563・神言霊を伝えて
第563話になります。
よろしくお願いします。
「おはようございます、マール。もう朝ですよ?」
愛しいイルティミナさんの優しい声で、僕は目を覚ました。
窓からの太陽の光に、深緑色の艶やかな髪の輪郭が煌めいていて、なんだかとっても綺麗だった。
青い瞳を細め、僕は微笑む。
「ん……おはよう、イルティミナさん」
それを受けて、大好きな僕の奥さんも笑ってくれた。
その白い手が僕の髪を撫で、
「ん」
チュッ
唇に軽く『おはようのキス』を落とされる。
……幸せ。
ホニャリと表情を緩ませる僕に、イルティミナさんも少し頬を赤らめながら微笑んでくれたんだ。
…………。
…………。
…………。
目を覚ましたのは、僕が最後みたいだった。
キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの3人はもう起きていて、寺院の人が朝食の御膳も運んでくれていた。
僕も慌てて起きる。
(二度寝したからかなぁ?)
いつもの眠りのリズムが崩れちゃったのかもしれない。
朝食の席に着くと、
「おはようじゃ」
「おそよ~さん、お寝坊マール」
「おはよう、とポーは挨拶する」
3人もそう笑いかけてくれた。
僕も「おはよう」って笑顔を返す。
すると、ソルティスが機嫌良さそうに、隣のポーちゃんの肩を抱き寄せて、
「あのね、聞いて、マール。昨夜ね、ポーの夢の中にラプトとレクトアリスが出てきたんだって!」
と言った。
見れば、ポーちゃんは無表情ながらもちょっと嬉しそうだった。
(そっか)
ラプトとレクトアリス、約束守ってくれたんだね。
僕も嬉しくなる。
ただ、まだ夢の内容については、ポーちゃんから聞いてないみたい。
僕が起きてくるのを待って、朝食の席で話そうってことになったみたいなんだ。
あらら、待たせちゃったんだね。
ちょっと申し訳なく思いながら、僕も言った。
「えっとね、昨夜、僕の夢の中にも、ラプトとレクトアリスが出てきてくれて、色々と話すことができたんだ」
「え?」
「まぁ、そうなのですか?」
「ほう?」
ソルティス、イルティミナさん、キルトさんは驚いた顔だ。
ポーちゃんは、夢の2人から聞いていたのか、驚いた様子はなかった。
それから、朝食を食べながら話をした。
基本、ポーちゃんは無口なので、僕が説明する感じになった。
「ラプトたちがここまで僕らを呼んだのは、3つの理由があってね。1つ目は、ここみたいに『神界の門』の近くだとこうして夢の中で話ができるらしいんだ」
それで僕らが呼ばれた。
詳しい原理は、レクトアリスに言われたことを伝えたけれど、僕自身はわかってないってことも言っておいた。
でも、ソルティスはやっぱり「へぇ、そんな現象が起きるんだ?」と理解してる感じだったよ。
イルティミナさん、キルトさんは「?」って感じ。
それから、
「2つ目は、ヒュパルス寺院の近くに魔物が巣を作ってたでしょ。その魔物に寺院の人たちが襲われないように、僕らに何とかしてもらいたかったみたい」
2人とも優しいよね。
自分たちのために尽くしてくれた一族を見捨てられなくて、こうして神界からも助けの手を伸ばそうとしてくれるんだから。
キルトさんも笑って、
「ラプトたちらしいの」
と頷いていた。
イルティミナさんとソルティスの姉妹も顔を見合わせ、「本当ですね」、「ね?」って笑い合っている。
ポーちゃんも優しい顔だ。
そして、姉妹の姉の方が僕を見て、
「それで、3つ目の理由は?」
と聞かれた。
…………。
すぐに答えられなかった。
ポーちゃんもちゃんと聞かされているのか、少しだけ沈んだ雰囲気の無表情だった。
その変化に、姉妹は気づく。
「マール?」
「ポー? どうしたの?」
キルトさんも表情を正して、その力強い視線で話すように促してくる。
僕は息を吐く。
それから顔をあげて、伝えた。
「3つ目の理由は、警告。実は、グノーバリス竜国から強い『魔の気配』が感じられるんだって。このままだと、世界に災いが襲いかかるだろうって言われたんだ」
