482・歴代の獣王たち
第482話になります。
よろしくお願いします。
(う……っ)
視界を埋めていた光が消えていく。
ほんの1~2秒のことだ。
それでも戦闘中ならば致命的な状態で、けれど、僕の身体には何の攻撃もなかった――その事実を噛み締めながら、取り戻した視力で周囲を確認する。
…………。
真っ直ぐな石造りの通路が、前後にどこまでも伸びていた。
(ここは、霊廟じゃない?)
そう気づいた。
構造は似ている。
けれど、僕の前後にある通路は、無限に伸びているかのように果てがなく、直前まで自分がいた場所とは違うのだとわかった。
そして僕のそばには、キルトさん、オルトゥさん、その後ろにアーノルドさんの姿があった。
「ディア・アーノルド!」
狼獣人のオルトゥさんが、アーノルドさんの安否を気にして、声をかけている。
アーノルドさんは片手を上げて、
「大丈夫だ」
と、ドル大陸の公用語で応えていた。
キルトさんは、背負っている『雷の大剣』の柄に右手をかけながら、変わってしまった周囲の景色を見回していた。
「ここは、どこじゃ?」
そう驚いたように呟く。
僕は首を振る。
「わかんない。霊廟の中に似てるけど、でも、違う場所みたいだ」
「ふむ」
通路の構造は同じだ。
でも、感じる雰囲気が静謐で清浄なものから、なんというか混沌とした気配に変わっている感じだった。
それでも、あえて言うなら、
「異空間、かな?」
僕は呟いた。
現世とは違う、夢の中にいるみたいな不可思議な感覚が、この空間には満ちていた。
「あの『光の翼獅子』もおらんな」
キルトさんが呟く。
その言葉通りに、前後に伸びた通路のどこにも、あの光でできた『翼の生えた獅子』の姿は見られなかった。
(うん)
僕は頷いた。
いったい、あれは何だったのだろう?
そして僕らは、いったい、どこに来てしまったのか?
(やっぱり、あの獅子が、僕らをこの不思議な空間へと連れてきたのかな?)
それぐらいの予測しかできない。
それと、あの時、少し離れていたイルティミナさん、ソルティス、ポーちゃん、フレデリカさんの4人の姿は、この空間のどこにもなかった。
きっと4人は、まだあの霊廟にいる気がした。
アーノルドさんは息を吐く。
「全員、無事か?」
「うん」
「あぁ」
僕とキルトさんは答え、オルトゥさんはドル大陸の公用語で『問題ありません』と答えていた。
アーノルドさんは視線を巡らせ、
「他の4人は?」
「多分、ここに連れてこられたのは、僕らだけみたいだよ」
僕は答えた。
彼は「そうか」と表情を難しくする。
少し考え、それから、もう一度、周囲を見回して、
「これまでに3件あった行方不明事件……もしかしたら、俺たちは、その4件目の被害者となってしまったのかもしれないな」
ヴェガ国王子は、そうため息のように口にした。
◇◇◇◇◇◇◇
この国で信仰されている『聖なる獣神』を模した何かが、僕らをこの異空間に連れてきた。
(なら、その理由は何だろう?)
考えてみたけど、思いつかない。
ただ『獣神』の姿をしていたからかもしれないけれど、あの光の翼獅子からは、悪意や害意のような物は感じられなかった。
う~ん?
「悩んでいても仕方がない。少し歩くか」
アーノルドさんはそう言って、果てもなく伸びている通路の片方へと歩きだした。
(わっ?)
慌てて僕とキルトさん、オルトゥさんが追いかける。
オルトゥさんは、アーノルドさんのそばに行って、『王子! 勝手に動かれては困ります!』と護衛として怒っていた。
アーノルドさんは『すまん、すまん』と軽い感じで謝っている。
うん、常習犯って感じ。
オルトゥさん、いつも苦労してるんだろうな……なんて思う僕でした。
キルトさんは、後方も確認しながらついていく。
「行く方向は、こちらで良いのかの?」
と呟く。
僕は答えた。
「わからないよ。でも、だからいいんじゃない? アーノルドさんの行きたい方向で」
「ふむ、そうじゃな」
彼女も頷いた。
「まぁ、最悪、この空間が捻じれて、永遠にこの通路が続いているだけという可能性もあるが……その心配はあとにするかの」
…………。
そ、その可能性は、困っちゃうなぁ。
そうして僕らは、石造りの通路を、どこまでも歩いていく。
5分。
10分。
30分。
やがて、1時間以上が経っても、見える景色は変わらなかった。
キルトさんはともかく、アーノルドさんとオルトゥさんの表情には、精神的な疲れのようなものが見え始めていた。
僕も、少しだけ不安になってきた。
(まさか、一生、この空間に閉じ込められたりしないよね?)
嫌な想像をしてしまう。
こんな形で、イルティミナさんとずっと会えなくなるなんて、そんなの絶対に嫌だ。嫌だったら嫌だ。
必ず脱出してやる。
僕は、強くそう思う。
アーノルドさんも、
「俺は、父上に代わって、この先のヴェガ国を守らなければならないんだ。こんな場所でくたばるわけにはいかない……っ」
そう強い口調で呟いた。
その獅子の瞳には、疲労でも消せない確かな覚悟の光が宿っている。
キィイイン
その瞬間だった。
この不思議な通路の空間に、何か不思議な力が満ちたのを感じた。
そして、
「あ……」
オルトゥさんが、前方を見つめて声を漏らした。
果てがないと思われていた通路の先に、いつの間にか、広間が広がっていたんだ。
(えっ?)
