505・湖畔の稽古
第505話になります。
よろしくお願いします。
食料品の買い出しをした僕らは、一度、『ソルティスの家』へと帰ってきた。
(ふ~、重かった)
荷物の詰まったリュックを下ろして、一息つく。
時間的には、ちょうど正午頃だ。
僕は、また台所を借りて、買って来たばかりの食材で昼食を作る。
「手伝うわ」
おや、珍しい。
驚きながらも、僕は笑って「うん」と頷き、ソルティスと一緒にお昼ご飯の準備をしていった。
作ったのは、パスタ料理だ。
上には、ハーブチキンを乗せて、適当に茸や野菜を混ぜてある。あとデザートに、カットしたフルーツ入りヨーグルトも用意しておいた。
モグモグ
ん、まぁまぁかな。
イルティミナさんほどではないけれど、自分としては満足だ。
ソルティスは、
「うん、悪くないんじゃない」
料理を頬張りながら、そうお褒めの言葉を頂いた。
(ありがと)
僕は笑った。
それに気づいたソルティスも小さく笑って、食事を続ける。
窓から午後の日差しが降り注ぐ中、そうして僕とソルティスは、2人でのんびりとお昼の時間を楽しんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
昼食後、僕らは約束していた『手合わせ』のため、冒険者ギルドを訪れた。
ギルドの建物裏手、シュムリア湖に面した浜辺なら、人気も少ないし、広い空間があるので、剣を合わせるにはちょうどいいかな、と思ったんだ。
ちなみに3年前、キルトさんとソルティスが僕に隠れて稽古していた場所でもある。
「あれ、マール君にソルちゃん?」
ギルドに入ると、職員のクオリナさんに声をかけられた。
「こんにちは」
「ども」
挨拶する僕らを、彼女は物珍しそうに見つめた。
それから、キョロキョロと周囲を見回して、
「今日は2人だけ?」
「うん」
「そうなんだ。マール君がイルティミナさんといないのは、なんだか不思議な感じだね」
と言われてしまった。
僕は苦笑する。
ソルティスは、なんだか居心地が悪そうに視線を外して、長い髪の先を指でいじっていた。
それから僕らは、ギルド裏手の場所を借りることを伝えて、クオリナさんは「うん、いいよ」と笑って許可をしてくれた。
ありがたい。
ちなみに話している間、周囲の冒険者たちの視線が僕らに集まっていた。
こう見えて、僕もソルティスもこの『冒険者ギルド・月光の風』を支えるトップクラスの『銀印の魔狩人』という立場なんだ。
年齢の若さもあってか、結構、注目を浴びている。
(まぁ、仕方ないね)
慣れないけれど、そういう立場である責任は感じているんだ。
ツンツン
服の裾が引っ張られた。
(ん?)
見れば、ソルティスの指が僕の服の裾を摘まんでいた。
「早く行きましょ」
「うん」
やっぱりソルティスも、こういう視線には慣れていないみたいだ。
僕は頷き、クオリナさんに挨拶してから、ソルティスと2人で、そそくさと冒険者ギルドの裏手へと向かって歩きだした。
◇◇◇◇◇◇◇
目の前には、広大なシュムリア湖が広がっている。
澄んだ水は、午後の太陽の光を反射して、キラキラと輝きながら、穏やかな波を繰り返し浜辺に打ち寄せさせていた。
(いい天気だ)
青い空には、雲1つない。
その中で、僕は持ってきていた『大地の剣』と『妖精の剣』を左右の手で触れた。
「…………」
振り返れば、ソルティスも右手に真っ白な『竜骨杖』を、左手に幅広な黒い直剣を持っていて、大きく息を吐いてから僕を見つめた。
ジャキッ
「じゃあ、始めましょ?」
そう言って、黒い直剣を僕に向けて構える。
いい構えだ。
出会った頃とは違って、本当に『剣士』としての実力を備えていると見ただけでわかる。
僕は笑った。
そして、左右の腰ベルトに提げていた2本の愛剣を鞘から抜き放つ。
シュララン
それぞれの美しい刃が陽光に煌めいた。
それを、目の前の少女に向かって構える。
「っ」
