551・賢王女の許可
第551話になります。
よろしくお願いします。
朝食後、ダルディオス家の用意してくれた馬車で、僕らは、レクリア王女の滞在している皇帝城を訪れた。
城内の敷地には、貴賓館がある。
レクリア王女たち『シュムリア王国の使節』は、そこに泊まっているんだ。
「では、またの」
将軍さんは、皇帝陛下に話をしに行ってくれるということで、貴賓館に通じる道の分岐で別れることになった。
そこからの案内は、娘のフレデリカさんが担ってくれる。
貴賓館の門前には、警備のアルン騎士たちが立っていたけれど、近衛騎士フレデリカさんのおかげですんなり通ることができた。
僕らだけだと、身元確認の手続きが必要になるらしい。
(ありがたいね)
フレデリカさん様様だ。
館内にも、要所に護衛のシュムリア騎士が立っていた。
当然、最重要人物であるレクリア・グレイグ・アド・シュムリア第3王女の貴賓室前にも、護衛の女性騎士たちが控えていた。
僕らは、事情を説明する。
すると、女性騎士の1人が中へと入り、しばらくして、王女の侍女のフェドアニアさんと一緒に戻ってきた。
彼女にも、事情を伝える。
能面みたいに表情を変えないフェドアニアさんは、全てを聞き終えると王女様に確認してくれると言った。
実は、レクリア王女は今、アルン神皇国の高官たちと歓談中なのだとか。
(うわ……まずい時に来てしまったよ)
歓談といっても、つまりは外交中だ。
国同士の重要な話し合いが行われている中、僕らの来訪を伝えられるのは、何とも申し訳ない気がした。
……歓談が終わるまで待ってた方がいいのでは?
そう思ったけれど、フェドアニアさんは、すでに貴賓室の中に戻ってしまっていた。
(ど、どうしよう?)
動揺する僕だけれど、
「私たちを待たせるか、歓談を中断して会ってくださるのか、決めるのはレクリア王女ご自身ですから。マールは何も気にしなくていいんですよ」
イルティミナさんはそう言って、白い手で僕の頭を撫でてくれる。
そういうものかな?
よくわからないけれど、すでに賽は投げられてしまったので、大人しく待つことにする。
すると10分ほどで、フェドアニアさんが戻ってきた。
彼女は、僕らに慇懃に一礼して、
「王女は、皆様にお会いになるそうです」
と言った。
◇◇◇◇◇◇◇
「ようこそ来てくださりましたわ、皆様」
豪華な貴賓室の中、まるで大輪の花のように輝くドレス姿のレクリア王女が僕らを出迎えてくれた。
アルン高官の方々は、別の出口から外に出たみたいだ。
僕は申し訳なさが先に立ち、
「大事な話の邪魔をしてしまって、すみません」
と謝った。
レクリア王女は「あら」とオッドアイの目を丸くし、それから、可愛らしく笑った。
「ふふっ、問題ありませんわ。重要な話し合いはすでに終わっておりましたし、わたくしにとっては、マール様たちとのお話の方がもっと大事ですもの」
王女様……。
僕らなんかにも気を使ってくれる、本当に優しいお姫様だ。
それから僕らは席に着いた。
「それで、わたくしへの話というのは何なのでしょう?」
レクリア王女は、柔らかそうな水色の髪を揺らして小首をかしげ、詳しい事情の説明を僕らに求めてくる。
キルトさんが頷き、
「実は――」
と、僕らがラプトとレクトアリスの夢を見たこと、そこで断片的な言葉を伝えられたこと、2人の召喚の地である『ヒュパルス寺院』を訪れたいことを話したんだ。
王女様は、口を挟まず、全てを静かに聞いてくれた。
それから、紅茶を一口。
そのカップを優雅な所作でソーサーに戻してから、
「なるほど」
と、小さく呟いた。
その蒼と金の瞳はかすかに伏せられて、様々な情報を頭の中で処理しながら、答えをどうするか考えていらっしゃるようだった。
僕らは、固唾を飲んで待つ。
やがて、王女様は、静かに息を吐いた。
僕らを見て、
「良いでしょう。皆様が『ヒュパルス寺院』へと向かうことを許可いたしますわ」
そう微笑んでくれた。
(やった!)
嬉しさと安心から、ついつい僕らの表情にも笑顔がこぼれてしまった。
それに彼女も笑う。
「ただ明後日のパディア皇女の誕生祭には、必ず出席をなさってくださいましね。そのあと、わたくしたちとは別行動となることを許可いたしますわ」
「はい」
僕らは頷いた。
「アザナッド陛下には、お話を?」
レクリア王女は確認をしてくる。
キルトさんは頷いて、
「先ほど、アドバルト・ダルディオス将軍が陛下への面会に向かってくれました」
「なるほど」
その説明に、王女様は頷く。
「それならば、アザナッド陛下からも許しをもらえるでしょう。もしも駄目なようでしたら、わたくしの方からも説得させて頂きますわ」
と、微笑まれた。
なんとも心強いお言葉だ。
だけど、
「どうして、そこまでしてくださるんですか?」
僕は、思わず聞いてしまった。
ポーちゃん以外のみんなが驚いたように僕を見て、レクリア王女もキョトンと僕を見つめてくる。
だって、冷静に考えたら、これって夢の話だよ?
