564・異国の事情
皆さん、こんばんは。
月ノ宮マクラです。
先週は急にお休みを頂き、申し訳ありませんでした。
おかげ様で現在は、体調も回復しております。ご心配して下さった皆さん、本当にありがとうございました。
(※休載理由については、8月24日の活動報告にありますので、もし気になる方がいらっしゃいましたらそちらをご覧下さいね)
2週間ぶりとなりますが、本日より、またマールの更新を再開いたしたいと思います。
どうか彼らの物語を再び楽しんで頂けましたら幸いです♪
それでは本日の更新、第564話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
「ようやく帰ってこれたね」
アルン、シュムリア両国の国境砦で手続きを終えたあと、シュムリア国境兵に借りた竜車に乗り込んだ僕は、大きく息を吐いた。
キルトさんは「そうじゃの」と笑う。
ソルティスも「疲れたわ~」と座席に座り込み、そんな少女を労うようにポーちゃんがその肩を軽く叩いていた。
僕の隣に座ったイルティミナさんは、
「今回は、強行軍で帰ってきましたからね。さすがに疲労は感じてしまいます」
と頷いて、僕の頭を抱きしめる。
(わ?)
スンスン
茶色い髪の中に鼻を入れて、匂いを嗅がれてしまった。
ちょっと恥ずかしい。
けど、イルティミナさんは僕のことを抱きしめたり、撫でたり、匂いを嗅いだりすると落ち着くらしいので、僕は旦那としてされるがままだ。
……け、決してペットじゃないぞ?
そんな僕ら夫婦に、キルトさん、ソルティスは苦笑している。
それから、
「王都までは、まだしばらくかかる。じゃが、もう少しの辛抱じゃ」
「うん」
「はい」
「そうね~」
「…………(コクン)」
キルトさんの言葉に、僕らは頷いた。
ラプト、レクトアリスと夢で出会ったヒュパルス寺院をあとにしてから、すでに1ヶ月が経っていた。
当初の予定通り、近くの街まで急ぎ、そこから神帝都アスティリオの皇帝陛下宛てに『翼竜便』を飛ばしてもらったんだ。
確実に届くように、3通もね。
1通1万リド、100万円もしたので300万円の出費だ。
でも、それぐらいの一大事。
グノーバリス竜国に『魔の気配』があり、世界に災いが降りかかるかもしれない……なんて、『闇の子』の脅威を経験した僕らには、恐ろしい可能性だったんだ。
翼竜便を飛ばしたら、僕らは即、シュムリア王国を目指した。
王国に戻って、レクリア王女たちの指示を仰ぎ、必要ならばすぐに動くためだ。
そのために、休憩も少なく、竜車を何台も乗り潰すような方法で、とにかく速度重視、時間を惜しんでの移動を行った。
おかげで、通常の3分の2の日数で国境に到達した。
あとは、ここからシュムリア王国の王都ムーリアまで、同じような強行軍で向かうんだ。
ガタガタ ゴトゴト
いつもより激しい振動を立てながら、竜車は街道を走っていく。
窓の外は、もう夜だ。
街道には『灯りの石塔』が並んでいるので走ることはできるけれど、本来なら夜は、安全のために停車して休んだり、ゆっくり進むんだ。
こんな風に走らない。
おかげで、ゆっくりした睡眠もとれなくて大変だ。
(……でも)
僕は、窓の外の夜空を見上げる。
紅白の月が輝き、美しい星々が煌めいている。
でも、もしグノーバリス竜国が、その魔の気配が動きだしたなら、こうした平和な時間は崩れ去り、もっと大変なことになってしまうんだ。
(だから今は、一刻も早く王都へ!)
