530・初めての講習
第530話になります。
よろしくお願いします。
「おはようございます」
約束の時間の30分前に、僕は冒険者ギルドに到着した。
受付の職員さんに『新人指導』をすることを伝えると、すぐに建物の4階へと案内される。
普段は『職員以外立ち入り禁止』の階だ。
僕が講習を担当するのは、30人ぐらいが扇形になって座れる教室みたいな場所で、今は10人ぐらい席が埋まっている感じだった。
(うわぁ、ドキドキする)
チラッと覗いて、僕はすぐに控室に引っ込んだ。
昨日は、準備に半日もなかったけれど、話す内容を考えてメモも作り、イルティミナさんを相手に講習の練習もしてきたんだ。
「マールは、とても教え上手ですね」
そうイルティミナさんは褒めてくれた。
けど、彼女は僕に大甘だから、その辺も考慮しておかないとね……。
時間はすぐに過ぎて、
「マール様、お願いいたします」
「は、はい」
呼びに来たギルド職員さんに答えて、僕は講習室へと向かった。
…………。
人数は15人ぐらいになっていた。
見た感じ、10代ぐらいの冒険者が多くて、20代、30代の冒険者はチラホラといった感じだった。
やっぱり新人だから若い人が多いんだね。
(が、がんばるぞ!)
僕は緊張しながら、教壇みたいな場所に立った。
皆の視線が集まる。
その圧に負けないようお腹に力を込めて、
「お、おはようございます、皆さん。今日、皆さんに講習をさせて頂くマール・ウォンです。どうぞ、よろしくお願いします!」
そう挨拶した。
全員、驚いた顔だ。
それぞれに顔を見合わせて、
「え? 子供じゃねえか」
「マジかよ」
「こんな若くて大丈夫なの?」
ざわつきの中、そんな声が聞こえてくる。
…………。
そ、そうだよね?
いや、わかっていたけれど、僕って見た目は未成年みたいだし、貫禄っていうものがないんだよね。しくしく……。
それでも頼まれたからには、がんばるのだ。
「落ち着いて、皆さん」
僕は集まった人たちを見回しながら、自分の右手を持ち上げた。
そこに集中して、神気を流す。
パァアアッ
すると手の甲に『魔法の紋章』が浮かび上がり、それは銀色の輝きを放ちながら、集まった人たちを照らした。
「これでも僕は『銀印の魔狩人』です」
皆の顔を見て、そう伝える。
全員、さっきと同じように驚いた顔になった。
でも、その中身の感情は違うみたいだ。
みんなの表情から不安や侮りは消えて、見直してくれた雰囲気が感じられた。
(よ、よかった)
どうやら、僕の話を聞いてくれる空気になったみたいだ。
ホッと一安心である。
でも、一部の若い冒険者たちからは、まだ不審の目が向けられていて、
「ケッ、本当かよ」
「銀印って、あんなチビでもなれるのか」
「冒険者ってのも楽勝そうだな」
なんて呟きも聞こえてきた。
う、う~ん。
その人たちは、まだ10代の前半から半ばぐらいで、椅子への座り方も適当な感じだった。
講習も強制だから仕方なく参加しただけで、まともに聞くつもりはなく、むしろ面倒だと思っていそうなのが伝わってくる。
前世でいう不良グループみたいな感じかなぁ?