もしかしたら、僕とポーちゃんが同時にラプトたちの夢を見たのは、本当にただの偶然の可能性だってあるんだ。
それなのに、こうまで便宜を図ってもらえる……それが不思議に思えてしまったんだ。
そんな話を伝えると、
「まぁ、マール様ったら」
と、レクリア王女に可笑しそうに笑われてしまった。
え?
彼女は僕を見つめて、
「これまで、マール様が成してきたことを考えてくださいまし。マール様のその直感によって、わたくしたち人類は道を照らされ、世界の平和が守られましたのよ?」
「…………」
「なれば今、わたくしがその行動を妨げることなどいたしませんわ」
そ、そんな大層なこと、したっけか?
(……確かに2年前まで、色々がんばったけど……)
なんかレクリア王女の中では、僕の評価がちょっとおかしくなっている気がするよ……。
それなのに、同席しているイルティミナさんを始め、他のみんなも、なぜか『うんうん』と納得したような顔をしている。
あれぇ……?
困っている僕に、レクリア王女はクスッと笑い、
「それに――」
そう言いながら、右の蒼い瞳を閉じて、左の金色の瞳だけで僕を見つめた。
そこに不可思議な光が灯っている。
「昨夜、この『シュリアンの瞳』に女神シュリアン様からの神託が視せられましたの。『彼の〈神狗〉の求むるを助けよ』……と」
え……?
(シュリアン様から?)
そのことに、僕は驚いてしまった。
いや、僕だけでなく、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、フレデリカさん、そして珍しくポーちゃんも同様だった。
それは同時に、あの夢が『ただの夢』ではなかった証左でもあるんだ。
なるほど。
それだけの理由があれば、レクリア王女も外交を中断したり、僕らの行動を容認してくれる訳だ。
レクリア王女は、光る黄金の瞳を閉じる。
再び開けられた時には、その不思議な輝きは消え、蒼と金のオッドアイの瞳が僕らを見つめていた。
彼女は微笑む。
「と、まぁ、そういうことですの」
茶目っ気のある声だ。
それに心が緩ませられて、僕らもみんな、つい笑顔をこぼしてしまったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
そこからも、もう少し話は続いた。
フレデリカさんによれば、ヒュパルス寺院までは片道およそ2週間、往復で1ヶ月となる見込みだとか。
「さすがに、わたくしは、そこまで滞在はできないですわね」
それを聞いたレクリア王女は、そう吐息をこぼされる。
パディア皇女殿下の誕生祭のあとも、外交関係の話し合いが行われるとかで1週間ほど、彼女は神帝都アスティリオに滞在予定だったのだとか。
予定が伸びたとしても、10日。
さすがに1ヶ月も、異国の姫が特別な理由もなく居座るのは難しいものらしい。
いやそれ以前に、レクリア王女は、すでにシュムリア王国に必要不可欠な人物で、できる限り早く王国の政務に戻らなければいけないぐらいの立場なんだ。
もっと言えば、次期シュムリア女王にも内定している。
空白の時間を作る余裕はないんだ。
…………。
そう考えたら、なんだか僕は、色々と申し訳なくなってしまった。
「……? どうしました、マール?」
僕の様子に気づいたイルティミナさんが、心配そうに声をかけてくる。
みんなも僕を見た。
僕は、上目遣いに自国の王女様を見つめて、
「いや、その……何だか、僕らばかり自由に動き回らせてもらって、多忙なレクリア王女には申し訳ないような気持ちになってしまって……」
と告白した。
レクリア王女は「まぁ」と口元に手を当てて驚かれた。
それからクスクスと笑う。
「マール様はお優しいですわね。ですが、どうもご自身のことには疎いご様子ですわ」
「え?」
思わず見返す僕に、王女様は優しく笑った。
「マール様は、いつだってわたくしたちのために危険な戦場に立ち、命を懸けて戦ってくれたではありませんか」
……それは。
(でも、僕にはそれしかできないからで……)
戸惑う僕に、高貴な姫君は言う。
「見方を変えれば、わたくしは安全なお城で、ただ指示を出すばかり。実際に危険な目に遭うのは、現場の方々ですわ。そう考えれば、わたくしはとても恵まれた人間です」
「…………」
「今回も、わたくしはマール様に神々のことを押しつけ、遠路の旅を命じ、自分は日常のみを送るだけですもの」
レクリア王女は、澄ました顔だ。
そのまま紅茶を一口。
カップをソーサーに戻して、優しい眼差しで僕を見つめた。
「お互いにできることが違うだけですわ」
「…………」
「それを与え合うことで、わたくしたちは支え合っておりますの。ふふっ……つまりわたくしとマール様は、離れていても共に歩む戦友でありますのよ?」
戦友……。
それは、一国を背負う1人の少女からの、僕へと向けられた最大限の信頼の表現なのかもしれない。
それに心が震えた。
「……レクリア王女」
僕は呟き、それから、彼女の思いが嬉しくて微笑んだ。
レクリア王女は、たおやかに笑みを返してくる。
……うん。
シュムリア王国は、幸せだ。
こんな素敵な王女様の治世が、いつかやって来るのだから。
その時は、
(僕もできる限りを、彼女のためにがんばろう)
そう誓った。
僕は「ありがとうございます」と頭を下げ、他のみんなも彼女の言葉に感じ入ったように頭を下げていた。
それを受けて、
「ふふっ、どういたしまして」
水色の髪の王女様は、いつものように優雅な微笑みで応えたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




