447・再会の冒険者ギルド
皆さん、こんばんは。
月ノ宮マクラです。
本日より、またマール視点の物語となります。皆さんに楽しんで頂ければ幸いです。
それでは第447話になります。
よろしくお願いします。
僕は空を飛んでいた。
背中には、虹色に輝く金属の翼が生えていて、青い空に残光をたなびかせながら、全速力での飛翔を続けていた。
ヒュゴオオッ
眼前で、大気が弾けている。
風圧に涙が滲み、呼吸をするのも大変だ。
けれど、速度は緩めない。
緩めてしまったら、僕は、即、殺されてしまうからだ。
僕の後方150メードほどの距離に、体長8メードほどの真っ白な竜が飛んでいた。
4枚の翼。
長い首をした細身の身体。
滑らかな純白の鱗。
それは『神狗』の全速力の飛翔にも、余裕でついてくる驚異的なワイバーン種だった。
その名は、天空竜。
獲物を襲う時のみ地上に降りて、それ以外の一生のほとんどを高度1000メード以上の上空で過ごすという不思議な生態の竜だ。
食事、排泄、睡眠なども空を飛びながらするんだって。
その天空竜によって、先月、2つの村が壊滅した。
そして、金印の魔狩人イルティミナ・ウォンに、王国からの討伐依頼が届いたのは、先週のことだった。
天空竜は、空にいる。
普通の冒険者には、攻撃手段すらなく討伐方法がない。
もしもイルティミナさんでも駄目ならば、最終的にはシュムリア竜騎隊の出番になるだろうという話だった。
その天空竜に、今、僕は追われていた。
(くそっ!)
空に見つけた天空竜に、僕は空中戦を挑んでみたけど、あまりの速さに攻撃を当てるどころではなく、結局、僕はすぐに自分の負けを認めて、逃げるしかなかったんだ。
ヒュバッ ガキュン
天空竜の噛みつきを、間一髪で回避する。
危ない!
時速200キロ以上で飛んでいるのに、天空竜は、悠々と僕に追いついてくるんだ。
ヒュン ヒュオン
ジグザグに進路を変えながら、必死に地上を目指す。
天空竜は、僕を追いかけるのに夢中だ。
あと少し。
あと少しで喰らえる。
そんな天空竜の感情が、その紫色の眼球から伝わってくるようだった。
(…………)
僕は、必死に地上へと向かった。
高度は、当初に見つけた1000メードから、すでに300メードほどになっている。
ヒュゴオオッ
地上に広がるのは、大森林だ。
その一角に、小高い丘がある――僕は、そちらへと進路を取った。
天空竜は、あとを追う。
僕は、丘の上空200メードほどの地点を通り抜けた。
天空竜も、その地点に差しかかった。
次の瞬間、
ヒュッ ドパァアアン
丘から真上に走り抜けた白い閃光が、天空竜の頭部へと命中し、盛大な爆発を起こした。
血飛沫と肉片が弾ける。
そして、爆発の中から頭をなくした白い胴体が現れ、そのままグライダーのように飛翔しながら、やがて、奥の森林の中へと墜落していった。
バキバキ ズズゥン
木々が折られ、重い音が響く。
「ふぅ……」
僕は、空中に停止しながら、大きく息を吐いた。
視線を下げる。
丘の上には、金印の魔狩人イルティミナ・ウォンが立っていた。
時速200キロ以上で飛ぶ天空竜の頭部を、『白翼の槍』で正確無比に撃ち抜くなんて、相変わらず、凄い技量だよ。
僕は笑った。
ブン ブン
彼女に向かって、大きく手を振った。
イルティミナさんも笑って、こちらに大きく手を振り返してくれる。
そんな彼女の姿に心を温かくしながら、囮役を無事に果たした僕は、虹色の翼を羽ばたかせて、イルティミナさんの元へとゆっくり降下していくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「マールには、危険な役目をさせてしまいましたね」
王都への帰りの馬車で、イルティミナさんはそう言った。
僕は「ううん」と首を振る。
天空竜の討伐方法を考える時、僕が囮をすることをイルティミナさんは反対したのだ。
でも、僕が押し切ったんだ。
確かに危険ではあったけれど、もしもの時には『究極神体モード』になれば、何とかなると思ったからね。
それに、
「イルティミナさんの役に立ちたかったから」
僕は、そう笑った。
キルトさんが引退して、シュムリア王国の『金印』は、2人になってしまった。
そして、コロンチュードさんは森に引きこもっているので、実質的には、イルティミナさん1人で王国の『金印のクエスト』に対応しなければならない。
僕のお嫁さんは、本当に多忙になってしまったんだ。
もっと言えば、これまではキルトさんやソルティス、一時はポーちゃんもいたのに、今は僕と2人きりだ。
戦力自体、落ちている。
まぁ、元々が戦力過剰だったから、クエストは達成できているんだけど……。
でも、回復役のソルティスもいなくなってしまった。
実は、パーティー解散すると決まったあと、それを懸念した僕は、ソルティスに『ラ・ヒーリオ』という中級回復魔法を教わった。
だけど、僕は、彼女ほど人体の構造に精通していないし、魔法精度も強度も落ちる。
つまり、後遺症の可能性が高いのだ。
だから解散後は、僕とイルティミナさんは『癒しの霊水』を常に携帯するようになったし、大きな怪我をしないよう細心の注意を払ってクエストを行うようになっていた。
…………。
要するに、今のイルティミナさんには、これまで以上に様々な負担がかかっているんだ。
イルティミナさんは、弱音は吐かない。
でも、だからこそ、
(夫の僕が、しっかりと彼女を支えないといけないんだ)
そう思っている。
ギュッ
イルティミナさんを見つめて笑いかけながら、その白い手を握った。
「……マール」
僕の奥さんは、驚いた顔をする。
それから、僕の思いが伝わったのか、優しく微笑んでくれた。
「ありがとう、マール」
「ううん」
そう会話を交わして、互いの肩に体重を預ける。
ゴトゴト
馬車の座席で揺られ、身を寄せ合いながら、僕ら夫婦は、王都ムーリアまでの時間を過ごしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
王都ムーリアへと帰ってきた。
僕らは、すぐに白亜の塔のような冒険者ギルド『月光の風』の建物を訪れる。
入り口を入って、
(おや?)
