465・湖底に眠る古代竜
第465話になります。
よろしくお願いします。
コロンチュードさんの提案に了承した僕たちは、大樹の家を出発した。
金髪を地面に引き摺りながら、森を歩くハイエルフさん――そんな彼女を先頭にして、僕ら4人は、人里離れた森の更に奥地へと入っていく。
ザッ ザッ
森の青い匂いが強くなる。
木々も太く、大きくなり、逆に動物の気配が消えていく。
この辺は、動物よりも植物が勢力を広げている、そんな印象だ。
(まるで植物の王国……かな?)
僕らは、そこに入り込んだ異物みたいな感覚だった。
そうして歩いていると、
(ん?)
ふと僕の鼻に、水の匂いが感じられた。
近くに池や川などがあるのかもしれない。
そのまま5分ほど進むと、予想通りと言うべきか、目の前には、大きな湖が姿を現した。
「わぁ……」
凄く綺麗な湖だ。
王都に面したシュムリア湖ほどではないけれど、景観が美しくて、水の透明度もかなり高かった。
「ほう……」
「綺麗……」
イルティミナさんやソルティスも感心したように瞳を輝かせている。
コロンチュードさんは、そのまま湖の畔へと近づいていく。
(もしかして、僕らに、この綺麗な湖を見せたかったのかな?)
ふとそう思った。
僕らも、コロンチュードさんのあとに続いて、湖へと近づく。
ザァン ザザァアン
吹く風に水面が揺れ、波が打ち寄せる。
森林の中に響く、柔らかく規則的な音色は、なんだか気持ちを落ち着けてくれる。
チャポッ
水面に触れる。
冷たい。
でも、気持ちいい。
透明度の高い水の中には、小さな魚の群れも泳いでいて、僕の手に驚いて、遠くに逃げてしまった。
僕は、つい微笑んでしまう。
そんな僕を見て、イルティミナさんも優しく笑っている。
すると、コロンチュードさんが僕らを振り返って、
「ちょっと……失礼」
その手に玩具みたいな30センチほどの杖を持ち上げ、その先端の魔法石を輝かせて、僕らの方へと向けた。
チョン チョン チョン チョン
僕ら4人の額に触れる。
最後に、コロンチュードさん自身の額にも押し当てた。
(?)
顔の周りに、空気の層ができたのを感じる。
これは確か……かつてアルン神皇国の『大迷宮』の探索の時に、ソルティスが使ってくれた水中でも呼吸ができる魔法だ。
驚く僕ら。
そんな僕らの前で、コロンチュードさんは、今度は湖へと向かって、玩具みたいな杖をクルクルと回転させるように振るった。
(お……?)
10メードほど離れた水面が、小さく動いた。
その動きは大きくなり、ゆっくりと渦を巻く。
(おぉおお……?)
湖の水面に、直径3メードほどの渦巻きができていた。
それは水中の奥深くまで、まるで蛇の胴体みたいに長く、何百メード以上も伸びているみたいだった。
「これは……?」
思わず、呟く。
コロンチュードさんは眠そうに、
「……水の泡道」
と答えた。
(水の泡道?)
困惑する僕の前で、コロンチュードさんはその渦巻きに向かうように、湖へと向かって歩いていく。
つま先が水に触れる寸前、
ピカッ
杖の魔法石が輝いて、コロンチュードさんの足元から渦巻きまでの水面が、淡い光を放ち始めた。
その光る水面に、コロンチュードさんの足が乗る。
(あ……)
足は水に沈むことなく、その光る水面の上に乗っかっていた。
テクテク
何事もないように、コロンチュードさんは、その光を放つ水面の上を歩いていく。
こちらを振り返って、
「……ついてきて」
と、僕らを呼んだ。
僕ら4人は、顔を見合わせる。
すぐにソルティスが覚悟を決めた顔をして、コロンチュードさんのいる方へと歩きだした。すぐに僕らも続く。
ソルティスが光る水面に足を進める。
彼女も、水面に立った。
(おぉ……)
ソルティスも、ちょっと驚いた顔をしている。
次に僕も、その後ろに続いた。
(だ、大丈夫かな?)
光る水面に足を下していく。
ヒタッ
靴底に、しっかりした硬い足場の感触があった。
そのまま、普通に歩けてしまう。
(凄いや)
波はあるけれど、それで足場が揺れることもない。どうやら、水面下すぐの位置に、魔法的な足場が形成されているみたいだった。
でも、とても不思議な感じだよ。
ただ波の水を被って、靴とズボンの裾は、少し濡れてしまった。
そんな僕の後ろを、イルティミナさんとポーちゃんもついてくる。
それを見届けて、コロンチュードさんは、また前を向いて光る水面上を歩きだした。
やがて、岸から10メードほど離れた渦巻きの前へ。
ゴゴゴゴ……ッ
水が泡を生みながら、回転している。
「じゃ……行くよぉ」
眠そうに言って、コロンチュードさんは、その『水の泡道』へと倒れ込むように飛び込んだ。
ジャボン
水飛沫が上がる。
(うわっ?)
