590・獣国領侵攻作戦
第590話になります。
よろしくお願いします。
1ヶ月半ぶりに、僕らはエルフの国へと向かうことになった。
旅立ちは明日だ。
みんなでキルトさんの部屋に集まって、必要な荷物の準備を行っていると、コンコンと部屋の戸がノックされた。
(……ん?)
こんな時に、誰だろう?
「ふむ?」
部屋主のキルトさんは立ち上がり、対応に向かった。
扉の向こうにいたのは、ギルド職員さんで、その話を聞いたキルトさんは驚いた顔をすると、僕の方を……というか、僕の隣のイルティミナさんを見た。
「?」
艶やかな髪を揺らして、首をかしげるイルティミナさん。
キルトさんが戻ってきて、
「イルナ、そなたに来客じゃ」
「来客?」
僕の奥さんはキョトンとする。
キルトさんは頷く。
「リカンドラ・ローグじゃ。旅立つ前に、そなたに会いたいそうじゃぞ?」
(え……リカンドラさん?)
僕も驚いた。
リカンドラさんは、イルティミナさんと同じ『金印の魔狩人』だ。
ちなみに、彼の『金印』への昇印の最終判断をしたのは、当時、すでに『金印』だったイルティミナさんだったりする。
「……リカンドラが?」
イルティミナさんは目を丸くした。
ソルティス、ポーちゃんも意外そうに顔を見合わせている。
…………。
正直、同じ『金印』であっても所属ギルドが違うので、リカンドラさんと会うことはあまりなかった。
そんな彼が、イルティミナさんに会いに来ているという。
(……むむっ)
ちょっとモヤモヤする。
キルトさんは「どうする?」と聞いた。
僕の奥さんは、
「まぁ、構いませんよ。準備もほぼ終わっていますし、今から会いに行ってきます」
と気軽に答えた。
僕は慌てて、
「あ、えっと、僕も一緒に行っていい?」
と言った。
みんな驚いた顔をして、でも、すぐにイルティミナさんは優しく微笑んだ。
「えぇ、いいですよ。久しぶりですし、マールもリカンドラの顔を見たいですよね」
「う、うん」
多少、罪悪感を覚えながら、僕は頷く。
キルトさん、ソルティス、ポーちゃんは、お互いの顔を見合わせている。
「では、行きましょう」
ポン
イルティミナさんは笑って、僕の肩を軽く叩いた。
そうして僕とイルティミナさんは、久しぶりにリカンドラさんと会うために、キルトさんの部屋をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
職員さんに案内されて、僕らは、ギルド4階にある応接室へと向かった。
リカンドラさんは、そこで待っているそうだ。
コンコン
「お待たせしました、リカンドラ様。イルティミナ・ウォンが到着いたしました」
職員さんが扉越しに告げる。
そして、僕らに目配せ。
イルティミナさんは頷いて、ドアノブに手を伸ばして、ガチャリと回した。
「よう」
室内には、赤毛の青年がいた。
20代後半ぐらいの年齢で、燃えるような赤毛の髪と赤い瞳をしており、とても精悍な顔立ちだ。
自然体だけど、猛るような『圧』が感じられる。
リカンドラ・ローグさん。
ちなみに、実の兄である故人エルドラド・ローグさんも『金印の魔狩人』だったという、兄弟揃っての実力者なのだ。
「どうも、リカンドラ」
イルティミナさんは淡々と挨拶。
僕は「こんにちは」と軽く頭を下げた。
彼は笑って、
「2人とも元気そうだな」
と頷いた。
それから僕とイルティミナさんは、テーブルを挟んで、彼の対面のソファーに腰を下ろす。
ギルド職員さんが飲み物のグラスを置いて、退室する。
それを見計らって、
「それで、リカンドラ? 私に会いに来たとのことですが、何の御用ですか?」
とイルティミナさん。
(うんうん)
僕も心の中で頷き、彼の返事を待つ。
リカンドラさんは「ん?」という顔をして、手にしたグラスの中身を一口、飲んだ。
グラスをテーブルに戻して、
「いや、用なんてないが」
と答えた。
……はい?
