579・獣人と妖精の開戦
第579話になります。
よろしくお願いします。
(……壮観だね)
砦前の山の斜面を埋め尽くす大軍勢を見て、僕は、思わず心の中で唸ってしまった。
20万の獣国軍。
それは3年前の第2次神魔戦争で、悪魔たちの軍勢と対峙した時を思い起こさせる存在感と圧力を伴っていた。
ゴクッ
思わず、喉が鳴る。
僕の後ろで、ソルティスも青い顔をしていた。
獣国軍の兵士たちは、皆、獣人ばかりで全員が金属鎧を身につけていた。
基本、獣人は人間よりも身体能力が高い。
重厚な鎧に身を包んでいたとしても、その俊敏性は、人間基準で考えてはならないほどに素早く驚異的であると、キルトさんに事前に教わっていた。
また前列に並んだ兵士たちの手には、異様な気配の武具が握られていた。
(あれが『獣国軍の武具』か)
一目でわかる。
タナトス魔法武具の美術品のような造形美はないけれど、強い魔力を宿した独特の『圧』が感じられた。
そして、大軍勢の先頭に、1人の獣人が立っている。
他よりも豪華な鎧。
何より、その獣人自体が、他の獣人の倍ほどの体格をしていた。
キルトさんが呟く。
「ふむ、あれが獣王か」
獣王――即ち、獣国アルファンダルの王にして、この20万の軍勢の総大将だ。
彼のそばには、獣国軍の巨大な国旗がはためき、精鋭と思しき『獣国軍の武具』を装備した兵士たちが控えていた。
彼らは散開し、陣形を変えていく。
ズズズン
20万の足音が、鎧の奏でる金属音が地鳴りのように響く。
まるで大地の上を、巨大な生物が動いているかのようだった。
対するこちらは、エルフ軍、シュムリア王国軍合わせて7万5千の軍勢だ。
白輝の砦の中に5万のシュムリア王国兵がいて、砦の外に2万5千のエルフたちが森に潜み、獣国軍を待ち構えていた。
ロベルト将軍が問う。
「本当に良いのだな?」
「無論だ」
アービタニアさんが短く答える。
当たり前だけれど、砦の外にいるエルフさんたちは、かなり危険な状況だ。
獣国軍に一方的に砦を攻撃させないため、その攻勢を攪乱し弱めるため、エルフさんたちは決死の覚悟でその役目に当たるつもりなのだ。
作戦会議で、ロベルト将軍は言っていた
「我らも軍人だ。任務であれば、シュムリア兵はエルフ国のために命を賭す覚悟はしてあるぞ?」
と。
けれど、アービタニアさんは「ふん」と鼻で笑った。
「心意気はありがたいがな。しかし愛する故郷のため、同胞のため、まず死なねばならぬのは我らエルフよ。その誉れは、お前たちに渡しはせぬ」
誇り高いエルフ。
その矜持が、異国人に危険な役目を負わせることを良しとしなかったのだ。
(……頑固だよね)
でも、気持ちもわかる。
だからこそ、ロベルト将軍もそれ以上は何も言わず、前を向いた。
風が吹く。
それは空を渡り、森を越え、戦場となったこの山脈まで届く。
バササッ
獣国軍の軍旗が揺れる。
白輝の砦の上にも、エルフ軍の美しい国旗とシュムリア王国軍の軍旗がはためいていた。
その時、獣王が手にした剣を高く掲げた。
ギラッ
陽光に、その刀身が白く妖しい光を反射した。
それが振り下ろされる。
同時に、その剣先から青い光の奔流が太いビーム光線ように撃ち出され、『白輝の砦』の外壁へとぶつかった。
ドパァアン
激しい衝突音。
外壁にはヒビと焦げが生まれ、けれど、その表面には青く輝く魔法陣の結界が展開されていて、大きく破壊されることはなかった。
(コロンチュードさんの結界だ)
それが敵の魔法の威力を、大きく減衰させたんだ。
そして、その獣王の1撃を合図にして、20万の軍勢が津波のように押し寄せてきた。
オォオオオッ!
