065・決闘、ホブゴブリン!
第65話になります。
よろしくお願いします。
「ふん、この群れのボスかしらね?」
ソルティスが、不敵に笑って、魔法石のついた大杖を構える。
キルトさんは、少女を背中に庇いながら、
「下がれ、ソル。こやつ、中々に雰囲気がある。名付きかもしれぬぞ?」
「ふぅん?」
金印の魔狩人に言われた少女は、素直に従う。
キルトさんの言葉通り、このホブゴブリンには、妙な『圧』がある。
(赤牙竜や、オーガほどじゃないけど……)
でも、強者の気配があった。
ホブゴブリンは、ゆっくりと視線を巡らせる。
洞窟前には、大量の血だまりがある。
そして、森の中には、彼の同胞たちの死体が、山のように積まれていた。
『……グギ、ガ』
一瞬、その目に悲しみが走った。
魔物にも、仲間の死を悲しむ心があるんだ……?
少しショックを受ける。
(いや……惑わされるな、マール)
僕は、万能じゃない。
魔物は人を殺す。
僕は、人として、人を守る立場にありたい。
両方を救うなんて、できないんだ。
「…………」
迷いを断つように、『マールの牙』の柄を強く握る。
そんな僕の前で、イルティミナさんが『白翼の槍』を構えながら、ゆっくりと前進していく。
「マールも下がってください。今の貴方では、まだ荷が重い相手です」
「……ううん」
僕は、槍を持つ彼女の腕を、小さな手で押さえた。
「リーダーは僕だよ? だから、僕が戦う」
「え?」
驚く彼女を置いて、前に出る。
「マ、マール?」
「絶対に、手は出さないで」
キルトさんとソルティスも、驚いた顔をしていた。
でも、キルトさんは僕の表情を見つめて、構えていた大剣を引く。
「よかろう」
「……ち、ちょっとキルト!?」
ソルティスは、慌てた顔だ。
「このクエストは、そなたの試験じゃ。最後まで、思うようにやってみよ」
キルトさんは、力強く言う。
姉妹は、まだ複雑そうだった。
でも、それ以上、止めることはしないでくれた。
(ありがとう、みんな)
僕は、大きく深呼吸して、ホブゴブリンの前に立った。
『ギ……?』
彼は、ゆっくりとこちらを向く。
――君の仲間を殺したのは、僕だ。
意志を込め、『マールの牙』を構える。
(……僕の作戦で、ゴブリンたちは、みんな死んだんだ)
青い瞳で、彼を見つめる。
それを受けて、ホブゴブリンの黄色い眼球に、強い敵意の炎が灯った。
『グアアッ!』
ガシャン
咆哮と共に、錆びたグレートソードの剣先が、危険な光を放ちながら、僕へと向けられる。
(さぁ、行くぞ!)
僕は意を決して、低い姿勢から地面を蹴り、巨大なホブゴブリンへと襲いかかった。
◇◇◇◇◇◇◇
僕の奇襲に、ホブゴブリンは驚いた顔をした。
すぐに、グレートソードを振り上げて、僕を迎撃しようとする。
(遅い!)
でも、それはキルトさんの構えと比べ、あまりに下手だ。
僕は、一瞬、左にフェイントを入れてから、右前方へとダッシュする。
ドゴォオン
狙い通り、グレートソードは、僕の左側へと落ち、大地を激しく吹き飛ばす。
(やっぱりだ)
同じ大剣使いのキルトさんと違って、彼は、剣の軌道を、途中で変化させられない。
ただの力任せだ。
ホブゴブリンの剣には、『技』がなかった。
「やっ!」
ホブゴブリンの右懐に飛び込んだ僕は、連続で『マールの牙』を振るう。
ヒュッ ギン ギギィン ヒュヒュン
鮮血と火花が散る。
(ちぃ)
心の中で舌打ちした。
腕や太ももなど、一部は斬った。
でも、手首や足首など、弱点となる部位は、錆びた鎧に覆われていて、刃が弾かれてしまったんだ。
特に、一番の急所――首が遠い。
ゴブリンと違い、ホブゴブリンは大人の体格だ。
短剣が届く前に、簡単に避けられてしまう。
『グギャア!』
手傷を負わされたホブゴブリンは、怒りの声をあげ、至近距離にいる僕を、グレートソードの柄で殴ろうとする。
これは、速い!
