577・世界の脅威
第577話になります。
よろしくお願いします。
イルティミナさんの報告書は、翌日、エルフ国の使者が転移魔法陣でシュムリア王国へと届けてくれることになった。
数日以内に返事が来るとの予想だ。
その間、僕らは今後についても話し合った。
これから、この『白輝の砦』を中心とした防衛戦が行われる予定だそうだ。つまりエルフ軍は、最終決戦として、ここで獣国軍を迎え撃つつもりなのだ。
正直、勝ち目は薄い。
けれど、防衛に徹すれば時間を稼げる。
「その間に、マルマルたちには『魔力発生装置』を破壊して欲しいんだ」
それが、エルフの国の考えた作戦だ。
作戦が成功すれば、形勢は一気に逆転する。
もし失敗したら、エルフの国は完全に勝ち目を失い敗北、その損耗を考えれば、もはや『エルフの国』が世界から消滅することと同義と言えるだろう。
(…………)
なんて責任重大なんだ。
正直、逃げ出したいぐらいの気持ちだよ。
でも、エルフさんたちは自国の存亡、仲間たちの命を懸けて、僕らを信じてくれるのだ。そんなエルフさんたちの思いを裏切る訳にはいかない。
魔力発生装置の正確な位置は、今、逆探知で探している最中だ。
「……魔力波の共振作用によって魔力供給が行われているなら……その装置は、戦場からそれほど遠くない位置にあるはず、だよ」
とのこと。
この見解は、コロンチュードさんとソルティス、2人の天才が認めていた。
そして位置が判明したなら、
「……マルマルは空を飛べるから、キルキルたちと獣国軍に気づかれないよう接近して、装置を破壊して欲しい」
「うん、わかった」
僕は大きく頷いた。
イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの4人も抱えていくとなると、速度はそんなに出せない。でも、隠密での移動ぐらいならできると思う。
4人も覚悟を決めた顔で頷いている。
そこからは、周辺の詳しい地形を確認して、キルトさんとコロンチュードさんが今後どう戦うのかを話し合っていた。
あまり知識のない僕らは、それを聞くだけだ。
…………。
やがて、今日の話し合いも終わった。
夜が来る。
「さぁ、マール。おいでなさい」
毛布に横になったイルティミナさんに誘われて、僕はいつものように抱き枕だ。
ギュッ
強く、優しく抱きしめられる。
温かい……。
甘やかな彼女の匂いと、その心臓の鼓動が伝わってくる。
トク トク
それを感じていると、いつものように不安と緊張に張り詰めていた心が落ち着いていくのを感じる。
(……うん)
戦争は怖い。
だけど、がんばれる。
そう思えた。
そうして僕は、今夜も大切なイルティミナさんの腕の中で眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇
レクリア王女からの返事がきたのは、2日後だった。
こちらからの報告書が届いて、シュムリア王国の上層部では徹夜での緊急会議が行われたそうだ。
それによって決まったこと。
まず、シュムリア王国からエルフの国へと5万人の援軍が送られることになった。
転移魔法陣の存在は機密なので、世間的には魔物の大群に対する軍事演習を行う名目で軍を集め、転移魔法陣でこちらに送ってくれるらしい。
「ほう? 竜騎隊も来るのか」
そこには、王国虎の子の『シュムリア竜騎隊』2騎の派兵も書かれていた。
ちょっとびっくり。
だけど、この戦争の裏には『魔』に関連する何かがありそうだから、レクリア王女は最高戦力の投入を決断してくれたみたいだ。
ただ……これでも勝ち目は薄いらしい。
可能なのは、恐らく、砦での防衛期間を長くすることだけ。
それだけ獣国軍は――彼らの用いている『獣国軍の武具』は強力なんだ。
(結局、僕らが作戦を成功させない限り、エルフの国の勝利はない……ってことなんだよね)
そこは変わらない。
またレクリア王女は、僕らの報告書を読んで、やはり獣国軍の後ろにはグノーバリス竜国の暗躍があると確信したみたいなんだ。
理由は、
「それほど大規模な『魔力発生装置』の実用化は、現在のシュムリア、アルン両国でも実現されていません。それが可能なのは、タナトス時代の知識のみですわ」
とのこと。
つまり、それほどの超技術。
現代でそれが再現可能だったのは、今は亡き『闇の子』や『タナトス王』のみ。
ラプト、レクトアリスの神託によって、グノーバリス竜国に『魔の気配』が存在しているのは確定している。となれば、やはりその関与があったと考えるのが自然なのだ。
(そっか)
あの黒き少年の悪意は、今もまだ残っているのか。
その事実に、胸がざわつく。
また、これらの事実は、共に『魔の軍勢』と戦ったアルン神皇国とも共有された。
実は、エルフの国の隣国であり、あのアーノルド王が治めているヴェガ国からアルン神皇国へと救援要請があったそうなんだ。