(まぁ、仕方ないか)
そういう人たちもいるだろう。
僕としては、聞いてくれる人の役に立てるよう、一生懸命に話すだけ。
それを活用してくれるか、聞き流して無駄にするかは、それこそ本人次第だし、その結果でどうなったとしても本人の責任だ。
ゴホン
僕は、咳ばらいを1つ。
それから、この青い瞳で集まった人たちを見つめて、
「え~、それでは、これから皆さんに冒険者として必要な心構えや準備など、冒険者活動の基本となるお話をさせて頂きたいと思います」
と話しだした。
◇◇◇◇◇◇◇
「皆さんの中には、すでに冒険者として活動している方もいるかもしれませんが、まだな方もいると思います。そこで、まずは荷物についての重要性を話したいと思います」
僕は、そう言った。
これは4年前、僕自身が初めてゴブリン討伐をする時に、イルティミナさんに教わったことだ。
(ちょっと懐かしいな)
そう思いながら、話をする。
「クエスト受注したら、まず何をするか? そう荷物の準備です」
当たり前の話だ。
でも、だから大事。
「たくさんの道具を持っていけば、それだけ様々な状況に対応できる……けど、その重さで動けなくなったり、疲労を早くしては意味がないんです」
できるだけ軽量に。
その受注したクエストを達成するためには、何が必要かを見極めて用意しなければいけないんだ。
「寒冷地方に行くならば、防寒の道具。乾燥地帯に行くならば、水を多めに。……当たり前のことですが、こういったことが何よりも重要になります」
怠れば、自分がより困難な状況になる。
それはつまり、クエスト達成率を下げると同時に、自分自身や仲間の生存率も下げてしまうから。
だからこそ、
「特に『魔石』は軽量です。値段はかかりますが、それで命が買えるなら安いもの。迷うことなく、ぜひ活用してくださいね」
僕は、そう笑いかけた。
魔石はビー玉みたいなサイズだけど、火をおこしたり、水を生み出したり、中には虫よけの力もあったりする便利な携帯道具なんだ。
ちなみに魔石についても、当時、イルティミナ先生に教わったことなんだよね。
…………。
さて、そんな風に話をしていると、聞いている受講者さんの態度が、いくつかに分類されることがわかってきた。
前から全体を見ている分、それがよく理解できる。
まずは、僕の話した内容を、しっかりとメモに取って覚えようとしてくれている人たちだ。
まだ冒険に出たことがないのか、とても熱心に聞いてくれる。
(嬉しいな)
一生懸命話している分、やっぱりそう感じちゃうよね。
で、次は、僕の話は聞いてくれているんだけど、メモを取らずにいる人たちだ。
でも、この人たちは、僕を蔑ろにしているわけではなくて、話す内容をすでに知っているって感じだった。
(そういえば……)
ふと思い出したけど、最近は『冒険者養成学校』を卒業して冒険者になる人もいるんだった。
だから、この人たちは、もしかしたら、もうすでに学校で習っていたのかもしれないね。
あるいは、もう実際にクエストをしたことがあって、経験として理解している人たちなのかなぁ?
で、最後の分類なんだけど、
「ふぁ~あ」
「けっ」
「……退屈」
そんな感じで、本当に話を聞いてくれない、興味も持ってくれない人たちだ。
うん、あの不良グループです。
まぁ、しょうがないか。
注意したところで聞いてくれるわけもないし、話す邪魔をされてもいないので、とりあえず放置しておこうかな。
僕は、話を続けた。
「見ての通り、僕は小柄です。なので多くの荷物は持てません。でも、それでも多くの荷物が必要な時もあります。そんな時はどうするか? 僕の場合は、『仲間を頼る』という方法を取っています」
つまり、仲間に持ってもらうってこと。
パーティー仲間には、大柄な人、力持ちな人もいると思う。
そういった人に、パーティー用の荷物を多めに持ってもらって、各人の負担を均一化して分担してもらうんだ。
パーティーは、1つの運命共同体だ。
目的達成と全員の生存のため、役割分担の1つとして、遠慮なくそういう方法を実践した方がいいと思うんだよ。
でも、
「水と食料、薬、野営の道具など最低限の荷物は、各人が絶対に所持しておいてください」
と、強めに告げた。
