542・ダルディオス家の屋敷にて
第542話になります。
よろしくお願いします。
アルンが誇る名門ダルディオス家の父娘と共に馬車に乗って、僕らは、そのお屋敷へとやって来た。
(おっきいなぁ)
相変わらず、立派なお屋敷だ。
門を抜け、僕ら5人とダルディオス家の父娘は、玄関前で馬車を降りる。
「お帰りなさいませ、旦那様」
老執事さんを筆頭に、何人もの女中さんがエントランス部分で出迎えてくれる。
将軍さんは「うむ」と頷き、羽織っていたマントを外して執事さんに渡しながら、屋敷内へと入っていった。
僕らもその背中に続く。
「……久しぶりに帰ってきたな」
ふと、フレデリカさんが懐かしそうに呟いた。
そうなの?
僕の視線に気づいて、彼女は微笑む。
「皇女殿下の近衛となってからは、宮中で過ごすことが基本となっていたのでな。こうして実家に戻るのは、1ヶ月ぶりになる」
へぇ……。
「近衛って、大変なんだね」
僕は素直に感想を漏らした。
彼女は頷き、
「確かに責任は重大だ。だが、誉れある役職だ。その大変さも誇らしいものだ」
「そっか」
その凛とした美貌には、強い信念と自信が満ちていた。
……うん。
フレデリカさんは、そんな今の近衛騎士という立場を大事に思っているんだね。
僕は微笑み、彼女も笑った。
コホン
(ん?)
ふと気づいたら、僕らのすぐ後ろにいたイルティミナさんが大きな咳払いをしていた。
フレデリカさんは苦笑する。
「さぁ、行こうか」
「あ、うん」
彼女に促されて、僕は頷き、みんなと一緒に屋敷内を歩いていった。
◇◇◇◇◇◇◇
客室で着替えたあと、僕らは広い広い食堂へと集まった。
連絡がすでに届いていたのか、食堂の長いテーブルには、すでにたくさんの料理が並べられている。
「うわぁ……」
「うひょお……」
僕とソルティスは目を輝かせた。
高そうな酒瓶も置かれていて、キルトさんの目はそちらに釘付けになっている。
席に着いたダルディオス将軍が「さぁ、座ってくれ」と促して、僕らも、それぞれ自分たちに宛がわれた座席へと腰を落ち着けた。
未成年はポーちゃんのみということで、彼女以外のグラスにはワインが注がれる。
ポーちゃんは果実水。
(ん、いい香り……)
あまりお酒を飲まない僕でも、高級品なのだろうなとわかる品だ。
「シュムリアよりの長旅、ご苦労であったわい。またこうして再会できたことをうれしく思うぞ。さぁ、まずは皆、食を楽しみ、心身を労ってくれ。――乾杯っ!」
『乾杯っ!』
将軍さんの音頭でグラスを掲げ、僕は隣のイルティミナさんと笑いながらグラスを軽くぶつけ合った。
チリィン
澄んだ音色が響き、その赤い液体を一口。
ん、美味しい♪
芳醇な香りが口の中に広がり、鼻から爽やかに抜けていく。その味わいもさっぱりしつつ、濃厚だ。
キルトさんもご満悦の顔である。
(ふふっ、よかったね)
さて、彼女はともかく、僕としてはお酒よりも料理の方が楽しみだった。
どれどれ?
ナイフを通すと、肉はあっさりと切れていく。
肉汁がこぼれだし、中に赤身の残ったそれを一切れ、フォークで口内へと運び込んだ。
(んっ)
溶けた!
口の中に入れた途端、旨みを残して肉が溶けていってしまった。
でも、脂っぽい感じは全くしない。
(これは、いくらでも食べれちゃうぞ!)
