512・雷光の虎
第512話になります。
よろしくお願いします。
僕ら夫婦とエボロウトさんは、近くの森へと入った。
といっても、奥までは向かわずに、目の前に広がる草原が見渡せるような場所に留まって、自分たちの身を隠すようにしていた。
「この草原が一番可能性が高いんです」
と、エボロウトさん。
人間にはない、エルフ特有の精霊器官。
それによれば、この草原こそが、最も2つの世界の位相が重なる『野良精霊』が出現し易い座標なのだそうだ。
(ふむふむ?)
よくはわからないけど、つまり10キロ四方の中でエボロウトさんはこの場所に絞って、その『野良精霊』を見つけるつもりなんだね。
そんなわけで、3人で待ちの態勢だ。
その間に、少しだけ話をした。
そこで知ったのは、エボロウトさんみたいな『旅エルフ』さんは、実はかなりの人数がいるということ。
「エルフは、意外と放浪好きなんです」
彼は、そう笑った。
保守的なエルフは『エルフの国』に残り、好奇心旺盛なエルフたちは『旅エルフ』として世界に散らばった――話を聞くに、そんな感じかな。
そして『旅エルフ』さんたちは、相互に助け合い、情報交換をするための独自のコミュニティも作っているそうだ。
(へぇ、そうなんだ)
つまり『旅エルフ・コミュニティ』って感じだね。
そこでは、どこそこの景色が良かった、あの町の料理が美味かった、あそこの治安が良くない、あの街道には魔物が出る、などの情報も集まるという。
その中で今回の『野良精霊』の話も出たのだそうだ。
「自分はたまたま、こちらの方面に旅をしている途中であり、『精霊』の扱いに関しても多少自信がありましたので」
それで、その対処に名乗り出たのだそうだ。
そっか。
もしかしたらこれまでも、そういった『野良精霊』の対処を『旅エルフ・コミュニティ』のエルフさんたちが人知れずしてくれていたのかもしれない。
誰にも褒められず、報酬もないのに。
そのことの感謝を伝えると、
「いえいえ」
エボロウトさんは笑って、軽く手を振った。
僕らを見つめて、
「私たちも同じ世界、同じ国に生きる人であり、同胞なのですから、その助けとなる行いをするのは当たり前のことですよ」
そう言った。
同胞……。
鎖国中の『エルフの国』では差別的な言動を向けられたりもしたので、同じエルフである彼が、僕ら『人間』のことをそう言ってくれるのが嬉しかった。
ジジ……ッ
左腕の『白銀の手甲』に戻った精霊さんが、僕の喜びが伝わったのか、小さな音色を響かせる。
(うん)
その銀色の表面を優しく撫でる。
その日、僕はまた1つ『エルフさん』のことが大好きになった。
◇◇◇◇◇◇◇
太陽は西へと向かい、遠い地平の彼方へと沈んでいく。
赤い輝きが草原を照らす。
夕暮れだ。
すぐに日も沈み切って、夜の帳が訪れるだろう。
あれから3時間以上、森の中で待機をしているけれど、『野良精霊』は姿を現さなかった。
根比べの様相である。
寿命が長く、時間に大らかなエルフの感覚だと、数十日間ぐらい待ち続けるのは普通なのだそうだ。
「私もすでに10日、この周辺を探していますからね」
と、エボロウトさん。
さ、さすがだ。
僕らとしては、クエスト報告の期日もあるので、そんなに長くはいられない。
もしもの時は『翼竜便』で王都の冒険者ギルドまで事情を知らせて、この地に留まることも考えるべきかもしれないね。
イルティミナさんともそう話し合った。
とりあえず、
(……今夜は野宿かなぁ?)
沈んでいく夕陽を見ながら、そう思った。
その時だった。
パチッ
(ん?)
赤く染まった草原の上に、小さな放電のような光が見えた気がした。
気のせい?
いや、違う。
「マール、気がつきましたか?」
「うん」
確認してくるイルティミナさんに、僕は頷いた。
彼女も気づいた。
なら、間違いない。
近くの木に寄りかかって休んでいたエボロウトさんも、身体を起こして、眼鏡の位置を整えながら、草原を見つめた。
パチチッ バチン
黄金色の放電が強くなる。
それは空間に集まりだして、体長5メードもの巨大な虎のような姿を形作った。
――精霊だ。
そう直感で理解した。
それもかなり強い力を秘めていそうで、強者特有の『圧』が離れていても伝わってくるほどだ。
雷の虎の尻尾は、3本。
上顎からは、まるでサーベルタイガーのような長い牙が生えていた。
パチッ バチチッ
歩くたびに放電が起き、足元の草が焼けている。
確認するように、僕はエボロウトさんを見る。
彼は、驚いた顔をしていた。
「……『雷光の虎』」
その名を呟く。
(雷光の虎?)
