566・ハイエルフさんとの楽しい食事会
第566話になります。
よろしくお願いします。
「それでは、準備を始めましょうか」
イルティミナさんはそう言うと、服の袖をまくり上げた。
ソルティスの家へとやって来た僕らは、すぐに台所を借りて、来訪するコロンチュードさんのための料理を作り始めたんだ。
ソルティスも「がんばるわ!」って拳を握り、気合充分だ。
そんな姉妹を微笑ましく眺めつつ、僕は、とりあえず使う野菜を水で洗っていく。
コロンチュードさんをもてなすのは、ソルティスの役目だ。
彼女自身もそれを望んでいるだろうし、だからこそ、調理をするのは姉妹に任せて、僕は下準備や裏方に徹しようと思っている。
あと、3人集まると台所も狭いしね。
ポーちゃんは泊まる予定の義母のため、寝室に寝具を用意しに行った。
ソルティスは「こういう時のために新品のシーツを買っておいたのよ!」って、嬉しそうに言っていたっけ。
そのことを思い出しながら台所を眺めれば、
「ソルは、私が言うように肉と野菜を切っていってください。落ち着いてやれば大丈夫ですからね」
「わ、わかったわ!」
仲良しの姉妹が、1つのことを協力してがんばる背中があった。
(……ふふっ)
がんばれ、ソルティス。
一生懸命な少女の横顔を見つめながら、僕は心の中でソッと声援を送ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
それから2時間後、
カラン カラン
ソルティスの家の玄関から来客を知らせる鐘が鳴った。
(お、来たかな?)
調理を終えて、ちょうどテーブルに完成した料理を並べていたソルティスは、ビクンッと背筋を伸ばした。
ポーちゃんと顔を見合わせ、一緒に玄関へと向かった。
僕とイルティミナさんは、それを見送る。
彼女の代わりに、途中だった料理を並べる作業をしていると、「い、いらっしゃいませ、コロンチュード様!」なんてソルティスの緊張した声が聞こえてきた。
それから廊下を歩く音がして、彼女が姿を現した。
「……おや?」
僕ら夫婦を見て、眠そうな翡翠色の目が少しだけ見開かれる。
そこに立っていたのは、厚手のコートにマフラーをした金髪のハイエルフさん――シュムリア王国が誇る金印の魔学者コロンチュード・レスタさんだった。
長い髪の先は床に擦れていて、寝癖もちょっと残っている。
うん……相変わらずの格好だ。
家の中なので、コートとマフラーを外して、義娘のポーちゃんがそれを受け取っている。
僕らは笑った。
「こんばんは、コロンチュードさん」
「お久しぶりですね」
「うん……久しぶり、マルマルにイルイル。まさか、2人もいるとは思わなかった……」
彼女は、そう呟く。
ソルティスに助けを求められた……なんて真相は言えないので、
「コロンチュードさんがソルティスたちに会いに来るって聞いたから、僕らもちょっと挨拶したいって思ったんだ。それで一緒に食事もできたらって思って」
と伝えておく。
もちろん、その気持ちに嘘はない。
コロンチュードさんは「……そう」と眠そうな声で返事をして、頷いた。
チラッ
見れば、ポーちゃんが感謝の視線を送っている。
(ううん)
僕は微笑み、気にしないようにと伝えた。
ちなみにソルティスは、憧れの人物の来訪にテンパっていて、それどころではなさそうだった。
その姉が微笑んで、
「今日は貴方が来るということで、妹が料理をがんばってくれたようです。よかったら、味わってやってください」
「そうなの?」
コロンチュードさんは少し驚いた顔だ。
彼女に見つめられて、ソルティスはカチンコチンになりながら「は、はい!」って元気よく答えた。
「そっか……ありがと、ソル」
ポムポム
まるで小さな子を誉めるように、コロンチュードさんの手がソルティスの頭を軽く叩く。
いや、1000歳以上のハイエルフさんから見れば、人間の少女なんて、本当に赤ん坊みたいなものなのかな……?
