527・鬼姫の旅語り5 ※キルト視点
第527話になります。
よろしくお願いします。
数時間、山野を駆け抜けると、放棄されたらしい旧道が現れたのじゃ。
(む? 轍の跡があるの)
確かめたそれは、まだ新しい。
どうやら悪人どもの馬車か竜車は、この旧道を通っていったようじゃった。
その事実を噛み締め、わらわは、今まで以上に速度を上げて、攫われた『魔血の民』の同胞を助けるために走ったのじゃ。
…………。
東の山に、朝日が昇る。
その頃になって、わらわは、ようやく目的の川に辿り着いたのじゃ。
(――いたの)
谷間にある川に、木造の船舶が停泊しておった。
砂利混じりの川原には、3台の竜車が停まっており、檻となった後部から8人の少女が手枷、足枷をされ、鎖で繋がれた状態で降ろされておった。
その1人は、赤毛にそばかすがあり、あの赤毛の娼婦に面影がよく似ておっての。
肌には暴行の痣が見られたが、
(生きておったか)
その事実に、わらわは内心でホッと胸を撫で下ろしたのじゃ。
人攫いの数は、20~30人ほどじゃった。
……情けは必要あるまい。
ガシャッ
わらわは背負っていた『雷の大剣』に手をかけながら、茂みを抜け、奴らの方へと歩いていったのじゃ。
◇◇◇◇◇◇◇
「あ? なんだ、お前は?」
奴らの1人が、近づくわらわに気づいた。
小柄な銀髪の女じゃ。
警戒するよりも困惑の色が強い表情をしておったの。
8人の少女たちは船に乗せられそうになっておったが、わらわが姿を現したことで、その動きは止まっておった。
悪人共は、皆、こちらを見ておった。
最初にわらわを見つけた男が近づいてくる。
「おい、おま――」
ヒュゴッ
かけられた声が聞こえる前に、わらわの振り抜いた大剣がその男の首を刎ね飛ばしておった。
鮮血が噴水のように、空へと噴く。
首は地面に転がり、首無しの身体もゆっくり仰向けに倒れていった。
「な……っ!?」
「おいっ!?」
目撃した悪人共は、驚愕の声を上げる。
その瞬間に、わらわは前方へと走り、8人の少女の近くにいた3人の男共を斬り捨ててやったのじゃ。
ザキュッ ガヒュッ グシャン
男たちが鮮血と共に倒れる。
少女たちは唖然としておった。
「安心せい、わらわは味方じゃ。そなたらを助けにきた。もう大丈夫じゃぞ」
わらわは、そう笑った。
少女たちは茫然とわらわを見て、同時に、悪人共も状況を理解しよった。
「てめえ!」
「この人数相手に、どうにかできると思ってんのか!?」
「やっちまえ!」
憤怒の声をあげて襲いかかってくる。
ん?
なんじゃ、マール、その顔は?
何? わらわに襲いかかるなど、ご愁傷様じゃと?
…………。
いや、まぁ、確かにの。
襲いかかってきた連中は大した腕もなくて、わらわも、このまま楽勝であると思っておったのじゃがの。
じゃが、世の中、そう甘くなかった。
悪人共の半数を斬り殺した時には、向こうも、こちらの実力と脅威を悟ったようじゃった。
奴らは及び腰になりながら、
「せ、先生! 頼んます!」
そう叫んだのじゃ。
すると、船の中から1人の男が出てきたのじゃ。
(!)
酒瓶を片手にした40代ぐらいの男で、肩には、炎のような装飾のハルバードを担いでおった。
酒に酔った赤ら顔。
無精髭を生やし、じゃが、その鋭い眼光からは確かな強者の力量が感じられた。
「ほう? なかなか強そうな女じゃねえか」
ハルバードの男は、そう笑った。
船を降り、川原に降り立つ。
その動きはしなやかで、まるでネコ科の大型肉食魔獣のようじゃったの。
「…………」
わらわは、無言でその男を見つめた。
男は無精髭を片手で撫でながら、
「美人を斬るのは忍びないが、これも仕事でなぁ。悪く思わないでくれよぉ、くっくっ」
そう忍び笑いをこぼしながら、もう片方の手で酒瓶を口に運ぶ。
わらわは問う。
「斬れると思うのか?」
「あん?」
男は、こちらを見る。
それから暗い笑みをこぼし、
「そりゃそうさ。こう見えても俺は、『元・金印の魔狩人』様だったんだからなぁ」
と言いおったのじゃ。
◇◇◇◇◇◇◇
元・金印と聞いて驚いたか?