「救援要請?」
僕らは驚いた。
もしエルフの国が敗れれば、次に獣国アルファンダルに狙われるのはヴェガ国の可能性が高い。
それに備えるため、援軍を求めたのだ。
エルフの国の敗北を心配するのは、施政者としても正しい判断なので、アーノルド王は責められない。
そしてアルン神皇国は、シュムリア王国からの情報共有もあって、ヴェガ国へと20万の軍勢の派遣を決めたそうだ。
(に、20万……)
凄い数だ。
やはり『魔』に対抗するために、アルン神皇国も思い切った決断をしたみたい。
とはいえ、アルン神皇国とヴェガ国の間に転移魔法陣はないので、船で海を渡って兵を送る必要があるため、時間はかかってしまうそうだ。
(それでも、凄いことだけど……)
話を聞いて、ソルティスがぼやく。
「なんか……獣国が動いただけで、世界中が慌ただしくなってきたわね」
「うん、本当に」
世界各国が動いている。
でも、そうするだけの理由があるのだと、レクリア王女の返事には書かれていた。
本来、戦争には目的がある。
その最たるものは、自国の繁栄のため、領土を広げるためのものだ。
つまり、土地を求めて戦争を起こすのである。
では、翻って今回の獣国アルファンダルとエルフの国の戦争を見てみよう。
現在、獣国軍はかなりの侵略を果たした。
エルフの国の領土を多く奪い、自国の領土とした状況になっている。けれども、獣国軍はいまだ戦いをやめる気配がなかった。
つまり、
「領土拡大が目的ではないのですわ」
と、聡明なレクリア王女の判断。
では、何が目的か?
そこで考えられるのは、50年ほど前に行われたアルン神皇国の動きである。
かつて、アルバック大陸にはたくさんの国が乱立しており、乱世と呼ばれる時代があった。
そこで小国だったアルンは戦争によって周辺国を次々と併合し、やがて、その全てを統一して、ついには世界一の大国となったのである。
結果として土地も奪ったが、目的は違った。
目的は、天下統一。
乱世を収め、平和を求めたがゆえの一大国家の設立なのだ。
「…………」
その事実を、今の獣国アルファンダルに当てはめる。
そこから見えてくるのは、
「獣国アルファンダルは……いえ、グノーバリス竜国は、恐らく、ドル大陸の覇権を握ることを目指しているのですわ」
その恐るべき目的だ。
7ヶ国の併合、それによる大陸統一国家の樹立。
だからこそ、エルフの国の領土を奪いながらも進軍が止まることはなく、その全てを飲み込もうと侵略を続けている。
エルフの国を落とせば、次はまた別の国へ。
そうした可能性が強い現実味を帯びている。
しかも、その裏には『魔の気配』による暗躍もあるのだ。
もしもドル大陸を統一するほどの巨大国家が生まれたとしたら、シュムリア王国、アルン神皇国であっても簡単には手が出せない。
そして、その巨大国家を裏で支配するのが『魔』の存在なのだとしたら?
(…………)
それは、世界平和に対する大きな脅威だ。
だからこそ、シュムリア王国は虎の子のシュムリア竜騎隊を派遣するし、アルン神皇国もヴェガ国へと援軍を送ることを決めたのだ
僕は、ふと思い出す。
「……そういえば、レクトアリスも言っていたっけ」
グノーバリス竜国に感じる『魔の気配』は、世界に大きな災いをもたらすかもしれない……って。
まさにその通りだったのだ。
同じ神界の同胞であるポーちゃんは、呟いた。
「あの2人に感謝」
「うん」
僕は頷いた。
ラプトとレクトアリスが教えてくれなければ、シュムリア、アルン両国もここまで思い切った決断をしなかったかもしれない。
キルトさんも「そうじゃな」と頷いている。
僕の奥さんも、
「ここで獣国軍を破れれば、グノーバリス竜国とその奥に潜む『魔の気配』の企みも阻止することに繋がりましょう」
真剣な声でそう言った。
その表情は、王国の人々のために魔物と戦う『金印の魔狩人』のそれだった。
彼女の妹も頷いて、
「そうすればエルフたちも、そしてコロンチュード様も助かるしね。がんばりましょ!」
と笑った。
敬愛する人も関わっているので、彼女のモチベーションも高まっているみたい。
(でも、その通りだ)
僕は「うん」と頷いた。
みんなも笑って、頷いている。
ふと窓の外を見れば、今夜も山の向こうの空は赤く燃え上がっていた。
でも、昨日より距離が近い。
獣国軍は、少しずつ近づいてきている。
レクリア王女の返事によれば、シュムリア王国からの増援が来るのは、準備もあって10日後とのことだ。
エルフ軍は、それまでの時間を稼ぐため、必死のゲリラ戦で獣国軍の足を遅くしている。
(どうか間に合って)
そう神界の神々に祈る。
真っ赤な夜空。
その禍々しい空の色は、僕らに決戦の時まで、あと僅かなのだと伝えていた。
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