もしかしたらと思っていたけれど、どうやらコロンチュードさんは、僕らを湖の中へと連れて行きたいみたいだった。
彼女の姿は、渦に飲まれて、水中へと沈んでいく。
長い金髪がキラキラと水の中に煌めいて、それも遠くなっていく。
…………。
ちょっとだけ怖いな。
僕は、渦を覗き込んでいる少女を見た。
「……行く?」
「当たり前でしょ。コロンチュード様のお誘いだもの!」
ソルティスは鼻息荒く答えると、
ピョン
両目を瞑って、渦の中心へとジャンプした。
ジャボン
水飛沫が散って、少女の姿も水中の奥深くへと消えてしまった。
(……仕方ないな)
僕も覚悟を決める。
と、
「大丈夫、私もすぐに追いかけますから」
後ろにいたイルティミナさんが、そう微笑んで、僕の頭を撫でてくれた。
うん。
僕は笑って頷く。
それから、一度、大きく深呼吸をしてから、目の前で回転している水の流れの中心へと、タンッと跳躍して飛び込んだんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(うわぁ……)
渦を巻いた水中に飛び込んだけれど、そこでは魔法的な力場が働いているのか、僕の身体がグルグルと回転することはなかった。
ただ強い水の流れの中に、身を置いている感じ。
イメージするならば、透明なホースの中を流れる水に、プカプカと浮かびながら流されている感覚だ。
その流れに導かれて、僕の身体は、湖の底の方へと押し流されていく。
前方には、ソルティス。
その先には、コロンチュードさんの姿もあった。
上を見れば、僕に続いて水に飛び込んだらしいイルティミナさんの姿があって、その奥に、ちょうど今、ポーちゃんの小さな姿も飛び込んできた。
コポコポ
顔の周りには、空気の膜ができている。
さっきコロンチュードさんがかけてくれた、水中で息ができる魔法のおかげだ。
(なんだか、気持ちがいいな)
水の中に浮かびながら、勝手に身体が流されていく感じは、まるで浮き輪を使って流れるプールに身を委ねているような楽しさもあった。
それに、水中の景色。
水面から差し込んだ光が、水の中にも柔らかく差し込んでいる。
そこでは魚の群れがたくさん泳いでいて、世界はどこまでも青く澄み渡り、広がる静寂に満ちていて、とても幻想的な光景でもあったんだ。
キュッ
と、僕に追いついてきたイルティミナさんが、背中から抱き着いてきた。
彼女は微笑んでいる。
僕も笑った。
僕とイルティミナさんは密着しながら、その水中の景色を楽しみ、湖の下へ下へと流されていった。
…………。
…………。
…………。
しばらくすると、水面からの光が届かなくなった。
世界は薄暗くなる。
すると、コロンチュードさんの玩具みたいな杖の魔法石が輝いて、僕らの周囲に5匹の『光の魚』を生み出してくれた。
(ありがたいや)
その輝きに、少しホッとする。
それにしても、どこまで流れていくのだろう?
(もう200メード以上は、潜ってる気がするんだけどな……)
ここは、相当に深い湖みたいだ。
水面近くでは、たくさん泳いでいた魚たちも、ここではあまり見られなくなった。
たまに、遠くに魚影が見える。
でも、そのサイズは、体長2~3メードはありそうだった。
…………。
ドキドキ
小心な僕は、少し緊張してきてしまった。
その時だ。
前方にいたソルティスが、少し慌てたような顔をして、手をバタバタ動かしていた。
(?)
彼女の人差し指は、薄暗い水中の奥を向いている。
何だろう?
僕もそちらを見て、
(!?)
ゴポッ
驚きに、思わず大量の空気を吐いてしまった。
そこにいたのは、体長が20メードはあろうかという巨大なウツボみたいな生物だった。
み、水の魔物かな?
その並んで鋭く生えた牙が、『光魚』に照らされ不気味に輝いている。
その魔物は、僕らの周囲をゆっくりと周遊する。
まさか、こっちを狙ってる……?
(ま、まずい!)
ここは水中だ。
地上ではできる剣技も使えないし、回避もままならない。きっと、まともに戦えない。
白い槍を手にしたイルティミナさんの表情も、硬い。
一番近くにいるソルティスは、もう泣きそうで、顔色を青くしていた。
ポーちゃんは、いつも通りの無表情。
と、僕らの先頭にいたコロンチュードさんが、懐から白い石のような、枝のような物を、水中にたくさん放り出した。
(???)