ギュッ
拳を握り締める。
イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんも、いつもより緊張感のある雰囲気だ。
ガタゴト ガタタン
車両が跳ねる。
その振動に耐えながら、僕ら5人は、夜の街道をただひたすらに急いで王都を目指したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
本来、2週間かかる道を10日で走り切った。
「見えた、王都だ!」
窓から身を乗り出して、僕は叫ぶ。
およそ、5ヶ月ぶりに帰ってきたシュムリア王国の首都は、いつものようにたくさんの馬車や竜車の渋滞ができていた。
僕らの竜車は、その脇を走り抜ける。
慌てて止めに来た兵士さんたちには、
「王家に伝える緊急の用です。このまま通してください」
イルティミナさんが右手に黄金の魔法紋を輝かせ、『金印』の肩書を使って通行の優先を訴え、兵士さんたちに驚かれながらも、即、了承してもらった。
(そういえば4年前に、キルトさんも同じことしたっけ)
少し懐かしく思い出してしまったよ。
そうして僕らは、簡単な手続きのみで王都内に入ることが許された。
そのまま、大通りを走って『王城』に向かう。
アルン皇帝陛下へと送った書状には、シュムリア王国にもすぐに同じ情報を送って欲しいと頼んであったから、すでにレクリア王女たちにも情報は届いているはずだ。
帰還した僕らの今後についても、すでに決まっているだろう。
お城の門番となるシュムリア大聖堂で、緊急の案件でレクリア王女に面会したいと伝えると、30分ほどで許可が下りた。
これは結構、早い。
いつもなら、1時間以上かかるからね。
(やっぱり、レクリア王女たちも僕らが帰ってくるのを待っててくれたんだね)
そうわかった。
そうして僕ら5人は、疲れた身体に鞭を打って、神聖シュムリア王城へと登城したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「よくこれほど早く帰ってきてくれました」
訪れた僕らを迎えてくれたのは、いつもの空中庭園だった。
冬近くとも咲き誇る花々の中で、何よりも美しく咲いているレクリア王女は、その蒼と金のオッドアイの瞳で僕らを見つめた。
僕らは跪く。
キルトさんが代表するように、
「マールが聞いたラプトたちの話の内容は……?」
と確認する。
レクリア王女は大きく頷いて、「すでに聞き及んでおります」と厳しい声で答えられた。
彼女は吐息をこぼす。
「思わぬ凶報に、皆、驚かされましたわ。まさか、彼の竜国にそのような脅威が存在していたなど、夢にも思っておりませんでしたから」
(……うん)
それは僕らも同じだったよ。
レクリア王女は顔をあげ、
「ですが、朗報でもありました。手遅れになる前に、それを知れたのですから」
と笑った。
彼女は僕の前でしゃがむと、そのたおやかな手で僕の手を優しく握った。
「ありがとう、マール様」
「え?」
「こうしてラプト様、レクトアリス様の警告を聞くことができたのも、全てはマール様のおかげですわ。マール様がその夢をただの夢と思わなったからこそ、わたくしたちはそれを知れたのです」
「…………」
「マール様は、本当に『救国の神狗』……いえ、『救世の神狗』なのですわね」
救世って……いやいや。
(そんな大げさな奴じゃないですよ、僕)
たまたま偶然が重なっただけで、それを知ることができたのだって、多くの人が協力してくれたからだ。
レクリア王女やアルンの皇帝陛下、フレデリカさんと将軍さんの父娘、クパルト僧院長さん、色んな人が関わって、力を貸してくれた結果なんだ。
そして、僕もその関わった1人だっただけ。
それだけなんだ。
そんなことを言ったら、レクリア王女は手で口元を隠しながら、おかしそうに笑われた。
「その全ての始まりとなり、その中心となったのがマール様なのですよ?」
だって。
そんなことないよ?
僕はそう思ったんだけど、キルトさんは笑っているし、イルティミナさんは『うんうん』と頷いていたりする。
ソルティスは、少し仏頂面。
ポーちゃんは、いつもと変わらない無表情だった。
むむむ……?