ソルティスが一瞬、気圧されたような顔をした。
けれど、すぐにブルブルと左右に顔を振って、強い意思を感じさせる眼差しで僕を睨んでくる。気合十分のようだ。
「うん、始めよう」
僕は、静かに稽古の開始を告げた。
…………。
ソルティスは10秒ぐらい、僕を睨みつけたまま動こうとしなかった。
僕も焦らない。
落ち着いて、少女の一挙手一投足に集中しながら、いつでも、どんな行動をされても対応できるように備え続けた。
「…………」
「…………」
空気が張り詰めているのを感じる。
剣の対決なら、僕が有利。
だけど、僕もソルティスも同じ『銀印の魔狩人』であり、潜り抜けてきた戦場の積み重ねは、ほとんど変わらないはずだった。
同格の強敵。
だから僕は、彼女をそう評価して向き合っている。
ジリッ
彼女が足先を動かして、かすかに間合いを詰めた。
(――来る)
そう予感した瞬間、ソルティスは『魔血の民』の身体能力を発揮させ、その足場を爆発させるように吹き飛ばしながら、一気に踏み込んできた。
速い。
そして、そこから繰り出されるのは黒い直剣による薙ぎ払い。
カィン
僕は右手の『大地の剣』を下から当てて、その攻撃を頭上へと抜けるように逸らした。
「!」
ソルティスが驚いた顔をする。
こんな簡単に自分の攻撃がいなされると思ってなかったのかもしれない。
(甘いよ)
威力は凄いけど、当たらなければ意味はないし、こんな単純な攻撃に当たるほど僕も未熟じゃないつもりだった。
ソルティスは警戒したように、後ろに下がる。
(……なら)
それを見た僕は、そのタイミングに合わせて、彼女へと襲いかかった。
左手の『妖精の剣』を下段から振るう。
「!」
ソルティスは、すぐに黒い直剣でそれを受け止めた。
ガィイン
強い衝撃と共に火花が散る。
それと同時に僕は、右手の『大地の剣』による突きを全力で放った。
ヒュボッ
(うわ、かわされたっ?)
当てられると思った攻撃は、けれど、凄まじい反応速度で上半身を捻ったソルティスにかわされ、その脇腹の皮鎧を軽く擦っただけに終わってしまった。
さすが『魔血の民』だ。
その身体能力は、本当に反則級に凄まじく、また素晴らしい。
ブンッ
そんな僕へと黒い直剣が振り下ろされ、僕は半歩下がって、それを避けた。
顔先3センチを、剣先が通り抜けていく。
ここで反撃。
そう思った時、
(!?)
いつの間にか、ソルティスの右手が握る『竜骨杖』の先端が僕へと向けられていた。
まずい!
反射的に、僕は『妖精の剣』の柄をカツンと当て、その杖を横に逸らした。
「――エルダ・レイヴィン」
ヒュヴォン
直後、杖の先端の魔法石から、光の刃が飛び出してきた。
危なっ。
1歩遅れていたら、あの『光の剣』によってお腹の真ん中を貫かれていたよ。
でも、少女の『魔法剣士』としての攻撃は、それで終わりじゃなかった。
横に逸らした『光の剣』が、
「――アロア」
その少女が口にした一言によって爆発し、3本の『光の矢』となって、僕の顔面に襲いかかってきたんだ。
(嘘でしょ!?)
こんなの見たことがない攻撃だ。
このままじゃ、直撃する――そう悟った僕は、極限集中の世界へと飛び込んだ。
色が消え、音がなくなる。
臭いも消えた。
その灰色に見える世界の中で、周囲の時間は遅くなり、その視覚情報を頼りにして、僕は迫る3本の『光の矢』を必死に回避していく。
間に合え……っ。
極限集中の世界では、僕自身の動きも遅い。
最小、最短、最速の動きで、必死に『光の矢』の軌道から自分の頭部を外してみせる。
ジュッ
かすかに頬が焼かれ、前髪が燃え消された。
でも、
(かわしたぞ!)
僕は、至近距離から放たれた3本の『光の矢』を全てかわし切ってみせた。
ヒュバッ
極限集中が切れ、世界が元に戻る。
「嘘……」
ソルティスも絶対の自信を持っていたのか、その攻撃が外れたことに、その唇の間から思わず驚きの声が漏れていた。
今だ!
