598・闇の竜王
第598話になります。
よろしくお願いします。
竜人という種族は、シュムリア王国内でもたまに見かけることがあった。
爬虫類型の人、という意味では『トカゲ人』と似た外見をしている。
けれど『トカゲ人』たちが人間種と変わらない身長なのに対して、『竜人』たちは平均身長2・5メード、体重が120キロととても大柄だった。
また彼らには『竜角』と呼ばれる角が生えているのも特徴だった。
数は圧倒的に少ない。
けれど、その身体能力、体格などから戦闘力は極めて高く、冒険者や傭兵となる者も多いそうだ。
まさに『人の姿をした竜』。
それが彼ら『竜人』という種族だった。
…………。
夜空に浮かんだその竜人も、外見的には、一般的な彼らと相違ない。
漆黒の鱗。
巨大な体躯。
竜に似た頭部には、後方へと長く伸びた『竜角』も生えていた。
その筋肉質な肉体には、金属の全身鎧をまとい、竜の如き手には『漆黒の槍斧』を握られている。
そして、その鎧の背中から、漆黒の金属翼が広がっていた。
翼の付け根には、大きな魔法石が輝いている。
恐らく、空を飛ぶ魔法具。
グノーバリス竜国の魔法技術は、こんな物まで作り出していたのかと、冷静な頭の片隅で驚愕させられた。
その一方で、
「あぁああああああっ!」
神なる本能に猛った僕は、咆哮をあげながらその『黒き竜人』に肉薄した。
(感じる!)
凄まじい魔の気配を。
あの『闇の子』に優るとも劣らぬ、忌々しくも恐ろしい力の波動を。
だからこそ、
(――究極神体モード!)
心の内で、僕は叫んだ。
それに応えて『神武具』は虹色の粒子となって僕の全身を包み込み、『神狗』である僕を更に神化させた。
ギャリリィン
虹色の外骨格に覆われた『人型の狗』が、そこに誕生した。
虹色の翼が輝き、僕の身体は急加速する。
引き伸ばされた時間感覚の中で、
「ガアッ!」
僕は鋭い爪の生えた右手で、眼前にいる『黒き竜人』を斬り裂こうとした。
ギン
竜人の黄金の瞳が輝いた。
瞬間、あり得ぬほどの反応速度で『黒き竜人』は僕の爪をかわし、カウンターで『漆黒の槍斧』を振るってくる。
(くっ!)
ガギィン
左手でそれを受け止める。
虹色の外骨格と漆黒の刃の間で、激しい火花が散った。
「グルァアッ!」
僕は吠えた。
呼応した獣型の兜が牙を剝く。
ガツン
そんな僕の頭部に、『黒き竜人』は漆黒の鱗に覆われた額を叩きつけてきた。
凄まじい衝撃。
脳が揺らされ、一瞬、意識が歪まされる。
ドパァアン
(がっ!?)
その一瞬の隙に、僕は腹部を蹴り飛ばされていた。
ビキィ
虹色の外骨格に、ヒビが入る。
馬鹿な!?
この『究極神体モード』は、かつては『暴君の亀』を、『蛇神人』を倒してきた僕の最終形態なんだ。
ただの蹴り1発で、損傷するなんてあり得ない。
けど、現実にそれが起きていた。
ドゴォオオン
驚いた僕の身体は、虹色の残光をたなびかせながら落下し、地上の森へと落下した。
衝撃で木々がへし折れ、大地が大きく陥没する。
「か……はっ」
一瞬、息が止まった。
けれど、『神武具』の機能で強制的に痛みが消え去り、僕はすぐに立ち上がった。
弱みを見せるな!
感情のままに、僕は大地を蹴る。
ドンッ
土煙を撒き散らし、翼を広げた僕は再び虹色の流星となって、上空にいる『黒き竜人』へと襲いかかった。
ふと、リマちゃんの顔が思い浮かぶ。
(負けられない。必ず、ここで狩り殺す!)
その決意のまま、拳を握る。
ヴォン
その拳に神気が集まり、虹色の光が輝き始めた。
余裕を見せているつもりか、上空の『黒き竜人』は、最初の位置から僅かも動いていなかった。
ただ黄金の瞳で、静かにこちらを見つめている。
「はぁあっ!」
僕は、虹色に輝く拳を振るった。
彼我の距離は、約10メード。
けれど、僕の振るった拳からは巨大な『虹色の光弾』が撃ち出され、その輝きは一瞬で『黒き竜人』に肉薄した。
かすかに驚く竜の顔。
恐らく『虹色の光弾』の威力は山1つを吹き飛ばすほどで、直撃したら誰であろうと耐え切れない。
不意も突いた。
いくら奴が速かろうと、この間合いではかわせない。
(当たる!)