なんだか、みんなの視線が向けられて落ち着かない。
僕はコホンと咳払い。
「そ、それよりも、あれからグノーバリス竜国に何か動きはありませんでしたか?」
と聞いた。
レクリア王女は頷く。
「今のところ、動きはありません」
そっか。
僕はホッとする。
「ただ、彼の竜国の動きを知るのは、とても難しく、できる限り情報を集めていますが、遠方ゆえに後手に回る可能性はあるかもしれません」
竜国は、鎖国中だ。
しかも、竜人という単一種族の国家なので、諜報活動も難しいのだとか。
おまけに、遠い別大陸。
情報の鮮度という意味でも、どうしても厳しい面があるんだって。
(なるほどね)
本来ならシュムリア王国と関係の浅い、遠い異国であるはずだから、これまでもあまり詳しい情報を集めていなかったそうだ。
なので今は、必死に情報集め中らしい。
キルトさんは問う。
「わらわたちは、どのように動けばよろしいでしょうか?」
「今まで通りに」
レクリア王女は、そう答えた。
ちょっと驚く。
「現時点では、特筆すべき点がありません。なので皆様も、今まで通りの生活をなさっていてください。ただし、いつでも動けるように王都近郊にいてくださいまし」
招集があったら、即、応じられるように。
2週間ほどの距離までで、王都の外にクエストなどで出ることも許可してくれるそうだ。
そんな制限付きの自由。
僕らは「わかりました」と了承した。
レクリア王女様も満足そうに頷かれて、
「此度は本当に大儀でした。安心できる状況とは言い難いですが、どうか皆様、今日ぐらいは、ゆっくり旅の疲れを癒してくださいましね」
そう優しい笑顔と労いの言葉を贈ってくれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
王城を出たあと、僕らは『冒険者ギルド・月光の風』にも顔を出した。
「おかえりなさい、みんなお疲れ様」
ギルド長室に通された僕らは、真っ白な獣人のお姉さんに1人1人抱きつかれながら、長旅からの帰還を喜んでもらえた。
キルトさんは苦笑しながら、
「ただいまじゃ、ムンパ」
と、幼馴染の背中を軽く叩いていた。
やがて、ソファーに腰を落ち着けて、僕らはムンパさんがどの程度まで情報を知っているのか、確認をすることにした。
そうしたら、
「全てレクリア王女から聞いているわ。イルティミナちゃんたちの行動制限についてもね」
って言われてしまった。
なるほど、ムンパさんって、レクリア王女からとても信頼されているんだね。
あるいは、僕……というか、『金印の魔狩人』であるイルティミナさんが所属する関係で、そのギルド長には、きちんと情報を伝えることになってるのかもしれない。
キルトさんは「そうか」と頷いた。
ムンパさんは、
「今後については、イルティミナちゃんには王都近郊の金印クエストを、リカンドラちゃんにはそれより遠方の金印クエストを中心に受けてもらうみたいね」
とも教えてくれた。
(そうなんだ?)
確かに金印のクエストは各地であって、イルティミナさんかリカンドラさんのどちらかが受けなければいけないけど……でも、どうして、そう分担されたんだろう?
イルティミナさんとリカンドラさん、配置が逆でも悪くないのに。
そう疑問に思ったら、
「それはマール君の存在よ」
って、ムンパさんに言われちゃった。
僕は『神狗』で、やっぱり『魔の存在』に対する特攻があるみたいな印象を持たれてるらしいんだ。
これまでにも『闇の子』や、他の『悪魔の欠片』も4体、狩ってるからね。
もちろん、リカンドラさんも優秀だ。
だけど、これまでの実績から考えて、僕とセットのイルティミナさんを、いざという時のために対グノーバリス竜国用の配置にしたのだそうだ。
「だから、しばらくは、そうした近郊のクエストだけを斡旋するからね」
ムンパさんはそう微笑んだ。
僕らも頷いた。
僕、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんの4人は冒険者としてそれでいいとして、引退した旅人のキルトさんはどうするんだろう?
そう聞いたら、
「わらわも、しばらくは王都に残る」
とのこと。
当面の間は旅に出るのはやめて、王都に残りながら情報を集めるつもりだそうだ。
「まぁ、長く旅続きだったしの」
少しは腰を落ち着けて生活するのも悪くないじゃろう……って、苦笑しながらキルトさんは言ったんだ。
ムンパさんは「そう」って、ちょっと嬉しそうだった。
滞在するのは、やっぱりギルドにあるキルトさん専用の部屋だろうしね。
大切な幼馴染の友人が同じギルドで生活してくれるのは、ムンパさんとしても、きっと心強いのかもしれない。
そんな感じで、ムンパさんとの話も終わった。
そして、その日は時間も遅くなっていたので、僕ら5人はキルトさんの部屋に泊めてもらうことになったんだ。
「ま、もはや通例じゃな」
「あはは」
キルトさんの言葉に、僕はつい笑ってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
「あぁ、いいお湯だった~」
久しぶりのお風呂を頂いて、僕は身体だけでなく心もホカホカしながら笑ってしまった。
一緒に入ったイルティミナさんも「気持ち良かったですね」と微笑みながら、少し湿ってより艶めいた長い深緑色の髪をタオルで拭いている。
ちょっと色っぽい。
先に入ったソルティスは、ソファーで「んあ~」と伸びていた。
疲れが出たのかな?