受講者の何人かは、怪訝そうな顔をした。
「どうしてですか?」
そう質問される。
どうやら理由がわからないみたいだ。
僕は答えた。
「クエスト探索中、1人だけ不慮の事態ではぐれてしまうこともあるからです。そうした非常事態を、僕自身、何回か目にしてきました」
僕と出会った時のイルティミナさんもそうだった。
赤牙竜に襲われ、キルトさん、ソルティスとはぐれて、アルドリア大森林の深層部まで遭難してしまったんだ。
他にも、ディオル遺跡の件もある。
アスベルさん、ガリオンさんの2人が遺跡に閉じ込められた。
そういった事態で生き残るためにも、最低限の生存のための荷物は、各人が所持しておくべきなんだ。
そして、
「特に大事なのは『発光信号弾』です。これで助かったケースは多いですよ。どんなクエストを受注しても、これだけは絶対に忘れないでくださいね」
と念を押す。
僕自身、これで助かったし、アスベルさん、ガリオンさんもこれのおかげで僕らの助けが間に合ったんだ。
僕の口調に気づいて、みんな、真剣に聞いてくれた。
……いや、あの不良グループ以外は、だけどね。
何はともあれ、そんな感じで、それからも僕の講義は続いていった。
◇◇◇◇◇◇◇
講義内容は、それから戦い方についての話題になった。
1対多数の場合は、なるべく1対1となる状況を作って対処する。そのためには地形などを利用したり、戦いながら位置取りを調整するのが大事といった内容だ。
(これもイルティミナさんに教わったんだよね)
相手はゴブリンだったけど、当時は何もできなかったんだよなぁ。
ちょっと懐かしい。
「ただ、これは手段です。目的は勝つこと、倒すこと、生き残ること……目的を忘れ、手段にこだわり過ぎないように注意してくださいね」
かつて、僕はそれを間違えた。
受講してくれている人たちには、同じ間違いをして欲しくなくて、ちゃんと伝えておく。
「はっ、そんなミスするかよ」
「なぁ?」
「ぎゃははっ」
不良グループからそんな声が聞こえた。
……ぬぬ。
聞いてるだけだと、そんな馬鹿なと思うんだよ。
自分は、そんな間抜けじゃないって。
でも、実際にその状況になると、まさか自分が……って思うぐらいに間違えたことをしてしまったりするんだけどね。
だけど、
(言っても、理解してくれないんだろうなぁ)
それがわかる。
彼らはどうしても、僕の見た目から、僕の言葉を軽んじてしまうみたいで『聞く耳』を持っていないみたいなんだ。
どうしようかな?
腹立たしい子たちだけど、せっかくの講義を無駄にして死なれても困る。
カラーン カラーン
(お?)
その時、正午を告げる鐘の音が聞こえてきた。
もう時間か。
僕は「ふぅ」と息を吐いて、
「では、講義はこれで終わりです。1時間の休憩のあと、午後からは実技の講習を行いますのでギルド訓練場に集まってくださいね」
そう微笑んだ。
それから、
「もし講義内容などで何か質問があれば、お昼休み中にも声をかけてください。それでは、皆さん、お疲れ様でした」
ペコッ
頭を下げる。
受講者さんたちも頭を下げ返してくれて、三々五々、講習室を出ていった。
「へへっ、午後が楽しみだぜ!」
「おうよ!」
不良グループは笑いながら、素振りの真似をしながら歩いていく。
…………。
実技でなら、少しは理解してもらえるかな?
見た感じ、あの子たちは、頭を使うより身体を使う方が得意そうな感じだったしね。
(うん、がんばろう)
心の中で気合を入れる。
と、
「あの……講義について、もう少し詳しく聞いていいですか?」
「あ、自分も」
「私もお願いします」
(え?)
そんな風に話しかけてくれる受講者さんたちがいてくれた。
(うわぁぁっ)
嬉しいな!
僕の話をちゃんと聞いてくれて、興味を持ってくれたんだと思うと感激してしまった。
「は、はい、もちろんです!」
僕は満面の笑みで答えた。
そうして僕は、彼らの疑問に自分なりの考えや経験などを答えたり、話したりした。
それが終わったあとは、ギルド2階のレストランで、1人お昼を食べながら時間を過ごして、午後からの実技講習へと挑んだんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