それは、水の中で組み合わさり、体長1メードほどの『骨でできた魚』を形成した。
その『骨魚』は、巨大ウツボの方へと泳いでいく。
ガシュッ
その胴体に噛みつき、ヒレの一部を斬り裂いた。
巨大ウツボは応戦しようと、長い胴体をくねらせながら反撃するも、『骨魚』は素早くて、その攻撃は空振りするばかりだ。
逆に『骨魚』は、次々と巨大ウツボに傷を負わせていく。
やがて、形勢不利を悟った巨大ウツボは、暗い水中の向こう側へと尻尾を巻いて逃げて行ってしまった。
(おぉ……さすが、コロンチュードさん)
見れば、小さくブイサインをこちらに送っている。
あはは。
僕も笑って、グッと親指を立て返してみた。
ソルティスなんかは、感動と尊敬のキラキラした眼差しで、ハイエルフさんを見つめていた。
そのまま僕ら5人は、『骨魚』に護衛されたまま、更に水中の奥底へと向かって『水の泡道』を流されていった。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて、僕らは湖の底へと降り立った。
パフッ
靴底が着地をすると、そこに溜まっていた砂が水中に舞い上がる。
(わわ……っ?)
視界が白く濁る。
と、そんな僕らの周囲に、突然、巨大な気泡が生まれた。
僕ら5人の姿は、その中にすっぽりと包まれる。
見たら、コロンチュードさんの手にしている玩具みたいな杖の魔法石が、キラキラと光を放っていた。
そのハイエルフさんは、こちらを見て、
「目的地は、もう少し……。ここからは、歩き……だよ」
と言った。
空気の膜に包まれているので、会話ができるんだ。
コロンチュードさんは、濡れた金髪を引き摺りながら、僕らに背を向けて歩きだした。
僕らも、慌ててついていく。
(浮力が消えたから、ちょっと身体が重く感じるね……)
そんなことを思いながら、僕らは砂の地面を歩いていく。
周囲には、所々に岩が転がっていた。
やがて、岩の比率が多くなってきて、その先に、白っぽい岩山の様なものが見えてきた。
……岩山?
(いや、違う!)
あれは、骨だ。
まるで岩山みたいに巨大な白い骨が、この湖の底の砂地の中に半分埋まりながら、僕らの眼前にそびえていたんだ。
僕らは茫然となってしまう。
もしかして、大王種?
太古の昔に存在していたという巨大生物の骨なのかな、と、僕は思った。
けど、
「もしかして……これ、『古代竜』の骨……ですか?」
ソルティスが震える声で呟いた。
古代竜?
僕は首をかしげる。
イルティミナさんは知っているのか、「まさか……」と驚いたような声をこぼしていた。
それから、
「古代竜とは、古代タナトス魔法王朝以前に存在していたという伝説的な竜種のことです。その知恵は人を越え、強力な魔法も操り、神々さえも脅かす力を秘めていたとか」
神様たちを脅かす!?
僕は、唖然と目を剥いてしまった。
でも、確かに、ここにある骨の形状は、竜種に似ている。
だけど、僕の知っている竜種が数十メードの大きさなのに対して、この骨は300メード以上の大きさがあるんだ。
(これが……古代竜)
それが生きていた時のことを想像して、ブルっと震えてしまった。
ソルティスが呟く。
「一説によると、大王種の竜が『古代竜』じゃないかって言われてるの。でも、まさか、その伝説の生物の実物が、こんな王都の近くにあったなんて……」
その瞳は、知的好奇心に輝いている。
僕は、コロンチュードさんを見た。
彼女は、ぼんやりと眠そうに古代竜の骨を見上げていて、そのまま、ゆっくりと近づいていった。
「ん……ここがいい、かな?」
砂から突き出した1本の柱みたいな骨の前で呟く。
そして、玩具みたいな杖の先を骨に向け、
ピカッ バキィン
先端の魔法石から放たれた光輪が、その太い柱みたいな骨を切断し、それは砂の地面へと落下した。
(うわっ!?)
突然の行動に、僕らはびっくりだ。
そんな僕らの前で、
「……ポー。……悪いけど、これ……背負って運んでくれ、る?」
「…………」
コクッ
コロンチュードさんの頼みに、金髪幼女は頷く。
そして、荷物からロープを取り出して、それで巨大な骨をギュッと縛ると、小さな背中に軽々と背負ってみせた。
「ん……」
コロンチュードさんは満足そうに頷いて、
「じゃ……帰ろっか」
と言った。
あまりにあっさり言われたので、思考が追いつかない。
えっと、
(つまり、コロンチュードさんは、この貴重な『古代竜』の骨を手に入れるために、僕らと一緒にこの湖の底まで来たってことかな?)
僕は、答えを求めるようにイルティミナさんを見る。
気づいて、
「彼女の考えは、私にもよくわかりません」
と苦笑した。
そっか。
僕も、ついつい苦笑を浮かべてしまう。
ソルティスはまだ呆然としたままで、そんな彼女の前で、ハイエルフと神龍の母娘が今来た道を戻っていこうとする。
「ソルティス、行こ?」
ポン
軽く背中を叩く。
彼女は「あ」と呟き、慌てて、僕ら夫婦と一緒にコロンチュードさんの背中を追いかけた。
やがて、僕らは逆回転をしている『水の泡道』によって、湖の水面上へと戻っていき、そうして、また森を歩いてコロンチュードさんの大樹の家へと帰ったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