僕とイルティミナさんは、夫婦揃って、目が点になった。
彼は苦笑して、
「強いて言えば、お前たちの顔が見たくなった。それだけだな」
なんて言う。
(…………)
え、何それ?
僕は困惑し、イルティミナさんは真意を問うように彼を見つめる。
視線に気づいて、彼は言った。
「……ドル大陸に関しての話は、俺の耳にも入っている。獣国の状況も、竜国の脅威についてもな」
「…………」
「…………」
それは本来、極秘事項。
だけど、王国を代表する『金印』のリカンドラさんの耳には、その情報も届けられているみたいだ。
彼は、軽く右手を持ち上げる。
メキッ
その手を握った。
「本当なら……俺も、そっちで暴れたかったんだがな」
静かな声。
でも、その内側には燃え盛る激情が感じられた。
リカンドラさんは、自分が強くなることを目標とし、より強敵と戦うことを望むような性格だった。
けど、彼はドル大陸には行けない。
行くのは、『魔の眷属』との戦いに慣れた『金印の魔狩人』――すなわち、イルティミナさんの方が良いと、シュムリア王国上層部が判断したからだ。
その決定は、もう覆らない。
そして、その事実をリカンドラさんがどう感じているのか、なんとなくわかった。
…………。
しばしの沈黙のあと、イルティミナさんが口を開く。
「話はそれだけですか?」
「あぁ」
彼は拳を開いて、頷いた。
イルティミナさんは息を吐く。
「そうですか。それでは、私たちはまだ旅立ちの準備がありますので、これで。――行きましょう、マール」
「あ、うん」
自分の奥さんが立ち上がってしまったので、僕も慌ててあとに続いた。
相変わらず、クールなお姉さんだ。
その姿を見つめて、リカンドラさんは苦笑した。
けど、その笑みが消える。
「……死ぬなよ」
小さな一言。
その声に秘められた感情に、僕らは思わず立ち止まった。
彼を振り返る。
その燃えるような赤い瞳と、しばらく視線を合わせた。
やがて、彼は笑って、
「まぁ、シュムリア王国の方は心配するな。お前の分も魔物を狩って、王国民を守ってやるさ。だから安心して、お前は向こうで暴れてこい、イルティミナ・ウォン」
と告げた。
(……リカンドラさん)
彼がなぜ会いに来てくれたのか、ふと理解した。
イルティミナさんは静かに頷く。
「――はい」
短く答えた。
そして応接室の扉を開けて、振り返ることもなく出ていく。
僕は、リカンドラさんに軽く頭を下げた。
「会いに来てくれて、ありがとうございました、リカンドラさん」
「おう」
彼は笑って、片手を上げる。
僕も笑って、それから応接室を出ると、イルティミナさんを追いかけた。
廊下で追いつく。
並んで、ふとその横顔を見上げた。
「…………」
いつも通りの美貌。
だけど、その内側には、さっきまではなかった熱のようなものが満ちているのを感じた。
僕は微笑み、
「リカンドラさんの分も、がんばろうね」
「はい」
イルティミナさんは、いつも通りに淡々と答えた。
◇◇◇◇◇◇◇
リカンドラさんに会った翌日、僕らは、神聖シュムリア王城を訪れた。
「では、行くぞ」
転移魔法陣を前に、キルトさんが言う。
僕らは頷いた。
ムンパさんやレクリア王女など、すべき人との挨拶は、すでに終わらせてあった。
魔法陣の中に入る。
王城の魔法使いの人が魔力を注いでくれて、転移魔法陣が強く輝いた。
ピカッ
(う……っ)
強い光に、目が眩む。
一瞬だけ、内臓がフッとなるような感覚があり、そして光が消えると、僕らは石造りの建物の中にいた。
ここは……?