(……くっ)
ピシッ
髪の毛を弾かれながら、辛うじてしゃがみ、回避する。
当たったら、頭蓋が割られていたかもしれない。
それぐらいの威力があった。
「離れてはいけません、マール! その距離を保ちなさい!」
イルティミナさんが叫ぶ。
その声には、恐ろしいほどの必死さがあった。
――わかってる。
短剣と、グレートソード。
子供の僕と、大人の体格のホブゴブリン。
リーチの差は、絶望的だ。
(離れたら、勝ち目はない!)
僕は、ホブゴブリンを中心に、反時計回りを描くように、常に右側へ――つまり彼にとっては、利き手とは反対側の左に回りながら、短剣を振るう。
ヒュッ ギギン ヒュヒュン
またも、鮮血と火花が散る。
分厚い筋肉に覆われ、斬っても浅く、深手にならない。
(鎧って、大事なんだなぁ)
鎧がなければ、きっと僕は、もう勝てている。
こんな時だというのに、僕は、防具の重要性を、改めて認識させられた。
『グギャア!』
まとわりつく僕に、ホブゴブリンは苛立ったように、グレートソードの柄をぶつけようとしてくる。
僕は、またかわす。
「!?」
柄を掴むのは、左手のみだった。
気づいた瞬間、左腕の『白銀の手甲』を頭の横に持ち上げ――同時に、強い衝撃が走った。
ガィィン
ホブゴブリンの巨大な右拳が、そこを殴っていた。
衝撃で、腕が痺れる。
(あ、危な……っ)
とんでもない馬鹿力だ。
たたらを踏んだ僕は、すぐに体勢を立て直し、ホブゴブリンとの距離を詰める。
ホブゴブリンは、悔しそうな顔だ。
視界の隅では、イルティミナさんとソルティスが、青い顔をしていた。キルトさんも、難しい表情だ。
それほど、危機一髪だった。
(負けるもんか!)
勇気を振り絞り、僕は『マールの牙』を振るう。
ヒュン ギィン ヒュヒュン
浅い傷ばかりとはいえ、ホブゴブリンは血だるまだ。
でも、僕も息が切れてきた。
ホブゴブリンが失血で弱るのが先か、僕の体力がなくなり、スピードが落ちるのが先か……我慢比べになっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ヒュッ ヒュン
打開策がない。
ホブゴブリンも、苦しそうな顔だ。
『グギャ、ギギャアッ!』
彼ももう、グレートソードの柄だけでなく、太い腕を振り回したり、その足で蹴ろうとしたりして、少しでも間合いを広げようとしてくる。
僕も、必死に回避する。
――その時だ。
蹴りを放ったホブゴブリンが、地面に戻した足を、自身の流した血で滑らせた。
バランスが崩れる。
(首が……近いっ!)
千載一遇のチャンスに、僕は飛びついた。
「――いかん!」
キルトさんの警告と、僕が全力で短剣を突き出すのは、同時だった。
ドスッ
「……あ」
ホブゴブリンの左腕が、首を狙った短剣を受け止めた。
ニヤリと笑うホブゴブリン。
(……誘われたっ?)