僕は左手の『妖精の剣』をクルッと手の中で反転させて、峰の部分で『竜骨杖』へと強い打撃を叩き込んだ。
ガチィイン
「っっ」
その衝撃で、ソルティスの手から『竜骨杖』が弾き落とされる。
ヒュボッ
同時に、僕の右手の『大地の剣』は、少女の首を狙って真横から振り抜かれた。
気づいたソルティスは、凄まじい反射速度で黒い直剣を間に滑り込ませてくる。
さすがだ。
普通の人間なら、そして並の剣士なら反応もできないはずの攻撃に、けれど、彼女は当たり前のようについて来た。
これまで積み重ねてきたその修練が本物だったのだと、これだけでもわかる。
そして、
(やっぱり、ソルティスは凄いや)
そんな彼女を信じていた僕は、当然、その防御も予測していた。
だからこそ、僕の振るった剣は途中で90度、角度を変え、彼女の持つ黒い直剣ではなく、それを握る左手の指へと狙いを定めて叩きつけられていた。
バチィン
「んぎっ!?」
少女の悲鳴が上がる。
当てたのは、刃ではなく中央の平の部分だ。
骨折はさせないように加減はしたけれど、その痛みと衝撃で指に力は入らなくなるはずだった。
ガラン
案の定、少女の手から黒い直剣がこぼれ、地面へと転がった。
「……ふぅ」
僕は、息を吐く。
ソルティスの左右の手から武器がなくなり、そこに立ち尽くす彼女は睨むように僕を見つめてきた。
憮然とした表情で、
「……負けたわ」
と言った。
僕は「うん」と頷いて、自分の2本の剣を鞘へとしまう。
それから、
「指、大丈夫?」
「平気よ、ちょっと痺れただけ。加減してくれてたんでしょ?」
まぁ、一応ね。
でも、心配だったので、僕はシュムリア湖の冷たく綺麗な水にハンカチを濡らして、それを叩いてしまったソルティスの左手に結びつけた。
「…………」
ソルティスは驚いた顔をする。
けど、抵抗することなくそれを受け入れ、それから僕を見つめた。
(?)
僕は笑って、首をかしげた。
彼女は「何でもないわ」と呟き、
「ありがと。……でも、マール、本当に強くなったわよね。これで『神体モード』とか『神武具』がまだあるんでしょ? ちょっと反則だわ」
と、ぼやいた。
僕は苦笑してしまう。
「ソルティスだって強かったよ。魔法をかわせたのは、本当にギリギリだった。当たってたら、僕の負けだったよ」
本当に紙一重の勝利。
それに彼女の魔法は、まだまだ多彩だ。
もしもあの時、ソルティスの魔法の矢の数が3本以上だったら? 間違いなく、僕はかわし切れなかったと思う。
3本だったのは稽古だからだ。
殺傷力を抑えるために本数を減らしてくれてて、だからもし実戦で、手加減してもらえてなかったら、僕の方が負けていた。
(たまたま勝てた……それだけだね)
僕は息を吐く。
「ソルティスのこと、本当に尊敬するよ、僕は」
「…………」
僕の言葉に、彼女は目を丸くしていた。
すぐに笑う。
「久しぶりに聞いたわ、それ。……ってか、マールと一緒にいるとさ、本当、立ち止まってられないわ。アンタって、嫌な奴よね?」
え?
今度は僕が驚いてしまう。
でも、ソルティスは「ん~」と両手を空に伸ばして、大きく伸びをする。
そして、
「私も、まだまだがんばらないと駄目ね」
と頷いた。
戸惑う僕に、彼女は近づいてきて、パンと背中を叩いてきた。
「さ、帰りましょ?」
「あ、うん」
笑顔で言われて、僕は、思わず頷いた。
彼女は『竜骨杖』と黒い直剣を拾い上げて、剣を鞘にしまうと歩きだす。
…………。
その背中を少し見つめて、それから僕は、彼女を追いかけた。
ザザァン
シュムリア湖の綺麗な水が浜に打ち寄せ、引いていく音色を聞きながら、僕とソルティスはその砂に足跡を残して歩いていった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