わらわも驚いたわ。
あとから聞いたが、男の名は、シュレイザム・ドリアスと言っての。3年前まではアルン神皇国で確かに『金印の魔狩人』を務めていた男だったそうじゃ。
しかし、酒癖と素行が悪く、その称号を取り上げられたらしくての。
じゃが、正体を知ったからとて、こちらも退くことはできぬ。
悪人共の手先にまで堕ちた相手に、情けも無用じゃ。
わらわは無言で、肩に担ぐように『雷の大剣』を構えてみせた。
「…………」
敵対の意思は、それだけで伝わったろう。
男も酒瓶を捨てると、笑いながら、炎の装飾のあるハルバードを構えおった。
「……お」
男が小さく呟いた。
わらわを見据えながら、その顔にあった笑みが消えていく。
「コイツは……なかなか予想外だぜ?」
向き合うことで、ようやくわらわの技量に気づいたみたいでの。おちゃらけた雰囲気は霧散して、強い闘気が溢れ、周囲には静かな圧力が広がっていったのじゃ。
他の悪人共も気圧され、動けなくなっておった。
そして、
「りゃあっ!」
裂帛の気合を込めて、男がハルバードを振るってきた。
ハルバードの刃からは、赤い炎が漏れておった。どうやら、あれは『タナトス魔法武具』であったようじゃ。
鋭い一撃じゃったの。
じゃが、こちらとしても『雷の大剣』でしっかりと受け止め、弾き返してみせたのじゃ。
ギャリィン
火花と共に、互いの武器から炎と放電が散った。
衝撃で間合いが開く。
「……こりゃ、本気出さねえとやべえな」
痺れる手の感覚を味わいながら、男は、そう呟いておったの。
そこからは、苛烈じゃった。
さすが『元・金印の魔狩人』というだけあって、速く、鋭く、重い攻撃が繰り出されてきよった。
冷静に捌いていくが、油断すれば、すぐに流れを持っていかれ、このわらわであっても、そのまま奴に負けてしまうのじゃろうという予感があった。
それほどの相手じゃったよ。
わらわたちの戦闘で、川原の地面は吹き飛び、水面は爆発したように弾け、竜車の1台も破壊された。
衝撃波と共に、周囲に赤き炎と青き電が弾けていく。
それでも、わらわは一撃も貰わずに堪えておった。
それに向こうは焦れてきての。
恐らく、持久力が不足しておったのじゃろう。このままでは不利になると悟り、焦燥を覚えておったのじゃ。
そして、男は勝負を仕掛けてきおった。
「炎獄・烈神突き!」
ボバァン
その手にあったハルバードの炎の装飾から、今まで以上に凄まじい炎が噴き出して、その猛火に包まれた刃が螺旋を描きながら突き出されたのじゃ。
酔いの抜けた真剣な眼光。
神速の踏み込みからの正確無比な突きは、実に見事と称賛したくなるほどじゃった。
ゆえに、わらわも応えた。
「鬼剣・雷光斬!」
バヂィイン
手にした『雷の大剣』から青い放電が走り、その神撃のような突きに合わせて大剣の刃を振り落としたのじゃ。
魔法の炎と雷がぶつかり合った。
そして、次の瞬間、ハルバードの刃が粉々に砕け散りよった。
「……なっ?」
男は愕然としておった。
返す刀で、わらわは、その動きの止まった両腕を肘の辺りから切断する。
ザキュン
青い放電は男の傷を焼き、噴き出す血液を沸騰、蒸発させた。
即、回復魔法を使えば治療はできるであろうが、こうまで傷口を破壊すれば、後遺症なく治すことはほぼ不可能であると言えよう。
強き男であった。
じゃが、道を誤り、外道に堕ちた。
無辜の女子供を地獄に貶める行為に加担するような男からは、その寄る辺となる『強さ』を奪い、二度とその力を振るわせぬべきであろう。
敗北と激痛に、男は地面に膝をついた。
「ぐ……おぉっ」
呻く。
脂汗を流しながら、わらわを見上げ、そしてハッと気づいた顔をする。
「その銀の髪……その雷光を放つ大剣……まさか?」
「…………」
「あぁ、くそったれ! そうかよ、アルン常勝無敗の英雄アドバルト・ダルディオスを倒し、皇帝陛下から雷の宝具を下賜されたシュムリアの守護者! あの銀髪の鬼姫キルト・アマンデスがお前かっ!」
身体を震わせ奴は叫び、わらわを睨んでおった。
わらわは、その視線を受け止め、
「そなたは強かった。じゃが、道を外れ、研鑽を怠ったの。その衰え、実に惜しく思うたぞ」
「…………」
「今のそなたならば、幾千、幾万と戦おうと負ける気がせぬ」
静かに見下ろし、そう告げてやった。
男は唇を噛み締め、項垂れた。
そして、その男が敗れたことで、残った悪人共も抵抗する意思を失ったらしく、大人しくなりおったのじゃ。
「ふむ」
やれやれじゃ。
わらわは吐息をこぼして、銀の前髪をかき上げる。
その時、ちょうど朝日が谷間のこの場所にも差し込んできての。
その輝きに、つい瞳を細めてしもうた。
…………。
ま、そうしてわらわは、この地の人攫い共の悪行をくじいて、8人の少女たちを助けることに成功したのじゃよ。
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※次回更新は、来週の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