◇◇◇◇◇◇◇
「グノーバリス竜国に『魔の気配』じゃと?」
キルトさんが黄金の瞳を見開いた。
イルティミナさんはその美貌を少し険しくして、ソルティスは「は……?」と呆けたように口を開けた。
僕は「うん」って頷く。
ポーちゃんを見るけど、
「ポーも、ラプトとレクトアリスの2人から、マールと同様の話を聞かされた、と証言する」
そう答えた。
3人の人間は、黙ってしまった。
キルトさんは腕組みしながら考え込み、
「詳細は?」
と聞かれた。
僕は首を左右に振って、
「それ以上のことは、2人もわかってないみたい。ただ『闇の子』みたいに強い『魔の気配』があるような感じの話し方だったよ?」
「……むう」
キルトさんは唸ってしまった。
ソルティスは「本当なの?」と相棒を見て、ポーちゃんは「本当」と頷いていた。
イルティミナさんは吐息をこぼす。
「そうですか。……大きな『魔』のいない平和な世になったと思っておりましたが、残念な話ですね。しかし、その事実を知れたことは良かったと思います」
凛とした美貌でそう言った。
僕は、そんな自分の奥さんを見る。
笑って、
「うん、そうだよね」
と応じた。
イルティミナさんも笑ってくれる。
そんな僕らを見て、キルトさんも「ふむ」と頷き、
「そうじゃな。朝から気の重い真実を聞いてしまったが、知らなければ、事が起きるまで何の対応も取れなかったかもしれぬ。そこはあの2人に感謝せねばの」
と、こちらもようやく笑顔を見せた。
(うん、その通りだ)
ラプトとレクトアリスは、僕らを心配して、こうまでして伝えてくれたんだ。
それは本当にありがたいこと。
ソルティスも「そっか……そうよね」と、やっと気を取り直したみたいだった。
ポーちゃんも、そんな相棒に安心した様子だ。
僕はキルトさんを見て、
「それで、僕らはこれからどうしたらいいと思う?」
と聞いた。
もちろん、アルン、シュムリア両国に伝えるべきだと思うんだけど、そのあと、どう行動するのが最善なんだろう?
他の3人の視線も、キルトさんに集まる。
キルトさんは「ふむ」と頷いて、
「まずは下山し、近くの街へと向かい、アスティリオの皇帝陛下、ダルディオス将軍宛てに翼竜便を出す。そこからシュムリア王家へも連絡をしてもらおう」
と言った。
国境を越えて手紙を届ける場合は、アルン皇家の許可をもらった方が速いそうなんだ。
「そして、翼竜便を出したら、わらわたちはその足でシュムリア王国に戻る」
「王国に戻るの?」
「そうじゃ」
確認する僕に、キルトさんは頷いた。
その黄金の瞳が、僕の隣にいる美人の奥さんを見つめる。
「イルナはシュムリア王国に所属する『金印の魔狩人』じゃ。今後、何か動かねばならぬ時は、王国の指示に従う必要がある。そのためにも一刻も早い帰国が必要じゃ」
なるほど。
イルティミナさんも先代の『金印』の言葉に頷いた。
キルトさんは僕らを見回して、
「もちろん、それはそなたらも、そしてわらわ自身にも同じことが言えようぞ」
と付け加えた。
そうだね、僕らはシュムリア国民なんだ。
キルトさんは未来を見る目をしながら、
「今後、グノーバリス竜国に対してどう動くか、どう対応するかを決めるのは、両国の首脳陣じゃろう。何しろ相手も国じゃからの。個人ではどうにもならぬ」
その言葉に、僕らは頷いた。
それはそうだ。
(相手が遠い海を渡った異国じゃ、さすがに僕らだけでは手が出せないよ)
だから、多くの人の協力が必要なんだ。
ソルティスが唇を尖らせる。
「もしかして、最近、そのグノーバリス竜国に不穏な噂があったのって、その『魔の気配』とやらが関係してるのかしら?」
「かもしれぬ」
キルトさんは認めた。
「少なくとも、戦争準備など正気とは思えぬ行動であるからの」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
僕らは黙り込んでしまった。
戦争……。
もし本当に戦争が起きてしまえば、どれほどの犠牲が出てしまうんだろう?