正面中央にある受付に、見知った2人の少女たちの背中を見つけた。
イルティミナさんも少し驚いて、
「ソル」
と、その名を呼んだ。
その声に気づいて、2人も紫と金の髪を揺らして、こちらを振り返る。
「イルナ姉!」
「…………」
ペコッ
喜色の表情を浮かべるソルティスと、無表情のまま軽く頭を下げるポーちゃんだった。
僕らも受付へと近づく。
「久しぶり、ソルティス、ポーちゃん。元気だった?」
「当たり前でしょ」
両手を腰に当てて、答えるソルティス。
ポーちゃんは、
コクッ
と頷いた。
2人に会うのは、3週間ぶりぐらいだ。
お互いに『魔狩人』としてクエストをこなしているので、タイミングがあった時にしか会えなくなってしまったんだよね。
(でも、ソルティスは相変わらずそうだ)
変わらぬ姿に、僕は、つい笑ってしまう。
そんな僕に、ソルティスも笑った。
「マールも元気?」
「うん」
「イルナ姉に迷惑かけてないでしょうね?」
そう顔を覗き込んでくる。
(そんなことないよ)
そう答える前に、
「大丈夫ですよ」
と、イルティミナさん本人が笑って証言してくれた。
その言葉と、姉の表情を確認して、
「そう。ならいいわ」
と、ソルティスは安心したように微笑んだ。
僕は2人を見る。
2人の格好は、僕らと同じ冒険者としての装備を身に着けている状態だった。
でも、少し汚れている。
(ん~?)
僕は首をかしげながら、
「もしかして、クエストが終わったところ?」
と訊ねた。
ソルティスは「そうよ」と頷いた。
「ちょうど『鎧ガエル』の討伐クエストが終わったの。今、その報告中」
とのこと。
鎧ガエルとは、その名前通り、鎧みたいな外皮をした巨大ガエルなんだって。
その強固な外皮には、大抵の武器や魔法は通じない。
結構、手強い魔物なんだそうだけど、
「こっちには、ポーがいたからね」
とソルティス。
ポーちゃんは神気を流し込んで、直接、生き物の内部を破壊する技が使えるんだ。
そのおかげで、無事に討伐できたとのこと。
「さすがだね、ポーちゃん」
僕は、金髪の幼女に笑いかけた。
彼女は、
「ソルティスのおかげ。水中にいた魔物を、彼女が『魔法の水蛇』で地上へと引き上げたから、ポーが戦えた」
と、淡々と答えた。
そして、ソルティスとポーちゃんは互いの顔を見て、微笑み合う。
……おやおや。
(2人とも仲良さそうだね)
よかった。
彼女たちも2人パーティーだけど、上手くやっているみたいだ。
なんとなく、それを感じて、僕とイルティミナさんもお互いの顔を見て、笑い合ってしまった。
それから、僕らも自分たちのクエスト報告を行った。
ソルティス、ポーちゃんは、それを待っててくれた。
そして、
「ね? 久しぶりに会ったんだし、4人で一緒に食事でもしない?」
ソルティスが、そんな提案をする。
僕とイルティミナさんは、頷いた。
「うん、いいね」
「はい、ご一緒しましょう」
「やった! それじゃあ、食堂に行きましょ!」
ソルティスはパチンと指を鳴らす。
そんな少女を、ポーちゃんは優しい眼差しで眺めていた。
(この4人での食事も久しぶりだなぁ)
ちょっとワクワクするよ。
姉の手を引いて歩くソルティスを、僕とポーちゃんは追いかける。
そうして僕ら4人は、一緒に笑い合いながら、ギルドの建物2階にあるレストランへと向かったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