エルフの国だと思うけど、初めて見る場所だ。
そう思っていると、建物の扉が開いた。
ゴゴン
重そうな音が響き、そして、その向こうに現れたのは、僕らの見知った人たちだった。
シュムリアの将軍ロベルトさん。
竜騎隊の隊長レイドルさん。
エルフの国の大長老であるアービタニアさんとベルエラさん。
そして、同じくエルフの大長老であり、シュムリア王国が誇る『金印の魔学者』でもあるコロンチュードさん。
そんな国を代表する5人だった。
みんな、精悍な顔つきだ。
いつ戦いが起こるかわからない環境だったから、当然かもしれない。
ただ、コロンチュードさんだけは、いつも通りの眠そうな感じだったけれど、これは対竜国用の装置の開発などで人一倍がんばっていた疲れからかもしれないと思った。
「よく来てくれたな」
代表してロベルト将軍が握手を求めてくる。
キルトさんが「うむ」とその手を握り返した。
彼は僕らを見回して、
「再会を懐かしみたいところだが、時間が惜しい。今後についての作戦を説明するので、皆、ついて来てくれ」
と告げた。
僕らは頷き、そうして転移魔法陣のあった部屋をあとにすると、そのまま作戦会議室みたいな場所へと案内された。
◇◇◇◇◇◇◇
会議室にあった円卓の椅子に座って、説明が始まる。
まず僕らがいる場所は、エルフの国の北部であり、獣国アルファンダルの国境に面した砦の1つだそうだ。
先の戦争で破壊されたのを修繕して、使用しているんだって。
この砦を中心に、現在、北部の国境線にはシュムリア王国軍3万人、エルフ軍4千人が展開して、獣国側から竜国軍が攻めてこないか見張っているそうだ。
今の所、異常はない。
そして、今後の話が始まった。
「本日、午後12時より我らシュムリア王国軍3万は、獣国アルファンダルの領内へと進軍する。それにキルト・アマンデス、お前たちも参加して欲しい」
そう口にしたのはロベルト将軍だ。
これまでに行われたのは、シュムリア竜騎隊による上空からの偵察のみ。
実際に地上を進み、獣国領内に入るのは初めての試みだ。
「上空からでは捉えきれなかった獣国領内の状況を、地上に軍を展開しながら確認していく。その上で、各地に拠点を構築。そのまま竜国軍との戦闘に備えながら北上し、グノーバリス竜国との国境を目指すつもりだ」
なるほど。
つまり、獣国アルファンダルのより詳しい状況の確認とグノーバリス竜国との戦争準備、その2つを行うのだ。
エルフの大長老ベルエラさんが、会話に加わる。
「後方からの物資の輸送は、私たちエルフの民が協力いたします。国境線での陣頭指揮はアービタニアが行い、私は中央政府として、その後方から全体指揮を行います」
そう言って、彼は僕を見つめる。
『それでよろしいですか?』
まるで、そう聞かれているみたいだった。
……いや、みたい、じゃない。
僕の手には、エルフの女王様から渡された『王配の錫杖』がある。飾りとはいえ、エルフ国の指揮権を任されているのだ。
彼の眼差しに、僕は頷いた。
「はい、お願いします」
「はっ」
彼は胸に手を当て、一礼した。
それを横目に見ていた同じ大長老のアービタニアさんは、「ちっ」と露骨な舌打ちをしながら、同じように一礼する。
……ちょっと、むず痒い。
そのやり取りがあったあと、僕ら全員に1枚の地図が配られた。
(これは……?)
見つめる僕らに、
「獣国アルファンダルの地図だよ」
そう言ったのは、シュムリア竜騎隊の隊長であるレイドルさんだった。
獣国の地図?
