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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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556・輝く水の神饌

第556話になります。

よろしくお願いします。

 その日は疲れもあったので、借りた平屋で休息を取った。


 夕日が西の地平に触れる。


 世界が茜色に染まる頃、クパルトさんが僕らの夕餉を用意して、家まで持ってきてくれた。


「これはかたじけないの」


 キルトさんが感謝を述べ、僕らも頭を下げる。


 クパルトさんは「いえいえ」と穏やかに答え、


「本来なら豪勢な料理などでもてなさねばならぬ所、辺境の地でありますれば、このような物しか用意できず、どうかご容赦ください」


 と、頭を伏せられた。


 いやいや、とんでもない。


 用意してくださったのは、団子の入った野菜スープと焼き魚、それと果物を切り分けた物で、質素な料理だった。


 でも、充分な料理だ。


 今夜は携帯食を食べようかと話していたぐらいだったから、本当にありがたかった。


 それを伝えると、クパルトさんは安心したように笑った。


「御舌に合えばよろしいのですが……。それでは、どうかごゆるりと」


 そう一礼して、去っていく。


 僕らは笑顔でそれを見送って、


(…………)


 そして僕の笑顔は、ちょっと複雑な表情へと変わっていった。


 料理に不満はない。


 でも、ただ1点だけ、ちょっと気になっていることはあった。


 用意された料理は、イルティミナさん、キルトさん、ソルティスたち人間3人の前だけに並んでいて、僕とポーちゃんの2人は違ったんだ。


 僕は、自分たちの前に置かれた物を見つめる。


 そこにあるのは、お椀が1つ。


 そこになみなみと注がれているのは、光る水――神饌でもある『癒しの霊水』だったんだ。


 ……うん。


 僕とポーちゃんは『神の眷属』だから、気を使って用意してくれたんだよね。


 でも、人間の料理に慣れてしまった今の僕らには、ちょっと物足りない。


『イルティミナさんたちと同じ物をください』


 そう言いたかったけれど、やっぱり言えなかった。


 クパルトさんたちの気遣いを無下にしたくなかったのもある。


 でも、それ以上に、僕らのためにこれ以上、食料を消費させてはまずいかな、と思ったんだ。


 この『ヒュパルス寺院』はかなり特殊な立地にあって、自給自足生活も大変だろうと予測できる。


 つまり、食料は貴重なんだ。


 そんな中、急な来客の僕らのために料理を提供してもらうだけでも申し訳ないのに、更に2人分も追加してくれなんて、とても言い出せなかったんだ。


(ま、まぁ、『癒しの霊水』だけでも栄養面は充分だしね)


 うんうん。


 僕は自分に言い聞かせた。


 多分だけど、アルドリア大森林・深層部でもそうだったように、この『ヒュパルス寺院』のどこかでも『癒しの霊水』は湧き出ているのだろう。


 本来は、ラプトとレクトアリスのための神饌。


 それを分けてもらえたということで、今はそれに感謝して、納得するとしよう。


 コクッ


 1口飲む。


(ん、甘い)


 懐かしい甘さに、かつての記憶が思い出される。


 ……でも、やっぱり物足りないね。


 そんな思いが表情に出ていたのか、


「マール。今日は、私と料理を半分こしましょうか?」


 と、イルティミナさんが言い出した。


(え?)


 驚いていると、彼女は木製のフォークとナイフで、焼き魚と果物を丁寧に半分に切り分け、野菜スープの具も半分だけお皿へと移していた。


「はい、どうぞ」

「…………」

「その代わり、そちらの『癒しの霊水』も半分、私にくださいね」


 そう微笑んだ。


 ……イ、イルティミナさ~ん!