「ほわぁ……」
ソルティス本人は、至福の表情だ。
それから、僕らは席に着いた。
僕ら夫婦とコロンチュードさんが他愛もないお喋りをしている間に、ポーちゃんが果実酒をそれぞれのグラスに注いでくれる。
そして、
「ほ、本日はよく来てくださいました。ど、どうかゆっくりしていってくださいね。かんぱ~い!」
かんぱ~い!
ソルティスの音頭でグラスを軽く掲げ、隣の人と軽くぶつけ合う。
チリリィン
澄んだ音色が食卓に響く。
甘い果実酒を一口楽しみ、それから僕らは料理へと手を伸ばした。
姉妹が作ったのは、チーズの溶けたビーフシチューに3種類の茸パスタ、新鮮野菜のサラダ、デザートにはヨーグルトと蜂蜜のかかったフルーツ盛り合わせだ。
コロンチュードさんは、まずビーフシチューをスプーンですくった。
「…………」
その様子を、こっそり皆で窺う。
ドキドキ
コロンチュードさんの口の中にスプーンが入り、やがて、その白い喉がコクンと嚥下した。
ハイエルフさんの瞳が細められる。
「ん……美味しい」
そう呟いた。
ソルティスの表情が、大輪の花が咲いたようにパアアッと輝いた。
僕とイルティミナさんは顔を見合わせ、笑い合う。
ポーちゃんもホッと息を吐いていた。
コロンチュードさんは、素材そのままの調理をしたりする人だから、そこまで料理にこだわりはないと思っていたけど、それでも『美味しい』と言ってもらえてよかった。
(ま、イルティミナさんが手伝ったんだから大丈夫とは思っていたけど……)
それでも、僕も安心しちゃったよ。
コロンチュードさんは特に変化もなく、出された料理をモグモグと食べていく。
変化がない。
つまり、まずいとか、舌に合わないとかなく、美味しいと思ってるからこそ普通に食べ続けてもらえてるんだ。
ソルティスは感動しているのか、ちょっと涙目だ。
と、
「??? みんな、食べないの?」
コロンチュードさんが不思議そうに言った。
(……あ)
言われて、ずっと彼女1人だけが食べている状況に気がついた。
いけない、いけない。
僕は笑って、「うん、食べます」って茸パスタにフォークを刺した。
クルクル
巻いて、口へと運ぶ。
(ん……これは美味しい!)
薄塩味のパスタは程よい弾力で美味しくて、そこに茸の独特の味と香り、食感が舌を楽しませてくれる。
さすが、イルティミナさんだ。
イルティミナさんも、自分の手伝った料理に満足そうな顔である。
ポーちゃんもモグモグ食べている。
ソルティスは「えへへ……えへっ」なんて、だらしない顔で食事をしていて、味がわかっているのかちょっと疑問だった。
と、少女はハッとする。
それから、自分の姉へと視線を送って、
『ありがと、イルナ姉♪』
声は出さずに、口だけを動かして、それから嬉しそうに笑ったんだ。
それにイルティミナさんも微笑む。
僕とポーちゃんも顔を見合わせ、笑った。
「ん……いいお味」
その間も、コロンチュードさんは、姉妹のがんばって作った料理を食べてくれる。
減りが早くて、なんだか嬉しい。
「お、おかわり、ありますからね!」
と、ソルティス。
コロンチュードさんは「ありがと」と頷いて、そうして僕ら5人の食事会は、温かな心地好い時間になったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
料理を食べ終わったあとは、お茶会となった。
コロンチュードさんがお土産として、森で採取したハーブ草を持ってきてくれたので、イルティミナさんがすぐにハーブ茶を淹れてくれたんだ。
(うん、いい香り)
すっきりして、落ち着く感じだ。
匂いに敏感な僕でも、とても満足できる香りだった。
緊張していたソルティスの表情も、ようやくリラックスしたように緩んでいた。
そうして一息。
料理の感想なんかを話したりして、のんびりした時間を過ごした。
そして、
「そう言えば、コロンチュードさんはどうして王都に来たの? いつもは森にいるのに珍しいよね?」
と僕は聞いた。
実は、ずっと疑問だったんだよね。
何か用事でもあったのかな? なんて思っているんだけど。
コロンチュードさんは、こう答えた。
「ちょっと、レクちゃんに頼まれ事されて……ね」
レクちゃん?