雄叫びが響く。
それは鼓膜を痺れさせ、下っ腹まで震えさせた。
負けないようにシュムリア兵たちも声をあげ、ロベルト将軍の指示の元、手にした弓に矢をつがえ、魔法の杖を構えた。
森に隠れていたエルフたちも、精霊たちを召喚する。
――開戦だ。
迫る獣国軍から『獣国軍の武具』による強力な魔法が幾つも撃ち出され、砦の結界とぶつかって爆発を起こした。
砦にいるシュムリア兵も弓矢や魔法で応戦する。
エルフたちが召喚した様々な姿をした精霊たちが、光り輝きながら空を飛び、大地を駆けて、20万の獣人たちに襲いかかっていく。
怒号と悲鳴。
(…………)
砦の屋上で、僕は、その人と人との争う姿を見つめた。
凄まじい熱気を感じる。
同時に、心の奥に冷たい何かが広がっていくのも感じて、強く唇を噛み締めた。
ポン
そんな僕の肩を、キルトさんが叩く。
「戦端は開かれた。わらわたちも自分たちの役目を果たしに行くぞ」
「うん」
僕は頷いた。
現場を指揮するロベルト将軍に声をかけ、自分たちが発つことを伝える。
彼は頷き、
「武運を祈っているぞ、マール殿、キルト・アマンデス」
僕らも頷きを返す。
そして、僕はポケットから虹色の球体を取り出した。
神武具だ。
(お願い、また力を貸して)
そう願う。
それに応じて、神武具は光の粒子に砕けて、僕の背中に集まり、4枚の虹色の金属翼を形成した。
シャラン
金属の羽根が擦れ、美しい音色が鳴る。
その内の2翼が丸まり、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの4人を優しく抱きかかえた。
みんなを見る。
4人とも頷いた。
「行きましょう、マール」
イルティミナさんが微笑み、覚悟を促すように言った。
(うん)
僕も頷いて、残された2翼を大きく広げ、虹色に輝かせた。
ヴォオン
僕らの身体が宙に浮く。
砦の屋上から、ロベルト将軍、アービタニアさん、シュムリア兵のみんながこちらを見ていた。
皆の命運が、僕らの肩にかかっている。
獣国軍の上空を、シュムリア竜騎隊の2騎が対空魔法を避けながら飛翔し、凄まじい炎を浴びせていく。
それは、こちらへの注意を逸らすため。
その援護を受けて、
「いってきます」
そう告げると、僕は翼をはためかせ、虹色の光をたなびかせながら青い空目がけて一直線に上昇していった。
◇◇◇◇◇◇◇
白輝の砦を飛び立って、僕らは雲に紛れながら高高度の空を飛んでいた。
吐く息は白い。
上空の寒さに備えて、僕らは防寒ローブを羽織っている。
本当は、逆探知に成功した時点で、僕らは『魔力発生装置』のある場所へと飛び立っても良かったんだ。
だけど、
「万が一、途中でその動きに気づかれては困る。開戦まで待つのじゃ」
と言われて断念した。
もし僕らの動きに気づかれた場合、装置を守るため、大軍が戻ってくる可能性があった。
だから、もし気づかれても軍が戻るのが間に合わないように、ギリギリまで『白輝の砦』に獣国軍を引きつける必要があったんだ。
…………。
もちろん、この作戦によって装置の破壊は遅れる。
その間に、大勢の人が死ぬだろう。
だけど、キルトさんやロベルト将軍、コロンチュードさんやアービタニアさんは、より確実な方を取ったんだ。
それはとても苦しく、辛い決断だったと思う。
だからこそ、
(絶対に装置を破壊するんだ!)
僕は、そう心に強く誓っていた。
そうして僕らは空を飛んでいく。
時速は40キロぐらいか。
1人なら3倍以上の速度で飛べるけれど、4人も抱えていると、これぐらいが限界なんだ。これ以上は、下手をすると誰かを落としかねないからね。
地上を見ながら、空を飛ぶ。
翼に抱えられながら、キルトさんは地図を見ていた。
地図と地上を確認して、
「マール、もう少し北よりじゃ。進路を修正せよ」
「うん」
その指示に頷いて、片方の翼だけを動かし進行方向を調整する。
僕自身、地図でルートは覚えてきたけど、実際の地形を確認して、より正確な最短ルートを飛んでいるんだ。
…………。
そうして数時間、飛翔した。
その間、眼下には森が焼かれ、無残な灰色の焼け野原となった大地を何度も目にすることになった。
エルフ軍と獣国軍の戦闘の痕跡だ。
ソルティスが「……ひどい」と呟く。
元は美しかっただろう大自然の景観は、あまりにも惨たらしい光景となってしまっていた。
遠くて見えない。
けど、この中には、たくさんの戦死者の遺体もあるはずだ。
ポーちゃんの小さな手が、少女の心を支えるようにその手をキュッと握る。
キルトさんは無言だった。
イルティミナさんの白い手が、翼で抱えている僕のお腹に優しく触れた。
その温もりが愛おしい。
その労わりに励まされて、僕は、虹色の翼に神気を注ぎ、目的地までの空を懸命に飛び続けた。
◇◇◇◇◇◇◇
西の空に陽は沈み、夜が訪れた。
紅白の美しい2つの月が僕らの頭上に輝き、エルフさんたちの暮らしてきた大地を照らしている。
地上は真っ暗だ。
人の生活の証である光は、何も見えない。
けど、
(あ……)
遠方に、小さな光が見えた。
「マール」
イルティミナさんも気づいたみたいで、その呼びかけに僕は「うん」と頷いた。
そちらへと飛翔する。
雲に紛れて、地上からは見えないように接近した。
そして、その距離になるともうわかる。
その光は、地上に灯されたたくさんの松明や照明器の輝きだった。
その光のそばには無数の人影が集まっていて、そうした輝きの中心には、広い草原の丘に造られた巨大な建造物があった。
「……あれだ」
僕は呟いた。
無数の人影は、1000人以上の獣国軍の兵士たちだった。
兵士たちは、中央の建物を守るように陣を敷いている――つまり、あの建物の中に、僕らの破壊すべき『魔力発生装置』があるんだ。
空中にホバリングしながら、僕らは、それを見つめた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃん、全員と視線を合わせた。
そして、皆で頷く。
エルフさんたちとシュムリア王国兵は、今も戦っている。
戦局は、戦力に優る獣国軍が圧倒的に有利で、時間が経過すれば、間違いなく、エルフ軍、シュムリア王国軍は敗北するだろう。
それを覆すために。
(今度は、僕らが戦場に立つ番なんだ)
覚悟を決める。
1度、深呼吸をして、
シャラン
背中の翼を大きく羽ばたかせた。
そうして次の瞬間、僕ら5人は虹色の流星となって、地上へと向かい一気に飛翔していったんだ。
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※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




