る。
見るといっても、実際に目で見るのではなく、『神武具』による超感覚で俯瞰的に戦場を把握していったんだ。
…………。
それでわかったこと。
竜国の航空部隊と、それに対抗する僕らと弓兵、魔法兵、シュムリア竜騎隊の戦いは、ほぼ互角だった。
向こうは1000人。
こちらの数は5000人ほどで、兵数は圧倒的に上だった。
けれど、空を支配されていることで、ほぼ互角に持ち込まれていたんだ。
また、奴らも竜国軍の中でもエリート部隊だったからかもしれない。相当な実力者ばかりで、武具を封じても王国側の優勢には持ち込めなかった。
そして、こちらも2000人以上の死傷者が出ていた。
(……っ)
その事実が心に突き刺さる。
そうした一方で、王国軍と竜国軍の地上戦では、少しずつ差が生まれていた。
差を生んだのは、ロベルト将軍だった。
四足竜の竜国軍とシュムリア重装兵がぶつかり合う中、彼は騎馬隊を率いて戦場を駆けたのだ。
竜国軍の側面から突撃。
そのまま、竜国軍をかき乱して離脱する。
たったそれだけ。
けれど、その突撃を繰り返し続けたことで、些細な乱れはやがて大きなうねりとなって、竜国軍全体に広がっていった。
王国軍に有利な戦場が、1つ生まれた。
その場で勝利。
それによって、その場の王国軍は他の味方の加勢に行き、また有利な戦場を生み出した。
それが繰り返され、少しずつ、少しずつ戦況が変わった。
気づけば、王国側が有利になっていた。
(いいぞ!)
このままいけば、竜国軍は瓦解する――それがわかった。
軍人でない僕でも気づいたのだ。
竜国軍の将兵も、それに気づいていただろう。
そして地上部隊を率いる総大将のような、他よりも豪華な鎧を身につけた大柄な竜人が四足竜500騎ほどを率いて、ロベルト将軍の騎馬隊3000騎へと襲いかかった。
馬と竜だ。
6倍の兵の差はあっても、竜国側にも充分な勝機がある。
その竜人の総大将は、手にした『漆黒の槍斧』を高く掲げた。
槍斧に埋め込まれた魔法石が光る。
(!?)
魔法石の光は槍斧の刃へと移り、彼がそれを振り抜くと、巨大な光波となって大地を抉りながらロベルト将軍へと迫った。
馬鹿なっ!?
だって『竜国の武具』は封じられているはず。
コロンチュードさんの『魔法装置』の影響下にあるここでは、その魔法が使えるはずはないのだ。
王国兵たちも驚いた顔だ。
その瞬間、気づく。
あの総大将らしい竜人の持っている『漆黒の槍斧』は、他の竜国兵が持っている物とは造形が少し違った。
まさか……。
(――あれは、本物の『タナトス魔法武具』!?)
シュムリア王国やアルン神皇国、他の国々でも、その古の魔法武具は、数は少なくとも発見されているのだ。
グノーバリス竜国にだって、本物があってもおかしくない。
そして本物ならば、コロンチュードさんの装置も関係なく、その強力な魔法を使えるのだ。
「ロベルト将軍っ!」
思わず、僕は叫んだ。
放たれた巨大な光波は、王国軍の大将である彼へと真っ直ぐに向かっていた。
死の光が、王国騎士たちを照らす。
その輝きが彼に迫る。
次の瞬間、ロベルト将軍は、騎馬隊の先頭へと自ら躍り出た。
(!?)
驚く僕は、目を見開く。
その視線の先で、ロベルト将軍は手にした長剣を両手で握り、身体の正面に垂直に構えると、それを高く掲げた。
ポウッ
剣身に刻まれた魔法文字が光り輝いた。
すると、彼を中心にして光の球体が生み出され、それは大きく広がって騎馬隊全体を包み込んだ。
ドパァアアアン
そこに、光波が衝突する。
防波堤に大波がぶち当たったように、光の飛沫が周囲へと激しく、高く散り広がった。
無数の閃光が瞬く。
やがて、その光が消えていくと、そこには光球に包まれたロベルト将軍と騎馬隊の無事な姿があった。
「……ぁ」
よ、よかった。
その光景に、僕は安堵の吐息をこぼす。
同時に理解した。
竜国軍の総大将が持っていたように、武の国シュムリアが誇る大将軍も『タナトス魔法武具』を所持していたのだ。
その魔法が、ロベルト将軍たちを守ったのだ。
その事実を理解したのだろう、竜国軍の総大将は、忌々しそうに敵国の将を睨んでいた。
逆に、ロベルト将軍は涼しげだ。
油断なく、落ち着き払った表情と眼差しで、竜国軍の総大将を見つめ返していた。
(…………)
それを見て、僕は確信する。
彼のそばにいた王国の将兵たちも、同じ気持ちだっただろう。
そして、ロベルト将軍の率いる3000の騎馬隊と、竜国軍の四足竜500騎が激突した。
キィン
僕はそれ以上、『神武具』の超感覚を使うのをやめた。
代わりに、自分自身に集中する。
疲労は大きくて、左右の手にある剣は開戦時よりも重く感じていたけれど、もう1度、それを握り締め、目前の戦いを務めることにした。
空から、竜国兵たちが襲ってくる。
「やぁああ!」
僕は自分を叱咤するように吠えながら、それを迎え撃った。
金属の衝突音。
飛び散る血飛沫。
興奮と恐怖。
様々なモノが交差する空間で、僕は必死になって剣を振るった。
…………。
…………。
…………。
それから程なくして、ロベルト将軍の戦っていた辺りを中心にして勝鬨の声が響いてきた。
それは戦場全体へと広がる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
僕は荒い呼吸の中で、上空を見つめた。
そこから死を与えようとした、堕天使の如き黒き翼の一群は、今、僕らに背を向け、後方の空へと向かっていた。
ザシュッ
それを見て、僕は剣を地面に突き立て、杖代わりにして身体を支える。
「マール」
後ろから声がして、振り返った。
イルティミナさんが白い槍を支えにして、僕の方へと近づいてきていた。
「イルテ……わっ?」
ポフッ
声をかける前に抱きしめられた。
血と汗にまみれ、けれど、その奥から彼女の優しい匂いが感じられる。
僕も、彼女の背中に手を回した。
お互いに支え合うようにして、抱きしめ合う。
ソルティスは地面に座り込み、ポーちゃんもその背中に寄りかかるようにして地面に腰を下ろした。
キルトさんは大きく息を吐く。
豊かな銀髪は、返り血と汗に重く濡れ、身体に張りついていた。
さすがに疲労は見える。
けど、それを表情には出さずに、銀の前髪をかき上げながら、竜国軍の遠ざかっていく空を見上げていた。
戦場の勝鬨が、そんな僕らを包み込む。
…………。
未知なるグノーバリス竜国との初戦。
それは、竜国軍側の撤退という結果によって、僕らシュムリア王国軍の勝利となったのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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