誰? っと思って、
「レクリア王女に?」
と、イルティミナさんが驚いたように言った。
(あ、そっか)
レクちゃんって、レクリア王女のことだ。恐れ多くもコロンチュードさんは、我が国の王女様をそんな風に呼んでたんだよね。
(でも、王女様の頼み事?)
僕は首をかしげた。
ソルティス、ポーちゃんも顔を見合わせている。
コロンチュードさんは頷いて、
「エルフの国に外交に関する協力を頼めないか、私から交渉してもらいたいって……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
みんな、驚いた。
それはつまり、グノーバリス竜国に対応するために、同じドル大陸にあるエルフの国に協力を要請したってことだ。
国家的案件。
エルフの国は、現在、鎖国中だけど、シュムリア王国とは魔血の赤子の引き取り先としての多少の縁ができている。
そのきっかけとなったのは、コロンチュードさんだ。
彼女はエルフの国において、3大長老の1人という偉い立場なんだ。
また彼女が所属する『冒険者ギルド・草原の歌う耳』の地下にある彼女の研究室には、エルフの国と繋がる『転移魔法陣』も設置されている。
遠いドル大陸にも、一瞬で行けるし、いつでも交渉できる立場だった。
(そっか)
そんな重大な役目のために、王都まで来てたんだね。
コロンチュードさんが言うには、王国としてどういう要求があるのか確認した段階で、まだ実際にエルフの国まで交渉には行ってないんだって。
「交渉、できそうなの?」
僕は聞いた。
彼女は、寝癖のある金髪を揺らして、首を左右に動かす。
「わかんない」
「…………」
「エルフたちにとっては、竜国の脅威なんて気にしてないだろうし、間に獣国アルファンダルもあるから、切羽詰まった状況とも感じないかもしれない。正直、微妙」
そうなんだ……。
シュムリア王国からの要求には、大まかに3項目があるそうだ。
1つ目は、グノーバリス竜国の脅威を、最も狙われるだろう獣国アルファンダルに警告して欲しいとのこと。可能なら、アルファンダルにも協力を要請したいって。
2つ目は、エルフたちに竜国を調査して欲しい。要するに、諜報活動をして欲しいってことだ。でも、これにはエルフたちの危険が伴うので難しいかもしれない。
3つ目は、もし諜報できないのであれば、それを自分たちでするので、シュムリア諜報部隊の入国を許可して欲しいってこと。
どれも重要なことだ。
だけど、
「エルフは長命だから気が長くて、変化を嫌う。だからか、とっても頑固。……あまり期待できない」
と、コロンチュードさん。
考えたら、前に『神霊石の欠片』をもらう時も、世界の危機だっていうのになかなか交渉が大変だったもんね。
今回も同じ。
あるいは、明確な世界の危機の証拠がない分、より難しい交渉かもしれない。
特にエルフは人間とは違う時間感覚で生きているから、下手をしたら、交渉の結論を出すのが数十年後なんて可能性もあるそうだ。……いや、冗談じゃなくてね。
コロンチュードさんはため息をこぼす。
「気が重い……」
そうぼやいた。
でも、そうぼやいたってことは、それだけ気が重い交渉だけど、ちゃんと交渉しに行ってくれるってことだ。
僕の視線に気づいて、
「まぁ、魔に関係する国というなら、大事な義娘も無関係ではいられないだろうからね。義母としてがんばるよ」
と、少し困ったように笑った。
(……コロンチュードさん)
ポーちゃんはそんな義母を見つめて、そしてコロンチュードさんも優しい眼差しを返している。
ソルティスも、
「よかったね、ポー」
そう微笑みながら、幼女の背中に触れていた。
そうしてコロンチュードさんが王都にいた理由を知ったり、他愛もない話をしたりしながら、お茶会の時間は過ぎていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあ、またね」
「おやすみなさい、ソル、ポー、コロンチュード」
夜の9時ぐらい、僕とイルティミナさんの夫婦は、ソルティスの家をあとにしようと玄関に立っていた。
3人も見送りに来てくれている。
「今日はありがと、イルナ姉」
ソルティスは、姉に抱きついて、そう笑った。
姉も微笑み、優しくその髪を撫でている。
ポーちゃんは僕を見つめて、
「夜は冷える。風邪を引かないように気をつけて帰って欲しい、とポーは伝える」
なんて言った。
僕は「うん」と頷いておく。
そんな義娘の頭にポンと手を乗せながら、コロンチュードさんが僕ら夫婦を見つめて、
「マルマルとイルイルにも会えて嬉しかった。……料理も美味しかった、よ」
そう言って、微笑んでくれた。
いつも眠そうな顔をしているので、こうして笑ってくれるのは珍しい。
夫婦でちょっと驚いてしまった。
それに最後の一言。
(……もしかして?)