鎖国されていたはずの獣国の地図がよく手に入ったなぁ……と思ったけど、実はこれ、レイドルさんたちが作成したものだった。
「先の偵察任務でね。獣国内の地形なども確認しておいたんだよ」
つまり、地図作製も任務の1つだったのだ。
地図には、山々の高さや平地の広さ、川の長さ、そこに作られた街道、各街の位置と規模などが細かく記載されていた。
(これは助かるね)
竜騎隊の凄さは、強さだけではない。
他には真似できない航空からの作戦を実行できるのも強みだと、改めて認識した。
キルトさんも、
「ありがたいの。役立たせてもらうぞ、レイドル」
と笑った。
レイドルさんも「あぁ」と頷き、笑みを返してくる。
ロベルト将軍は、テーブルに地図を置いて、地図上のある地点を指差した。
それは、エルフの国との国境から、獣国アルファンダル側に20キロほど進んだ平地、そこにある中規模の都市だった。
「俺たちの最初の目標は、ここだ」
先の竜騎隊の偵察で、この都市が無人なのは確認されている。
そして、ここを拠点にして、シュムリア王国軍はこれからの進軍を行うつもりなのだそうだ。
(ここを……か)
僕も地図を見つめる。
と、黙って話を聞いていたイルティミナさんが、片手を上げた。
ロベルト将軍が、視線で発言を許可する。
「ここを拠点とするより、もう1万メード先にある都市の方が、地形的には防衛などの拠点に適しているように思いますが……何か理由があるのでしょうか?」
僕の奥さんは、そう質問した。
どれどれ?
地図を確かめれば、確かに10キロほど北に、もう1つ街がある。
最初の街と比べて規模もそう変わらない。
しかも、こちらは大きな河に面しているので、こちらの方が防衛するのにも有利そうだった。
キルトさんも「ふむ」と頷いている。
質問に、ロベルト将軍が答えようとして、
「あ~、それはね……竜国の『魔力発生装置』の無効化と『魔法兵器』の威力減衰できるのが、この距離までだからなんだよ」
そう先に答えたのは、コロンチュードさんだった。
僕らは、発言したハイエルフさんを見る。
彼女は眠そうな顔で、
「そうした対抗装置は、かなり大型で移動不可なんだよ。とりあえず国境線ギリギリで作成して、その有効範囲がロベちゃんの最初に言った街までなんだ……」
と教えてくれた。
その街を拠点としたら、そこにまた対抗装置を設置。
そうして最低限の安全を確保してから、進軍を繰り返して、グノーバリス竜国との国境を目指すのだそうだ。
(なるほどね)
もし、その範囲外に出てしまったら。
そして、そこで戦闘になったなら。
竜国軍は『魔法の武具』を際限なく使い、古代の『魔法兵器』も使用して、僕らは一方的に蹂躙されるだろう。
それを防ぐためにも、対抗装置の有効範囲は重要だった。
イルティミナさんも納得して、
「わかりました。そういう理由でしたら、異論はありません」
と頷いていた。
その後は、実際に竜国軍と遭遇した場合や、獣国の民間人を保護した場合、減衰したとはいえ『魔法兵器』の攻撃を受けた場合などを想定して、それらの対策を確認した。
その話し合いは、2時間ぐらい行われた。
そして、
「他に質問がないのならば、予定通りに作戦を開始する。それまでに、皆、心身を整えておいてくれ」
ロベルト将軍は、そう話を締め括った。
僕らは頷き、解散する。
会議室を出ると、エルフ国にいた5人は忙しいのか、挨拶もそこそこに行ってしまった。
僕ら5人だけが残される。
ふと気づけば、すぐ目の前に廊下の窓があった。
近づき、外を見る。
美しい緑の草原と水色に霞んだ山々があり、その頭上には澄み渡った青空が広がっていた。
あの草原の向こうは、もう獣国領だという。
「…………」
しばし、その風景を見つめる。
すると、いつの間にかそんな僕の隣にイルティミナさんが立っていて、僕の手を握ってきた。
キュッ
お互いの指が絡まる。
僕は彼女を見上げた。
イルティミナさんも僕を見て、優しく微笑んでくれた。
僕も笑った。
そうして僕らは、再び、窓から見える景色を見つめた。
――その数時間後、僕らは、シュムリア王国軍3万と一緒に、その獣国アルファンダルの大地へと入っていったのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※少年マールの転生冒険記、年内の更新は12月23日(金)が最後となります。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