その隣で、ポーちゃんも真似をして手足をダラ~ンと伸ばしていた。
そんな風呂上がりの僕らの前には、テーブルに並べられたギルドが用意してくれた夕食の料理があった。
「っくぅ~」
キルトさんは1足早く、ジョッキのお酒を飲んでいる。
強行軍の間は飲めなかったのもあってか、風呂上がりの冷えた1杯は、心身共に染み渡っているみたいだ。
(よかったねぇ)
僕とイルティミナさんは、一緒に笑ってしまった。
それからは食事の時間だ。
帰りの旅の間は、やっぱり携帯食料が多かったから、こうしたちゃんとした料理も久しぶりだ。
(ん、美味しい~!)
頬が落ちちゃうよ。
食いしん坊ソルティスも幸せそうに食事をしていて、ポーちゃんも甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
イルティミナさんは優雅に。
キルトさんはお酒を楽しみながら、料理を口にしていた。
王女様に会って話もしたから、旅の間にあった緊張感も少しだけ緩和されて、他愛ない話にも花を咲かせながら食事の時間は続いた。
やがて、皆、食べ終わる。
イルティミナさんがお茶を淹れてくれて、食後のお茶会だ。
そこで僕は、
「グノーバリス竜国って、どんな国なんだろ?」
ふと呟いた。
みんなが僕を見る。
それから、イルティミナさんが口を開いた。
「そうですね。まずはドル大陸の最北の国であり、竜人至上主義を掲げて、竜人のみが暮らしている鎖国中の国だと聞いていますね」
うん、それは僕も知ってる。
ソルティスがデザートのケーキを食べながら、
「一応、グノーバリス竜国に接しているのは、『獣国アルファンダル』と『ジンガ国』の2国よね」
「ジンガ国?」
初めて聞く名前だ。
「人間と獣人が暮らすヴェガ国みたいな国よ。ジンガ王家とヴェガ王家、それと別のもう1国のラルンガ王家は、元々、とある1つの王族の3兄弟がそれぞれに国を興したのが始まりよ」
そうなの?
(つまり、遠い血縁のある国なんだね)
ソルティスの話によれば、ドル大陸は3つの鎖国中の国と、4つの国交を開いている国があるそうだ。
ジンガ国、ヴェガ国、ラルンガ国とトカゲ人の国の4つが国交を開いている国。
グノーバリス竜国、獣国アルファンダル、エルフの国の3つが鎖国中の国。
まぁ、エルフの国に関しては、少子化問題解決のため、魔血の赤子を殺さずシュムリア王国に送るという形で、少し国交が生まれたけどね。
でも、単純な貿易だったり、人の往来はまだない。
今後はどうなるかわからないけど、エルフは長命で気が長いから、国交が開かれるのは僕らが死んだあとかもしれないって、ヴェガ国のアーノルド王が冗談にしてたっけ。
閑話休題。
で、その獣国アルファンダルとジンガ国が、噂のグノーバリス竜国に隣接してる。
「でも、戦争になって狙われるのは、アルファンダルね」
とソルティス。
「どうして?」
「グノーバリスとジンガの境には、長くて峻嶮な山脈があって軍が侵攻できないからよ。だから、攻めるのが可能なのは、アルファンダルだけになるの」
へぇ、そうなんだ?