僕はそう確信した。
その瞬間だった。
その『黒い竜人』の見えている肉体に、青い刺青のような輝きが広がった。
「!」
それを見た僕は、息を呑んだ。
その刺青には、見覚えがあった。
かつて『闇の子』が人を魔物に変えた時、その人の肉体に浮かんだ『魔の証』ともいうべき刺青だった。
「クァアアッ!」
奴が叫ぶ。
瞬間、その肉体から恐ろしい密度の『魔力』が膨れ上がった。
そこに『虹色の光弾』が直撃する。
ドパァアアン
夜空に虹色の爆発が起こった。
煌めく粒子が世界に広がり、ゆっくりと地上に落ちていく。
「…………」
その輝きに照らされながら、僕の脳裏に『神武具』から送られてくる映像が映し出されていた。
凄まじい神気の渦巻く中心。
その力の輝きに満ちた空間で、無傷の『黒き竜人』がいることを。
(……あり得ない)
何だ、この怪物は?
僕の放った攻撃の余波で、『黒き竜人』の後ろ、その進路上にある雲は全て消し飛んでいた。
それだけの攻撃を。
けれど、直撃しても無傷。
原因は、恐らく、あの高密度の魔力によって、攻撃を遮断されたからだろう。
(……知っているぞ)
僕は震えながら、心の中で呟いた。
かつて、第2次神魔戦争の時に『悪魔王』と呼ばれる最凶最悪の存在は、同じような方法によってあらゆる攻撃を無力化していたのだ。
その力は、闇のオーラ。
可視化するほど凝縮された『悪魔の魔力』が、僕の『神狗』として攻撃を消してしまったのだ。
……ふざけるな。
僕は、兜の内側で歯を食い縛る。
必死に恐怖を殺し、奴への闘争心を意識して燃え上がらせた。
その怪物を、強く睨む。
そんな僕の眼差しを受ける竜の表情は、けれど、酷く落ち着いた物だった。
「――この程度か」
そんな声が漏れた。
それは流暢なアルバック大陸の共通語だった。
驚く僕を、『黒き竜人』のその黄金の瞳は静かに見下ろしている。
「――我らが主を滅ぼした憎き『神狗』、その名はマール。だが、その力は何とか弱きものか……。本当にお前は、我が主が憎み、愛したマールなのか?」
落胆と疑惑。
その声にはそんな感情が滲んでいた。
……主。
それは、すなわち、その刺青を彼に刻んだ『闇の子』のことだろう。
僕は、両拳を握り締めた。
侮られている。
少なくとも、奴にとって僕は格下の存在であり、警戒する必要もないと思われている。
だからこその、その静かな態度だ。
(っっ)
神なる本能が、その屈辱を悔しがっている。
それを必死に堪えながら、
「……お前は、何者だ?」
逆に、僕は問いかけた。
その竜人は、かすかに笑ったようだった。
「――竜王」
そう答えた。
竜王?
僕の疑念に対して、奴は幼子に教えるように、こう続けた。
「――我は竜王オルガード・ロア・ルグノーバリアス。厳寒の地、グノーバリス竜国を支配し、偉大なる我が主の魔色を愛でる『闇の竜王』だ」
◇◇◇◇◇◇◇
(グノーバリス竜国の……王?)
僕は呆けた。
一国の王が、まさか、かつての『闇の子』の生み出した『魔の眷属』だったというのか。
驚く僕を、奴は楽しげに見つめた。
「神狗マール、その底は見極めた。我が主を滅ぼしたのも不思議なほどに、その力は恐るるに足りぬ。わざわざ足を運ぶ必要はなかったかもしれないな」
「…………」
「もはや、貴様は、我が望みの障害足り得ぬ」
そう嘲笑するように語る。
…………。
僕は、握った両拳に神気を流し込み、再び光を輝かせ始めた。
それを見て、
「やめておけ。今宵は試しだ。その命も、そして、貴様の後ろにある羽虫共の命も、今はまだ見逃してやろうというのだ。その恩情を無駄にするか?」
(!)
その警告の言葉に、僕はハッとなった。
僕らが戦う眼下の地上には、『第1の拠点都市』があり、そこには4万人もの王国騎士たちが存在していた。
ここまで奴は攻勢に転じていない。
けど、もし奴が攻撃を始めたら?
究極神体モードでの攻撃を完封した『闇の竜王』ならば、その攻撃の力も凄まじいものとなるだろう。
(僕は、それを防げるのか?)
そして、その攻撃が地上に向かった時に、僕はその全てを止められるのか?
答えは……否だ。
悔しいし情けない、けど、僕の直感がそう訴えていた。
「っっ」
きつく目を閉じ、
パァン
拳に溜まった神気を、周囲へと放散させる。
拳から光が消え、代わりに虹色の光の粒子が周囲に弾け、火花となって消えていった。
「賢明だ」
幼子を誉めるように、奴は言う。
僕は、そんな『闇の竜王』の顔を睨んだ。
「……お前は、何が目的なんだ?」
そう問いかける。
それを受け、その竜の顔に意外そうな表情が浮かぶ。
その黄金の瞳を細め、
「決まっているだろう? 我が主の成し得なかった大業、それを忠実なる魔の僕として受け継ぎ、この世にて成すことだ。それこそが我が主への最大の供養となろう」
当たり前のように、そう言った。
…………。
あの『闇の子』の野望を、この『闇の竜王』は再現しようというのか?