 僕は涙目になりながら「ありがとう!」と感謝して、奥さんと一緒に料理を分け合って食べたんだ。


 美味しい……。


 質素だけど、これまでで一番心に染みた料理かもしれない。


 味わう僕の様子に、イルティミナさんは「ふふっ」と優しい笑顔を見せている。


「…………」


 そんな僕らを見て、ソルティスの手が止まっていた。


 彼女はポーちゃんを見て、


「ポ、ポー。私らも半分こしましょうか?」


 と、ぎこちない笑顔で言った。


 ソルティスは、食いしん坊少女である。


 ただでさえ質素な料理は、彼女の満腹感には程遠いだろうに、更にその半分を『癒しの霊水』にするのは苦渋の決断だろう。


 でも、相棒のために。


 ソルティスは心の中で血の涙を流しながら、そう口にしているみたいだった。


 ポーちゃんは、そんな少女を見て、


「ポーは、マールやソルほど食事にこだわらない。だから、ソルは、ソルの料理を自分で食べて」


 淡々とそう答えた。


 おや、ポーちゃん……。


 幼女の気持ちがわかったのか、ソルティスは「ポー……」とその顔を見つめる。


 ポーちゃんは、


 ゴクゴク


 あっさりと自分の『癒しの霊水』を飲み切ってしまった。


「うぅ……ありがと、ポー」


 ソルティスは、先程とは別の意味で感涙をこぼしながら、自分の料理を美味しそうに食べている。


 ポーちゃんは、優しい眼差しでそれを見つめていた。


(いい相棒だね)


 なんだか、心がほっこりしてしまった。


 そんな中、キルトさんは苦笑しながら、自分の料理を食べていた。


 そして、


「なかなか料理は美味しいのじゃが、しかし、ついでに酒も欲しかったのぉ」


 なんて呟く。


 う~ん、キルトさんは変わらないねぇ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 夕食後は、明日、寺院の敷地内を案内してもらえるよう頼もうか、という話をしたりして、そのまま就寝となった。


(夢にラプトたち、出てくるかな?)


 と期待しながら、目を閉じる。


 だけど、旅の疲れもあったのか、その夜は夢を見ることもなく気がついたら朝だった。


 ポーちゃんにも確認したけど、


「見ていない」


 フルフル


 と柔らかそうな金髪を揺らして、首を左右に振られてしまった。


 そっか、残念。


 何はともあれ、朝だ。


 着替えたりしていると、昨晩同様、クパルトさんが朝食を持ってきてくれた。


「ありがとうございます」

「いえいえ」


 頭を下げる僕らに、穏やかに微笑むクパルトさん。


 持ってきてもらったのは、昨夜と同じメニューで、当然ながら僕とポーちゃんの前には光る水が満たされたお椀が置かれていた。


 …………。


 し、仕方ないよね。


 そんな僕を見ていた奥さんが、クパルトさんに声をかけた。


「申し訳ありません。もし可能でしたら、次の食事の時には、マールとポーの食事も私たちと同じ物をお願いできますか?」

「え?」


(え?)


 クパルトさんは驚いた顔だ。


 僕も驚いた。


 クパルトさんは困惑したように、光る水と僕らの顔を交互に見比べた。


「失礼ながら、『神の眷属』の方々は、この神饌しか受け付けぬ身と窺っておりましたが……?」


 そう問いかける。


 イルティミナさんは頷き、こう答えた。


「この世界を守るため、2人は多くの犠牲を払ってくれました。その1つとして、彼らの肉体は、すでに『神の眷属』としての肉体から変質しているのです」

「……なんと!?」


 その言葉に、彼は目を見開く。


 それから、クパルトさんは僕とポーちゃんの前に正座して、深く頭を下げてきた。


 その声を震わせながら、


「我ら『人』の犯した業を祓うために、何としたことか……その慈悲深き御心には、どのように報いれば良いか、もはや感謝の言葉もございませぬ」

「い、いえ、そんな」

「…………」


 僕は慌てて手を振り、ポーちゃんはいつもの無表情で、その言葉を受け止めた。


 僕は困ったように笑って、


「そんな大げさなものじゃないですよ? 僕らはただ、人として、人と共にこの世界で生きようと思っただけですから」


 そう伝える。


 ポーちゃんもソルティスの隣で、コクンと頷いていた。


 そんな僕らの顔を、クパルトさんの瞳が見つめてくる。


 僕はニコッと笑った。


「…………」


 それを受けたクパルトさんは、その瞳を閉じると、また床に額を当てそうなぐらいに深々とこちらに頭を下げてしまったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 そんな朝の一幕もあったあと、僕らは、クパルトさんの案内で『ヒュパルス寺院』を案内してもらえることになった。


 借りた平屋を出る。


 すると、本堂の方から、何人かの僧侶さんが祝詞をあげている声が聞こえてきた。


 多分だけど、この寺院の本尊である『正義の神アルゼウス』様を始めとした天上の神々に、日々を生きる感謝を伝える内容みたいだ。


(……なんか心地いい声だなぁ)


 そう感じるのは、僕が『神狗』だからかな?