エボロウトさんの説明によれば、名前の通り『雷の精霊』であり、人間界には滅多に現れるものではなく、とても好戦的で強力な力を秘めた『精霊』だそうだ。
彼は表情をしかめながら、
「言葉での説得は、無理かもしれません」
と、重そうに告げる。
大人しい精霊さんならば、精霊と交信できるエルフさんが説得して、何事もなく精霊界に帰ってもらうこともできた。
けど『雷光の虎』は、荒々しい精霊さんだ。
言葉は通じない。
つまり『白水晶の狼』と同じように力で屈服させて、その上で精霊界へと帰るように命じるしか方法がないのだという。
(……そっか)
力尽く、か。
あれは、かなり強そうな精霊さんだ。
一筋縄ではいかないだろう。
けれど、こっちには『金印の魔狩人』と『銀印の魔狩人』がいるし、精霊7体を使役する『精霊使い』もいる。
(きっと何とかなるよね?)
そう信じる。
ジジッ
その時、左腕の『白銀の手甲』から何かを訴えるような響きが聞こえた。
「え?」
精霊さんの意思が伝わってくる。
その内容に、僕は驚いた。
けど、精霊さんの意思は固そうで、それは僕の心へと真っ直ぐに突き刺さってくる。
(……うん、わかったよ)
僕は折れた。
苦笑しながら、手甲の表面を撫でる。
それから、イルティミナさん、エボロウトさんを見て、
「あのね、2人とも。あの『雷光の虎』とは、僕の精霊さんが1対1で戦いたいんだって。だから、そうさせてもらえないかな?」
と頼んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
2人は驚いていたけれど、結局は僕の説得に応じてくれた。
イルティミナさんはいつも僕の気持ちを尊重してくれるし、エボロウトさんも『精霊使い』だから精霊の意思を尊重するタイプみたいだったんだ。
(ありがと、2人とも)
本当に感謝だ。
そうして僕は、精霊さんを顕現させる。
ジ、ジジ……ジガァアアッ
手甲の魔法石が輝き、体長5メードの美しい『白銀の狼』が森の中に現れた。
「精霊さん」
僕は、その鼻先を撫でる。
エボロウトさんが、
「そのまま『雷光の虎』に逃げられては困るので、こちらで軽く牽制だけ行います。その間に『白水晶の狼』は接近してください」
と言った。
僕は頷く。
彼は腰帯から『精霊の宿った笛』を取り出すと、その音色を静かに響かせる。
魔法石が3つ煌めく。
すると、茜色の空にあの『水の精霊』が姿を現した。
その表面が揺らめき、無数の棘が生えると、それを『水の槍』として『雷光の虎』へと発射した。
バシュシュッ
その攻撃に、雷でできた虎は、すぐに気づいた。
バヂィイン
放出された雷が『水の槍』を粉砕し、ただの水へと変えて破裂させてしまう。
そのまま雷は鞭のように『水の精霊』に直撃した。
ボジュウウ
白煙が上がり、水球の表面が沸騰する。
その攻撃によって、『水の精霊』の体積は半分ぐらいにまでなってしまった。
そうして上空に意識が向いていた時、『雷光の虎』の足元に、10メードほどの細長い百足の黒い影が接近していた。
バチッ
それに『雷光の虎』も気づく。
同時に百足の影は、地表に飛び出し、実体となって雷の巨体に絡みついた。
虎の動きが封じられる。
けれど、その長い牙が黄金色の放電を散らしながら百足の胴体に噛みつくと、その部分があっさりと焼き切られ、2つに切断された。
バヂィン
2つの身体となった百足は影になってすぐに後退し、『雷光の虎』は追撃しようとする。
そこに真空波がぶつかった。
見れば、上空に、半透明の翼を生やした女性が浮かんでいた。
(風の精霊だ)
感覚で、そうわかった。
その『風の精霊』は、何度も真空波を飛ばして、百足の後退を援護する。
無数の風の刃を『雷光の虎』は華麗にかわして、雷の鞭で反撃を行った。
その攻撃を『風の精霊』は慌てて回避すると、まるで役目は終えたとばかりに、その姿が大気に溶けるように消えていく。
パチチッ
雷虎の瞳は、忌々しそうに空を睨む。
その時だ。
その『雷光の虎』の背後に、美しい白銀の精霊獣が近づいていた。
ジガァアッ
鋭い咆哮。
その衝撃波に、黄金の雷でできた巨体はすぐさま振り返った。
そこにいるのは『白水晶の狼』。
そこから発せられる強い圧力に、『雷光の虎』は驚いた様子だったけれど、すぐに獰猛に牙を剥いて威嚇を始めた。
もはや逃げられる距離ではない。
倒すか、倒されるか?
その2択しか存在しないことを理解していた。
茜色に染まった草原で、黄金に輝く虎と白銀に輝く狼が5メードほどの距離で向き合った。
風が止む。
時間が止まったような景色の中で、2体の精霊獣は睨み合い、そして次の瞬間、それぞれが全力の速さを発揮して、お互いの巨体へと襲いかかっていった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
いいね機能というのが、何やら実装されたみたいですね。
せっかくなので、自分も受け付ける状態にしてみました。もし気が向かれましたら、皆さん、どうか気軽に押してみて下さいね~♪
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降となります。どうぞ、よろしくお願いします。