それは何としても止めなければ。
そこに『魔の気配』が関わっているのなら、それこそ『神狗』として何としてもだ。
ギュッ
拳を握り締める。
気づいたイルティミナさんが、そんな僕の拳に、ソッと白い手を重ねてくれた。
見つめ合い、僕らは小さく笑った。
キルトさんは難しい顔をしながら、
「しかし、グノーバリス竜国と接するのは『獣国アルファンダル』か。もし狙われるとすれば、まずこの国であろうが……厄介じゃの」
と呟いた。
(厄介?)
僕らの視線に気づいて、
「獣国アルファンダルも、グノーバリス竜国と同じで人族や混血種との関わりを持たぬ『獣人』のみの単一種族が暮らす閉鎖国家じゃからの。どことも国交がないのじゃ」
キルトさんはそう教えてくれた。
そうなの?
鎖国って言えば、ちょっと前までエルフの国も同じだったよね。
前に僕らが『神霊石の欠片』を求めて、コロンチュードさんと一緒に強引に行ったことで、今は少しシュムリア王国とヴェガ国と交流が生まれたみたいだけどさ。
…………。
僕は言う。
「ドル大陸の国って、鎖国してる国が多いね」
「そうじゃな」
キルトさんは苦笑した。
でも、ソルティスは、
「今はないけれど、アルバック大陸でも半世紀ぐらい前までは鎖国してる国も多かったのよ」
なんて言った。
「え、そうなの?」
「そうよ。アルンが今の国土を統一する前で、たくさんの国が乱立して戦国時代だったし、テテト連合国だってまだ連合してなくて、20以上の小国が戦争してたしね」
「…………」
そ、そうだったんだ……。
(全然、知らなかった)
そうして言われると、人の歴史の中で『平和な時代』っていうのは、本当に短いのかもしれない。
…………。
僕らは今が平和だから、それが当たり前に感じているけれど、現実は違って、むしろ平和じゃないことが当たり前なのかな?
きっと今ある平和は、たくさんの犠牲の上に作られたんだ。
僕らは、それを忘れずに、この平和を大事にしなければいけない。
(……うん)
もしグノーバリス竜国が凶行をしようとしているなら、何としても防がないと。
そう思いを新たにする。
キルトさんは大きく息を吐く。
「まぁ、今度どうするか、それらを考えるのは上の者に任せようぞ。わらわたちはその決定に従うのみじゃ」
そう僕らを見回した。
僕らは「うん」と大きく頷いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
その日の昼、僕らはヒュパルス寺院を発つことになった。
本堂の前で、寺院で暮らす人たち全員に見送られることになって、そして代表して僧院長のクパルトさんが僕らに頭を下げた。
「神狗様、神龍様、そして皆々様には大変お世話になりました」
その言葉と一緒に、他の人も頭を下げてくる。
わぁ……、
(なんか、気恥ずかしい)
キルトさんは「こちらこそじゃ」と笑って、彼の肩を叩いている。
それから、
「ラプトとレクトアリス、2人は人類のために戦い、そして今なお、我らを見守り、天啓を与えて給うた。そうした2人があるのも、そなたらのおかげじゃ」
と一同を見回した。
その言葉に、クパルトさんたちは震え、信心深そうな人の中には泣いてしまう人もいた。
…………。
クパルトさんが強く頷く。
「その言葉だけで、この地に生き、使命のために天寿を全うした祖先も報われましょう」
他の人たちも、何度も頷いていた。
僕は前に出る。
そして、クパルトさんの手を握った。
「ありがとう」
「…………」