パクパク
僕は満面の笑みを咲かせながら、並んだたくさんの料理に舌鼓を打っていった。
「ふふっ」
そんな僕に、イルティミナさんは優しい表情をしている。
ソルティスも夢中で料理を食べていて、ポーちゃんはそんな彼女に次のお皿を渡したそうにしていたけれど、それは女中さんがやってくれて、ちょっと寂しそうだった。
ダルディオス将軍は、そんな僕らに満足そうな顔をしている。
フレデリカさんはワイングラスを傾けながら、僕とイルティミナさんのいる方を眺めて、ずっと微笑んでいた。
ある程度お腹が落ち着くと、今度は会話も弾ませた。
僕らがシュムリア王国で過ごしている日々の話をし、ダルディオス父娘からはアルン神皇国で過ごしている日々の話を聞かされた。
パディア皇女殿下は、結構、お転婆らしい。
でも、実際は寂しがり屋で、立場上、どうしても同年代の友人などがいないので、フレデリカさんはなるべく自分がそばにいるようにしてると言っていた。
将軍さんは、今もアルン各地を転戦しているらしい。
内乱は、なかなか収まらない。
やはり『闇の子』の計略の影響があるそうで、特に魔血差別に根差した反乱も多く、まずは辺境貴族の意識改革から始めなければと陛下に進言しているそうだ。
あとは後進の育成について。
こちらはまだまだ明確な成果は出ていないが、ちゃんと芽が出るようじっくり育てていくつもりなんだって。
そんな話をしながら、夜が更けていく。
「……なんだか懐かしいな」
その光景を見つめている内に、僕はふと呟いてしまった。
独り言のつもりだったのに、みんなに聞こえてしまったのか、会話が途切れて、全員の視線が僕を見る。
おっと?
ちょっと慌てつつ、イルティミナさんが視線で促してくるので、正直に答えた。
「4年前を思い出したんだ。その時も、将軍さんの屋敷に滞在していた時は、こうしてみんなで食事をしながら話をしたりしてたから」
みんなが『あぁ……』と納得した顔をする。
僕は瞳を伏せた。
当時も、みんなで楽しい時間を過ごしていた。
あの『闇の子』の脅威があって、大変な時期だったはずなのに、今思い返すと楽しかったと思えてしまうのはなぜなんだろう?
そして、もう1つ。
今と違って、あの時には、ラプトとレクトアリスの2人も一緒だったんだ。
2人は人間の食事は摂れなかったから、神饌である『癒しの霊水』だけを口にしていたんだけど、それでも、皆と一緒の時間を共有してくれた。
金髪碧眼の美少年。
紫髪のウェーブヘアに赤い瞳の美女。
大好きだった2人の姿を、記憶の向こうに思い出す。
「……ラプトとレクトアリス、今、どうしてるのかな?」
ポツリと呟いた。
みんなも思い出しているのか、しばらくは誰も何も言わないで、ただ遠くに思いを馳せているようだった。
やがて、フレデリカさんが息を吐く。
僕へと微笑みかけて、
「あの2人のことだ。きっと神界で元気にやっていることだろう」
「うん」
僕は頷いた。
彼女も頷き、するとその時、ふと思い出した顔をする。
「そうだ。前にも話したと思うが、今、神帝都のアルゼウス大神殿の境内には、ラプトとレクトアリスを祀った社殿が造られているんだ。もしよかったら、行ってみるか?」
え……?
あ、そういえば、前にそんな話を聞いたっけ。
世間一般には知られていないけれど、知っている人は、あの2人が人類のためにどれだけ尽力してくれたか知っている。
それに少しでも報いるために、2人の主神である正義の神アルゼウス様の神殿敷地内に、2人の摂社が造られたんだ。
(それって、凄いことだよね)
他の『神の眷属』で、そんな風に祀られている子なんて聞いたことがない。
そしてフレデリカさんの提案に、
「うん、行きたい!」
僕は素直に答えてしまった。
彼女は「そうか」と優しく瞳を細めた。
あ……勝手に決めてしまったけれど、大丈夫なのかな? そう思って、キルトさんたちの方を見る。
でも、キルトさん、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんの4人とも、僕の答えに反対することもなく、むしろ、明らかに同意している表情だった。
「あの2人の社殿か」
「そりゃ、行かないわけにはいかないわよね」
「…………(コクコク)」
キルトさんとソルティスが笑い合い、ポーちゃんが何度も頷く。
イルティミナさんも微笑んだ。
「マールが望むなら、私はどこにでも行きましょう。それに、マールがお参りをしたならば、きっとラプトとレクトアリスも喜んでくれますね」
そう言ってくれる。
……うん!
みんなの様子に、僕も安心して微笑んだ。
ダルディオス将軍とフレデリカさんも、お互いの顔を見ながら頷き、嬉しそうな笑顔をこぼしていた。
(楽しみだなぁ……)
ラプト、レクトアリス、2人に思いを馳せながら、僕は青い瞳をゆっくりと閉じたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
実は先日、マールの連載が4周年を迎えました。
今もこうして読んで下さる皆さんがいてくれるおかげで、4年間、書き続ける事ができました。本当にありがとうございました!
まだまだマール達の物語は続きますが、もしよかったら、どうかこれからもお付き合いして頂けましたら幸いです。
※次回更新は、来週の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