すなわち、弱肉強食の世界の具現。
差別も偏見もなく、ただ全てを力で定める平等にして、純粋な世界。
それは、心なき混沌の始まりだ。
「……させない」
僕は呟いた。
狗の兜の青い眼球が、僕の意思に呼応して強い光を放つ。
ヴォン
コイツは止めなければ、駄目だ。
今すぐにも。
例え、ここで刺し違えてでも止めなければ、この世界は本当に終わってしまうかもしれない――そんな感覚があった。
静かに、深く覚悟を決める。
そんな僕の変化に、『闇の竜王』はかすかに驚いた顔をした。
「ほう?」
その手にした『漆黒の槍斧』が、
ガシャン
こちらへと真っ直ぐ向けられた。
「折れぬ心は見事。だが、力を伴わぬ覚悟は、ただの愚かでしかないと知れ。自らと仲間の死で、それを後悔するがいい」
「…………」
うるさい。
もう言葉では惑わされない。
揺るがない。
お前を止める――そのためだけに、僕は全身全霊をかけると決めたのだ。
両拳に神気を流し込み、
ヴォン
拳が虹色に輝き始めた。
その時だった。
僕の背後へと、突如、巨大な竜が出現した。
(!?)
それは、シュムリア竜騎隊の竜だった。
レイドルさんとアミューケルさんの操る2体の竜が、互いのことに集中した僕らの隙をついて、一気に接近していたのだ。
そして、それぞれの竜の背には、
(あ……)
キルトさんとイルティミナさんが、自分たちの武器を振り上げている姿があった。
「――鬼神剣・絶斬!」
英雄が振り下ろした黒い大剣から、青い三日月の雷光が放たれた。
「――羽幻身・一閃の舞!」
金印の魔狩人の白い槍から光の巨女が生み出され、その手にある光の槍を振り下ろした。
リィン
ドパァアン
それは、僕の眼前にいた『闇の竜王』へと直撃する。
「ぬうっ!」
奴の全身には『魔の刺青』が浮かび、凝縮した魔力によって、2人の最大奥義は防がれていた。
(ここだ!)
僕は両腕を突き出す。
その光輝く拳から、2発の『虹色の光弾』が撃ち出された。
「!」
竜の顔に驚愕が浮かぶ。
ドバァアアン
そこに神気の塊がぶつけられ、虹色の大爆発が発生した。
爆風が吹き荒れる。
2体の竜は、必死に体勢を保とうとし、僕も翼を輝かせて何とか風圧に耐えた。
虹色の残光が消えていく。
そして、その先には、けれど五体満足な『闇の竜王』と呼ばれる竜人の姿があった。
ただし、その竜角の1本が折れている。
鱗が剥がれ、流血している部位も何か所も見受けられた。
(…………)
無敵じゃなかった。
あの『悪魔王』と同じ防御法であっても、その出力までは同じじゃなかったんだ。
僕は1人じゃない。
そうだ、1人でなんて、いつも負けている。
でも、みんながいるから。
だから、僕は……。
それを思い出した僕の左右後ろでは、2体の竜が羽ばたき、そこには、僕の信頼する2人のお姉さんたちが立っていた。
「…………」
竜王オルガードは、それを見つめた。
そして、自分の惨状を見下ろす。
「っっ」
その竜の顔に、初めて憤怒の感情が滲んだ。
その口が動く。
「そうか……これが、我が主の言っていた神狗マールの本領か。群れを率いる『狗王』の資質」
「…………」
「いいだろう」
奴は頷いた。
その黄金の瞳が僕らを見つめ、
「戦争だ。貴様らを敵と認めてやる。そして、貴様らの全てを正面から喰らい潰し、この虚飾と欺瞞に満ちた世界を正しき混沌へと導いてやると誓おうではないか」
そう宣言した。
確かな宣戦布告。
けれど、僕らにとっては、今更だ。
僕は答えた。
「やらせない。お前の誓いは、僕らが噛み殺してやる」
「……ふっ」
奴は笑った。
そして、その背中にある『漆黒の金属翼』が広がり、大きく羽ばたいた。
ドパァン
大気が叩かれ、衝撃音が響く。
次の瞬間には、その『闇の竜王』の姿は夜空へと弾けるように飛翔し、そのまま黒い流星のように北方へと消えていった。
「…………」
奴の消えた空を、僕は睨み続ける。
……でも、手が震えていた。
隠しきれない感情が、心の中には溢れてくる。
それを反対の手できつく握って、無理矢理に抑え込む。
(……負けない)
負けるもんか、絶対に。
そう自分に言い聞かせるように繰り返しながら、僕は、再び直面した『魔の脅威』に抗う覚悟を決めたのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