「ラプトとレクトアリスの友人として、感謝を。そして、2人の気持ちを代弁して、感謝を。クパルトさん、皆さん、本当にありがとう」
僕の青い瞳は、彼を見つめた。
彼は呆けた。
他の人たちも驚いた顔をして、すぐに平伏してしまった。
クパルトさんは、跪く。
「神狗様……」
そう呻くように、嗚咽を堪えるように呟いた。
こんな辺境の地で、他の人もいない危険な場所で、いつ訪れるかもわからない時のために400年以上も暮らしてきた一族は、人類にとっての忘れ去られた光だった。
でも、その光がラプトとレクトアリスを守り、2人は世界を救った。
今も、2人から世界のための助言をもらえた。
(クパルトさんたちは、本当に凄い人たちだ)
心から尊敬する。
キルトさん、イルティミナさんは頷き、ソルティスは「ふ~ん」って僕の横顔を見ていた。
「…………」
ポーちゃんは、いつも通りの無表情。
でも、クパルトさんたちを見つめる眼差しには、優しさと確かな敬意があったんだ。
それから僕らは、寺院をあとにする。
「またなぁ、マー君」
「いつでも遊びにおいで~!」
「ばいば~い」
子供たちのそんな声がする。
彼らに、僕は笑って大きく手を振った。
向こうも振り返してくれる。
それを見ながら、僕らは石垣に造られた扉を潜って、草原を歩きだした。
ふと振り返る。
扉の前で、クパルトさんはこちらに深く頭を下げた姿勢だった。
僕らは軽く頭を下げて手を振り、そのまま歩いていって、やがて、そんな信心深い僧院長さんの姿も草原の起伏で見えなくなった。
しばらく進むと、石の階段のある崖に出る。
幅が狭い階段なので、1人1人、順番に降りていくことになり、まずはキルトさんが石段に足を下ろした。
続いて、ソルティス、ポーちゃん。
「先に行きますね」
イルティミナさんがそう微笑み、僕は「うん」と頷いた。
きっともしもの時は、下から僕を支えるつもりなのかもしれない。
本当に優しい奥さんだ。
その背中を見つめて、僕は微笑む。
次は、僕も降りなければ。
そう思いながら、
「…………」
また振り返れば、遠くに寺院の白い石壁が見えた。
ラプトとレクトアリス。
2人にとって、ここはきっと人間世界での故郷と呼べる場所なんだろう。
空を見た。
青い空はどこまでも高く、広くて、太陽の輝きが眩しかった。
とても美しい。
この果ては、もしかしたら神界にも続いているのかもしれない……なんて、ふとそう思った。
そして、
(ラプト、レクトアリス、今度は遊びにでも、また人界においでよ?)
そう心の中で呼びかける。
まるでそれに応えるように一陣の風が吹いて、僕の茶色い髪をさらって、そのままその青い空へと吹き抜けていった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
週1回更新でも変わらず読みに来て下さり、本当に感謝です。
これにてヒュパルス寺院編は終わりとなり、次回から、冒険の舞台はシュムリア王国へと戻ります。
また来週となってしまいますが、もしよかったら、どうかまたマール達の物語を読みに来てやって下さいね。そして、その物語を皆さんに少しでも楽しんでもらえたなら幸いです♪
※次回更新は来週8月26日金曜日の午前0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
※追記(8月24日) 作者急病につき、次回更新は9月2日とさせて下さい。詳しい理由については、活動報告にて書かせてもらっています。急な変更で本当に申し訳ありません。