僕らがいた本当の理由に、この『金印の魔学者』であるハイエルフさんは気づいていたのかな?
でも、それは聞かぬが華だ。
それから僕らは「さようなら」と手を振って、夜の道を歩きだした。
3人の見送りの姿も遠くなり、やがて見えなくなる。
はぁ……。
吐く息が白い。
楽しくて賑やかな空間にいたから、こうして静かな夜の世界で2人きりになると、何だか妙な物悲しさを覚えてしまう。
キュッ
その心を温めるように、僕らはお互いの手を握った。
「…………」
「…………」
笑顔を交わし合う。
人気のない夜の道を、夫婦で歩きながら、
「今日は楽しかったね」
「はい」
「ソルティスの料理、美味しかったよ。さすがイルティミナさんが手伝っただけのことはあるよね。本当にお疲れ様」
「ふふっ、いいえ」
彼女ははにかんだ。
それから、
「こちらこそ、妹のことで面倒をかけましたね」
なんて言う。
僕は「ううん」って首を左右に振った。
「突然だったから驚いたけど、こういうのも楽しいから。それに、コロンチュードさんに会えたのも嬉しかったしね」
「ふふっ、そうですね」
彼女も柔らかく微笑む。
コツ コツ
街灯に照らされる石畳の道に、僕らの足音だけが響く。
夜の空気は冷たい。
イルティミナさんは、ふと夜空を見上げて、白い吐息を長くたなびかせた。
「コロンチュードが頼まれた交渉は、かなり難航するでしょうね」
ポツリと呟いた。
僕は、奥さんの顔を見る。
彼女の真紅の瞳は、遠い何かを見つめるように細められていて、
「王国の要求は、踏み込んだ内容ばかりでした。竜国への警戒もありますが、同時に恐らく王国は、これを足掛かりにエルフの国に国交を開かせたいのかもしれません」
「…………」
それは、レクリア王女の策なのかな?
世界を守るために動きつつ、その先の未来のためにも動いている。
その事実に、僕は少し呆けてしまった。
イルティミナさんは言う。
「コロンチュードの双肩には、両国の未来という重さがかかっているようですが、さて本人はわかっているのでしょうかね?」
どうだろう?
そういう責任を負うのは、きっとコロンチュードさんは嫌いだろうけど。
(でも、優しいからなぁ)
だから、わかってても、頼まれたらがんばろうとしてくれると思うんだ。
僕も夜空を見る。
たくさんの星々が煌めていて、紅白の月が美しく輝いていた。
僕は笑って、
「いい未来があるといいね」
「そうですね」
僕の言葉に、イルティミナさんも微笑んだ。
そうして僕ら夫婦は、お互いの手を握ったまま、冬の夜道を自宅へと帰るために歩いていったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次回更新は、来週の金曜日9月23日(0時以降)を予定しています。もしよかったら、どうかまた読みに来てやって下さいね。よろしくお願いします♪