気づいた僕は、慌てて、刃を抜こうとする。
でも、抜けない。
ホブゴブリンが、左腕の筋肉を引き締めて、刃を押さえ込まれていた。
『グキャア!』
グレートソードの柄が襲ってくる。
まずい。
これは、本当にまずい。
かわすには、『マールの牙』を放すしかない。でも放したら、僕は、もう戦う『牙』を失った、ただの子供だ。
ここが、生死を分ける分岐点――それを悟る。
(――――)
その瞬間、僕の中で、何かが弾けた。
同時に、僕は『マールの牙』の柄を、両手で強く掴んだ。
それを支えに、跳躍する。
タンッ
グレートソードは、僕の身体の下を、凄まじい風圧と共に通過する。
自分の身長ほどの高さに浮いた僕は、驚くホブゴブリンの顔面を、両足で思いっきり蹴り飛ばした。
ドゴッ
『アギャ!?』
悲鳴をあげて、仰け反るホブゴブリン。
衝撃で『マールの牙』は左腕から抜け、僕は、地面に着地する。
でも、間合いが、大きく開いていた。
「いけない、マール!」
イルティミナさんの悲鳴が聞こえる。
ソルティスはその表情を強張らせ、キルトさんは、大剣を構えて、こちらに駆け出そうとする。
だけど、間に合わない。
ホブゴブリンは、鼻から血を流しながらも、怒りの形相でグレートソードを横に構え、僕めがけて横薙ぎに振るった。
ブォン
回避なんて、とてもできない。
だから僕は、
(――構えて、落とす)
いつかのように、上段に短剣を構え、それを真っ直ぐに落とした。
ギギィイン
火花が散り、『マールの牙』とグレートソードが激突した。
――そして、分厚いグレートソードが半ばから、斬れた。
風車のように回転して、金属の細長い鉄塊は、光を反射しながら空を飛び、そして、地面に突き刺さる。
「……え?」
「は?」
「な、に?」
3人の魔狩人は、驚愕し、時間が止まったように停止する。
折れてしまった自分の武器を見つめて、ホブゴブリンも、何が起こったのかわからない、という表情だ。
その動きの止まった首に、
ヒュン
僕は、返す刀で『マールの牙』を走らせた。
一拍の間。
そして、紫の鮮血が、一気に噴き出す。
「…………」
『…………』
ホブゴブリンと目が合った。
そして彼は、何かを言おうとした。
でも、その前に、その黄色い目から光が消えて、そのまま地面に、ドウッと仰向けに倒れた。
――ホブゴブリンは、死んだ。
「……ふぅぅ」
僕は、大きく息を吐いた。
軽い短剣だったからか、5日間の鍛えた成果か、僕の肉体は、最後に使った剣技にも耐えてくれた。
(よかった……)
安心したら、手足が震えた。
(あぁ……よっぽど緊張してたんだね、僕?)
そこから解放されて、なんだか力が入らなくなった僕は、その場に、ストンと座り込んでしまう。
と、
「マール!」
イルティミナさんを先頭にして、3人がこちらに駆けてきた。
そのまま、大好きな彼女に、強く抱きしめられる。
ムギュ
(わっぷ?)
「あぁ、マール、マール! お見事でした!」
歓喜の声で、僕の顔を、その柔らかな胸の谷間に挟むようにして、何度も頬ずりしてくる。
甘い匂いに包まれて、ちょっとドキドキする。
「やるではないか、マール! 我が目を疑ったぞ、こやつめ、こやつめ!」
クシャクシャ
キルトさんも、初めて見せるような興奮した笑顔で、僕の髪を乱暴に撫でた。
ち、ちょっと痛い。
「何よ、無傷の完勝だなんて、マールのくせに生意気よ!?」
バシン
ソルティスの小さな手が、僕の背中を、思いっきり引っ叩く。
でも言葉とは反対に、少女の表情は、とても嬉しそうな満面の笑顔だった。
3人の喜びように、呆気に取られる。
そして、思った。
(そっか。……僕は、みんなの信頼に応えられたんだ)
生き延びれたことに安心していて、その事実に、ようやく気づいた。
気づいた途端、震えるような喜びが湧いてくる。
「うん……うん、やったよ、僕!」
僕は、大声で叫ぶ。
3人の祝福を受けながら、笑って、勝鬨のように『マールの牙』を青い空に向かって突き上げる。
その美しい刃は、太陽の光を反射して、キラリと輝きを放った――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