つまり、天然の要害によってジンガ国は、グノーバリス竜国から守られているんだね。
「そういうこと」
ソルティスは、そう笑った。
キルトさんは、盃のお酒を見つめて、
「本来なら、獣国アルファンダルに竜国の脅威を伝えてやりたいのじゃがの。何しろ、そこも鎖国中じゃからの」
「…………」
その呟きに、僕らも黙ってしまった。
獣国アルファンダルは、やはり獣人のみが暮らしていて、獣人至上主義の考えが広まった国らしい。
人間と獣人の混血も認めない。
ある意味、グノーバリス竜国と同じ方向性の国なんだ。
(そっかぁ)
僕は、ちょっと遠い目だ。
人種の差っていうのは、やはり人々が『自分たちの身内』と『切り捨てられるもの』を区別するための境となるらしい。
世の中には、色々な考えがあっていい。
そうは思うけれど、そうした考え方が、僕にとってはちょっと悲しく感じられてしまうんだ。
「……マール」
そんな僕に気づいたのか、イルティミナさんが慰めるように髪を優しく撫でてくれた。
(……ん)
ありがと、イルティミナさん。
どちらにしても、竜国の脅威は、獣国アルファンダルには伝えられない。
というか、その方法がない。
それ以前に、やはりグノーバリス竜国と同じ理由で、獣国アルファンダルの情報そのものが少ないそうなんだ。
ソルティスは言う。
「やっぱ遠いのよ、ドル大陸は」
アルバック大陸で暮らすシュムリア、アルンの人々にとっては、どうしても別世界の話になってしまうんだ。
そして、それは仕方のないことだと思う。
(……これまでは、ね)
だけど現在、そこに『魔の脅威』があるのなら、そうも言っていられない。
それは世界全体の問題だからだ。
放置すれば、世界が滅ぶ……かもしれない。
「何とかして、アルファンダルに危険が迫っていることを教えることはできないのかな?」
僕は呟く。
キルトさんは「ふむ」と唸る。
「恐らく、レクリア王女も親交のあるアーノルド王とヴェガ国を介して、何とか対話を試みると思うがの。しかし、上手くいくかどうか……」
何しろ、ヴェガ国とも国交がないのだ。
あとは、
「同じ鎖国中のエルフの国なら、上手く話せたりしないのかな?」
「どうでしょう?」
僕の言葉に、イルティミナさんは首をかしげた。
「アルファンダルの人々は、エルフに対しても人間と同じ下等種と見ているでしょうから聞く耳があるとは思えません。それ以前に、敵対的警戒があるかもしれませんよ」
実は、獣国アルファンダルとエルフの国は、南北で隣接してるらしい。
北が獣国アルファンダル。
南がエルフの国。
鎖国中の両国で、国境が面しているからこそ、お互いに緊張関係が生まれてしまうのだそうだ。
(…………)
なんて難しいんだ。
このままだと、もしかしたらグノーバリス竜国は、獣国アルファンダルに侵攻するかもしれない。
もし獣国アルファンダルが落ちたら?
(次はエルフの国が……襲われる?)
僕は蒼白になった。
世界の宝のエルフさんたちがそんな目に遭うなんて、そんなの絶対に駄目だ。
いや、それ以前に、エルフの女王ティターニアリス様やアービタニアさん、ベルエラさん、ティトテュリスさん、シャクラさんのご両親、知っている人が大勢いる。
その人たちが戦渦に巻き込まれるなんて考えたくない。
「…………」
「……マール」
うつむいてしまった僕を、イルティミナさんが心配そうに見ている。
キルトさんは、
「まぁ、心配になることは多々あるがの。今はレクリア王女やシュムリア、アルン両国の判断を信じて、状況を静観するしかあるまい」
キュッ
そう言って、盃の中身のお酒を一気に飲み干した。
…………。
…………。
…………。
お茶会が終わって、僕らは寝室へと移動した。
僕とイルティミナさんは、2人きりで一緒の部屋にしてもらえた。
もちろん、ベッドも1つだ。
「さぁ、いらっしゃい、私の可愛いマール」
ベッドに横になったイルティミナさんが、その白い両手を広げて、甘く僕を誘ってくる。
僕はその腕の中に吸い寄せられた。
(ん)
甘やかな匂い。
温かくて、柔らかくて、弾力があって心地好い感触だ。
色々と考えてしまうことは多いけれど、今だけは、イルティミナさんの優しさに甘えて忘れてしまえそうだった。
髪にキスをされる。
それが心地好くて、僕は長い吐息をこぼした。
「ふふふっ」
イルティミナさんが少女のように笑った。
旅の疲れもあってか、まぶたが重い。
僕は両手を彼女の背中に回して、ギュッと力を込めて抱きしめた。
イルティミナさんは嬉しそうに「あぁ……」と声をこぼして、僕のことも抱きしめ返してくれる。
「おやすみ、イルティミナさん……」
僕は小さな声で伝えた。
イルティミナさんは頷いて、僕の髪を白い指で優しく梳いてくれながら、
「はい、おやすみなさい、私の可愛いマール。どうか良い夢を……」
そう耳元に甘く囁いてくれる。
耳が幸せ……。
感じるイルティミナさんの存在に安心しながら、僕はまぶたを閉じる。
トクン トクン
彼女の鼓動を感じる。
その心地好いリズムを子守唄に、僕の意識は、そのまま眠りの世界に落ちていった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の金曜日9月9日の0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