 クパルトさんの話によれば、日の出と共に本堂の掃除をして、その後、神饌を供え、祝詞をあげるのが400年間、変わらず続けられている行いなんだって。


 凄いね。


 キルトさんやイルティミナさん、ソルティスも感心した顔をしていたよ。


「……、……、……」


 ポーちゃんは無意識なのかな? 祝詞のリズムに合わせて、頭が左右に揺れている。


 あは、ちょっと可愛い。


 そうして歩いていくと、昨日と同じように、畑で畑仕事をしている人たちが見受けられた。


 僕らに気づくと、手を止めて頭を下げてくる。


 ペコッ


 僕らも下げ返した。


 作業の邪魔になっても申し訳ないので、畑の横を通って、僕らは歩いていった。


 …………。


 やがて、クパルトさんに案内されたのは、木々の奥にあった大岩とその下にできた池だった。


 大岩の上からは、凹凸に沿って光る水が流れ出ている。


「癒しの霊水だ」


 かつて『アルドリア大森林・深層部』の塔にあった女神像からも、こんな感じで光り輝く透明な水が溢れていたね。


 それは、下の池に溜まって、美しい光を放っている。

 

 クパルトさんは、その輝きに向かって手を合わせ、それから僕らを振り返った。


「こちらの大岩からは400年間、この神聖なる水が湧き水となって溢れ続けてございます。これによって4年前もラプト様、レクトアリス様をもてなすことができました」


 そう教えてくれた。


(そっか)


 この水を、あの2人も飲んでたんだね。


 そう思うと、何だか感慨深いや。


 ソルティスは興味を惹かれたのか、大岩の周りや下の地面を確かめて、「ふ~ん?」と感心したように呟いた。


「これ、どこにも水源がないわね」

「え?」

「要するに、何もない所から、本当に『癒しの霊水』が生み出されてるのよ。生まれてるのは、大岩の中心ね。で、それが亀裂を伝って、岩の上から溢れてる感じだわ」


 そうなんだ?


 無から有が生み出される……それって、本当に凄いことだよ。


 クパルトさんは穏やかに、


「全ては、アルゼウス神の御心によるものでございます」


 と手を合わせた。


 う~ん……もしかしたら、僕が暮らした『アルドリア大森林・深層部』の塔にあった女神像の『癒しの霊水』も、何もない空間から生み出されていたのかな?


 機会があったら、確かめてみたいと思ったよ。


 せっかくなので、記念にみんなで1杯ずつ、ここの『癒しの霊水』を頂いて、


(ん、甘い)


 その味に満足してから、僕らは『神水湧きの大岩』の前から立ち去った。


 …………。


 僕らを先導してくれるクパルトさんは、それから、僕らに装備を整えるように言ってきた。


 彼自身も、護身用の細い棍棒を用意している。


 理由を訊ねると、


「これから行くのは、石垣の外にございますゆえ」


 とのこと。


 石垣の内側には、僧兵が何人かいるので安全だけれど、外側には、空を飛ぶ魔物もいたりするので危険もあるかもしれないからだとか。


 でも、そんな危険な石垣の外に、僕らを案内したい場所があるらしいんだ。


「それは、どこなんですか?」


 僕は訊ねた。


 みんなも興味深そうに、『ヒュパルス寺院』の僧院長の返事を待っている。


 彼は穏やかに微笑んだ。


 そして、


「今より300年前と4年前、ラプト様、レクトアリス様の大いなる『神牙羅』の御二方が、この世に顕現されました洞窟にございます」


 と言ったんだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


現在、少年マールの転生冒険記は週1回更新です。

次回更新は、来週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 個性溢れる食事風景でしたね。 特に血涙流さんばかりの顔で食事を共有しようとするソルティスと、やんわりと辞退して霊水を飲み干すポーちゃん(笑) 笑えちゃうけれ…
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