僕も驚く。
そこは『獣神の霊廟』でも見た、『獣神』の石像と歴代の王が眠る石棺の並んだ広間だった。
その魔法石でできた獣神像が、美しい光を放っている。
そして、その光に照らされる15個ある石棺の内、10個の上には、半透明の獣人さんたちが立ち並んでいる姿があったんだ。
その1人が口を開く。
『――よく来た、我らが子孫。そして、若き次代のヴェガ王よ』
厳かな声が周囲に響いた。
◇◇◇◇◇◇◇
そこにいるのは、歴代のヴェガ王たちなのだと、僕らは全員、感覚でわかった。
(…………)
僕、キルトさん、オルトゥさんは、その威厳に触れて、その場に跪く。
考えてのことじゃない。
ただ、そうするのが自然なのだと不思議と思えたんだ。
唯一、歴代のヴェガ王たちの前に立っているのは、次のヴェガ王となるアーノルド・グイバ・ヴェガロス王子のみだった。
『貴方たちは……』
彼は、茫然と獅子の瞳を見開きながら、祖先の霊たちに近づいた。
歴代ヴェガ王たちは微笑む。
それは、まるで老人が幼い孫を見つめるような慈愛に満ちた眼差しだった。
『――この場所を訪れる者に会うのは、久しぶりだ』
歴代ヴェガ王の1人が、そう言った。
…………。
その言葉は、僕らをこの場所に招いたのは、彼らではないという意味にも聞こえた。
(どういうこと?)
僕は、てっきり彼らを見て、彼らに招かれたと思っていたのに。
アーノルドさんも同じこと思ったみたいだ。
『どういうことだ、我らが祖たるヴェガの先人たちよ? 貴方がたが俺たちをここに導いたのではないのか?』
そう問いかける。
歴代ヴェガ王たちは、その半透明な顔たちを見合わせた。
それから、
『――違う』
と答えた。
10人の王たちの瞳は、中央にそびえて輝く『獣神の像』へと向けられ、
『――お前たちを招いたのは、我らではない。ここにいる護国の〈獣神の魂〉と、同じ覚悟を宿したお前の魂が共鳴した。その結果だ。全ては〈獣神〉の意思と言える』
そう教えてくれた。
聖なる獣神は、国を守る存在だ。
その尊く気高き魂に、アーノルドさんの国を思う気持ちが認められ、それが共鳴した結果、この空間に導かれてしまったのだという。
歴代ヴェガ王が言うには、そんな風に生まれつき『獣神の魂』と感応し易い者がいて、アーノルドさんもそうなのだそうだ。
僕とキルトさん、オルトゥさんの3人は、巻き込まれただけ。
まぁ、次代のヴェガ王を守ろうという意思と行動を見せたことで、『獣神の魂』も、僕らまで招くことを許したのではないかという話だった。
(ほぇぇ……)
そんなことがあるんだね。
なんだか、本当に夢のような出来事が現実で起きてしまったみたいだ。
あのキルトさん、そしてオルトゥさんも、なんだか狐に抓まれてしまったみたいな顔をしているよ。
ちなみに、歴代ヴェガ王とアーノルドさんの会話は、みんな、ドル大陸の公用語で話されているので、僕は聞き取ることはできても会話に参加することはできず、聴衆に徹していた。
でも、よかった。
聖なる『獣神』に招かれたのなら、特に危険なわけでもないだろうから。
緊張が少し解ける。
アーノルドさんも状況に慣れてきたのか、
『歴代の王たちよ。若輩のこの身に、各々方の知恵を授けては頂けぬだろうか?』
そう訊ねた。
そして彼は、現在のヴェガ国の状況を、祖先の霊たちに伝えた。
自分たちの守ってきた国のことだからか、子孫のためか、歴代ヴェガ王たちも真剣のアーノルドさんの話を聞いてくれ、色々な助言を与えていた。
王としての心構え。
具体的な施策。
自分たちの時代の困難と、それを乗り越えるまでの話などなど。
長く続いたヴェガという国の歴史、それを彼らは直接、次の王となる若者に伝え、彼の力となるものを与えていった。
「…………」
アーノルドさんが成長している、それを感じた。
この短い時間で。
この濃密な会話の中で。
彼が1人の王として、類稀なる勢いで急成長しているのが、その表情を見ているだけでわかってしまった。
(あぁ、そうか)
この場所に『獣神』が彼を招いた理由、それがようやく実感として理解できた。
このためだ。
アーノルド・グイバ・ヴェガロスが相応しい王となるための教育の場として、最善にして最大の時間と空間が与えられたのだ。
それは『獣神』の祝福なのかもしれない。
そのアーノルドさんに大いなる加護を授けられる光景を、僕は、青い瞳を細めながら眺めた。
キルトさん、オルトゥさんも眩しそうに見ていた。
「…………」
「…………」
「…………」
歴代ヴェガ王と会話を交わす次代のヴェガ王の眼差しは、どこまでも未来の希望に輝いているみたいだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




